「奈良でワイナリーを立ち上げるべく奮闘する男」のご紹介
ひんやりとした空気が早くも秋の訪れを感じさせる8月18日、午前8時、晴れ。県内初のワイン醸造所の設立を目指す若者がいると聞き、興味津々、奈良県香芝市を訪れたときのスタッフ溝口による体験レポートです。
ププキッチンで働く傍ら、日頃イタリアンレストランでサービスマンをしている私は、ある日仕事仲間に「奈良に面白い葡萄農家さんがいるので、一緒にデラウェアの収穫の手伝いに行かないか」と誘われました。そこで知ったのがフランクで爽やか、平成元年・香芝市生まれ28歳、元銀行員の木谷一登さんです。
収穫当日は、木谷さんの大学時代のサークルの後輩(ストリートダンスサークルでブレイクダンスをしていたそう!)中学・高校の友人、農業者、ワイン好きの行政関係者、親戚の方など総勢30名が集まりました。8:30頃から開始し、11時頃には収穫を終えました。そこから夜の6時まで葡萄の選別。途中美味しいお弁当とお茶のありがたい差入で一息入れつつ、一房一房、若く小さい青い実や、腐りかけている実、虫などを全員で手分けして取り除きました。
蚊取り線香を脇に、コウロギや鳥の鳴き声に浸りきって、談笑しながらひたすら葡萄に向かい続けた楽しい一日はあっという間過ぎました。作業中、参加者一人一人に木谷さんは声をかけて回り「蜘蛛は蒲萄を虫から守ってくれるんでありがたいんですよ~」と私の知らないことや好きなワインなどニコニコお話されました。
収穫できた大粒のぷりっとしたデラウェアの糖度は20.73。量は1300キロ。絞ると990ℓ、約1200本生産できる見込みです。醸造は木谷さんの研修先だった大阪府柏原市のカタシモワイナリーで行います。10月頃に少しだけスティルワインを出し、残りは瓶内二次発酵させてスパークリングワインにする予定です。待ち遠しい!
「ぼくは、自分にとっての幸せを追求した結果、ワイン造りにいきつきました。外で体を動かすから健康的で四季を感じられて、自然は曖昧さを受け入れてくれて、当意即妙さのある自己表現で、死ぬまで学び続けられるところがいいです。」と語る木谷さん。ワイナリーの設立は2020~2022年の間を目指しているそうです。まだ物語は始まったばかり。歴史の目撃者になれるのはどきどきします。来年も収穫へ行くぞ!と張り切る私と友人でした。
木谷さんのより詳しい経歴や畑の様子は、ぜひインスタグラムやフェイスブックをご覧ください。
インスタグラム:https://www.instagram.com/narawine/
私もこのたびの記事を書くにあたっていくつか木谷さんへ質問をしました。木谷さん自身の若く自然で実直な人柄と、朗らかな空気感が伝わると思うので、ご本人の言葉をそのまま載せます。
余裕のある方はそれに続く私の余談もお読みください。
<質問>
Q1. 畑の栽培面積
A: 約60a。大阪25a。奈良35a。
Q2. 何本植えられていますか?
A: 約1000本
Q3. 気候・土壌の質の特徴
A: 畑によって様々ですが、夜の気温が下がりにくい、降水量が多い等の要因が共通しており、葡萄栽培には基本的には不利。そんな奈良の風土でしか生まれない、奈良独自のワインを追求することを目的としています。
Q4. 栽培方法で気を付けていること
A: 肥料は若木に対しては多く、ある程度大きくなると少なくしています。若木は害虫や菌によって枯れてしまうリスクが高く、それを防ぐためにある程度矯正するようにしています。結実するようになると、品質の高い実をとるために樹勢を抑えるように施肥は最小限にしています。
植え方は合理的、生産的であるように配置しています。ただでさえ、いくつも畑が散らばっているので作業を効率良くする必要があるからです。
栽培方法については、葡萄の生育に添うことに気をつけています。作業時期を逃すと、遅れを取り戻すことに多くの労力がかかったり、葡萄が病気にかかりやすくなります。少ない労力で最大限の効果を狙いますが、必要な時期には労力を惜しまないようにしています。
化学農薬は最小限に抑えており、2018年ビンテージワインの蒲萄畑はすべて化学農薬不使用です。品質を第一に追及します。
Q5.醸造方法でこだわっていること
A: 蒲萄のポテンシャルを落とさないようにしたいと考えています。不要な酸化を抑え、適切に発酵が進む温度管理や、時にバトナージュを行います。
Q6. ワイン造りを目指すようになって、指針にしている、影響を受けた存在は?
