☆元気がでる!お参りブログ☆ by心経営塾

全国の美容師さん&理容師さんへ【元気パワー】をお送りします♪

引越しのお知らせです

2007年08月05日 | 無印ウエストからのインフォメーション
書中お見舞い申し上げます。

いつもお世話になり、ありがとうございます。
7月と8月の合併夏号の元気がでる新聞は
8月の中旬ぐらいの発送となります。

皆さまから頂く、有難いメッセージや
こちらへのコメントなど、
本当に元気をたくさん頂いており
感謝感激の毎日です。

そこで、日本一!元気がでる新聞は
名前に込めたその暑い・・・いや毎日暑いですが
心に秘めた熱い思いのありったけを
秘めているだけでなく、全力投球で
ますます元気をお届けできる
「真の意味での新聞」として脱皮したいと思います。

新聞・・・なので、
やはり、皆さまの元気の源となる情報
そして日本が、日本人が、もっともっと
元気になることこそ、私たちの最もたる願いであり
日本が元気になること「事実」をお伝えし
真実をどこまでも追究し
それを勇気をもって文字にすることを
実行できればと思っています。

日本が真の意味で「元気」になることは
私たちはもちろん
皆さまがたを始め、
皆さまがたのご家族、ご近所、
そしてスタッフやお客さま・・・
日本人みなの元気に繋がるものとなります。

それにはまず
例えば、歴史の事実に目を向けることや
政治に関して語ること・・・
これらは何も、無関係ではなく
また難しいことでもなく
語ったり、話したりすることに
何ら専門的な知識など必要ございません。

政治も、歴史も、商売も、ビジネスも
さらには、夫婦関係も、恋愛も、子育て、
親子関係などに至るすべては
全く別の事柄ではなく、
むしろみな、繋がっています。

要するに、自らの幸せを願うならば
御人の幸せを願うならば
歴史の真実や政治について
またその中でも、真実について知ることが
私たちの、そして皆さまの元気と幸せ
そして更なる繁栄と発展に直結します。

なぜなら、これらすべては
「人と人との交わり」という共通の始点が
あるからです。

つい最近、参議院選挙が終わりました。

争点は、「年金」一色になっていた感じでしたが
実は私たちは、とっても大切な部分を
見落としがちです。

それは、年金とは
積立金ではなく、「ボランティア」なのだという事です。
年金とは、若い世代が高齢者を支援するという
大儀で始められたものでした。
時代の変化とともに、何も、ボランティアに
執着することはなく、これも税金という
システムへの変換など、いろいろと時流に適したように
考えて、変更していけば良いことだと思います。

ですが、この度の年金問題は
戦後から今までの、複雑かつ巧妙な
汚職や癒着などの構造が露呈したものであって
最近、始まり起きたことではないのです。
ですが、あたかも
現行内閣だけの責任のような
マスメディアの印象操作にはうんざりです。

今の日本には、偏らず
事実を事実として報道する新聞やメディアは
ほぼ皆無となってきました。
私たちは、事実や真実を知る術を少しづつ
奪われています。民主主義とはなんだろう?

元気がでる新聞は、このような現実に対して
事実と真実から、元気がでる情報をお届けし
日本がもっともっと元気になるように・・・
そんな思いから付けた新聞名です。

その原点に返って
少しづつからでも、本物の
「日本一!元気がでる新聞」になりたいと思います。

このような趣旨から
まだまだ新聞の構想を練り直す期間なども
ありますので、早急に、変身は難しいかと思います。

ですが、少しづつ、
皆さまに、事実をもとに
元気をお届けできるよう
サイトの再構成も含めて
バージョンアップを図ろうと計画中です。

そこで現在、
当無印ウエストのサイト
そして、こちらのmixi
そして、gooのブログと3つを運営
させていただいておりますが、
mixi と gooブログは併合して
アメブロへ引越ししようと思います。

gooブログのIDは、削除せず
そのまま残しておきますが
今後の新たな更新は、アメブロになりますことを
ここで、お知らせさせていただきたく
今後とも、どうぞ、よろしくお願いします。

夏風邪には、くれぐれも
お気をつけ下さい。

いつも本当にありがとうございます。

感謝合掌


●引越し先URL
http://ameblo.jp/genkishinbun

モチベーションについて

2007年07月06日 | 心経営塾
マーケティングについてのお話となると
必ずでてくるのが、これ「モチベーション」ですね。

・売上をあげるには!
スタッフのモチベーションが重要だ

・顧客のモチベーションアップが
売上向上につながる!

などなど・・・


「モチベーション」という言葉が良く聞かれます。

そもそも、この「モチベーション」ってなんなのだ!


motivation モチベーションとは、動機を与えること。動機づけ。

例えば、ある美容室のお客さまが
その美容室に来られる・・・という理由、つまり動機を探る。
これを、モチベーション・リサーチと言います。

この場合、その美容室に初来店された
理由、原因、動機について、意識的/無意識的に関わらず
その動機を明らかにすることで
新規のお客さまを増加するヒントを得る。
または、現状の販売促進を見直すネタとする。

そのほか、固定客さまの場合
どうして?どのような理由に基づいて
行きつけの美容室を選択しているのか?
どんな動機によって、「行きつけサロン」を決定しているのか?
というのを探ることで、お客さまの表面的な部分だけでなく
深層心理に迫った、本当のニーズやウォンツが見えてきます。

