ゆううつ気まぐれふさぎ猫

某ミステリ新人賞で最終選考に残った作品(華奢の夏)を公開しています。

向日葵 断片11

2009-04-28 14:36:19 | 小説
「因縁話をひとつ、ご披露いたしましょう。親の因果が子に報い、あわれこの子はろくろっ首──のあれでございます」
ろくろっくびい、と語尾を伸ばすと同時に、明久は自らの首も伸ばしてあたりを見渡した。

「最初の犠牲者は、当主の弟夫婦の次男、光男。死体は、自分の部屋でさかさ吊りの状態で発見されました。頭を下に足首を上にしてぶらあんぶらあんと、こう申しては死者を冒瀆することにもなりかねませんが、なんとも滑稽な有様でございました。さて次の犠牲者は、当主の貴男でございます」
「その口調、なんだか丁寧すぎてうるさくないか、椎名」
唐突に口をはさんだのは、明久の学生寮時代の友人、小松崎だった。
「それにさ、死体の役を俺ひとりで持ち回りでやるのは役者が少ないから仕方ないとしても、事件の真相を語るクライマックスの部分の台本がないってのは一体どういうことだよ」
「台本は、できてるさ」
旅の僧侶役でこの劇の脚本演出を手がけている明久が、やや下向きに落としていた視線をまっすぐに起こす。

「すべての孕み女に、死を」というタイトルの脚本を、明久は春休みいっぱいかけて書き上げた。夏がおわる頃までには上演できるようスタッフを募ったのだが、因習が色濃くのこる旧家に起こった連続密室殺人劇だと知って拒絶反応を示すものが続出し、承諾してくれたのは結局小松崎と水寿子の二名だけだった。
練習には午後の授業の空いている水曜と土曜の放課後が充てられた。「さすらい劇団」と自ら揶揄するだけあって、きまった稽古場所を明久は確保することができなかった。当日の午前中に文学部一号棟の一階ホール伝言板に教室番号を記しておく。そこに二時までに集合する、ということだけ決めておいた。

今日の練習場所は、文学部三号校舎四階の一室だった。
水寿子は窓際の席にすわり、自分の登場する場面をおとなしく待っていた。
「いったい誰が犯人なんだよ。俺か、それとも彼女なのか。死体役としては、誰にどんな理由で殺されるのか知っておく権利があると、俺は思うな」
「だけどそれじゃあ、迫真の演技は期待できないだろ」
「おまえ、わざと台本を渡さないんだな」
明久は、その問いには笑って答えなかった。

台本を手に、水寿子は舞台中央にすすみ出た。
「お母さま、ご覧になりまして、この馬鹿馬鹿しい醜態を。ああ、どうしましょう。あたくし、笑って笑って笑い死にしそうですわ」
ここで水寿子は、自分の部屋でなんども練習した成果を披露した。夏みかんの袋をむく要領だと気付いたのは、ごく最近のことだった。全身を、内臓までも裏返しにして、あたりいちめんに笑いを飛び散らすのだ。
狂気じみた高笑いが、しばらく響きわたった。
「ざまあみろ、だわ。お母さまをないがしろにした罰だわ。バチが当たったのよ。みんなで寄ってたかってお母さまを死に追いやった、そのバチが。ああ、お母さま、どんなにか悔しかったことでしょう。お腹の子どもの始末を、ここにいる鬼のような女たちに強要され、それで結局、みずから命を絶たれてしまわれた、お母さま──」
水寿子はひざまずいた恰好のまま手のひらを下に向け、指先からしたたり落ちる見えない液体に目を凝らす演技をつづけていた。
「だけど、あたくしもずいぶんとお母さまに叱られたわ。言うことを聞かないからって、竹の棒でひどくぶたれたり、階段から突き落とされたり。一晩中、木に縛りつけられたこともあったわ。あのころはお母さまのこと恨んだけれど、でも今となっては感謝しなければならないわね。だってそのおかげであたくし、容疑者のリストに載らなくてすんだんですもの。こんな体のあたくしに、いったいどうやって殺人が犯せるというのかしら」

「そう、彼女には、絶対に犯行は不可能だ。目も見えず、おまけに両足が不自由で立って歩くこともできないんだからな」
小松崎が断言した。

水寿子は床についていた両手を持ち上げ、体を起こした。窓のひとつに、サトの顔がのぞいている。目が合うと、サトはかるく手を振った。