おれは入った時から会社が嫌でたまらなかった。三年間はやろうと思っていた。おれは金をためて大学に入るのが夢だった。特段はっきりとした職業を目指していたわけではなかったが、大学へ行って知識を得たいという気持ちが強かった。しかし、それには最低三年間は働かなければならないように思った。実際に生活してみると、思ったより残らず、いつもぎりぎりの生活であった。
印刷の仕事は校正刷りが多く、何回もやり直しさせられたので残業の連続であった。残業代が入るからいいように思えるが、残業代を見込んで元を安く押えてあるのだから、結局のところ長時間労働をさせられているにすぎないとおれは思っていた。残業も午後十時を過ぎると、頭の中が白っとしてきて発狂しそうな感じになった。頭の中でおれの分身が暴れまくっていた。女性も残業させられていた。タイム・カードは女性の場合二枚あって、二重帳簿になっていた。
おれは、一日が終わってアパートの一室に戻ると、ヌード写真の上の壁に張った自分で作った暦を眺めた。暦は延々とおれが会社をやめる日まで続いていた。おれはその暦のその日のアラビア数字に黒々とマジックでバッテンをつけた。このバッテンがつくのがひどく遅く感じられた。
なんで毎日こんな長時間労働をしなければならないのだろう。それも、ずっと立ちづくめだ。おれは、たまりかねて係長に椅子を置くように言った。もっとも、要求をしたわけではなくて、おそるおそる提案したに過ぎなかったが……。それでも、係長は目を丸くして驚いたものだった。
「そんなことを言ったのはおまえがはじめてだぞ。足が疲れたら見えないように机の陰に行って、こうやって休むんだよ」と言って、自分でやって見せた。ゴキブリみたいに机の陰にへばりついていた。
おれは働くことに熱心過ぎるほど熱心な人たちの中に入ってしまったのだった。おれはその中では異端児で、変わり者であった。しかし、おれからすると、おれはまともで、彼らこそ変わり者のように思えてならなかった。
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