☆元気がでる!お参りブログ☆ by心経営塾

全国の美容師さん&理容師さんへ【元気パワー】をお送りします♪

友達

2007年04月10日 | 心経営塾
美容師として新しい職場で、
希望に胸をふくらませている人
不安と緊張の中で迷っている人
それぞれの思いを持ってスタートラインに立っていることでしょう。


新しい出会いもたくさん待っている。
特に新しい友人(同僚)との出会い…


友達を求めている人への教訓になる
素晴らしい詩があります。

友達をつくる秘訣を見事に言い得ています。




................................................


『友達』


『困った時、助けてくれたり

自分の事のように心配して

相談に乗ってくれる

そんな友人が欲しい?





馬鹿野郎!!



友達が欲しかったら

困った時助けてやり

相談に乗り

心配してやる事だ


そして相手に何も期待しない事

それが友人を作る秘訣だ』


ビートたけし詩集


やっぱりビートたけし氏はただものではない!


ありがとうございました

日本語の不思議 その1

2007年04月03日 | お参り日記
日本語には、東洋思想独特の言葉がありますよね。

例えば、

「誕生」・・・
生まれること、この世に生を受けること。
「誕」の字は「仮」と言う意味でもあるようです。
仮に「生」を受けている状態が「誕生」であると言う意味。

「生前」・・・
「生まれる前」ではありません。常識ですが、
「死ぬ前」のことです。


ではなぜ「死前」と言わないのか?
言い換えると、生きている間のことを
後から振り返ってこのように言います。

「往生」・・・
「生に往く」と書きます。意味としては「死ぬこと」。
「大往生」と言ったりもします。

これだけ見ても、日本語は不思議です。
であるならば、そもそも「死」とは何なのか?
肉体の姿は「仮」であるというわけです。

つまり、我々の正体は実体を持たないのではないか?
たとえばタンスの角に「ゴン」と頭を打って倒れた人が
その時点で、死んでしまったとする。
しかし外から見ても、見掛けには何も変わらない。
生きているときと見た目には変わらないのに、
死ぬと肉体は三日で腐り始める。

果たして、「生きている」と「死んでいる」との間に、
どのような違いがあるのだろうか?

どうやら、そこに「命」という存在がある間は、
肉体は動いていて腐らない。

ところが「命」がそこからなくなることにより、
動かなくなり、やがて腐る。

「体」に「命」が入っているときだけ私たちは動けて、
そして腐らない。
昔の日本人は、どうやら、そういったことを知っていて、
日本語はつくづく良くできているのですが、

「体」は、「カラだ」・・・

オヤジギャグは、さておき、


①「誕生」・・・仮に「生」を受けている状態
  ↓
②「生前」・・・「死ぬ前」のこと
  ↓       
③「往生」・・・「生の世界に往く」

という、一連の流れをみると、

①暗いトンネル
  ↓
②青空の開けた景色
  ↓
①暗いトンネル
  ↓
②青空の開けた景色
  ↓

という風に走る電車に人間の「生死」を当てはめると、
肉体のある状態とは、トンネルか青空のどちらなのだろうか?といったときに、
「トンネル」が「生」と言えるのです。

それは、
「食べないとならない」
「呼吸しないとならない」
「働かないとならない」・・・
いろいろと制約だらけの状態であるわけです。


①「誕生」・・・仮に「生」を受けている状態
  ↓
②「生前」・・・「死ぬ前」のこと
  ↓       
③「往生」・・・「生の世界に往く」


この流れを、ただ、たんたんと生きてゆくこと。
「病気」「事故」などは考えなくても良いこと。
まして「死」などに思い煩わすものではない。
よく「死が近い」などと、
ネガティブな予言をする者がいるが、
まったく信用する必要ない。

そんなもの、
「4(し)が近い」など、
「3.5→3.6→3.7→と行って、3.9(サンキュー)と言えたときが、
それは4(し)ぬ時」なんて、
そんな程度のものなんです。

「今に心を入れてゆくこと」。

昔の人は「念」の文字にそういった意味をこめたのです。
「念を入れる」とは、
今、この時を淡々と、楽しく生きてゆくことなのです。


ありがとうございます。

大切なものが残る【元気新聞4月号より】

2007年04月01日 | 無印ウエストからのインフォメーション
お知らせで~す(^o^)丿

日本一元気がでる新聞も第10号になりました。
4月号の発送は、第1週目中になるかと思います。
ぜひ!楽しみにしていてください。

今月号は、
★21世紀心の時代、
繁盛店にみる【モノの見方・捉え方】
人気店の秘訣は大自然と繋がるサロン経営術
2回連載でお届けいたしますm(__)m

すこ~しだけご紹介です。
大阪狭山市の激戦区で、
いつ伺ってもお客さまはいっぱい
予約電話は鳴りっぱなし
毎日、クチ込みで新規のお客さま増加
ん~お昼ごはんは、いつ食べてるんだろ?
っと、いうサロンさま
Hair's・Bar・BINさま

http://www.bin.st/

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そこで・・・元気新聞の今月の言霊をご紹介します
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大切にしたものが残る

恋人を大切にする人は、恋人が残る

友人を大切にする人は、友人が残る

お客さまを大切にする人は、お客さまが残る

自分しか大切にしない人は、自分だけが残る


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おかげさまでワタシたちは
関西エリアだけでも
月間に、1000店舗以上のサロンさまへ
出入りさせていただいております。
全国となりますと・・・もっとです。

そうしますと
おのずと繁盛店の共通項なども
見えてきたりします。

今月号から、少しづつ
そうした共通項、新発見もご紹介させて
いただこうと思います。


ありがとうございました。

なぜ?頑張ってはいけないのか

2007年03月28日 | 心経営塾
「頑張ってねー」

「うん!頑張るよぉー」

「お互いガンバろー!」

「とにかくがんばっていこうねぇー」

・・・

とかく、あまり深い意味もなく
あいさつの延長で使われている「がんばる」。

頑張る=とは、そもそもの語源は、眼張ると書き
「そこから見張る、一定の場から動かない」という。

なので、「我を張る」=頑張る。


頑張る というのは、ただただ「我」を張ってるだけなのです。


だから、誰かを育てようとして、
「頑張れ!」と言うのはクビをかしげてしまいませんか?

