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インドの流儀2

今はここにいます。

ちょっと面倒

2008年11月17日 | Weblog
こんばんは。

先回(11/11)の簡単レシピはフード・プロッセサーとかグラインダーかあるいは石臼がなければ
できないので実はどうしようかなあっと迷ったレシピでした。
日本料理ではあまり必要ではないので置いておかない家庭も多いかと思います。
インドに来た当時メイドがプロッセサーがないのに驚き、怒られたことがあります。
ここでは必需品です。

で、もし元気でやる気があるときに玉ねぎはみじん切りで、
カジュウナッツは水に浸して柔らかくしてからきれいなビニール袋にいれて
すりこぎ棒などでたたいて砕いてみてください。
ちょっと手間のかかる料理になってしまいますが。
ペースト状にするとなんだかシェフの手にかかったカレーみたいになりますが
この方法だと家庭料理っていう感じになるのかな。

料理は野菜の切り方、形で味が変わってくると思うのですが
インド料理は加えてスパイスの量、あわせ方でずいぶん違ってきます。
インドカレー、イコール辛いというイメージがありますがこれはレッド・チリ、
グリーン・チリの加減でどうにでもなりますので辛さを恐れずに作ってみてください。
スパイスは生薬なので身体にとってもいいです。

たくさん作ってしまいあまってしまっても大丈夫です。
次の日に食べましょう。
その日はサラダを作るくらいで楽が出来てうれしくなります。
ほんの少しあまった場合は冷ごはん(冷蔵庫の残りご飯)といっしょにいためて
ドライ・カレーはどうでしょうか?
ちなみにここではドライ・カレーという名前のレシピはありませ
せん。



ガーデン・パーティ

2008年11月02日 | Weblog
はや11月。気候もやっとさっぱりとすごしやすくなりました。

昨晩はデイワリの最後を飾るように庭でガーデン・パーテイが行われました。
途中から小さな女の子が女性のボーカリストからマイクを取り上げ
一人舞台とあいなりました。


食事はバッフェ・スタイルでヴェジとノン・ベジに分かれています。
この日はヴェジタリアンが多かったのか、ノン・ヴェジの食べ物は隅っこに
おいやられていて、私は見過ごしてしまいました。

この日の料理はマルワリヴェジ。(マルワリはみんなヴェジタリアン)
ノン・ヴェジ料理はベンガル人が大好きな魚とえびとマトン。


大抵ヴェジの鍋は早くなくなっているような気がします。
ノン・ヴェジが両方食べるからだと私はにらんでいます。







反らそう 2

2008年10月31日 | Weblog
10月に入ってとっても簡単なヨガの動き(アサナ)を紹介しています。
やさしい動きでも身体にとっても良い効果をあげることを実感して欲しいです。
無理して難しい動きをして息がおろそかになったり、みだれたりしては意味がありません。
ヨガは動くことによって呼吸を引きだしてくるものだからです。
やさしいことの大きな利点は毎日の習慣にできるということもあります。

以下の2点のポイントを常に頭に置いて動いて欲しいです。

*呼吸に合わせて動く。(呼吸を引き出すことを目的にした動きです。)
*意識を一点に集中してしばらく保つ。

この2点が大事で体操と違うところです。



それでは以上の2点を頭において今日もやってみましょう。
先週は腕をまっすぐのばしてそってみましたが、今日は腕を体側にのばして反らせてみます。
身体におよぶ刺激の違いを感じてみましょう。

うつぶせになります。
腕は体側にそってますっぐ伸ばします。(手のひらは下向き)
まず額を床につけて一呼吸。

息を吸いながら頭をおこしてきて、反らせます。(気持ちでいいです。)
*目玉をぱっちり開けて、後ろをみるようにします。
*両足をしっかり揃えてまっすぐに伸ばします。

しばらく保ちます。

息を吐きながらゆっくり戻ってきます。

頬を床につけて休みます。
*休むときは足を開きます。かかとを外側に倒すようにすると足がゆるみます。

同じことをあと2回ゆっくり、じっくり繰り返します。




写真は花火大会での一枚。子供には昔懐かしい線香花火。と言っても日本のそれより
大ぶりで風情がありません。

夜更けまで何本も何本もうちあげられて周りは煙に巻かれた状態。
空気を汚してしまってだめですねえ。
厳しく規制していかなくてはいけないと肌で実感しました。




ディワリ

2008年10月28日 | Weblog
こんばんは。

今日は光りのお祭りディワリです。
家々は電飾や蝋燭でくまどられ日ごろの暗さをいっきに
挽回しているようです。

となりのショピング・モールへキャンドルを買いに出かけましたら
中庭の木にまでぼんぼりがさっがっていました。
枝が折れなければいいですが。

お祭りといえばいつも、ものすごい買い物客でっごったがえしているのですが
どうやら今日は家でプージャをするしきたりがあるようです。

爆竹が方々で打ち上げられこの喧騒は2日間続きます。
コルカタ・ポリスから爆竹は控えるようメールが入っていました。

このフラットでも今晩10時から花火大会です。


風をまもろう

2008年10月20日 | Weblog
父と母と子供は
三つの点だ。
この三点を通る円をめぐって
三人の心は一緒に遊ぶ。

三点はどんなに離れていても
円のうへでめぐりあふ。
三人は、どれほどちがっていても
円に添うて心が流れあふ。わかりあふ。

危ない均衡の父と母とを
安定させるのは子供の一点だ。
異邦のさすらひは
子供からさかれている悲しさだった。

父と母の魂は
あるとき、すさみはてていた。
長江の夕闇ぞらに
まよひ鳥の声をききながら。

シンガポールの旅の宿で、父と母は
熱病で枕を並べながら。
モンパルナスの屋根裏の窓に
うらはらな雲行を眺めながら。

父は母をうらうと
企み、
母は父から逃れようと、
ひそかにうかがっていた。

だが一万里へだてた
遠い子供の一点がそれを許さなかった。
三点をつなぐ大きな円周は
地球いっぱいにひろがった。

ニッパ椰子をわたる
夜半のしぐれに
父は子供の呼声をきいた。
それはバッパハのタンジョン(岬)の泊。

その時、フラマン通りの鎧扉のうちで、
母は、不吉な夢をみた。
うなされたやうな夜の船出で
こころもそらに母はかえってきた。

じれじれとして待焦がれつつ
三つの点は縮まってゆき
やがて、しまひこまれた。
小さな一つのかくれ家に。

父は毎日、餌をさがしにゆき、
母はけむりのように原稿紙をかさね、
子供は背丈がのびていった。
三点をよぎる円は、こよなき愛。

この宿命的な肉身のつながりを
年月よ。ゆがめるな。
この透明な輪を、稀な完璧を、
戦争よ。めちゃめちゃにしてくれるな。

父と母と、子供は
三つの点だ。
この三転を通る周のうへで
三人の心はいっしょにあそぶ。

母よ。私たちは二度ともう
子供の一点を見失うまいよ。
さもなければ、星は軌道からはづれ
この世界は、ばらばらにくづれるからね。

三本の蝋燭の
一つの焔も消やすまい。
お互いのからだをもって
風をまもらう。風をまもらう。

                「三点」 金子光晴