例えば・・・
新しいお店に初めて行く際の動機となっているもの:-
●家族に勧められて
●ネットで評判が良かったから
●友人がいつもステキなヘアースタイルなので
どこへ行っているのかを聞いてきた
●割引クーポンをもらったから
●外からみた店舗がかっこよさようだったから

・・・挙げるといっぱいあるかと思います。

また、顧客さまが
行きつけのお店と決められている理由(動機)になっているもの:-
●カットが上手いから
●このサロンだと、毛染めをしても傷まないから、頭皮が痛くないから
●スタッフがとても親切で愛想が良いから
●メニュー全般が、自分にとってお手ごろだから
●近所で近いから
●いつも遅くまで営業しているから
●スタッフがしゃべりすぎないのがいい

・・・いろいろと考えられると思います。


つまり、この顧客さまの購買行動について
いったい何がモチベーションのもととなっているかを知ることで、
お客さまが、良いと感じられることをどんどん取り入れて
イヤだと感じられていることを排除していくことで
顧客満足度を高めて、売上向上へ結びつける。

こうした日々における、サロンワークのあらゆる事柄に
お客さまのモチベーションを生かすことで、売上増倍に貢献できます。

次に、スタッフのモチベーション。

むしろ、こちらの方が良く使われるのかもしれません。

スタッフが自分のお仕事に、高いモチベーションを持ち
それをいかに持続させるか?が、経営者さま、店長さまの
永遠のテーマかと思います。

そして、スタッフのモチベーションを上げる、維持するということになると
必ずでてくるものが、インセンティブという言葉です。

つまり「やる気を起こさせるような刺激」。

少し一般論をお話ししますと
仕事に対する情熱や
仕事に見合った評価(地位・給料など)
福利厚生や
教育システムなどなど

確かにその通りであり、全く否定はしません。


ですが、心の時代の心経営塾という観点から
高いモチベーションを、いかに維持することができるかと
聞かれましたら、それは、顧客さまもスタッフの皆さんも同じで


「感動」が、その源とならなければ
充足感を得つつ、幸せを感じながら、
また仕事に対して意義・自信・誇りを持つ
これらがあって、その上に「感動」が生ずることで
高いモチベーションが、維持できる。と考えます。

要するに、モチベーションやインセンティブを
いかに維持させるかは

いかに「感動・感謝」のやり取り、キャッチボールを
持続させるかが、モチベーションを上げる!ということに際しての
重要なポイントとなります。


物質やモノ、ニーズやウォンツからの
モチベーションには、一時的な効果はありますが
持続させようと思うと、これ実は大変な作業となります。
要するに、人はモノでは充足感や満足感は
さほど得られないということが理解できます。
あくまで一時的なものなのですね。

しかし、道具として、または手段として
物質やモノ、サービス、対価を使うことと
その源に「感動」が備わっていると
そんなに大変な作業は必要とせず、お客さまもスタッフも
モチベーションは自然に維持されるものなのです。

最初にお話ししましたとおり、
こうしたビジネス論やマーケティング理論は
欧米がその発祥です。

その歴史的背景や、宗教・文化(文明)的・背景から
絶対的なものからの視点・・・
要するに、外→内 が常にその中心にあるため
ビジネス学問は、顧客からの発想を見落とします。
医学にしかりですね。
しかし日本を含む東洋の思想とは、
内→外 を その発想の起点としますので
やはり、学術的な経営学には、私たち日本人ならではの
心をスパイスとして取り入れる必要があるわけですね。

世の中の生き物の中で
唯一「理性」を持つ生き物・・・人間。

時に、理性がいたずらをして
本心を語らせないようにします(笑)

よって、お客さまやスタッフのニーズやウォンツというのは
知る側の、目と心で聴かなければ
わならない部分でもあるわけですね。

ありがとうございました。

元気新聞、7・8月号 のお知らせデス

2007年07月02日 | 無印ウエストからのインフォメーション
7月になりました。

皆さま、お元気でお過ごしでしょうか?

梅雨入り宣言があってから
雨の日も少なく、この真夏日!
体調にはくれぐれもお気をつけ下さい。

さて、元気新聞・・・
いつもたくさんのご感想や応援メッセージいただき
本当にありがとうございます。

いろいろご要望も賜り
あの限られた紙面に
どう生かそうかと楽しい毎日です。

そして、7月号は、
8月号にて、7・8(夏)号スペシャルでお届け
させていただきます。
次号は少しばかり先になってしまいますが
よろしくお願いします。

それではまた
ずっとごぶさたしておりますが
また日記・ブログにて・・・


いつもありがとうございます。


じゃあ、マーケティングって何なんだ!

2007年05月17日 | 心経営塾
じゃあ、マーケティングって何なんだ!


そうですよねー。
日本語で一言で言うと・・・日本語ではない!
マーケティングという言葉は、日本語の単語には存在しない
と言われても、じゃあ一体なんなんだ、それは。


マーケティングを辞書で調べてみますと:-
「顧客ニーズを的確につかんで製品計画を立て、
最も有利な販売経路を選ぶとともに、販売促進努力により、
需要の増加と新たな市場開発を図る企業の諸活動。」

いわゆる「マーケティングの定義」よりも
何となくわかるかな?という感じでしょうか?

