今日、大家さんが営んでいる雑貨屋さんで、ペプシを買ったら
「かまくら!水も買いなさいよ!」
と言われた。
「なんで?」
と尋ねると、
「かまくらにたくさんお金を払って欲しいからよ!!」
と言われた。
思わず水も買ってしまった。
ラオスでの生活も、そろそろ半年が過ぎます。
とても早く感じますが、
とても永くも感じています。
最近、ようやくラオス人に慣れてきた気がします。
文化と言語の違いっていうのは大きい。
意外に、違った環境に身を置くと疲れます。
しかもその疲れが目に見えにくい。
最近、その疲れに気づけるようになってきました。
先日のことです。
お葬式に呼ばれました。
そのときの言葉が、
「かまくら、私のお母さんが亡くなったから、遊びにおいでよ!」
だったのに、まず驚きました。
「今、『亡くなった』って言った気がしたけど、気のせいかもしれない。」
と、その場では思いました。
お葬式会場はとても賑やかでした。
みんなで食事しながら雑談していました。
奥には棺もあったのですが、
棺は真っ白で、そこらに金の仏様が飾られていました。
更にその上に、よく日本のクリスマスで見かけるライトのイルミネーションがされていました。
派手でした。
友達に連れられて棺の前に行き、
普段はお客様が手を洗うために使うオケに、お金とお花をいれ、
オケを額の前に掲げ、お祈りをしました。
その後も、みんなでご飯食べながら、話をして、
終わりでした。
帰るときに、「あさってもおいで。」と言われ、了承しましたが、
正直、乗り気ではありませんでした。
だって、なんだかみんなして明るく振舞っていて、死者を送り出す気持ちがないように思えたからです。
あさってになって、また行くと、
同じように雑談しながら食事でした。
しかし、端っこの方で、亡くなられた方の親族の男性の方々が髪を剃っていました。
しばらくして、今度は親族の女性の方々が白い法衣を着て、棺の周りに集まりました。
先程まで髪を剃っていた男性も棺の周りに集まり、
お経をあげはじめました。
集まった客は談笑&食事のままです。
あえてやっているのか、そうでないのかはわかりませんでしたが、
俺は親族の方々をガン見していました。
その後、棺をお寺まで運び、
花火をあげはじめました。
花火と同時に、気球が放たれました。
高く高く飛んで行き、もう点にしか見えないようになりました。
すると今度は棺に長い紐を結び、
それを親族一同でもち、お祈りをしていました。
その最中も花火はあげられつづけ、
その音にたまに親族の女性が びくっとしていました。
最後に、客が並び、先に火薬がついた棒を棺の下に置いて、おしまいでした。
なんて言ったらいいのかわからないけれど、
いい お葬式 だったと思います。
そんなに、日本のお葬式に行ったことないけれど、
ラオスの葬式に参列できて、本当に良かったと思います。
きっと、お客を呼んで、みんなでご飯食べながら、話しをしたり、ゲームしたりしていたのは、
亡くなられた方が素直に旅立てるようにだったのだろうなぁ、と今では思います。
その日、すごい疲れていることに気づきました。
最初の日の「ラオス人ってなんなの!?」という憤りに似た戸惑い。
次の日の「あまり行きたくないなあ。」という怠けたい気持ち。
最後の日の感動。
いろいろな気持ちの変化の疲れが一気に来たのを感じました。
今後も、きっとラオスのことを知れば知るほど、ラオスのことが好きになっていって、
知れば知るほど、疲れる気がします。
その疲れも、大切にしていきたいですね。
自分が動いた証拠ですから。
できれば次は結婚式とか、みんなで喜べるものに参加したいです。
「かまくら!水も買いなさいよ!」
と言われた。
「なんで?」
と尋ねると、
「かまくらにたくさんお金を払って欲しいからよ!!」
と言われた。
思わず水も買ってしまった。
ラオスでの生活も、そろそろ半年が過ぎます。
とても早く感じますが、
とても永くも感じています。
最近、ようやくラオス人に慣れてきた気がします。
文化と言語の違いっていうのは大きい。
意外に、違った環境に身を置くと疲れます。
しかもその疲れが目に見えにくい。
最近、その疲れに気づけるようになってきました。
先日のことです。
お葬式に呼ばれました。
そのときの言葉が、
「かまくら、私のお母さんが亡くなったから、遊びにおいでよ!」
だったのに、まず驚きました。
「今、『亡くなった』って言った気がしたけど、気のせいかもしれない。」
と、その場では思いました。
お葬式会場はとても賑やかでした。
みんなで食事しながら雑談していました。
奥には棺もあったのですが、
棺は真っ白で、そこらに金の仏様が飾られていました。
更にその上に、よく日本のクリスマスで見かけるライトのイルミネーションがされていました。
派手でした。
友達に連れられて棺の前に行き、
普段はお客様が手を洗うために使うオケに、お金とお花をいれ、
オケを額の前に掲げ、お祈りをしました。
その後も、みんなでご飯食べながら、話をして、
終わりでした。
帰るときに、「あさってもおいで。」と言われ、了承しましたが、
正直、乗り気ではありませんでした。
だって、なんだかみんなして明るく振舞っていて、死者を送り出す気持ちがないように思えたからです。
あさってになって、また行くと、
同じように雑談しながら食事でした。
しかし、端っこの方で、亡くなられた方の親族の男性の方々が髪を剃っていました。
しばらくして、今度は親族の女性の方々が白い法衣を着て、棺の周りに集まりました。
先程まで髪を剃っていた男性も棺の周りに集まり、
お経をあげはじめました。
集まった客は談笑&食事のままです。
あえてやっているのか、そうでないのかはわかりませんでしたが、
俺は親族の方々をガン見していました。
その後、棺をお寺まで運び、
花火をあげはじめました。
花火と同時に、気球が放たれました。
高く高く飛んで行き、もう点にしか見えないようになりました。
すると今度は棺に長い紐を結び、
それを親族一同でもち、お祈りをしていました。
その最中も花火はあげられつづけ、
その音にたまに親族の女性が びくっとしていました。
最後に、客が並び、先に火薬がついた棒を棺の下に置いて、おしまいでした。
なんて言ったらいいのかわからないけれど、
いい お葬式 だったと思います。
そんなに、日本のお葬式に行ったことないけれど、
ラオスの葬式に参列できて、本当に良かったと思います。
きっと、お客を呼んで、みんなでご飯食べながら、話しをしたり、ゲームしたりしていたのは、
亡くなられた方が素直に旅立てるようにだったのだろうなぁ、と今では思います。
その日、すごい疲れていることに気づきました。
最初の日の「ラオス人ってなんなの!?」という憤りに似た戸惑い。
次の日の「あまり行きたくないなあ。」という怠けたい気持ち。
最後の日の感動。
いろいろな気持ちの変化の疲れが一気に来たのを感じました。
今後も、きっとラオスのことを知れば知るほど、ラオスのことが好きになっていって、
知れば知るほど、疲れる気がします。
その疲れも、大切にしていきたいですね。
自分が動いた証拠ですから。
できれば次は結婚式とか、みんなで喜べるものに参加したいです。