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前向きに生きてます ~肺アスペルギルス症

子供の頃から病弱で・・
今は喘息、肺アスペルギルス、気管支拡張症です。
でも前向きに生きて行きますよ~

恵那養護学校の頃を思い出して・・・

2021-04-22 18:28:55 | 恵那養護学校
今から40年以上前に私は恵那市の養護学校にいました。
今の市立恵那病院ですが以前は国立療養所恵那病院でした。

私はそこに入院していて、養護学校に通っていました。
国立恵那病院も私が入院した時は木造でとても古い病棟でした。
恵那養護学校もとても古い木造の学校の校舎でした。
しばらくすると病棟の工事が始まり、どんどん病棟が新しくなって行きました。
その後、養護学校も取り壊され、少し離れたところに新しい恵那養護学校ができました。

現在は岐阜県立白鳩学園となっていますが、昔はその場所が恵那養護学校でした。
あのあたりも山ばかりでしたが、今はとても開けて明るくなり全く変わってました。

今思い出すと懐かしい思い出がいろいろ蘇ってきます。
記憶のあるうちに記録して行きたいと思います。

子供病棟

2012-04-10 20:53:08 | 恵那養護学校
入院した所は、子供病棟で、小学生から中学生の子供ばかり大勢でした、
中には私と同じ喘息の子や、ネフローゼの子、糖尿病の子供が主にいました。
ネフローゼの子はみんな顔が浮腫んでいました。
ネフローゼの子は一人ずつ、おしっこを貯めるビンがあって、みんなそこに尿を貯めていました。
見ると、おしっこが濁っていました、蛋白が出ていたようです。

療養所で、しばらくした時にいつの間にか、ホームシックも収まってました。
みんな、子供ばかりなので、すぐ友達になって、一緒に遊びはじめました。

療養所に併設してこれも古い養護学校がありました、小中学校の子供は全員その学校に行きました。
療養所から、屋根つきの渡り廊下を通って学校まで行けるようになっていました。
距離にして、300メートルぐらいだったでしょうか、途中に使われなくなった
結核病棟を通らなければならないのですが、そこが妙に怖くて走って行った覚えがあります。
冬の夕方になるとすぐ暗くなるので、帰りが怖かったものです。

つづく・・・