この辞書の説明をもとに、マーケティングとはなんぞや!
と一般的に言われているものに、4P というのがありまして・・・

①PRODUCT(商品やサービス、メニュー)
②PRICE(価格)
③PLACE(商品を販売する場所)
④PROMOTION(販売促進)

この4つの頭文字が4つとも「P」なので、
「4P」と言われているようです。
この4つのPを複合的に活用し、需要の増加と
新たな市場開発を図る企業の諸活動となります。
これを、マーケティングミックスと呼ぶそうです。

これをまたサロンワークに当てはめてみますと


①独立してお店をすることになった。

では、まず最初に PLACE(場所)が決まっているので
その場所に最も適したメニュー開発(PRODUCT)、
その場所に最も適したメニューに、
最も適正な価格と設定し(PRICE)、
これを売るための最も適した販促(PROMOTION)を行う。


②お店をすることになった!まだ場所も決めてない。
しかしカットにこだわった独特の店を出したい!

まずは、カットにこだわったメニュー(PRODUCT)作り、
付加価値を出した価格設定(PRICE)、
これらが受け入れられる場所、地域、エリア(PLACE)を決定、
売上に繋げる最も適した販促(PROMOTION)を行う。


③なかなか新規客が増えないゾ!

場所を変えれない場合、
地域の客層にあったメニュー(PRODUCT)になっているか?
地域の客層にあった価格(PRICE)になっているか?
販売促進(PROMOTION)をやったほうがいいのか?
あるいは、フライヤーなどを手配りしたほうがいいのか?
ホームページを作ったほうがいいのか?
ターゲットにしている客層にあった媒体に
広告を載せるのがいいのか?などなど


このように、今の状況を何かしら打開したい
変化させたい、向上させたい、売上をあげたい・・・
そんなとき、この4つのPであるマーケティングミックスを
使って、現状分析を行うというわけです。



この4つのPですが、プラス 4Cとうのがあったり
7Pがあったり、8Pがあったりします。
要するに、時と共に経済は変化しますし、お客さまの購買行動も
当然変化します。また文化背景からの価値観の多様化などで
いつまでも同じ理論ではいけないわけなのでしょうね。

また従来からある4つのPの中の、PROMOTION(販促)ですが
これも更に2つにわけて考えられていました。

●PUBLICITY(広報)
メディアなどの各種媒体で取り上げられたり
報道されるよう働きかけること

●PUBLIC RELATIONS(パブリックリレーションズ)
みずからの望ましいイメージおよびその施策や事業内容
主義主張などについて、多くの人々に知らせて理解や協力を求める
組織的活動。


このように、4Pを原型として
あらゆるPやC(CUSTOMERお客さま)が加えられ、時代とともに
体系付けられた学問ですが、全て書けば書くほど
「なんじゃこりゃー!」となりかねず、ちっとも実用的で
なくなる場合があるので、それでは困りますね。
なので、マーケティングって・・・あーこんな感じなのかと
ちびっとでも記憶していただければいいのかなと思います。

商売人さんにとっては、どれだけ立派な学問であっても
理屈があっても、売れなきゃ話にならないわけです。
また理屈通りに物事が全て運ぶのであれば、世界中
大金持ちの人ばかりになります。
・・・しかし、現実は違います。
世界には歴然とした「格差」が存在し、人々の中に
格差がない国というのは・・・・・
共産主義国家、もしくは社会主義国家だけです。

日本の商売人さんがたは、日本でお商売をされていて
この日本は、資本主義です。

このマーケティング理論や定義は、「資本主義」の国から
日本へ持ち込まれました。

もう一度、辞書で調べてみたマーケティングの意味を
書いてみたいと思います。

「顧客ニーズを的確につかんで製品計画を立て、
最も有利な販売経路を選ぶとともに、販売促進努力により、
需要の増加と新たな市場開発を図る企業の諸活動。」


お店をかまえる商圏の客層、その中でも年齢別または
性別によって人口比率が違います。
もしもこの商圏の中で女性の比率が男性より多く
また20代30代の女性が1番多いとしましょう。
であれば、お店のターゲットは数の論理でいきますと
20代30代をターゲットにすると、網にかかる数が
増えることになります。

なのでこの時のニーズとは、お店の商圏に住む
20代30代の女性の消費行動や、生活パターンを知ることで
ある程度のニーズが挙げられます。
それに基づいて、メニュー構成を考えます。
そしてそのメニューの適正価格とは、20代30代の女性の
お財布の中身を推理しなければなりません。
どれだけ素晴らしいメニュー構成でも、
誰にも負けない技術があっても、価格設定が適切でなければ
やっぱり売上を理想までもっていくにはかなり難関です。

また逆に、例えば40代50代の女性人口は
そんなに多くはないが、例えばお店の商圏が裕福層が住む
エリアであれば、40代50代の女性にあった
高級志向でメニュー&価格構成を展開できる可能性も
あるわけです。一本釣りとでも申しましょうか。

そしてお店の認知を高めるため、新規客増進のための
販売促進の方法があります。
ただし、ここで重要なことは、販売促進は経費なので
純利益から削られます。当然、いかに最小限のコストで
可能なかぎりの費用対効果をだしたいところですね。
商売の智恵の絞りどころであり、楽しい部分でもあります。

辞書の説明にある最後の部分ですが・・・

「・・・需要の増加と新たな市場開発を図る企業の諸活動」
販売促進努力により・・・

①需要の増加を図り
②新たな市場開発を図る

この部分ですが、
・・・・・
・・・・・
ここが実はポイントですね。

何がポイントかと申しますと、
これは20世紀には適していましたが
日本のように、飽和状態となってしまったマーケットでは
吸収&合併をできる資本力があるところ以外には
あまり関係がありません。