育てるというのは、その人が持つ素質・資質を引き出すこと
なので、我を張らせてしまうと磨けばキラリと光る能力が
もっと奥へ奥へとしまいこまれてしまいます。

本当に育てるのなら、

「がんばらなくていいよ」=「あなたらしく、あなたのままでいいよ」と
すべてを認めてやって、受け入れてやることで
不必要な力や、無駄な努力、
そして「我」が、なくなっていきますね。

「がんばらなくていいよ」は・・・

「ありのままの自然な貴方でいいよ」という意味なのです。


「我」とは・・・
何かが思い通りにならないときに、

頑張る。
努力する。
必死で何かする。

我=思い通りになる。という思いから
どーにかなるのは、全能力のうちの約15%といわれる
「顕在能力」だけですね。

しかしこの「思い」とは「重い」んです。
めちゃ重いのです。。。ずどーんと、重い。だから「思い」。



お釈迦様も、空海も、みな悟ったことのひとつに

「思い通りにならない」ということがあります。

思いとは、思い通りにならないのです。

思いが、思い通りになる!と思うので、頑張るのですね。
で、まだ思い通りにならないから、またまた頑張る。
その思いは、どんどん、重くなり、カラダにストレスとなる。
そうすると、他の人から、なまけてると思われたくなくて
また頑張る。もっともっと、おも~くなって、疲れて、苦しくて・・・
15%の壁を越えられない。

どうして!思い通りにならないんだぁ~ と愚痴がでる。

・・・「思い通りにならない」のです。

これを悟ると、「我」は、あっという間になくなります。


そして次は、

楽しむ。
笑う。
遊ぶ。(←さぼる・・・とかではありません)

思い通りにならないことを知っている人だけが
なぜか?不思議に、思い通りになったりするので
それに、すごーく感動したり、感謝したりします。

そうすると、残りの85%ある「潜在能力」が
もっともっと働き出します。


ちょっと世界で活躍しているスポーツ選手を思い出してみてください。
最近、世界で活躍されている選手の言葉、
おそらくほとんどの方が・・・

「世界の舞台で”楽しんで”きます!」と言ってますね。

あまり、必死で頑張ります!は、活躍されている方々の中からは
聞かないですね。


この85%の潜在能力が働いたとき、

「なぜかわかりませんが、こうなりました」という現象がおきます。

サッカーの川口選手が、神がかりなセーブを
決めたときなど、良く言いますね。

「なぜかわかりませんが、気づいたら右に飛び出してました」とか。

我を失くして、楽しむことで
誰もが持つ潜在能力が働きだします。

ただ、多くの人が、頑張っているので
残念ながら、潜在能力をフル活用されている方が少ないだけで
本当は皆さん、
もっともっと、天から授かってる才能=「天才」を
炸裂させていただけるのに~ もったいない。


こうした「才能」を、実は、自分の我というのが
封印してしまっているのですね。
それが「がんばる」という行為です。

決して悪いことではないのです。
ただ・・・楽しみながら!をつけて
がんばるのほうが、苦しまずにすみますね。


・・・究極の例をあげますと、
ガンの患者さんに「がんばって治してね!」と
どれだけの笑みを浮かべて言っても、
避けて欲しいのが「がんばって」です。
だって、どうがんばれば治るのか、
本人も家族も1番知りたいのですからね。


がんばりすぎて、「がん」になるんですからね。。。
ガンとは、そういう病気なのです。


特に、他の人に発する言葉・・・
本当に、本当に、気をつけたいです。

愛ある言葉を心がけたいですね。
なので、「がんばらなくていいからねぇ~」を
「がんばって!」より、好んで使っていきたいと思います。


ありがとうございました。

「がんばらない」の練習

2007年03月27日 | 心経営塾
何か思うようにコトが進まない時

やたらイライラしてしまう時

普段なら何ともないことに怒ってしまった時

感情の起伏が激しい時

やたら感じやすく、涙がでてくる時




・・・「がんばりすぎ」状態です。




がんばる!ことが決して悪いことではありません。
しかし、「がんばらない」のは
別に、なまけることでも、さぼることでも
これまたありません。

もともと日本人は、頑張り屋さん。
何でもがんばっちゃうんですね。

がんばって
がんばって
それでも、がんばって
またまた、がんばって
で、どーにもならないとき
また、がんばる。

一生懸命がんばっても
どーにも
こーにもならないときは
その、やり方・すすめ方が
間違ってるんだよぉーと
教えてもらってる。
そー気づけるのも
やっぱり、がんばるのを辞めたときです。



頑張らないときのほうが、「潜在能力」が働くんですよぉー



じつは、「がんばる」より
「がんばらない」のほうが難しいんです。


なので、今日も「がんばらない」練習を
がんばりたいと思います。


ありがとうございました。

お金に困らない美容院経営の秘訣

2007年03月20日 | 心経営塾
先日、
もう70歳になる落合さんという美容経営者の方が、
なんと一円の借金もせずお店を新装されました。

もちろん、いまでも現役で商売をしています。
美容師になって50年、お店をだして40年、
一度も借金をしたことがないそうです。

ご挨拶にお伺いして、
「お金に困らない美容院経営の秘訣はなんですか?」
と質問したところたところ、


「それは”蛇口”をひねること。」


・・・それで終わり!だそうです。


お金が無限に流れ込んでくる方法は
この流れてくるお金を自分のものにしようと思って
蛇口をぎゅっと右向きに閉めると
閉めたとたんに流れてこなくなります。

それで話は終わりです。

お店を出して40年、
多くの方に可愛がって頂いていらっしゃいます。
昔からのお客様だから・・と
お付き合いの出費は多かったそうです。

投げかけたことが帰ってくるとは聞いてますが

落合さんが結婚・出産したときなどは、
逆に知らないお客様までもが祝って下さったそうです。

それは落合さんが、
それまで人にしてきたことなのでしょう。

今年の春からお店を自宅に移し、
これからは孫のお守りをしながら
お店をするとのことで新装されました。

今回も、貯金とお祝い金だけで、
十分なおみせができたそうです。
もちろん、玄関から道路には、
花で溢れるくらいのお祝いのお花が届きました。

70になるおばあちゃんの開店祝いにここまで・・・


一日一人でもお客さまが来て下さることに
感謝感謝の毎日なんだそうです。


どうやら、
①お金に対して執着を持たないこと、
②お金が喜ぶ使い方をすることが
お金の流れを良くすることのようです。


少しでもみなさまの理美容経営の参考になればうれしいです。


ありがとうございました!

自分を責めすぎちゃダメ!です

2007年03月19日 | 心経営塾
おいしい餃子と出逢った次の日は、
やっぱり我が家の夕飯も「餃子」(笑)

皮が旨かったですぅ~m(__)m

さて、「責任転換習慣病」について

結局のところ、一瞬の「楽・解放・逃避」のために
何かしらに責任転換するのは容易です。
その時は自分以外の何かに、もしくは誰かに
責任を転換しましたので、「自分は悪くないゾ!」と安心しますが
これはあくまで顕在意識のお話しで
潜在意識の中の自分は・・・実は、

「自分がすべての原因であることを」
「すべての事象は自分が招いていることを」
知っています。なので、ぜんぜん楽になっていないという
お話しをしました。そのため苦しみは、ずーっと続き
これがクセや習慣になってしまうと
何でもかんでも、責任転換するので
風邪を引いて、薬を飲んだのに治らない!と
薬や病院や医師のせいにしたりと・・・あらゆるところに
習慣病が拡大します。

では、すべては自分が招いていること。
自分に原因がある。と捉えたとき、最初のころは
自分を思いっきり責めたりしますが、これはNG!ブッブーーーー!です。

反省は猿でも昔、テレビでやってましたよね?(笑)
反省を悪いとは言ってないのですが
反省をすることで、落ち込んだり、元気がなくなっては意味がありません。
できれば、「反省」より「内省」のほうがおススメです。

「反省」というは、その出来事の「良し悪し」、
良かったことなのか?悪かったことなのか?
この2つから見直すため、極論しか導き出せません。
しかし「内省」は、内観であり、
自分の言動や行動を客観的に見つめてみる。という意味合いがあります。
自分に起きる事象は、すべてが善悪で判断すると
「心」を失くす時があります。

