宮尾登美子著「櫂」と土佐の食べ物

2007-06-12 22:42:10 | 高知の情景
                 ↑「かめぞう」


宮尾登美子先生の小説「櫂」は十市の楊梅売りが緑町の富田家に天秤棒
を担いで現れる場面から始まる。


一年の内、5月末から6月にかけての2週間位しか市場に出回らないため
下手をすると何年もお目に掛からない事が有る果実だ。








↑山内神社境内の山桃


種離れが悪く役が掛かる故、好き嫌いが分かれる土佐の果実だがこの小さく
て甘すっぱい実が、なんとも郷愁を誘うのは小学生の頃、山内神社の境内で
母に『はそいから登ったら遺憾よ』と言われていても年長に誘われるまま登った
木の上で怖い思いをした記憶が蘇るからだろう。







↑奈半利町加領郷の広東(カントン)


今は実の大きな「かんとん」も同じ位の値段で売られているが、やはり昔から
親しんだ味はこの「亀蔵」と呼ばれる小振りな実のほう。
塩をぱらぱらと振り、転がして馴染んだら食べてみて下さい、野趣溢れる味が
します。


この小説をグルメ的視点で読んでみると「宮尾登美子」先生のまるで写真機で
写し取ったかのように詳細な情景模写が連綿と綴られる文章に魅了される。


それでは「食べ物」に関する部分に注目しながら見ていきましょう。



               ∫∫∫



『姐さんの、焦げて指先の出た軍手で掻き出されるおいらん芋は水飴(りょう
せん)のように甘く、縦にほろほろと割れる栗芋は咽に詰まるように美味しい』
(第一部一)







↑一文橋の袂に今も残る栴檀の木


『夏場になると、栴檀の木陰には葦簀囲いの店を出して年寄り夫婦が心太
(ところてん)を売っていたし、この頃では川向かいに製材所が出来、太い
丸太が棕櫚縄に・・・・・・』
(第一部二)







↑「一文橋」の夕焼け




『清潔好きで通っている関の爺さんの真白な上っ被り、ぴかぴかに磨き立てた
銅の釜、朝露のように透き通った美しいコップなども無論安心だけれど、熱い
飴湯の上に爺さんが鶴首のガラス瓶を傾けてぴん、ぴんと垂らす香りのいい生
姜汁で躰中が、かあーっと暖まるのが病人には特に効くように思える』
(第二部二)



『先頃、京町には世界館という小屋に活動が常時掛かり、そのわきにハイカラ
な構えの「ブラジル」という店が出来、其処では金地気の出た番茶のように真
黒な、苦いコーヒーという飲物を売っている話を、若い者が噂しているのを聞い
たことがある』
(第二部二)



『傍らで龍太郎は口笛でも吹くほどに浮かれており、帰り道はこれから中之橋
通りを鏡川に出、この春架かったばかりの天神橋を見て大橋通へ入り新世界
で大正琴を買ってから「ねぼけ」で鰻を食べて去のうという』
(第二部四)





※菊の嫁入りを前にして


『一日、喜和は菊を連れて種崎町へ行き、鏡台、箪笥、水屋を揃えたあと
「徳右衛門」に上がって差し向かいで月見うどんを食べた』
(第三部六)





※喜和の退院後、緑町から移り住んだ海岸通の新居では


『以前は釜屋に岩伍の座などなかったのに、こちらでは上衿の掛け目に楊枝
など差しては穏やかな顔付きでよく此処に座り、喜和が病後の躰を励ましな
がら心を込めて作る鱸(すずき)の膾(なます)や、ハゼの飴煮や黒鯛(ちぬ)
の潮煮や、松茸、昆布、鰹節を幾日もとろ火で煮込んだ煮好という佃煮など
まことに旨そうに満足そうに口に運ぶ』
(第四部一)





※食べ物の話では無いが現存するところでは


『喜和は岩伍と連れ立って、江の口川の土提を歩いた覚えはないように思える
のに十五の年を思い出せば岩伍があり、岩伍を思い出せば不思議に江の口川
の下の弥右衛門ケ淵の藍の深さがすぐ目の前にあった』
(第四部三)










↑弥右衛門ケ淵から東方を望む









↑「弥右衛門橋」から一つ上の「海老ノ丸橋」近く下知変電所前南北の通り
には今も「山桃」が植えられており、この季節「赤く色付いた実」の存在感を
誇示するかの如く、熟れた実を樹の周りにバラバラ落としていた。





※綾子を連れて家を出た喜和が漸く(ようやく)饂飩屋を始めようと


『自分でも売り店を探しに出かけたり、綾子の戻りを待ち兼ねては「湖月」
「徳衛右門」「十一屋」「一心」「やぶ」など味自慢の盛り場の店へ試しに
出掛けるのであった』
(第四部五)








「十一屋」の天ぷら饂飩


※この後、中之橋通りに有る「八幡家」という饂飩屋を居抜きで買い取る事
になるのだが、この店が実際に有ったか否かは作者本人に聞く以外、調べる
術が無い。




※義理の娘「綾子」を岩伍の元へ返す当日には


『夕方学校から戻ってきた綾子を連れて喜和は外へ出、「湖月」で天丼を
奢ってから閉めた店へまた帰った。呼んであったハイヤーは八時かっきり
店の前に止まり、止まった車の後ろを上げて道具類を積み込み、座席には
通学鞄を抱えた綾子と、ショールで顔を掩った喜和が乗込む』
(第四部五)





「湖月」の天丼と江戸前蕎麦



                  ∫∫∫



591頁にもなる、この小説を一気に読んだ後、五社英雄監督の映画もDVDで観たの
ですが、こちらの方は「食事の場面」は殆ど出て来ず終いでした。


7月に発売されるNHKドラマ「春燈」のDVDが待ち遠しい「松たか子」ファンの
タカシです。
えっ「高知初公演のコンサート」ですか、勿論行きましたとも。






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4 コメント

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おややまももですか、奇遇ですね (弥二朗)
2007-06-14 17:50:29
私もやまももの実と木アップしました。
高知県地方は、やまももとびわが旬な、入梅ですね。
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何処ですか? (タカシ。)
2007-06-15 07:14:56
大きな実ですねえ、カントンの様に見えますが、何処でしょう。山桃を探すときは下を見て歩いて行けば簡単に見つけられますけど。ヒントはゴルフのネットかなあ?


http://www.flickr.com/photos/8jiro/


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なかなかの (のるぶ)
2007-06-16 07:23:14
力作ですね。読んでいて(見ていて)なんだか散歩に出かけたくなるような、そんな気持に誘われました。

「シリーズ街角」今後も楽しみにしております。
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のるぶさん (タカシ。)
2007-06-17 10:56:56
恐縮です、また良い題材がみつかりましたら続けます。ジャンル上、どうしても近視眼的な写真が多くなりがちですが本当は空気感を感じるような写真が撮りたいがです。コンデジでは難しいですけど。
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