ただ、言葉の解釈のとり方次第であることも事実なのですが
上記2点に関しましては、
人口が減っていくという状態に転じた日本市場で
もはや需要の拡大や市場開発などは、
新たな技術やサービスを創り出す。
全く新しいニーズを創り出すという
過去によく言われた手法ではあります。
サロンさまで例えるならば
そうですねぇー、別の業態とミックスさせた複合店などが
考えられますね。
例えば、ネイルもできるヘアサロン。
エステもできるヘアサロン。
マッサージと合体したヘアサロン。。。

確かに、新しいコンセプトのサロンなので、
新しい需要を生み、新たなニーズをお客さまに植え付けられる
もしくは生み出す可能性はあります。
しかし、かつての爆発的な需要を
求める場合は、かなり難しいことになります。

なぜ難しいかといいますと・・・
「心の時代」だからです。

20世紀は、「モノの時代」でした。
物質文化ですね。大量生産・大量消費・大量廃棄です。
そして今、モノでは心が充足されないことに気づきました。
どれだけ欲しいモノを手に入れても
幸せではない、ことに気づいた人が増えたのです。

こうした時代に、
①需要の増加を図り
②新たな市場開発を図る
をやる!というのは、お客さまへの強制、押し付け・・・
となりますし、飽和市場におけるこの2点は
なにもない平地への出店というよりは、むしろ
吸収したり、合併したり、買収したりと
既存のお店の持ち主が変わるだけになります。
利害がぶつかりあいとなりますから、
力(資本力)のある企業が、その資本という力でもって
自社の事業理念を遂行します。
まだ未開拓の市場が、業種によってはきっとあるでしょう。
ですが、この理論でいきますと
物理的に限界がきます。
物理的に限界がきますと、奪い合いとなります。
利益の奪い合いは、お客さまの奪い合いです。


これが資本主義なのです。
もともとマーケティングやビジネス理論とは
かつて戦争に用いた戦略がベースとなっています。
ここが重要です。忘れないで下さい。

競走はだめ!という声もしばしば聞かれますが
現実社会は、競走なのですね。

今日もかれこれ長くなり、モチベーションに
ふれることもできそうにありません。

なので、そろそろ締めくくってみたいと思いますm(__)m

先にも触れましたが
いかに立派なビジネス理論であっても、
売れなければ意味ないのです。

売れるには・・・ズバリ!
真の顧客ニーズを知ることです。

20世紀のスタイルのままでは
21世紀のニーズに気が付けません。

なので・・・
マーケティング理論など、別に知らなくても
良いのです。というのが、私のお伝えしたいことでした(^^ゞ

21世紀は、心の時代。
まさしくそうなのです。ではこれをいかに商売に生かすか?
それはですね。まずはご自身の心の中を
今一度、ほじくりかえすことからなのですね。

今の商売は、何のために始めたのか?
この商売で、自分がどうなりたいのか?
または、どうなりたいのか?

それにはまず、
すごーーーくイヤなこと。
辛いこと。苦しいこと。しんどいと感じること。
そういった負の部分を、紙に書いて見るといいと思います。

正直に、ありのまま、思いっきり
誰にも見せるわけではないので、書いてみたほうがいいです。

やっぱり人は、頭で整理するよりも
一度、自分で書くというほうが整理しやすいものですし
正直になれたりします。


そして真に、心からモティベートできるものに
気づいたとき、発見したとき、見つかったとき
もう商売は、楽しくて楽しくて仕方がなくなります。
仕事が、楽しくて仕方がなくなります。

モティベーションって・・・なんでしょう?


今日も長々とお付き合いいただき
ありがとうございました。m(__)m

商人(経営者)の苦しみ

2007年05月16日 | 心経営塾
「心のお話しはとてもありがたく、毎月待ち遠しい」
「忘れていたのかな?なんかそれを思い出せて元気がです」
・・・・・

もっともっとご紹介したいほど、嬉しいメッセージを
本当にたくさんいただき、ありがとうございます。

いろんなご感想を頂く中で、
最近チラホラ受ける質問があります。

「心の時代だとはわかっていたけど、それがなんとなく
実感として自分にもわかるようになった。
でもこれをどうやって仕事や事業に生かせればよいかが、
いまいちわからない」といった内容です。

そこで、これからは すこーーーし、
マーケティング理論などという輸入知識(国産ではない)を
併せつつ、いろんなことを書いてみようと思います。
できるかなぁー(笑)と思いながら、
それが例え少しでも、ほんの少しでも
お役にたつことが出来るのなら、頑張ってはいけませんが
楽しみながら、がんばってみようかなと思います。

ただ身の丈以上のことはできませんので
ヘンなの!と思われる内容は、どうぞ鼻で笑って
無視してくださいm(__)m


さて・・・
タイトルの、商売人・経営者の苦しみ ですが
これは別に事業のオーナーだけでなく
意思決定に関わる、幹部、店長、
もしくはスタッフについても同様です。

まず「苦しみ」ですが
この「苦しみ」は、思い通りにならないことが原因となって
発生する感情です。
釈迦は、「思い通りにならない」ことを悟られました。
なので、世の中というものは、
人の思い通りにはならないのです。
という結論をつけますと

「自分の思い通りになってる人もいるじゃないか!」
という声があります。

しかしそれは、思い通りになってる人を客観的にみて
自分の価値観(身の丈)の枠から推測し、
勝手に決め付けているためなのですね。
それが、果たして本当に思い通りになっているかどうかは
実際のとおろ、わからないのです。
あくまでも「推測」の域です。