できるだけ、反省よりは「内省」。
ときどき、もう1人の自分をイメージの中で創り出して
自分をじっとみてみる・・・という感覚ですねー

本当に真面目で誠実で、正直な人は
自分を責めて、責めて、責めまくる場合があります。
しかし起きてしまったことに対して
自分を責めまくっても、何の解決にもなりません。

逆に、何でも感でも、自分に原因があると思い込み
自分をいつも悲劇のヒロインに仕立ててしまう
こういった方も、たまに見受けられますが・・・
すごく、サミシイのですね。。。
幼少期の愛情の受け方に原因があると考えられますが
この場合は、「心配されたい習慣病」で
いつも何らかの病気になっています。
いつも、あそこが痛い~、ここが痛い~と言ってますので
最初は、みんなが心配してくれて、優しい言葉をかけてくれます。
それが、すごーーーーく嬉しいのですね。
なので、こういうことを言葉にすると、みんなが優しい。
と習慣化してしまい、発する言葉から本当に病気に
なってしまう。。。

心理学上の、アダルトチルドレン(AC)とほとんど同じですね。

アダルトチルドレン(AC)の心理パターンは:-
①自分の判断に自信がもてない。
②常に他人の賛同と称賛を必要とする。
③自分は他人と違っていると思い込みやすい。
④傷つきやすく、ひきこもりがち。
⑤孤独感。自己疎外感。
⑥感情の波が激しい。
⑦物事を最後までやり遂げることが困難。
⑧習慣的に嘘をついてしまう。
⑨罪悪感を持ちやすく、自罰的、自虐的。
⑩過剰に自責的な一方で無責任。
⑪自己感情の認識、表現、統制が下手。
⑫自分にはどうにもできないことに過剰反応する。
⑬世話やきに熱中しやすい。
⑭必要以上に自己犠牲的。
⑮物事にのめり込みやすく、方向転換が困難。
⑯衝動的、行動的。そのためのトラブルが多い。
⑰他人に依存的。または逆に極めて支配的。
⑱リラックスして楽しむことができない。

・・・よく話題にでる、家庭内DVや
夫婦間の問題は、いづれかの当事者、もしくは双方が
このパターンである場合が多いらしいです。

もっともっと・・・深いお話になりますと
幼少期の「マザコン」に原因がある場合が指摘されています。
マザコン・・・って、何も、なんでもかんでも
お母さん~!というイメージが強いかもしれませんが
そーではありません。ある種の「依存性精神病」です。
社会が抱える問題として、ニートや引きこもり、
少年犯罪などと、切っては切れないテーマであり
もっと言いますと、こうした軽度であれ、重度であれ
これを抱えた人たちが、消費者の大部分を占め
またスタッフとして採用しなくてはならない現状ですが
このお話しは、かなり長くなってしまいますので
またいつかの機会があれば、お話ししたいと思います。

ともあれ、話がベクトル状に派生してしまいましたが
どんなときでも、反省よりは「内省(内観)」を
心がけて、自分を必要以上に責めすぎないことが大切です。
なぜなら、それでは何の解決にもなりませんし
自分のことは、自分が本当に愛してあげないと
愛ある言葉は発することはできませんし、
誰かを心から愛することも難しいことになります。
・・・自分を信用できないから、人も信用できなくなって
しまうのでしょうねー。

すべての出来事は「良いこと」。
そこから内省(内観)をたまにしてみて
自分を責めるのではなく、その出来事に「感謝」をする。

これで次から同じことは起こらなくなりますし
似たようなことがおきても、笑顔で対処ができますねー。

その中にいると
なかなか「すべての出来事は良いこと」と捉えることは
難しいかもしれませんが、これも習慣、クセをつけると
ほんとーーーーに、
楽(らく)に、楽(たの)しく毎日が過ごせます!

日々、自分の成長も
難しい顔をして、頑固に張って(頑張って)たのでは
なかなか思うように、願うように、望むようには
なりにくいですからねぇー
ましてやその、ガチガチ・ロックオーラは
周りに伝染してしまうから、大変です!
お客さままで、感覚で察知してしまいますからね。。。

「すべての出来事は”良いこと”」デス!
責任転換をせず、しかし決して自分を責めすぎず、
その代わり、たまの内観と常々の「感謝」を心がけたい。
そう思います。

ps 
「努力」の反対語は、怠惰や怠慢ではなく・・・「感謝」ですね!

ありがとうございました。




慢性不幸症:「責任転換習慣病」

2007年03月17日 | お参り日記
ワタシは餃子が好きです。
ラーメンも好きです。

なので近所で、お客さまが並んでいるお店を見つけると
つい、行きたくなります。

今日やっと!お目当ての「餃子」が旨そうな
お店に行くことができました。

やはり、旨かった。
ラーメンも美味しかった。
美味しい餃子と出逢った数日後は、いつも
我が家の晩御飯には、自家製餃子を作ります。
しかし・・・最近思ったのですが
どうも、スーパーで買ってきた皮がいまいち。。。
そこで、お店の方に、ダメもとで
「すみませんけど、皮だけ売っていただくことって、ダメですか?」と
聞いてみた。

すると・・・「いいですよぉー。ウチはココで作らしてるんですが」
といって冷蔵庫から出してきてくれた。
33枚入りで、120円!い、い、いいんだろうか。そんな安くて。

2つ購入させていただきました。

そういえば、少し前も、兵庫は西宮あたりで
美味しそうなラーメン屋さんを見つけたので入った。
そこも!餃子が旨かった。
何よりも感激したのが、餃子のゴマだれ。
これが旨い!(旨いの連発ですね~)

そこで店主に何も考えずに聞いてみました。
「これ・・・すご~く美味しいのだけど
どーやって作るの???」

(いやぁー秘伝だから・・・とか言われるかなー?と思いつつ)

「あーこれわね。しゃぶしゃぶとかのゴマダレあるでしょ?
あれに、白みそを少しまぜて、すりゴマ加えたらできますよぉー」

っとあっさり教えてくれた。

「あのぉー聞くほうも聞くほうなのだろうけど
そんなあっさり秘伝の味をお客に教えていいんですかぁー?(笑)」
というと、

「毎日、味は進化させますから、つねに美味しくなってますよぉーハッハッハ」・・・

繁盛ラーメン店は、太っ腹!
秘伝の味でもすぐお客に教えてくれる。
自分以外に責任転換せず
常に自分に原因を求めて、自分と闘って、更に味や技術を進化させる!
カッコイイです。

そして次にふと思ったのが、責任転換。
責任の転換は、良くない!これは誰もが知っていることですが
例えば・・・
すご~く良い商品を売ってるのだが、売上が思うようにあがらない。
これぞ環境改善に貢献するすばらしい技術!・・・でも誰も買ってくれない。
同業者も認めるすごい技術を提供してるのに、お客さんがつかない。
味は旨いが、いつも閑古鳥。
安いが売れない・・・

つい、その場の、その時の、一瞬自分が楽になりたくて
誰かのせいにしたり
何かのせいにしたり
スタッフのせいにしたり
営業のせいにしたり
製造のせいにしたり
政治のせいにしたり
経済のせいにしたり
あげくのはてには、「お客がバカだから!」などと
とんでもない言い訳をクチにしてしまう末期症状のケースもある。

