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異形の仲間たち見聞録

私が見てきた精神疾患者たち

異形の仲間たちとの交遊録 「精神障害から身体症状へ」

2024年06月15日 14時22分38秒 | 異形の仲間たち見聞録
精神障害は精神障害だけに留まらず、さまざまなことに影響を及ぼします。
この方はPTSD持ちなのですが、あるときから味覚障害になりました。それも一年の内の一定期間、それも毎年同じ時期に。なにしろ、美味しく感じられなく食欲減退、倦怠感も強くなるので生活レベルも相当に落ちる。この時期は5kgほど体重が落ちて、その時期が過ぎると過食気味になって、ややテンションが高くなる。以前は恋愛依存・性交渉依存・買いもの依存などが起こって大変苦労した。今はそれらの依存症は減退しており、ただ味覚障害だけが問題レベルとして残っている。
食べられなくなると、寝たきりの期間が長くなって、買いものにも行けなくなる。家には食べ物がなくなり、たまに食欲が湧いても食べ物はないという悪循環。近隣には頼れる家族、友人がおらずさらに本人の「人に頼ってはいけない」という性格も問題に拍車を掛けている。
この味覚障害はPTSDの発症時に起こったわけでなく、発症後約10年後に発症して味覚障害が出てから約10年後の現在でも残っている。この先、減退していくのか、この症状と別の症状も追加されていくのか、そもそもなぜこの症状が出てきたのだろうか?

なぞ






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異形の仲間たちとの交遊録 「一人は気楽か?ツラいのか?-発達障害の心を考える」

2024年02月16日 14時11分45秒 | 異形の仲間たち見聞録
発達障害で時折みられる、集団から逸脱した行動や発言は、この文面では言い表せない発達障害独特なものがあります。それによって孤立することもよくある話しですが、それは発達障害当事者にとって、どの程度重要なのか?重要でないのか?「ツラい!」「別に!」と当人は言うが本当のところはどうなのか?疑問だらけです。
私の手法(あえて手法と言います)は「こちらからはなにも言わずに寄り添う」「当事者の発言を待つ」「話しやすい雰囲気」「話しやすい態度」「話しやすいように、こちらが隙を見せる」ということです。
小賢しいのかも知れません、ずるいのかも知れませんが…。
当事者の話の内容は右往左往、前後不覚になるでしょう。矛盾も出てきます。(こんなの健常者にもあるでしょ?)発達障害独特の言い回しや表現、考え方があるのは当然です。一般的にカウンセリングは当事者が話していく内に整理が付いてくる、統合されていく、気づきが出るという事が言われますが差別的言い方に聞こえたら、それは誤解ですが気付いても思い返さなかったり、その後の行動に振り返りが反映されないこともあります。(健常高齢者にもある話し)傍目で見ている人が改善されていないように見える発達障害当事者に対してどう接するか?どのような解釈をするのか?が問題です。私はその域までには達していないのですが、周りとトラブルが少なくなるような一種の「ガイド」が必要なんだろうと思います。なかなか口頭では難しい。文章にしたものも発達障害の特性の中では難しい人も大勢います。解りやすいイラストで簡潔で大きな文字、解りやすい場所に掲示したり、こまめな面談などをしていく必要がある。
このガイドを行うには組織の上部がどこまで真剣に考えているのか、問題視しているのかにかかってきます。

組織の中では同僚・上司がいるのでガイドが必要なのですが生活する上で、発達障害者が「生きにくさ」を感じているのか?「孤独がツラい」と考えているのか?例えば「生きにくさ」や「孤独感」を感じていなければそれでOKなのか?そのような職になくても、家族にいなくても、近所にいなくても、友人にいなくても考えて欲しいと思います。


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異形の仲間たち 「就職-退職を繰り返す『双極性障害』+『発達障害』も?」

