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雨の記号(rain symbol)

年の始めの女王談義(4)

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「何だよ・・・感想はそれだけかい。拍子抜けだな。選手権の時の演技とスコアを見て、バンクーバーの金も彼女だと俺は思ったぜ」
「いや、俺はむしろ逆に思った」トビが言った。「全日本の時のどの演技を見てそういうのかは知らんが、彼女、調子は世界女王の頃に戻ってないよ。特にお得意なはずのジャンプがね。どのジャンプもあの頃のシャープさが見られなかった。そのせいもあってか、スピードにも欠けていた。これといって取りこぼしはなかったようだが、バンクーバーで金メダルを狙う演技にはとても見えなかった。程遠いものに思えた」
「あそこでバンクーバーの金を狙う演技をやってどうするんだ」
 タカが訊ねた。
「どうするんだ、って、やらなきゃしようがなかったんじゃないの。背水の陣だっていうのに出し惜しみなどしてられなかったはずだ。全日本選手権といえば今や国際大会以上のハイレベルな争いだぜ」
 ビールの空き缶を握り、冷蔵庫に向って歩き出しながらトビは言った。空き缶をゴミ袋に投げ入れ、追加のビールを部屋の外から持ち出してきた。
 リングプルーをあけ、キジにビールをすすめた。タカもグラスを差し出した。
「オリンピックシーズンに入り、彼女はまるっきり成績を出してないじゃないか。これをどうにかしなきゃならない。あそこで復活の印象付けを強力にしておく必要はあったよ。しかし俺に言わせれば強力に印象付けできたのはスコアだけだ。演技の中身は驚くほどではなかった。演技の地味な部分、たとえばステップやスケーティングの深化などは俺にもヨーわからんが、素人目にはフランス杯の時の方がまだしも身体は動いていた気がする。安藤美姫、キムヨナ、ロシェット、など当初から有力と見られる選手らとのメダル争いなら表彰台には十中八九上がれるだろう。だが、アメリカあたりから国内選手権ではずみをつけた若手が台頭しようものなら真っ先にそこからはじき出されるのは浅田選手と俺は見たね」
「浅田真央ファンは寛容で純朴なんだが、しゃしゃり出る時は出ていう時にはいう。俺も素人目だがズバっと言わせてもらおう」
 キジも真剣な目で話に割り込んできた。このまま黙って聞いていられないという顔だ。
「アメリカにどんな選手がいるのかは俺も知らん。だがスポーツ大国だし、このまま手をこまねいているはずもないことはわかる。きっとまた凄い選手が登場してきて活躍したりもするだろう。しかしその選手から誰かはじき出されるにしても、浅田真央はそうならないよ。なるはずがない。一番最初にはじき出されるのはロシェット、次いで安藤、キムヨナの順だと俺は思うね。浅田真央はいちばん最後だ。つまりどうなっても金メダル争いに残るってことだ。もっと端的に言わせてもらえば、金メダルは浅田真央とキムヨナの争いだ。ここまでレベルが高いとさしものアメリカも銅メダルの選手を出すのがやっとだろう。今までちょっと出遅れてはいたが、シーズンの後半に調子を上げてくるのが浅田真央の特徴じゃないか。見ていなよ。彼女の調子のピークはバンクーバーでやってくるから。そこで最高の復活劇が待ってるさ」
「おっ!」
 タカとトビは顔を見合わせた。
 袋をやぶいてピーナッツを皿に盛りつけながらトビは言った。
「知らないなんて言っていたがけっこう知ってるじゃないか。そこまで知っているなら、立派にフィギュアスケートファンの一族だ。こりゃあもう教えてやろうなんて姿勢をとってなどいられないわね。だが、惜しむらくは、少々見立てが甘いね。浅田真央という選手をよくわかってないというのもじつは浅田ファンの特徴でもあるんだ」
 キジはピーナッツを口に放り込み、リモコンでテレビのボリュームを下げた。気色ばんでトビを見た。
「じゃあ聞くが、俺は浅田真央のどこがわかってないんだ」
「そうさなあ・・・」
 トビは平然としてピーナッツを口に放り込んだ。キジは興奮しても相手に殴りかかったりする人間ではない。
「何か言うことない?」
 トビはタカに話の水を向けた。
「何が? 浅田ファンが浅田真央をわかってないという話?」
「そう、一般論としてね。キムヨナの登場の仕方も謎だが、浅田真央という選手もじつは同じほど謎に包まれている」
「浅田真央の謎? 残念だがそのへんは僕にもわからないな。キムヨナファンはキムヨナという選手をよくわかっているからね。それは演技そのものの明瞭さにあるんだけどね」
「それが聞ければ十分だ。安藤美姫ファンもじつはそうだ。安藤美姫の演技がよくわかっている。そしてファンをやっている。GPFで彼女がキムヨナに三度負けたという話からだいぶそれてしまったが、成り行きだ。浅田真央という選手についてひとくさりやって話を戻そう。キジの解釈とは異なり、バンクーバーの金メダル争いはキムヨナと安藤美姫の戦いというのが俺の見立てだ。脇役の浅田真央にはひとあし先に話題からおりてもらおうじゃないの」
「呆れたな」キジは舌打ちした。「まったく話にならんやつだ」
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