売れない、お客さまがこない、買ってくれない・・・
この原因を、自分以外からみいだしているかぎり
実はずーーっと、苦しいんですよね。
苦しいから、自分が楽になりたいがために「責任転換」するのですが
やはり問題の核心が解決できてないので、苦しさは残ります。
そして「苦」からは「もっと苦」しか生まれず
一瞬のニセ楽を求めて、さらなる「苦」を「自ら生んでいる」。

もしここで、すべての事象は「自ら生んでいる」ということに
気づけば、不平、不満、愚痴、悪口、怒り、嫉妬といった
自分も本当はキライな汚い感情が、自らが招いていると気づくだけで
そういう感情が起きなくなることを知らないだけなんですねー
責任転換が習慣病になっているから、本当の楽な方法を
みすごしてしまっているというケースが多いのかもしれません。

「すべては自分が招いている」と気づけば
もうそこからは 楽な生き方道なんですよね~。

例えば、明らかに理不尽で気分を非常に害することを
言われたとしても、「あーこういうことは自分は他の人に
決してしてはいけないなぁー」ということを学ぶために
この現象が今、おきているのかー。自分が招いたのかー。という具合です。

責任転換を続けている限りは
あらゆる事柄や出来事、すべて責任転換したくなるようなことになります。
でも、「あらゆる全ての事は、自分が招いている」と
捉えることが「習慣(クセ)」になったとき、
実は自分がすご~く楽ちんになっていることに気がつきます。

自分に怒り続けることはできないので
小泉前総理が言ってましたが、ある種の「鈍感力」が身につきます。
なるほどぉ~ですよね。
「お客さまのニーズを敏感にキャッチして・・・」
これは できる人 と できない人 がいます。
できない人に、「もっと敏感に!!!」といくら叫ぼうが
できないものは出来ないのです。
出来る人がフォローしてやれば、いいだけですね。

また、あれもこれも敏感になりすぎても
本質が見えなくなったり、自分が何をしているのか
当初の目的や目標と、かけはなれてしまったりして
自分自身が迷子になる場合が多いですね。
そして誰かのせいにする(笑)

「すべては自分が招き寄せている」と捉えることができたら
自分で自分のキャパも良く理解できてきますし
自分のしたいこと、なりたいこと、やりたいこと
ほしいものの、優先順位の整理も容易にできるようになります。
そして不要な責任が何かがわかり、自分が楽になります。
また、ガチガチ・ロックされている不必要なプライドも
自然になくなりますね~

鈍感力を養うことで、力の配分やコントロールも
自分自身でうまくできるようになるのかもしれません。

責任転換は、一見、簡単そうですが
実はひとたび慢性化してしまうと、ずーっと不幸病が
なおらなくなる危険な習慣なんですね。

今日の餃子は、ワタシにたくさんのことを気づかせてくれました。

餃子・・・ありがとう。m(__)m
皮をわけてくださり、ありがとうございました(^o^)丿

人の運は食にあり

2007年03月16日 | お参り日記
3月といえば、確定申告のシーズン。
きっとたくさんの方が、それも終わられて
ホッと一息・・・つかれているところかな~などと
考えたりしておりました。

ちょうどこのころから、小さい子どもさんがいる家庭は
4月の進級に向けて、雑務が忙しくなりますねー!
我が家もそうです。大きいのが1人、小さいのが3人なので
クレパスやクレヨン、蓋にまで名前のシール張り。
ぞうきんを縫って、洋服から下着、パンツに靴下にまで
名前シールを貼る!
・・・これが ×3人分なので
たいしたことはないのですが、ぷち★忙しい時期になります(笑)

今日は、1番下の入園説明会がありました。
チビたちの園は、お寺が運営されていることから
いつも子どもたちは定期的に、お説法を聞かしていただいてます。
実はそれにたまに参加させてもらえる、親の私が1番お勉強に
なったりしています。

そこで思い出しました、「食」についてのお話。

「食」は「職」である!
なので、「食」には”上げ下げの理”という働きがある。
っと教わった時のお話しです。

確かに・・・食べ物に関わる言葉には
上げる や 下げる が使われています。

「どうぞ、お召し上がりください」
「下げさせていただきます」・・・などなど。

ようするに、私たちは他の命を食して今日を生かさせて
いただいていることから、「食」を大切にすることで
上がったり、下がったり、するそうです。

では何が、上がったり、下がったりするのでしょうか?

食は「職」なり! 
そうです。仕事運が上がったり、下がったりするそうです。

食べ物を粗末にしたり、暴飲暴食をしていると
必ず食(職)の理により、下げられてしまい、職を失い
そして日々の食を失う、ということだそうです。

確かに、クチに入れた食べ物は、カラダの上から下へ・・と
働きます。また消化吸収に関しても、上げ下げそのものだそうです。

また日本語の神秘ですが
言葉というものには、とても深い意味、原理原則のヒントが
たくさん詰まっていますね~。

「食、すなわち職であり、人の”上がり&下がり”の運命を司る」
他の命によって生かされているという、保育園の教えは
本当に立派で、子どもたちの親としては感謝にあまります。
そうしたお話しのきっかけから、もっと大切なことを
こうして教わりました。

今日の入園説明会でも、食の大切さが主なお話しでした。

ところで皆さま、「水野南北」先生をご存知でしょうか?
南北先生の御本もいろんな方が書かれているので
きっとご存知の方も多いと思いますが、
南北先生も、同じことを言っておられています。

この南北先生は、観相家・運命学で知られていますが
その経歴は:-
髪床屋の弟子を3年、←人相・頭相を研究
風呂屋の弟子を3年、←全身の相を研究
火葬場の弟子を3年、←骨格や体格の研究

こうして体得された観相学だそうですが、どうも間違いなく早死の相なのに
長生きしたり、食(職)を失くして貧乏になる相なのに
大成功して富を蓄えたりする場合があることに気づき、持って生まれた
宿命を変える何かがあると考えられました。

そうして気づいたのが・・・「食」だったのです。

どんなく悪相であっても、「食」で運命が変わる!
そう南北先生は言っておられます。

なるほど納得・・・と思ったものですが
何分、目の前に大スキなケーキがあったり、プリンがあると
自分との戦いに苦戦します(^^ゞ
また子どもたちが残したものを、「環境保全のために!」と
都合の良い言い訳を考えて、私がすべてを食べてしまいます(-_-;)

これを、暴飲暴食だと言われると
ちょっと悲しいです。。。

ともあれ、他の命により生かされていることに
感謝すること、せめてそれを忘れないようにしたい。
それだけはいつも心に決めて、年に1度は、食物のご供養を
させていただいています。

ありがとうございました。

【おススメ本】心の栄養たっぷり本

2007年03月15日 | お参り日記
皆さんもご存知の、相田みつをさん!
なんといっても、心の栄養補給にはピカ1ですね~
その、相田みつをさんのカレンダー
今月の言葉は・・・

「しあわせは いつも じぶんの こころが きめる」です。

相田みつをさんの詩の中でも有名ですね。

さて、この「しあわせ」ですが
「幸せ」でしょうか?
「仕合せ」でしょうか?