2024年01月12日 10時11分09秒 | 異形の仲間たち見聞録
双極性障害(国立精神・神経医療研究センターのHPへ飛びます)は、かつて「躁鬱病」と呼ばれていました。(現在でも使われているようですが)
さて、大学を卒業して最初に勤めた会社でパワーハラスメントを受けた女性。しばらくは休職していたものの復帰したとしても職場の受け入れは難しく、休職期間が終わるのを契機に退職。しばらくは生活保護を受給して過ごしていたり、実家に帰省したりして静養に努めていました。その間は寝たきりだったり、リストカットをしたり、不眠時期が続いたりして浮く沈みが激しかったようです。2年ほどそのような時期があって「体調も戻ってきたし、なんだか気分もいい」ということで就職活動を経て、同業種へ再就職。その再就職先でも同様のパワハラを受けて退職。また、静養期間を経てまた同業種へ再々就職。その経緯を聞いていると、過剰に仕事を引き受けて仕事が回らなくなり、同僚、上司から叱責されて居場所が無くなり気分の落ち込みがあって退職・就職を繰り返しているようでした。医師の診断は「うつ病」。就職、再就職後は気分が上がり自分の容量を超えて仕事を引き受けて潰れる。どうやら職場ではコミュニケーションを取れていなかったり、協調性が無かったり、場の空気を読めていない様子…。「空回り」ということですね。会社というのは「社会」の重要な一つですから協調性が無ければその一員として暮らしていくのは難しい。付け足すと学校で勉強して分野には強い興味を持っていて寝る間も惜しん
で勉強していて、こうなると仕事に影響してくるのは当然のことでしょう。
私が見る限りでは「双極性障害+発達障害」の傾向が強く、就職/退職を繰り返す、そのことを振り返り「繰り返すことの無いように気をつけよう」ということではなく「就職した会社が悪い」という考えで止まっていて、このようなことが続くと長続きは難しい…。心理療法を勧めたが「私は大丈夫!そこまで悪くない。」とのこと。今通院している病院では心理プログラムは実施しておらず、他院へ赴いて受けるというのは、なかなかハードルが高くなる。病識がなかったり、自分を見つめることが難しいとつまづきを繰り返す傾向にあります。当面は相談に乗るという関わりが続きそうです。


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異形の仲間たちとの見聞録 「理解されづらい、理解されにくい『発達障害』周りの人の対処は?」

2023年10月24日 22時19分35秒 | 異形の仲間たち見聞録
鬱が精神疾患としてフィーチャーされて久しくなり、昨今は発達障害が最近のブームになっております。ですが、鬱にしても発達障害にしても、実際に近所に居たり、職場に居たり、家族に居るとグッと問題は接近し切迫します。
発達障害の場合、言動や興味にムラがあって均一さに欠いており、それは日常生活のみならず、会社を含む社会にまで及びます。一見して奔放な言動や行動は理解されず、怒りを買い、排除されてきたことが多い。仕事ではそんなことから発達障害に限ったことではないが転職を余儀なくされ、必然的に「職歴の多さ=トラブルの多さ」とめざとい人事担当者からは汲み取られることもある。職場や地域に入って、今まで発達障害者に接してこなかった人の中でも「理解したい」と思う人には、おそらくハードルが高い。沈んでいる人ではなく、どこかのタイミングで『暴走』のように興味が出て突っ走る。社会で言う「報告・連絡・相談」という段取りを踏まずであるから、「理解したい」という人が離れてしまうことを非難は出来ない。また、当の本人も「なに?なぜ?」みたいな人も居れば、なんにも感じずに「我が道を行き過ぎる」人もいる。この社会と発達障害当事者との「仲介人」は居ないのか?現実的に通常業務をしながら「仲介人」をするのは、そうとう骨が折れる話しだ。それはA,Bの事業所であっても、会社の障害者雇用でも同じ話だ。それ以前に「障害者は残らず働かなくてはいけないのか?」という前提から考えなければいけない。





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異形の仲間たちとの見聞録 「専門医が少ない『PTSD(心的外傷後ストレス障害)』」

2023年09月02日 11時57分32秒 | 異形の仲間たち見聞録
日本でPTSD(心的外傷後ストレス障害)がメディアに出はじめたのが1995年1月に起きた阪神・淡路大震災。余震や避難場所、その後の日常性を過ごす中で寝ている時や起きていている時もフラッシュバックや不眠、うつなど様々な身体症状に悩まされた。故 中井久夫氏はPTSDの研究や兵庫県こころのケアセンター立ち上げにも尽力されている。そういう所から見ると日本のPTSD、トラウマ研究は非常に遅いと言える。アメリカではベトナム戦争(1954~1975年)の帰還兵の異常な行動などから研究が始まっていることを考えると雲泥の差だ。日本でも第二次世界大戦/太平洋戦争の帰還兵や被災者にPTSDの症状は出ていたが、研究にまでは至らなかった。「戦争神経症」といわれるものである。私の外戚の叔父も大陸で伍長として戦って抑留生活の後、帰還したが寝ている時に大声を出したり、気鬱になったりすることが多かったと聞いた。しかし、昭和二十年代の日本には精神科に通うのは近所の眼もあったし、専門医は皆無であったことから治療することが出来なかったのだと思う。30年ほど前でも地方では精神科病院やクリニックは少なく、ましてやPTSDを診てくれるような医師は居なかった。現在でも都心や大阪などでも診てくれるところは個人医では少なく、大きな病院に行かなくてはならない。以前に取り上げた解離性障害当事者も妥協して、専門医ではない所に通院している人が多い。となると積極的な治療は行われないから寛解までの道は遠く、一生ツラい症状と付き合って行かなければならない。精神障害の年金もPTSDや解離性障害では審査が通りにくい。知識が無いからだ。病院でも詐病を疑われる。弁舌に優れている患者が雄弁にそれも長時間を掛けて説明しないと医師には伝わらない。しかし、そんな患者は当然少ない。この医療の怠慢は患者の苦しみを長くさせる。







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