A: ズバリこれというのが思いつきません。色んな人や本やワインから影響を受けていると思います。
Q7.木谷さんにとって奈良を一言で表すと?
A: 落ち着くところ、です。
Q8.ワイン造りは自己表現とおっしゃっていますが、何を表現できると思いますか?(今回のデラウェアに関してでもいいですし、今後つくりたいと思っているワインでもいいです。扱う葡萄品種や自然との兼ねあいで、未知数だと思いますが、自分だから引き出せる葡萄や風土の何か、誘えるかもしれない境地、飲んだ人に残したい余韻など、もしあれば。)
A: ワインは造り手の「生きざま」を表現すると思います。栽培から醸造の過程は、人間の人生と同様、無限の選択肢の積み重ねですから、出来上がったワインには「生きざま」が滲みでると思います。おのずと自分ならではのワインになると思っています。気づいたらグラスが空いていて、おかわりしたくなるような飲み疲れしないワインが好きなので、そんなワインをつくりたいですね。デラウェアの魅力は沁み渡るところだと思います。一日で一本飲んでしまうくらい毛細血管の隅々まで沁み渡るワインが僕は好きです。
<余談>
「作業しながら葡萄を食べてもらっていいですよ~♪」とお許しがあったため、遠慮なくぱくぱく蒲萄をつまみつつ喉を潤し、お腹を優しい甘さで満たしながら枝を切っていると、紫外線と蚊の付け入る隙のない全身完全防備の細身の女性が颯爽と左脇を通り過ぎました。
身にまとう空気がきゅっとまとまり、ひゅんっと静かに風をきる熟練したいい動き。何者・・と思ったら、木谷さんの従兄弟のお母様でした。それから一日中目の端で追いかけていたのですが、この方がまるでサービスマンの鏡でした。
気配がないのに、ああ腰が痛い、あ、蚊が!、とつぶやくたびに、蚊取り線香やらブルーシートやら小さい椅子がスっとでてきて。食後には魔法瓶から珈琲。選別した蒲萄の箱がいっぱいになりそうになると、男性の方に頼んで絶妙なタイミングで箱を取り替えて下さる。かゆい、かゆい。。とつぶやいているとムヒを探してくださって、でもなかなか見つからず「いいですよ~」と言っていると、すかさず息子さん後ろからぽそっと「お節介したらあかんで」。
そうなんです!息子さんもまたしかりです!寡黙で淡々と作業をしておられるのですが、たびたび「ふっ」「ふっ」と蒲萄の汚れを落とすために小気味良く吹く息が慣れていらっしゃって。私は友人を後に一足早く帰ったのですが、その後も一人になった友人にこれまたぽそっと「こっちやろう」と声をかけてくださったようで。何時間も立ちっぱなしの彼に友人が「ブルーシート座られませんか?」と聞いたら「座ったらもう立てない・・」といってまた無言で作業を続行。・・かっこいい。
「レストランに行っていいサービスマンにテーブルについてもらったみたい!」と友人ときゅんきゅんしつつ、ミシミシになった腰の痛みも吹っ飛ぶ充実した時間でした。木谷さんのご両親もご友人も、皆さん気持ちの良い方ばかり。まだまだ紹介しきれません。今回の葡萄いい葡萄に間違いなしです。いい人たちに育てられました。
木谷さんの作ったワインはどんな味がするだろう。楽しみです。