実は日本の辞典などにでてくる日本語は
「仕合せ」の方なのですね~

この「仕合せ」の「仕=めぐりあわせ」
なので、めぐりあわせが合う=しあわせ

また「仕=仕える(つかえる)」ということから
誰かに、何かに、天命のごとく命がけで仕える
その天命に出逢える=しあわせ

まさに 偶然=必然 の出来事が、仕合せ(しあわせ)
その偶然を引きよせる力は、オーラ(魂)が輝くと高まるそうです。
仕事上においては、出来る人を「攻め」と捉えがちですが
実は「引きの力」なのですねー。
運も人も何もかも、知らず知らずに引き寄せる力。

改めて、みつをさんの詩

「しあわせは いつも じぶんの こころが きめる」

偶然という必然の出来事にピタっとめぐりあう仕合せは
自分の魂に相対する。

めぐり合わせを、引き寄せる力。

・・・それにはやっぱり、「御人&御本」。

ということで、明日もABCD作戦 で

A=あたり前のことを
B=ぼーっとしないで
C=ちゃんとやる
D=できれば(^-^)笑顔で

http://blog.goo.ne.jp/genkigaderublog/e/9df3fd0aced604431e7d7905203036ce

引きの力をさずかりますようーに!
本をいっぱい読もう!

★光に向かって100の花束
高森顕徹著/1万1年堂出版
「100以上の、おとぎ話や有益な話を知らなければ親の資格がない」という格言があります。この本は歴史上の人物の成功談や失敗談、心あたたまる話題の中から、おもしろい話を100選んだ小話集です。

★マスターの教え
ジョン・マクドナルド著/著飛鳥新社
僕は、この本通り生きていますと言っても過言ではないほど。読めば読むほど心の中に光と感動が染み入る本。

★感謝にまさる能力なし
石川洋著/大和出版
心に栄養たっぷりきます。頑張らずに、感謝する生き方に変えて幸せになれたわたしですが、そのきっかけになった一冊です。

★運命は自分もち
石川洋著/大和出版
苦しいときはあっても、苦しい人生はない!しばらくの間この本を、ずーと、わたしのトイレにおいておき毎日、目にしていました。不思議と元気が出る本です。

★無いから出来る―大石順教尼の生涯
石川洋著/致知出版社
「生きる」ということ根を教えてもらった一冊。その中の「怒りは無知・泣くは修行・笑うは悟り」は僕の心の根っこになっています。

★盛運の気
無能唱元著/日本経営合理化協会刊
行動のスタートは、自分の心構えだと思いますが目からウロコ!の一冊でした。

★自分の神さまを作ろうよ
無能唱元著/日新報道刊
この本はよくある厳しい努力や修行を薦める本ではありません。ただ、ラッキーに生きるには、何か目に見えない不思議な力を動かす方法を知っていればいい。楽しい奇跡に関する・・・

★心が強くなる言葉
中村天風・天風会著/イーストプレス刊
1章 心-----心のもち方一つが、結局、人生の運命を決定するんだ。2章 生-----言葉には人生を左右する力があるんです。3章 楽-----笑いは無上の強壮剤であり、また開運剤・・・

★あのね だいじようぶ だいじようぶ
牛尾治朗著/致知出版刊
縁が縁をよぶ、その妙味。よき出会いが、よき実を結ぶ。ウシオ電機会長が、70余年の歩みの中で出会った人々、人生に刻んだ30の言葉。

★講話録 真理は現実のただ中にあり
森 信三著/致知出版刊
森 信三先生のことばにどれほど救われたか。真理は現実のただ中にあること。現実をしっかり見つめることが、最初の一歩であることを知り、とってもココロがすっきりして生きていけています。

★下坐に生きる―先哲に学ぶ人生の知恵
神渡 良平著/致知出版社
自分の生きる場所(ポジション)に迷ったときは、下座に生きることを知り、とっても楽に生きられるようになった一冊。

★天命に生きる―人生のゴールデンルールをつかんだ人たち
神渡 良平著/致知出版社
人は、自らの“かけがえのない役目”を果たすために“生かされて”いる!ことを知りました。様々な難関を乗り越え、「本当の自分」を生きるための人生のゴールデンルールがあったんです。


またぜひ!みなさまのおススメ本を
教えて下さい!ありがとうございました(^o^)丿


ps サロン経営に役立つ実践型のビジネス書は?
というリクエストをいただいておりましたが・・・
いわゆるマーケティグやビジネスマネージメントという
ことですが・・・かつてのマーケティング理論やBM論には
環境と人と心が抜けていますので、あまり参考に
ならないかと思われます。
ただ、戦略として読んでおもしろいのは
かなり古典的ですが、
「ランチェスター弱者必勝の戦略」などは
おもしろいかもしれませんm(__)m でも、これに
環境・人・心をスパイスしていただき、日本風味を
加える必要はあるかと思われます。

アホな私の読書のススメ

2007年03月14日 | 心経営塾
人の成長には、
①「本の出会い」
②「人の出会い」の2つがあります。

自分の成長をおおいに助っ人してくれる
「本」ほど、安い自己投資はないですよね。
たった1500円くらいで、人生に影響力を与えるほどのものが得られれば
こんな安いものはありません。
1000円や2000円で人生が変わるぐらい、本から得る力は大きいです。

僕は本当に、本に救われてきたんです。
本を読んでなかったら、命もなかったと思います。

僕はいつも本を読んで、自分がバカだってことに気づきます。
自分が知らないこといっぱいあるな~って。
そして、そのことを知って恥ずかしいなぁって。
極論すると、だから死なずに済んでるんです。

本を読むことができる人は、人の話もきちんと聞くことができます。
本を読むことは、人の話を聞いているのと同じです。
本を読めない人は、人の話を聞けない人・・・。

本を読むと、人は素直になれます。
理由は簡単!人の話を聞くことができるようになるからです。

読書で人生がガラリと良い方に変わったってこと、
いっぱいあります。
日本には、すばらしい本がたくさんありますね!
そういえば、古くは寺小屋、福沢諭吉の時代から、
「読書」が日本人の精神を作り支えてきたんですものね。
日本人の「底力」は、読書に支えられ、育まれてきたのですね~。

仕事においても「勝ち組」「負け組」の時代はもう終わったようです。
これからの時代は

「自分に勝つ=自分の魂の向上」の時代だと思っています。

人とは比べずに一生懸命勉強して、一生懸命仕事して、
勝ち上がっちゃうんです。
本を読んで一つでも階段を昇りたいって人が
昇っていく時代なんでしょう。

「自分で自分の機嫌をとる」

これは、自分の魂と闘うという意味なんです。
人と闘うんじゃないですよ。
あくまで自分との闘いなんです。
すべての不平・不満、泣き言は他人と比較するから出てくるんです。

実は簡単なことなんです。
他人と闘うのではなくて、自分の魂と闘うんです。

自分の中で闘うもの。

それには読書が一番です。

学校を卒業したら本を読まなくなったという人がいますが、
社会にでたら本を読むのが当たり前ですよね。
本も読まないで生きれる時代じゃない・・・。

だからわたしは、四の五を言わずに本を読みます。
幸福や成功は、読書からはじまると思ってます。
伝記を読んでも、成功者たちはみな読書家で「座右の書」を持っています。 

う・・・・・読書のことになると、話が尽きません。

そしておススメしたい御本は、いっぱいあります。
追々、ご紹介させていただきたいと思いますし、
作者にもご面会に行ったりして、素晴らしい「人の出会い」をさせてもらいました。

