日々・ひび・ひひっ!

五行歌(一呼吸で読める長さを一行とした五行の歌)に関する話題を中心とした、稲田準子(いなだっち)の日々のこと。

試食魔

2006年12月16日 | お仕事な日々
そのスーパーには、試食魔がいた。

試食魔というのは、
試食するという動機を強く持ち、
逆に、
(試食品以外の商品に対しても)
購入する動機は最初から皆無で、
食べることのみを目的に
やってくる人たちのことだ。

こんなにあからさまな、
試食魔が、
何人もはびこっているスーパーは、
初めてだった。

そして、その中のひとりと
思わず素になって、
関わってしまったのも初めて。

     ★

その試食魔は、女だった。
ヤマンバのような、白髪交じりの、
ざんばら髪だった。

私のところに来た時、
手には、
私とは道を挟んで隣の、
マネキンさんが売っていた、
ヨーグルトと
ホイップしていない生クリームを混ぜたものを
かけられた、
コーンフレークの
カップを持ったままで。

女は、
私に、
私が売っている商品の説明を求めてきた。

私は「なんだ?こいつ」と思いながら、
仕方なく商品の説明をする。

女は気持ち悪いやさしい口調で、
トンチンカンな質問をする。

私はうっとおしくなって、
試食品を、女に渡す。

女は、いやらしく笑い、
それを食べようとしたら、
試食品は、
女に食べられるのが嫌だったのか、
爪楊枝から、真っ逆さまに、
地面に落ちた。

「食べられへんかった!食べられへんかったよ~ん!」

と、年齢に似合わない口調で嘆く女を、
避けるだけ避けようと、
私はウェットティッシュを女に渡したり、
地面を拭いたりして、
無駄な時間稼ぎをする。

もちろん、そんなことで、
女はどこかへ行こうとするわけもなく、
服が汚れたことより、
食べれなかったことを、あからさまに嘆き続け。

嫌で嫌で仕方ない私は、
ようやく諦めて、
もう一度試食品を女に渡す。

女は泣き止んだ子どものように、
喜んで食べた。

「あんた、やさしいねぇ」
と、なにかいやらしさを含んだ言い方で、
女は私に言った。

後になって気づいたが、
これは私がチョロイマネキンだと判断された、
ということだった。

そして、
私の試食品が乗っていたお皿のチョコレートに、
気がついて、

「あ、これ頂戴!」といって、
私の隣のマネキンからの、
コーンフレークのカップと一緒にもらった、
すでに女の唾液のついたスプーンで、
お皿にかけられていた
チョコレートシロップをすくい始めた。

「あっちのなんか、ヨーグルトとかなんかしらんけど、
イマイチすっぱかったけど、
あんたのとこのチョコレート乗せたら、
おいしくなったわ!!」

と、女は、王様のように、
褒めて遣わすって態度で、
私に言った。

(※ちなみに私が売っていたのは、
クリームチーズ。
ケーキの材料だけではなく、
チョコレートやココアを振りかけて、
そのまま食べることができるという
デモンストレーションをしていた)

「そうですか」と一言言って、私は終わる。

ようやく、女は、
私から離れて、次の試食台へ行った。

思わず、
「何?あれ!」と、
コーンフレークに、ヨーグルトと生クリームを混ぜたのを
かけて売っていた、
隣のマネキンさんに聞いたら、

「試食魔。昨日も、朝と夕方に来た。
多分、今日も、もう一回来ると思うよ」

と、
うっとおしそうに言う。

何!?夕方も来るの!?

     ★

試食品を捨てて、
女の唾液がついた皿を洗って、
売り場に戻っても、
試食魔の女は、眼中に入る場所で、
ウロウロしていた。

女は男とカップルになってきていた。
ふたりで、何か物色しているようにも、
見えないこともないが、
絶対にそんなことはなく。

ある一定の場所から、去ろうとしない。

なんとなく、嫌な予感がした。

私の斜め前のマネキンさんは、
冷凍のお好み焼きを焼いていた。

もしかして……。

     ★

やっぱり、そのお好み焼きが、
焼きあがった頃、
その試食魔の男女は現れた。

どうやら、
一番、アツアツのお好み焼きを、
狙っていたらしい。

かわいそうに、
小柄なマネキンさんは、
試食魔の男女に囲まれて、
私からは姿すら見えない。

ホットプレートとマネキンさんを隠すようにして、
脂肪がつきすぎているヤマンバ女とやせがたの男が
猫背になって、
お好み焼きを待つ姿は、
ゴミ箱をあさるカラスの姿にも似て、
気持ち悪かった。

どうすることもできないので、
私は、数少ないお客さんたちに、
声をかける。

すると、
お好み焼きのふっくらした、
一番中央部分を食べた女は、
満足した後のデザートに、
私の試食品をもう一度狙ってきた。

「ちょうちょう。もう一回、それ頂戴!!」

その親しい気軽さは、どこから出てきたんだ、
と、思わず驚いた。

そして、その驚きが、
私を「素の私」にした。

「え!?嫌です。やめてください!」

と、女に背を向けて、試食品を遠ざけた。

「なんでやの!?一個ぐらい、いいやろ!?」
「さっき食べたでしょ!もう十分味はわかっているでしょ!?」

と、何度か言い争った末、
女は私を後ろから抱きすくめたかたちになって、
多分、見えていないであろう試食品にに手を伸ばし、
一個とった。

私と女は向き合う。

「あんた、客に対してなんて口の聞き方するねん!」

客?客って誰が?