いつしかこの推測が、断定となり、
思い通りにならない自分と、
思い通りになっていると勝手に断定した他人とを
比較するようになり、劣等感が生まれます。
この時です!
この劣等感に気づくか、気づかないかが、第1分岐点です。
気づくと、自分も思い通りになれるはずだから、
きっと方法は間違っているのだろう。
と捉えることができ、劣等感がエネルギーとなり、
モチベーションとなります。
(ちなみに次回は、モチベーションについて
書いて見たいと思います)

成長へのエネルギーという、良いエネルギーへ変換されます。
よって、自分に因を求めるため
今までは、「良し」と信じて行ってきた
あらゆるマーケティング要素に対して
「良くなかったのでは?」と、
逆説から見直す作業が開始できます。

この際に、例えばサロンワークで例えるなら
お客さまが望むメニューが提案できてなかったのだろうか? → PRODUCT(商品)
技術メニューの価格が、高すぎたのだろうか?
もしくは、技術不安を煽るほど、安すぎたのだろうか? → PRICE(価格)
自分の経営理念、こんな店がしたい!を実現するのに、
この地域は適切ではなかったのだろうか? → PLACE(場所)
ターゲットの客層が最も活用する媒体への広告や宣伝が
できていなかったのだろうか? →PROMOTION(販促)

この行為によって、現状の改善点があぶり出されます。
それをひとつひとつ丁寧に、改善を実行する。

次に、もうひとつ同時に行う作業があります。
ご自分のサロンの長所と欠点とを、
紙にアウトライン状でかまわないので
書いていくのです。この時、自分の心に正直に、
長所/欠点を書かなければ役に立ちません。

そして、長所は、とことん「強み」に変えるには
どうしたらよいか?
いわゆる、長所を「オンリー・ワン」に仕上げる
方法・手段です。
次に、欠点です。欠点は、迷わず排除。これだけです。
そして次、危機管理。
今の現状では、さほどめだった問題ではないが、
いづれこれを放置すると
もしくは今から少しづつでも改良に着手しないと、
あるいは、今の場所で
今はOKだが、いづれは店舗移転しなければ・・・・という
想定できる限りの、「危険・危機」を、全部書き出します。
そして、その一つ一つに対策を練っておくのです。

これであとは、行動あるのみです。
そしてこの行動の繰り返しです。
それによって、自分も思い通りになれる!
という強い想念が、少しづつ良い方向へ変化していくことに
気づくと、悪魔のささやき(第2段階試験)がおとづれます。

①どうだ!これらの成功は、すべて自分の力だ!
と捉えるか
②あーありがたい。これもひとえに、お客さまの応援と
スタッフの頑張りのおかげだ。ありがたい。ありがたい。
と捉えるか

究極のところ、
また本日は簡潔に全般を書かせていただきますが
①となるか、②となるかで、思い通りになる状態が、
一瞬で終わるか
持続するか?の分かれ道になります。

以上が劣等感に気づき、それを素直に受け止め認めて
ありのままの自分を否定せず、
身の丈を知ったときの大枠の展開でした。

次に、劣等感に気づかない場合。
これは、劣等感に気づかないというよりは、
むしろ何となく気づいても
それを認めなかった場合・・・がもしかしたら、
多いかもしれません。
そうしますと、この劣等感からは、責任転換、
もしくは、恨み・妬み・嫉妬といった感情へ変化します。
この想念が、永遠に思い通りにならない連鎖を
自ら作り出します。

要するに、思い通りにならない原因を他へ転化させますので
永遠に、思い通りにならない原因に対する策は練れないし、
実行できないことになります。
また人は「認められたい」という願望がありますので
本質を隠して、もっともらしい「言い訳」を
考えることだけに翻弄します。
これを、無駄な努力といいます。

永遠に、無駄な努力が続き、その無駄な労力に疲労し
疲れるのですね。
それを 「これだけ一生懸命仕事しているのに、疲れが
取れないほど、頑張ってるのに・・・報われない」という
言い訳に帰結させます。

しかし大丈夫です。
人は、人ゆえ「勘違い」するときはあるんです。
誰にだってあるんです。
だから劣等感に気づかないときだってありますし
気づいていても、いろんな事情から、
認められないときだってあるんです。
それらすべてに気づいていながら、
それでも不本意を続け、演じなければ
ならない宿命を背負ってこの世に生まれてくることだってあります。

なので、基本中の基本なのですが「素直に戻れる」自分を
普段から作ることが大切です。
違う言葉で例えますと、「自然体に戻れる」。
ナチュラルにもどる。
ニュートラルになる。
自分が自然体の時というは、
とにかくワクワク楽しいときです。
ワクワク楽しい自分が、本当の自分です。
そしてワクワク楽しい自分になれる場所、趣味、時間を、
見つけることが大切です。
本来であれば、これが親業であり
子どもにつけれやらなければならない、
習慣(クセ)のひとつなのですが・・・

日ごろから「素直・自然体」の習慣が身についてますと
劣等感を見逃しても、気づくことができますし、
それを認めることが自然にできるようになります。

また詳しくは、別の機会にということで
または、過去の日記をぜひとも、読んでいただければ幸いです。



いわゆるマーケティングというのは、
日本語で一言で言いますと・・・・
・・・・・・
・・・・・・
実は、ないのです。日本語には、「ない」のです。

要するに、かつての日本には、このような概念は無かったのです。
これ、少し覚えておいてください。のちほど、
じっくりじっくり、謎解きを楽しくやってみたいと思います。