皆さまにも良い本との出逢いがありますように・・・。


次回は、ちょっとおススメ本のご紹介をしたいと思います。

・心の栄養たっぷり本たち
・即効仕事役立つ本たち
・10回以上読んだ愛読書
・泣いてすっきり心の掃除
・ちょっと不思議なお話
・迷ったらこれ!この一冊
・子どもに読ませたい!
・成「幸」者たちの座右の書

などなど・・・

「女はきらびやかに、花が咲くように生きることが大切」

2007年03月11日 | 心経営塾
昨日にひきつづきまして
ワタシたちが大スキで、とっても尊敬する方から
おしえていただいた
「人間というもの」
本日も長文ですが、最終回です。


★「女だったら・・・
はきらびやかに、花が咲くように生きることが大切」

これは観音菩薩さまの教えだそうです。
なるほどホントに観音菩薩さまはきらびやかで綺麗。
女性はキレイになりたい!のは当然のことで
綺麗に花が咲くように生きなさい。と
観音様が教えてくださってるそうです。

女性が本当に内側から輝くとき
それはオーラ(魂)が輝いているときですね。
本当に綺麗な人の共通点は
やっぱり「言葉」に愛があって、音がキレイ。
男女とわず、言葉で内面が磨かれますね~

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稀になんですけど、
霊感のある人とか、
インドに行って修行してきた人とか、

そのことを鼻にかけて
威張っちゃったりする人がいるんです。
本当に鼻持ちならない人がいるんです。

そういう人って、その能力が人生を悪くしてるんです。

能力があるのがいけないって言っているんではないんです。
「あなたの態度が、愛のある態度ですか」っていうことなんです。

霊感があるのがいけないとかっていっているんじゃないんです。
いろんな才能があるのはいいんです。

ただ、その才能を人の役に立てるならいいんですけど、
その才能で、できない人を馬鹿にするのが、
いけないんだよっていうことなんです。

良い学校入るのもいいです。
良い才能を持ってる、絵がうまいのもいいです。
だけど、できる人はできない人を馬鹿にしていちゃ
運勢が悪くなるよっていうことなんです。

だからそれは、霊感でもそうだし学歴でもなんでもそうなんです。
良い大学に入ることが別に悪いことじゃないんです。
「俺は偉くてお前ら馬鹿なんだ」っていう態度が
どっかに見えることがいけないんです。

そんなことをすると、相手の人に対して会うとこ会うとこ、
会う人会う人に悪い方に少しずつ行きながら、
今にタイタニックみたくよけられなくてドーンと
試練にぶつかって、ものすごい勢いで船が沈むんです。

だから、少しずつ少しずつ良い方に
持っていかなきゃいけないんです。


ようは、学ばない人はいないんです。

だからよく、まったくあの人は学ばない人だ。
自分だけ学んでるように思うんですけど、
それはあなたがただ学びが足りないだけなんです。

たましい的に学ぶってことは、そういうことじゃないんです。

人間というのは、今生、来世、再来世で少しずつ、
学ばないとこうなっちゃうっていくことを学ぶんです。

前世でこういう仕掛けをして、今生はこういう試練を用意して、
今から今生でこういう試練を受けてきます。

ということなんです。

で、難しい話ついでにもう1個、難しい話をします。

地球という星はかけがえのない星です。

「人間というもの」
これが、ここの地球が1番楽しくて面白いところなんです。

なぜかと言いますと、ほかの星にはたましい的に生きているから
物がないんです。

だから、この地球で幸せになる為には、
生活も自分できちんとしなくちゃいけない。

たましい事ばっかりやっていたって、
生活がきちっと安定していないとダメなんです。

それで、そんな大金持ちになる必要はないんです。
だけど、生活をまずきちんとしなくちゃいけないんです。
人に迷惑がかかるから。

それと同時に、魂事、心の問題も
きちんと向き合っていかないといけない。

この2つをやらなきゃいけない星というのはここしかないんです。

この地球には病があります。死もあります。
病ってこういうことなのか、死ぬってこういうことなのか。

でも死んでも大丈夫です。
魂がスーッと抜けるだけで別に魂が死ぬわけじゃないんです。
体の死というのもよくわかります。
「あっこういうものなのか」ってね。
魂がフワーと抜けて天井から見てる。
嘘かと思ってたけど本当だったんだ。

これも死ねばわかります。

だからもし、今この話聞いてて全然わからなくていいです。
本当に死ねばわかります。

人って、何十年か生きるとだいたいの人は死にます。
何百年も生きる人ってほとんどいませんから。

で、魂が抜けて上から見てたとか、
昔言ってたことがこれ本当だったんだなんて
ことが、実際にいくつもわかってきます。

精神的な幸せと、物質的な幸せ。

ご飯をちゃんと食べられるとかね。
必要以上に物を欲しがるとかそういうこと自体、
それは我なんです。

だからといってものすごく貧しくていいんだとか、
両極端なのはダメです。
もう腰ぎんちゃくみたくしてて心さえ清ければいいんだ
っていうのは、この地球上の生き方ではないんです。

この地球上っていうのは、ある程度きちんとした、
雨露しのげるところで住み、
人様が見て汚らしいと思わないような身なりをするんです。

女性だとしたら、人が見て花と思えるような生き方をする。
女性は菩薩なんです。
観音菩薩って、これ日本で人気ナンバーワンなんです。
観音菩薩っていうのを見るとわかるんだけど、
菩薩さんっていうのはね、すごいきらびやかなんです。
見た瞬間に「わぁ素敵な人だな」と思える。
間違った精神論やんないでくださいね。  
それで、菩薩は、阿弥陀如来みたく、
精神的なことさえ言ってればいいんだ、
オシャレなんかいらないんだって言った時、
あまり幸せになってない。
女性は本当はオシャレが好きなの。
女の人にオシャレは必需品なの。
だから、オシャレする。
「オシャレしてもう、素敵な精神論、この両方。」
だから、菩薩らしく生きたほうが幸せになる。 
だから、女性があんまり自分を殺して生きちゃダメだよ。
自分を殺したら自殺と同じだよ。
だから、生きながら自殺しちゃダメだよ。
見事に花咲いてください。
しっかり、中も外も、そして素敵な会話で世の中に花咲かして下さい。

もともと観音菩薩様っていうのは、「精神」だからね。
人をちゃんと導いて、誘導してってあげよう。
そして、自分が向上しよう。
そういう気持ちを持っている人の象徴ですからね。


それで、そういうようなことを両方心掛けて生きるって
大変だなっていうなら、それは、あなたの我が言ってるんです。

「神我」は、また生まれたい。
何度でも試練をつくってでも自分のこと磨きたい。

ダイヤモンドの一面を削るように、
研磨するように、この一面この一面って、
磨いて光り輝く自分をダイヤモンドにしたい。

そしたら、パーっと、人間の体からオーラが飛び出してくる。
そういう試練を経ながら、
人間は神様に近づいていくんだよっていうことなんです。

ものすごく難しい話です。
信じられない人は、あまり難しく考えず、
変わったおとぎ話を聞いたなっていうふうにしてください。

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神社の本殿、神さまが祀られておられる場所は
神社の奥の、奥の、奥の、奥~~に在ります。
これは私たちの心の奥の、奥の、奥の、おく~に
導いてくださっているのでしょうね~
そこにも、神さまがいるというわけですね。
人間が神さまではなく、人間の「魂(オーラ)」=「心」が
神さまなのでしょう。。。