「でも、お客さんは、すでに食べましたよね。
こぼしたけれど、もう一回、渡したでしょ!?
私にしてみれば、二個もお客さんに渡しているんです。
沢山の人に食べていただいて、
味を見てもらって、
私ら、
買ってもらうか、やめられるのか、
判断してもらっているんです。
味はもう、十分わかっているでしょう!?
で、買う気はないんでしょ!」

と、言い返す。

「おまえなんか、勘違いしてるんちゃうか?
あたしは客やで。
さっきは、やさしいかと思ってたのに!?
つけあがってるんちゃうか!?
もう買ったれへんで!?」

だから、
買う気なんかないんやろ。よーいうわ。

「無理なものは、無理なんです」

と、突っぱねる。

「おまえ、なんていう名前やねん」

と、女は私の名前を聞いてきた。

その瞬間、何かが胸に焼きついた感触がして、
「しまった」と思った。

一瞬躊躇した後に、
「稲田(ここでは仮名)です」と答える。

「稲田ね。お前なんか、クビにしてやらぁ」

と、捨て台詞と鬼の形相で、
女は立ち去っていった。

     ★

「しまった」と思ったのは、
クビにされることを恐れたわけでもなく、
スーパーに迷惑をかけるかもという、
社会的な判断でもなく、
女の「念」が、
胸に焼きついた感覚がしたからだ。

女の「念」を胸に烙印され、
さらに、名前を言ったことを悔やんだ。

烙印はやがて、血を吸い尽くす、
ヒルのように、胸に巣食って、
最低限生きるために必要な、
エネルギーまでも奪っていく。

仕事中はまだいい。

それでも、ことあるごとに、
誰ももう、話題にしないのに、
「夕方来るんかなぁ。あの試食魔」とか、
「そろそろ来るんやろか、あの試食魔」と、
私から話題にしてしゃべるようにした。

そうやって拭うしか、手立てが思いつかなかった。

端から見れば、ビビッているように見えただろう。
それも、否定はしないけど、
それ以上に、
このやり場のない腹立たしさを、
どう短時間で、プラマイゼロにするかのほうが、
私には、深刻だった。

     ★

結局、夕方、その試食魔の女は来なかった。
私とやりあったことで、ケチがついたのだろう。

実際はどうかはしらない。
自惚れだとしても、自分を鼓舞するために、
そう思うことにした。

予想していたとおり、
仕事が終わったとたん、
腹立たしさと、無気力感が、
私の中でゴチャゴチャとした。

家に帰ると、
つまらないことで夫と言い争いをしたりをして、
ものすごく、イライラした。

せめて、真っ向から勝負せず、
名前を聞かれたら、
「鬼瓦です」と、いい加減な偽名でも使えばよかった。

そんな余裕がでなかった自分にも腹がたつ。

素になって(それでも冷静に)、
言い合ったことは後悔していない。

無意味に仕返しを、恐れる気持ちも
なかったといえば嘘だけど、
微々たるものだった。

ただ、急激にカッとなれば、急激にドッと落ちる。

生きるエネルギーが低い人に、
無駄にエネルギーを奪われて。

明日、芦屋歌会なのに、
それまでに、一定量戻ってくるんだろうか。

夫に八つ当たりしながら、
不安なまま、眠りについた。

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2 コメント

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試食魔s (eQ)
2006-12-19 00:15:47
 現代に残る最も原始的な「呪」は、名前です。
 名前を知られることによって、人は特定され、束縛され、操作される。
 ストーカーが一番最初に知りたがるのも名前だし、
だからたぶん、拒絶したい人に名前を知られるというのは、呪われそうで気味が悪いものなのかも知れません。
 ところで、私が前いた生協のお店では、兄弟なのかなんだか、子どもが5人くらいワッと来て、惣菜の試食に群がり、ワッと駆けていった後の皿は空っぽになっています。空になった皿を見たパートさんの言葉が、「やられた。」・・・これも、お客様に対して申し上げるコメントではないんですが。
 ところが、空になった皿にまたコロッケなんぞを一口大に切って盛って対面に出すと、またさっきの軍団がワッとやって来て食い尽くしてしまう。
 しまいには、本来対面に出て「いらっしゃいませ」と呼び込みする役目のパートさんが、いつの間にか甲板上の監視員と化して、「海賊が来たよー!」の合図で、待機していたパートさんが急いで試食のコロッケを隠すという、わけのわからないゲームが始まってしまうのでした。
 私達は、その集団の名前も実態もつかむことがだきませんでした。ただわかっていたのは、コロッケが好きだということだけでした。
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お客さん (いなだっち)
2006-12-19 09:27:18
私も名前は「呪(呪文)」だと思います。

ちなみに、歌(五行歌)とは、
感情に名前をつけてあげることだとも思っています。

そう普段から思っているだけに、
「くそーっ!」と思うのです。

ぱっとそういうことが、
思い浮かばないということが、
ものすごく、自分に腹が立つ。

名前を名乗らない相手に、
自分だけ名乗るのは、アンフェア。
経験として、活かしていきたいです。

でも、
「お客さん」とは、
どういう人を言うんでしょうね。

その店の中にいるだけで、
お客さんとは呼びたくないのが本音です。

何らかの購入意思がない人は、
ただの「通りすがりの人」としか思えない。

端から見れば、わからないお話だと思うし、
「通りすがりの人」が、
いつ「お客さん」に変わってしまうかも、
わかりませんしね。

でも、試食魔は、
客という偽名を使った「営業妨害」という
犯罪をする
チンピラとしか思えない。

監視をして、コロッケを隠すというのは、
本来の目的を見失いがちになりますが、
商品がどうのという以前に、
プライドを守る行為ですよね。
私も、
そのわけのわからないゲームに参加しない保障は、
どこにもない。

大きな視野を持って、考えていくしかない、
という、抽象的なことしか、
今は、思い浮かびませんね。
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