ちなみに、日本マーケティング協会の定義をご紹介します。
http://www.jma-jp.org/
(しかし・・・・1990年と、20世紀でストップしています)

「マーケティングとは、企業および他の組織 が
①グローバルな視野 ②に立ち、顧客
③との相互理解を得ながら、公正な競争を通じて行う
市場創造のための総合活動(4) である」

①教育・医療・行政などの機関、団体などを含む。
②国内外の社会、文化、自然環境の重視。
③一般消費者、取引先、関係する機関・個人、および地域住民を含む。
④組織の内外に向けて統合・調整されたリサーチ・製品・価格・プロモーション・流通、
および顧客・環境関係などに係わる諸活動をいう。

そして古典的なマーケティング理論でも代表的な定義:-
フィリップ・コトラー氏の
マーケティング定義をご紹介します。

「マーケティングとは、
個人や集団が、製品および価値の創造と交換を通じて、
そのニーズや欲求を満たす社会的・管理的プロセスである」

そしてマーケティングの源流アメリカは、2004年に
マーケティング定義を改正しました。
以下が、NEWバージョン定義です:-

「マーケティングとは、組織とステークホルダー(関与者)
両者にとって有益となるよう、
顧客に向けて「価値」を創造・伝達・提供したり、
顧客との関係性を構築したりするための、
組織的な働きとその一連の過程である。」


いかがでしょうか?

なんじゃこりゃ???と思うのは、私だけでしょうか?(笑)

18歳の時に、海外のカレッジでビジネスマネージメントを
学んで経営学科経営学部を卒業しました。
初めの頃は英語がわからず、授業についていくことだけに
必死で、それがクリアーすると、
今度は授業で質問できるようになることに必死で
これがクリアーすると、
なんだか英語がわかるようになっていて
カーペンターズを口づさめるようになっていた自分に
驚いたもんです。
そうしますと、なんだか今の今まで
「差別なんて、全然ないやん」と思っていたのは誤解だっと
気づきました。
バシバシ差別されたり、
日本人をバカにした発言が耳につくではありませんか!
・・・・単に、英語がわからなかったから、
それ以前は差別されてるとか、バカにされているとには
気づかなかっただけだったのです(^^ゞ

そうしますとですね
ディベートの授業などになると、なぜかアジアからの留学生は
日本人のしかも1番若い私を質問攻めにしてきます。
ちょっと今すぐ思い出せませんが、例えば・・・
「日本の工場は、なぜあんな朝早くから全員に強制して
ラジオ体操をするんだ?」
「これは非常に、非生産的だろ?
なのに日本はなぜ戦後いきなり成長したんだ!」
など、いうわけです。
そんなことが毎日続くので、
当然、思い通りに話せない欲求不満が
等感になります。
また、決定打は、自分は日本人なのに、
日本の本当の歴史を知らなすぎた!という
「恥」感覚を、本気で生まれて初めて味わったことです。

このように、私も劣等感まみれで
嫉妬にかわったり、いやいやこれではいけない 
と引き戻ってきたり
行ったり、来たり、進んだり、戻ったり 
大変無駄な努力をして今があります。
なので、「無駄な努力」も、たまには良いのですね。
だからといって、今が優秀なわけでもなんでもなく
もっともっと人格者になり、
本当に人サマに役立つような人間になりたいと
おもってるバカです。
バカなので、やっぱり人一倍、本を読みます。
無駄な努力を経験して初めて、
それが「無駄」だったと知ります。



商人(経営者)の苦しみとは
実は、本来の自分が目指したいこと、やりたいこと、
したいことが出来ていないことから生まれています。
義務感、責任感、正義感からなのですが
これを全く否定しているわけではありません。
ただ必要以上の「無駄な」義務感、責任感、
正義感を自ら生み出し、それに囚われて苦しんでいます。

辞書によりますと
●商売
商品を仕入れて、売ること。あきない。
課せられている任務。つとめ。また、職業。専門の仕事。
利益をあげる目的で物を売り買いすること。
生活の基盤になっている仕事。

●ビジネス
仕事。職業。また、事業。商売。
個人的な感情を交えずに
利益の追求のみを目的として進める仕事。
特に、個人的な感情をまじえない、
金もうけの手段としての仕事。



商売人さんになりたい人が、ビジネスをすると
苦しむわけです。
ビジネスをしたいひとが、商売をすると苦しむわけですね。


自分は商売人になりたいのか?
ビジネスマンになりたいのか?
今一度、ご自身に問うてみては、いかがでしょうか?