神社という場所は、それを思い出させてくださる
まさに、奥の、奥の、奥の、おくーーーにある
子宮のような場所。そこで命が生まれるわけです。

日本中に・・・
観音菩薩さまのような女性が増えるといいですね!
ココロもカラダも本当の意味で美人が増えると
今の社会が抱える、さまざまな課題や問題に
変化がでてくることでしょう。

どこかの国の王様でも、石油王でも、
大金持ちでも、大統領でも、総理大臣でも・・

み~んな、「女」から生まれてます。

どこかの国の王様でも、石油王でも、
大金持ちでも、大統領でも、総理大臣でも・・
み~んな、おっぱいに、へばりついて

どこかの国の王様に、石油王に、
大金持ちに、大統領に、総理大臣に、なったわけです。

真の美しさとは・・・?のヒントを形にして
伝えることができる、女性の1番身近な人とは?

・・・全国のスタイリストさま、
どうぞ日本中を、観音様のような美人で
溢れる国に・・・よろしくお願いします(^o^)丿

ありがとうございました。

「試練」をよける方法がある

2007年03月10日 | 心経営塾
皆さま、今日もお元気ですか?

昨日のつづきで、「試練」をよける方法も
教えていただきました。
それを、ご紹介させていただきます。

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それと、
「じゃあこの試練というのをよける方法があるんですか」
「それから軽くかわせるっていっちゃおかしいけど、
そういう方法があるんですか」っていうと、
それがありますから、これを読んでくれている人に
プレゼントとして言っておきます。

人生の試練っていうのは「岐路」っていうんです。
岐路って「分かれ道」っていう意味なんです。

良い方に行くか、悪い方に行くかっていう、
常に人生っていうのは分かれ道があるんです。

それで自分はあの時ダメになっちゃったっていう人。
でも自分はあの時こういうふうにして救われたっていう人。

人間には、あの日、あの時、魂が向上したんだ
っていうのが常にあります。
人間の人生には岐路というのは、常にあるんです。

で、「岐路ってどういうことなんですか」っていうことを言います。

人間って、「人間関係」で、自分のたましいを
成長すさせるようになっているんです。
親子、夫婦、恋人、学校、職場・・・・

会う人会う人すべてがじつは人間の人生の岐路なんです。

だからよく、インドで修行しようが、どこで修行しようが、
ほんと何しようがいいんですけど、また人間社会に戻ってきて、
人間は人間と付き合うしかないんです。

私はよく
「愛のある言葉、愛のある顔で接っするといいです」
って言います。

それで皆さん、
「はい、わかりました」って言っていたんですけど、
じつはわかってない人がほとんどです(笑)。

それで「愛のある言葉ってどういうことですか」
「愛のある言葉ってどういう意味なんなんですか」
っていうことを言います。

例えば「おばさん最近太ったんじゃない」とかって、
人が気分が悪くなるようなことを言うのが
愛のない言葉なんです。

人が気分が悪くなる言葉。

「あなたって、本当に育ち悪いね」とかって言うけど、
それって言われた人はすごく傷つくんです。

本当のこと言って何が悪いのっていうけど、
それが愛がないって言ってるの。

本当のことなら何でも言っていいって、
何でも言っていいわけがないんです。

太ってるのを気にしてる人に、
「また太ったね」とかって言うこと自体が愛がない
って言ってるんです。

本当のこと、本当の言葉にも、
愛のない言葉はたくさんあるんです。

愛のある言葉をたくさん言ってると、
少しずつでいいのです。
無理することないのです。
会う人会う人に、笑顔で感じ良くしてると、
少しずつ、少しずつっていうふうに、
岐路が少しずつ曲がるんです。

そして、人に優しい言葉を常にかけてる人間。

愛のある言葉を常にしゃべっている人間というのは、
例えば自分が大病になるという試練があったとします。

大病になるという試練があって、大病になったとします。

それで普通の人はそこでガクンと来るんですけど、
人に優しい言葉を常にかけてる人間、
愛のある言葉をしゃべってる人間というのは、
そこであまりガクンと来ないんです。

それをだから、普通の人は、(たいした大病でもなくても)
もうガクンときて、自分はあーだ、こーだって、
ずーっと話をしてるけど、
結局所詮は自分のことなんです。

自分だからそういう痛みを感じるんだけど、
あなたがそんなに自分に痛みを感じるんだったら、
「なんだ、あいつ、日ごろのバチがあたって病気になったんだ」とか、
「なんだ、あいつ、こんな時に病気になって、私の仕事が増えるわー。
あいつが病気になったせいで、これから、”私”が大変だ」

とか思う性格じゃなかったですか。

それが本当にね、
「大丈夫だよ、病気になったって必ず治るから。
あなたを治してくれる病院を探そうね。
でね、もし、その大病がなおせる病院がなかったら、
わたしが治すわよ!」

って、もしね、あなたがその人が傷つかないように、
相手の気持ちに愛のあるようなことをしゃべってる人だったとします。

すると、もし自分が大病になるようなことがあっても、
そんなに多大なショックを受けたりとか、
ノイローゼになっちゃったりとか、自殺してしまうこともないです。

そこまでいかないんです。

「いやぁ俺、大病になっちゃったんだよ、
読みたかった本とかよめるし、骨休めかなー。」
っていうことになるんです。

それで人生って常に分かれ道なんです。

目の前にいる人が、今あなたの目の前にいる人が、
人生を良くするか悪くするかの分かれ道なんです。

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・・・3日間でご紹介させていただいた「人間というもの」
ここで、過去にご紹介した「愛ある言葉を使おう」を
読みかえして欲しいです。

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他の例だけど、
自分ごとでおかしいんですけど、
この前、ある所に行ってごはん食べたら、
おばさんがやってて、すごくおいしくないの。

そんでおばさんも感じも悪いの。

それで「お姉さんおいしかったよ」
「感じも良かったし、おいしかったよ」と言って、
おばさんに、チップあげたんです。

そしたら一緒にごはんを食べに行った人が、
「感じも良くないし、味も良くないじゃないですか」って言ったんだけど。

あの人、あの年まで、誰にも世話にならずに
あの味覚とあの味で生きてきたの。

あの味、あの年、あの能力で、
きっと子供やなんかを学校に行かしたりしてきたんです。

あの味、あの年、あの能力で、
がんばってがんばって生きてきたんです。

だからおそらく、今まで1回も褒められたこともないし、
おいしかったとも言われたこともないし、
いくらかのチップも貰ったこともないと思うの。

でも、盗みをするわけでもなく、恐喝をするのでもなく、
あの味、あの年、あの能力で、
コツコツがんばってがんばってきたんだから、
一生のうち1回ぐらい褒められたっていいと思うんです。

