弁当の中身は俵型に作ったコロッケとミニトンカツ、枝豆、きんぴらごぼう、茹でたトウモロコシ、それにグリンピースご飯のおにぎり3個。遠足気分なのだ。
作業着を詰め込んだカバンを肩に掛けラッシュアワー直後の、それでも混みあっている電車に揺られて行ってきた。
9時半から作業を始めて4時半まで途中昼休みの1時間と3時を挟んだ30分の休憩時間を除いて5時間半、炎天下の中、立ち通しでひたすらバラを切り詰める作業に没頭した。
作業そのものは難しいことではなく、特別重労働という訳でもないが、何しろ30度近い暑さである。
直射日光を浴びるだけでもくたびれるというものである。
太陽を背にする位置関係の時はまだしも、光を真正面から受けるような場合の作業はいささか閉口した。秋になって高度を下げてきた太陽がまぶしすぎるのだ。
虫やとげに刺されないように長袖のシャツを着こみ、オーバーオールのGパンをはいたのは少しだぶつき気味にしておけば風が通って暑さをやり過ごせると思ったのだ。
これにつばのついた帽子をきちんとかぶって万全のはずだったのだが、時折吹いてくる秋風も休み休みなのだからなかなか思い通りにはいかず、知らず知らずのうちに体力は奪われて行くのである。
午後からの作業は特に暑かった。
作業は河合伸之スーパーバイザーの指揮のもと、専属のガーデナー3人とアルバイト女性4人にボクを加えた総勢9人がかりである。
ガーデンには株立ちのバラが約2000本、つるバラが約400本あって、作業は株立ち2000本が対象である。
暑かったけれど作業は快調なスピードで進み、昨日1日で奥のナチュラルガーデンを除くエリアの1000本を超すせん定が終了した。
ボクは皆より30分ほど早く切り上げさせてもらったが、河合以下が老骨の身を案じるものだからそれに従ったのだが、渡りに船でもあったのだ。
正直言ってボロ雑巾のようにくたびれていたんである。身体自体がナマってしまってきているようである。
横浜駅西口まで運河沿いをとぼとぼ歩くこと25分。目指す豚足屋は駅の一番東京寄りだから実に遠いのだ。
ここでトンソクをつまみに焼酎をあおってわが身を蘇生させないと家までたどり着けそうにないんである。
大学生だったころ、夏休みに遊ぶ金が乏しくなってくると午前6時ころに桜木町駅前の手配師がたむろしている所に行って待っていると、お前とお前と…と言ってピックアップされ、ミナトの荷役作業に雇われるんである。
岸壁に横付けされたはしけから倉庫まで小麦粉の詰まった重い袋を担がされる重労働が多かったけれど、大学生には思いもよらないほどの日銭が支払われるので暑さなんかへっちゃらで汗だくになって働いたものである。
この時、夕方になると必ず頭に浮かんできたのが山谷ブルースだったのだ。
♪きょぉのぉ~仕事はつらかったぁ~ あとはぁ~ぁ~ しょぉちゅ~うぅをあびるぅだけぇ~
波止場の入り口の汚い暖簾がぶら下がっている赤ちょうちんで「本職の」港湾労働者に交じって何の肉か分からない串焼きを片手に炭酸で割った焼酎をあおると、海から吹いてくる夕方の涼しい風の功徳もあるんだと思うけれど、不思議と疲れがすぅ~っと抜けていくような感じがしたものなのである。
だからガーデンで肉体労働をした後は決まってこの豚足屋に寄るのはボクにとってのルーティンであり、一種の儀式のようなものでもあるのだ。
儀式なのだから足を引きずったって行かねばならないのだ。
昨日はトンソクは止めて尻尾にした。筒切りされたシッポは多分1頭分だろう、皿に山盛りになって出てきたやつを練りからしをたっぷり解き入れた酢につけて食べるんである。
見た目はグロテスクだが、トロトロになるまで煮込んであるから口の中に入れれば自然に溶けていくほど柔らかい。
コラーゲンの塊である。
こいつを焼酎と交互に口に運べばあっという間にコップの焼酎は空っぽになる寸法なのだ。
あとはこれを繰り返せばいいだけである。
カウンターの端っこで豚のシッポをかじりながら焼酎をあおっているじじいの背中なんて自分じゃ見えないけれど、案外幸福そうに見えているんじゃないかと思うのだ。


先週の金曜日はまだたくさんのバラが咲いていた(下)が、昨日のせん定でご覧の通り花は無くなった(上)。秋バラを綺麗に咲かせるためである


同じように前(上)と後(下)


豚1頭分のシッポはたっぷりの練りからしを解いた酢につけて食べる。焼酎は氷を落としただけでほとんど生で飲った