ありがとうございました。

昨日に引き続きまして、時事を・・・

2007年05月15日 | 心経営塾
昨日に引き続き、時事を・・・

長文ですm(__)m

国民投票法が、さらっと・・・成立しましたね。

しかもなぜか?18歳以上。


現実として、今日の日本の状況で
20代でいったいどれだけの人が選挙へ行ってるのでしょう?
それでも18歳以上とした理由を考えてみますと
とても危険だと思ってしまいます。

20代で選挙に必ず行くという人は
どのような思想の持ち主なのか?という風に想像してしまいます。

ネットというツールのおかげで
かなりの事実を知ることができるようになりましたが
生活の一部として、社会に浸透してしまった今では
プロパガンダのツールとして使われている事実も否めません。
間違った情報や史実が伝えられている国においては
ある特定の人物や団体の思想実現のために
これほど適した工作手段はない。とうのも実情です。


・・・CIAもどきのような話はおいといて


要するに、国民投票法ができてしまったので
今後、憲法改正には国民の選んだ代議士を通さず
それぞれの国民の意思が、憲法改正に反映されるようになりました。

「国民の意思が直接反映されるのだから、いいんじゃないか」
その通りです。その通りなのですが
国民の意思と、政策側の意思・意図は
必ずしも合致していません。なので、本当に21世紀は心の時代なのですが
この膨大な情報の中から、正確な情報を見分けられ、事実とウソの峻別ができ
できるかぎりの歴史史実と日々の限りない正確な情報が
与えられていることが前提です。
ですが、現実・・・与えられていません。
なので、自分から求めなければいけないのですね。

自分から「本当のこと」を求めないかぎり
在る特定の思想やイデオロギーに、気づかない間に
扇動されてしまう可能性があります。


何か、どれが「本物で、本当か」を
見極める心の目を養わなければいけませんね。


こんな大切な法案が、さらっと・・・成立したことに
疑問を持つというクセが必要です。


もっといろんなことを書いてみたいなとも
思うのですが、時事については
このあたりで一旦、休憩します。


関係なさそうで、関連あるお話しですが・・・
今の人は、かなり疲れている方が多いですね。
それはですね、自分にウソをついているから疲れるのです。
もう自分にウソをついたことさえ忘れています。
それゆえの、スピリチュアル・ブーム。

ですが、このスピリチュアル・ブームの真意は
「ウソはいやだ!本当のことがいい」という心の叫びです。
その「本当のこと」が知れる場所、気づくこと、
わかるモノ・・・これを市場に求めているというのが
お客さまであり、「需要(ニーズ)」としましょう。

だからこそ、「心の時代」なのです。
誰もが気づいている、心の時代なのですが
どうも、市場のニーズに需要がこたえきれていないのです。
ここに、20世紀のビジネスマーケティング用語を
あえて(用いたくありませんが)用いるとすると
ビジネスチャンスです。一見、隙間市場に感じますが
実は、大きな市場です。

ですが残念ながら、これら20世紀のビジネス単語を
使用しているうちは、この市場が求めるものに対する
ビタっとした需要を与えることはできないのです。

「心の時代」とは、「心に素直になる時代」です。
勇気をもって、ありのままの自分を受容することを意味します。
ありのままの自分というのは、「自己中ー」ではありません。

人であれば、誰しも発生する、心のガン細胞である
「劣等感(コンプレックス)」を、悪性細胞に変えるか?
それとも免疫細胞に変えるか? が、運命の分かれ道となります。

劣等感を認める・・・といいますが
簡単に、さらっと申しておりますが
これができずに、苦しんでいる人や国が多いのです。
日本もしかりです。

劣等感が、良い方向に働いた例は
日本の高度経済成長です。

しかし、劣等感がひとたび、悪い方向へ向かったら
この感情が、→ 妬み、嫉妬、恨み、憎悪、恐怖 そして
恐怖心 から 必要以上の正義感が出現し
異常な過干渉となり、戦争を生み出します。

自分の劣等感に気づかないように努力するということが
苦しみを生みます。それが自分へのウソの始まりだからです。
そしてこのウソに対する罪悪感を排除しようと
したくもないことをするので「頑張ろう」とか「努力」とか
「必死」という言葉を乱用し、更に、自分で自分への
疲れや苦しみを作り出します。

この悪循環を止めるには
勇気を持って、自分の劣等感と向き合い、認めて
それを躍動力へ変える。この躍動とは、自分の幸せのためへの
躍動であり、すなわち、「人のお役にたつ」ということ以外は
見出せないのです。

この劣等感から、事業に精を出しますね。
すごく良いことです。そしていっぱいたくさん儲けて
しっかり税金を納めるのです。誰に気づいてもらわなくてもいいんです。
それを、私利私欲のみに使って、劣等感が無くなる・・・
これは、無くならないのです。
だから、お金持ちはみんな幸せ、は違うのです。
お金持ちも、そうでない人も、「お金の使い方」で
劣等感がなくなったり、幸せになったりします。

もちろん、幸せとは、これだけではありません。
いろんな形の幸せが当然、個々にあり、それぞれ違います。
それでいいんです。違っていいんです。

まずは自分が劣等感を認め
ありのままの自分を愛して、大宇宙・大自然と繋がる。
そしてこれを押し付けるのではなく、
自然体になることの楽ちんさを、自分という実例でもって
黙って、ただただ、実行することなのですね。

ついでに、もうひとつ。

日本人・日本語は、しばしば「曖昧(あいまい)」だと
言われていますが、この曖昧の真意は、
いいかげんだとか
優柔不断だとか
そういう意味ではありません。

あることを追求すれば、追及するほど
特定の分野や技術、知識を深めれば深めるほど
核心に迫れると思いますか?
違うのです。実は、どんどん「曖昧(あいまい)」になるのです。

カラーについてお勉強されておられる方は
ご存知かと思いますが、日本色(和色)の中でも
例えば、茶色だけでも40種類以上、灰色に関しては100種類以上
ありますよね。めちゃ!あいまいですよね(笑)
見分けなんて、私にはつきません。感性の差だ!と言わないで下さい。m(__)m