あの人あれでもね、自殺もしないで生きてきたんです。
もっと素晴らしい能力があったって、
途中で死んじゃう人がいたりするんです。

そう思ったら、すごく拍手してあげたくなるんです。

だから1人1人にどうあっても、愛のある言葉をしゃべるの。

その人とは縁がないかもわかんないです。

でも、自分の中の「神我」と、空から見てる「神様」が
この人間が、何をしてるか、何を思っているか、
ぜーーーんぶ、知ってるんです。

だから、いつもいつも自分に愛のある言葉をしゃべり、
人に対して愛のある言葉をしゃべるんです。

それでこうやって曲がっていかなきゃいけないんです。

-----------------------------------

このお話しを読み返すたびに
言葉の大切さを学び、
ワタシたちもいつかは、このような人になりたい。。。
そう強く思います。

ありがとうございます。。。

つづく

「なぜ自殺はいけないのか」

2007年03月09日 | 心経営塾
続:オーラ(魂の色)
昨日につづいて「オーラ」です。
いつも何度も読み返す、大切な大切なことを
教わりました。

---------------------------------------------
実は誰でもすごく大きなオーラがあります。
そのオーラが「神我」という光なんです。
人間の真の姿は、オーラ(光)なんです。

このオーラ(光)に我という汚れが付いてるんです。

我という汚れが、薄くなれば薄くなるほど、
オーラって大きくなっていくんです。

女性って、本当のオーガズムって、「我」がなくなります。
オーラが大きく輝くのです。
だから、女性って、本当のオーガズムが、すごく大事。

本当は、自分は、つまり、たましいは、
このオーラを大きく大きくしたくてしょうがないんです。

だから、何回も生まれて、何回も死んでも、また生まれてきたい。
そう思うようになっているんです。

それで中には途中で、自分で決めてきた試練なのに、
挫折して自殺しちゃう人がいます。

それで「なぜ自殺はいけないのか」を言います。

これも別に、この話自体ぜんぜん信じる必要ないです。
この話をわかって信じる人というのは、日々お会いしている人でも本当に一握り、  

信じられないあなたは別にぜんぜん普通の人だからいいんです。

自殺してしまう人というのは、
「神我」に話しかけても、「守護霊」に話しかけても、
自分は絶対死んじゃいけないよって言うんです。

自殺しようとしてる人ですら、
そのたましいは死んじゃいけないよって言うんです。

世界中の神我はみんなそう言うんです。

世界中の自殺しそうな人に、
「神我=本当の自分」は死んじゃいけないって言います。

「なんでですかっ」ていうと、
例えば、80年生きる人が60年で死んじゃうとします。

60年で死んじゃうとすると、修行が後20年残ってますよね。

人は死ぬとご先祖さんが迎えに来てくれたり、
光の玉がちゃんと迎えに来てくれて、
あの世へスーッといけるんです。

でも自殺した人というのは、20年間、残りの20年間、
真っ暗闇にいなきゃいけないんです。

自分が決めてきたことですから、別に困った状態ではないのに、
自分が決めてきた試練から逃げて、
何にも学ばない状態というのはどういうのかを
実はそこで学ぶんです。

それでそこは無の世界なんです。
無の世界、何もない世界、そこに20年間いるんです。

これはもうみんな共通で、心の中ではみんな知ってます。

それでこの話を聞いて、俺はそんなの信じないって言ったり、
理解できないっていう人もいます。

でもあなたの中のずーっと奥の奥にいる人。
つまり神我は、ちゃんとこの話を聞いて「そうだそうだ」ってうなずいています。

それで自分で決めてきたことだから、
本当はどんな試練でも自分に乗り越えられないものはないんです。

自分が乗り越えられる程度のことしか起きないんだよっていうことを、
覚えておいてほしいと思います。

それと、「じゃあこの試練というのをよける方法があるんですか」
「それから軽くかわせるっていっちゃおかしいけど、
そういう方法があるんですか」っていうと、
それがありますから、これを読んでくれている人にプレゼントとし
て言っておきます。

-------------------------------------
つづく

オーラ(魂の色)

2007年03月08日 | 心経営塾
以前、「愛ある言葉を使おう~」を日記で
書かせていただきました。

http://blog.goo.ne.jp/genkigaderublog/e/1895b4b6394eed1339469b74854715ca

このお話しは、とっても尊敬する大スキな
人生の先輩から教わったときのお話しでした。

何度も、何度も読み返しています。

このお話しの中の、ある部分を
「愛ある言葉・・・」としてご紹介させて
いただいたのですが、実はその前後にも
お話しがありました。

それをそろそろ続編でご紹介させていただこうと思います。

---------------------------------
人間は何度も何度も生まれ変わります。

それで、たとえばよく自分は「親が勝手に産んだんだ」
とかって言う人がいるんですけど、
親は自分で選んで生まれてきます。

それで自分はどういうふうに親を選ぶのかと言いますと、
この親で幸せになれるっていう親を自分は選びません。

生まれてくる目的は、自分の魂を磨く為だからです。

かんたんに言いますと、人間には試練というのがあって、
どんな人間でも最低1個の試練は入れて生まれてきます。

魂レベルの高い人ほど、
自分で難解な試練を何個も入れてこの世に来ます。

これは、ゲームがだんだん難しくなると楽しかったり、
サッカーの日本代表選手は、高校生と試合してるより、
ブラジル戦の方が楽しいのと一緒です。
野球のイチロー選手や松井選手がメジャーへいってしまうのは
相手が難解で強いほうが楽しいからです。

人間が生まれてくるときに自分で入れた試練というのは、
相手が難解で強ければ強いほどゲームやスポーツが
わくわく面白くなるのと一緒です。

例えば、.がんになるとか、大学落っこちるとか、
そういうような試練を入れて生まれてきます。

ところが、試練に遭っている時に、ものすごく人は苦しむことがあります。
でもじつはその試練は、自分が生まれる前に自分で決めてきたことなんです。

だから、自分が決めてきたことですから、別に困った状態ではないんです。
自分で決めてきたことを順調にこなしているだけだから、
別に何の問題もないんだということなんです。

だから、ぜんぜん大丈夫だよっていうことなんです。

たとえば、借金だらけになっちゃう人とかっているんです。
そういう人って、借金だらけになっちゃうと、
人生どうなっちゃうんだろうかっていうことを学んでる人なんです。

だから、たましいに聞いてみると、それはすごい順調なんです。

すごい苦しみやなんかがある人もいるんですけど、
それも本当は順調なんです。

生まれながらにして体の悪い人っていうのは、
何百人かに1人、何千人かに1人、必ず出るんです。

そうすると不思議なもので、そういう人っていうのは、
そういう人が生まれてもきちんと面倒をみるような
優しい人を選んで生まれてくるんです。

ほとんどのたましいというのは、死んだ後になってきて、もう1回地球に
生まれたいと思います。
なぜかと言いますと、人間がたましいを磨くことは、
実はものすごい楽しみなんです。

それで、困難が楽しくないっていうのは、
心の中の「神我」、「潜在意識」、すなわち、
心の本当のあなたが言ってるんじゃないんです。

うわべの濁ったたましい。
たましいの周りに濁りがある。
そのたましいの周りの濁り、これを「我」というんですけど、
この我が言ってるんです。

で、たましいというのはこの「我」という濁りをとって、
本当はダイヤモンドみたくキラキラ輝きたいんです。

よくキリストでもそうだし、
いろんな像を見ると上からパーって光が出てます。

あれがオーラです。

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つづく