勇太ちゃんとひとしきり遊んだ私は、天使に癒された気分ですっきりしていた
赤ちゃん独特の甘い香りとふにゃふにゃした肌 ずっと抱きしめていたいほどだった
実家へ戻って夕食は久しぶりに母の手料理を味わった
私の大好きな出し巻き卵は健在で実家へ帰って来たのだと改めて実感した
7時を少し回った頃 百合子さんがやって来て父達に勇太ちゃんを預けると
“お店の手伝いしてきますぅ~”と店へと降りて行った
私が父母に気づかれないよう店を覗きに行くと、総一郎が楽しそうに兄と話しながら一杯やっていた
百合子さんは素知らぬ顔で対応してくれていたので、総一郎も和やかに夕食を楽しんでいる様子だった

「まぁ~京都は修学旅行ぶりなんですねぇ、ほな今日はおひとりでどこを歩いて来はったんですぅ?」
「平安神宮や南禅寺へ行って来たんですよ、八坂神社も円山公園も・・・・王道な場所は覗いておこうと
思いましてね、円山公園から高台寺辺りまで歩いてお腹もすいたのでどうしようかと思っていたところ
素敵なお料理屋さんを見つけたんです
京都では“いちげんさんお断り”と言われる店があると聞いていたので、ここはどうなんだろう?
と、どきどきしましたよ・・・」
総一郎の言葉に兄は優しくうなずいて、「気に入っていただけて嬉しいです
うちはそんなに堅苦しいことあらしませんので、気軽に来てくれはったらええんですよ」と言っている
でも実際のところうちの店へ若い人がいきなり入ってくることはほとんどなく
入りづらい店構えだと思う いらっしゃるのは昔からのお馴染みさんか、
その紹介でやってくる方がほとんどだった
勇気を持って入って来てくれた若い人の存在が嬉しかった様子だった
「ところで、こんなことを聞くのは失礼ですが、男性おひとりで旅行ですか?」と、
兄が突然言いだした。 私は、ドキリとして息をひそめて会話を聞いていたが
総一郎はすました顔で
「ええそうなんです、実は大事な女性が京都出身で一度彼女の育った場所を見てみたいと
こっそりやって来た次第でして・・・京都はいいですね、彼女の人柄が改めて再確認できたような
そんな気がしました、今度は一緒に来させてもらいますよ」と、言っている
兄は「ほぉ~そうでしたか、それはそれは・・・」と納得した様子で答えていた
私は、またこっそりと2階へとあがり自分の部屋へと入った

長く使っていなかった部屋だが、大学へ入る前と変わらないままで
こまめに掃除をしてくれている母に感謝したかった
ベッドに転がっていろんなことを考えているうちに私は眠ってしまったようで、
気がつくと百合子さんが 「絵里子ちゃん また来ますぅ~言うて彼氏さん帰らはったよ
えらい男前さんやったなぁ お店のことも気に入ってくれはったようやったし
ほんでな、大事な人がいるって言うてはったで それって絵里子ちゃんのことやろう?
どうすんのん? もうプロポーズとかされてんのん??」
百合子さんは嬉しそうにそう聞いて来たが、私は「うん・・・確かにプロポーズはされてん
せやけど・・・・結婚はまだ考えてへんっちゅうのか もう少し仕事もしたいし・・・」
と、曖昧な返事をした
「あああ・・・そうなんやねぇ 私も若い時そない思うてなかなか決められへんことがあったわ
まぁ絵里子ちゃんまだ24?やもんねぇ ええんとちゃう?もう少しよぅ考えてから決めたら
ほな・・・私はお先に帰らせてもらうわね 勇太寝てるらしいし今のうちに連れて帰るわ」
と、笑って帰って行った
百合子さんも兄と出会う前にはいろんなことがあったんだろうな・・・なんてぼんやり考えながら
総一郎には明日の朝電話して、明日は姉にも会いに行こうと思っていた
そういえば・・・姉の家にも赤ちゃんがいること “幸助ちゃんやったっけ、かわいいやろなぁ~”
とあのふにゃふにゃのお肌を思い出して、なんだかニヤニヤしてしまうのだった