・三つ半の小鷹丸と、
小さな吉祥丸はまだ、
扱いよかった
小鷹丸は大人の話を聞き分け、
教えたりすると納得する
それに何より、
友だちと遊ぶのに関心が、
向いてきている
乳母の子や、
則光の従者の子らと遊んで、
余念がない
よく食べてよく遊ぶせいか、
夜はぐっすり眠る
私は子供の深い眠りに、
おどろかされる
いったん眠ると、
何があっても起きない
眠っている小鷹丸は、
私には(よその子)という感覚で、
捉えられる
小鷹は私にとって、
血がつながっていない
則光ともう一人の女の子で、
私とは何の関係もない
ぐっすりと眠りこむ、
その眠りの深さに私は、
一個の別の生き物という、
事実を見るのである
もしこれが、
私の生んだ子であれば、
眠りもその一体感を、
妨げないであろう
わが子と思えば、
子の眠りすら、
母と子をつなぐ甘美な、
情感の通い路になるのかもしれない
ところが小鷹が目をさますと、
私は面白くなる
この子の陽気な活力ある笑い声、
すこやかな食欲、
活発な動作、
張りのある声、
そういうものに心うばわれる
この子の乳母は病気で、
田舎へ帰ってしまっており、
吉祥の乳母は、
二歳の小隼の面倒を見るのに、
せいいっぱいで、
私が小鷹の世話をしなければ、
ならない
小鷹は父親似なのか、
如才ないところがあり、
私のことをはやくも、
「お母ちゃん」
と呼ぶのであった
朝の粥を音を立てて食べ、
幾杯もおかわりをする
「おいしい?」
と聞くと、にっこりして、
「うん!」
とうなずく表情なんか、
則光そっくりである
友だちの声を聞くと、
箸を置くなりかけだしてゆく
そういう男の子の、
活力というか、
生命力が、
私にはめざましかった
吉祥の方はやっと、
「うまうま」
という言葉がいえる
手足をばたつかせ、
かさ高い衣服に包まれて、
自由にならないと、
怒り声をあげる
衣服をぬいで身軽にしてやると、
大喜びでめまぐるしく、
手足をうごかす
その辺のものを握らせると、
いつまでも打ち振って遊ぶ
吉祥にあつい頬ずりして、
そのやわらかな肌を楽しむ
則光の子というのでもなく、
誰が生んだというのでなく、
赤ん坊は愛らしかった
私の腕に、
戦慄に似た熱い情感が通う
それは太古から、
女の本能の血のゆらぎ、
というべきものかもしれない
女の腕は本来、
子供を抱くために、
作られているのではないか、
と思ったりするほど、
吉祥を抱くとき、
私は深い喜びを感ずる
ぱっちりした黒目に、
私がうつっている
「ばあ」
というと吉祥は、
キャッキャッと喜ぶ
赤ん坊の喜びが、
私の心に限りない愉悦の泉を、
あふれさせのめりこんでしまう
「まあ
こんなにお子さま好き、
とは思いませんでした」
私の乳姉妹の浅茅が、
おどろいていた
「海松子さまが、
そうお子さま好きなら、
ご自分のお子はおできに、
ならないかもしれない」
「どうして?」
「子供好きには、
子は生まれないって、
世間でよくいいます」
この浅茅は、
私より早く結婚していて、
もう小鷹くらいの女の子がある
結婚して数年、
家に引っ込んでいたのだが、
私が子供を引き取り、
難儀しているのを見て、
再び仕えてくれるようになった
上と下の子は、
扱いやすいのであるが、
まん中の二つの子が、
台風の目である
少しもじっとしていなくて、
家の中も外も走り回る
部屋中手当たり次第に散らかし、
破ったり倒したり、
墨をこぼしたりする
何でも、
「いや!」
といい、
「キ~ッ!」
と声を立てて怒ったりする
うるさくまとわりつき、
見さかいなくものを引き出したり、
開けたりする
私はへとへとになった
私は部屋の中のものを、
すっかり片づけるようにいいつけた
小隼に引っかきまわされるのが、
いやだったから
則光は反対した
「子供はいろんな乱暴をして、
成長してゆくんだ
しかたないさ
もう二、三年の辛抱だよ」
則光といい浅茅といい、
子供を育てた人間は、
どこか悠揚迫らないものがあった
どこがどうということなく、
子供たちが何をしても、
驚かない
その反面、
私みたいに、
いちいち子供のしぐさや、
状態について持つ、
あの新鮮な驚きは磨滅して、
いるようだった
私が吉祥にみとれて、
何時間も相手になっているのを、
優越感でもって笑うのだった
彼らは子供のいたずらに、
驚かないのと同じく、
子供の可愛らしさ、
純真なしぐさ、
に慣れっこになって、
私みたいに飛び上がらなかった
(次回へ)