日本という国は四季に恵まれ、四季おりおりがなす
自然の色があります。同じ風景でも、四季によって違う色が
創り出されています。こうした大自然の様態とともに大自然に
敬意をもって接してきた日本人は、かぎりなく見たままの色を
染物にも再現しようと、とことんこだわったら・・・
あいまいになった。

例えば、アインシュタインの言葉を思い出してください。
「われわれが経験しえる最も美しいものは神秘です。
それはすべての真の芸術と真の科学の源なのです。
この世の生命について、
その本質を知りたいと求めても、ある限界に至ります。
その先にあるであろうものを神秘的なものと呼んでいます。
科学を真剣に追求している者は誰であれ、
宇宙の法則の中に神の霊が顕在していることを確信するに至る。
神の霊は人間の霊をはるかに凌ぎ、
神の霊を前に人間は自らの力のささやかなることを知り、
謙虚にならざるを得ないのである。」

科学の分野でも、医療の分野でも
つきつめると・・・ something great の存在にいきつく。
ということを、その道の専門家たちが共通して言います。

私はスタイリストさんの中にも
同じような感覚になられているかたは、多いと思います。
やはり、とことん、美を追求される方が多いからです。

じゃあ・・・ この something great って何?

これが今の市場の真実の声(ニーズ)です。


この真実とは、「真理」であり「神理」です。
真実を、ビジネスアドミニストレーションや
マーケティング理論に求めても、でないのは当たり前なのです。

真理は、日本人のためだけというものではなく
また、アメリカ人ようのものと、日本人ようのものは違う。というのは
ありません。「真理(神理)」とは、人類すべて
そして宇宙を貫くたったひとつの、ア・プリオリなのですね。

もう少し書いて見たいな~とも思いますが
このへんで、おつきあいくださり、本当にありがとうございます。

ちょっと時事のお話しでも・・・

2007年05月14日 | 心経営塾
ひさしぶりのブログということで
ちょっと時事のお話しを簡潔にしてみたいと思います。

いきなりですが

「貴方は戦争に反対ですか?賛成ですか?」
という問いが、ちらほら聞こえてくること・・・あります。

私には、僕には関係ないわぁ~っと
思われる方こそ、ぜひ一度
頭のリフレッシュに、読んで考えていただければ
いいかなと思います。

またこんな会話を、普段からフツウに
誰とでも、できる環境つくりは
実は大げさではなく、本当に社会貢献になります。
お客さまとのコミュニケーション。
家族とのコミュニケーション。
友人・知人とのコミュニケーションで
こうした話題に、ぜひ触れてみてください。

これ、一体誰が、戦争に賛成と言うのでしょう。
そんなの、誰でも「戦争は反対」です。
当たり前なのですね。

なのでこれは、質問がおかしいのです。

どうも最近のマスメディアは
正しい情報を伝える。
古今東西の正確な事実を伝える。
というジャーナリズム精神を忘れているようですね。

ジャーナリズムというのは
時事的な問題の報道・解説・批評 と 辞書にあります。
ですが、最近の新聞やテレビのNEWSは、
解説はゆがみ、批評の論点はズレてる。
一体、どうなってんの?と思う出来事がしばしば。

それゆえ
「戦争は反対ですか?賛成ですか?」などの
おかしな発言をする。
この回答から、おかしら論点を展開し
国民を愚弄していると考えたくもありませんが
そんなことが多い今日この頃です。

NEWS とは、
N = North
E = East
W = West
S = South
そうです!東西南北の頭文字をとって NEWS。
国内はもちろん、世界の正しい情報を
まずは伝える義務があるわけです。

私たちの命に関わることも多いので
情報は、正しく正確に伝えてから
持論の批評・批判を展開して欲しいものですね。


そこで!

最近、よく話題となる「憲法改正」について。

憲法改正で、特に論争となっているのが
実は、第9条についてです。

憲法第9条は2項から成っています。
ちょっと書いてみます。

①日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、
国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、
国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

②前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、
これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

問題(?)とされているのは
この2項のことなのですね。


なので、爆笑問題の太田君などは
この9条は、世界の先進国でも日本だけ持つ
平和憲法だから、改正してはいけない。
これを守るべきだ!そしてこれを世界遺産にするべきだ!と
主張されています。すばらしいご意見ですね。

核を持たず、軍も持たず、戦争も放棄する!
これゆえ、戦争のない平和な国が保てる!
という理論ですね。

しかしですね、現実の悲しいお話しとして
世界には未だに戦争や民族紛争が起きています。
また、国際法では、未だに戦争は禁止されていないのです。

また、この9条をめぐっては
日米安保条約を抜きに語れません。
簡単に言いますと、日本がこれら全てを放棄したというよりは
核ももなたい、軍ももたない、戦争も放棄する代わりに
アメリカに日本の防衛を委託したという感じです。
(冷戦時代の背景を知る必要はありますが・・・)

アメリカの軍事力により
日本は自分たちが今まで軍事力を持たずに、平和を維持できてきました。
(その反面、不必要なものもたくさん買わされていますが・・・)

日本が長崎・広島に原爆を落とされた直後
終戦までの約1週間の間に
ソ連が宣戦布告して日本に攻めてきています。
このような背景から、
もしも日米安保条約がなければ
世界が冷戦で東西に分かれていた時期でもあり
日本は戦後、どこかの国の植民地にされていたかもしれない。
という意見があるわけです。

この観点から、安部総理のお父上は
かなり強引に、日本を守るべく
新安保条約を成立させたと言われています。

だからといって
日米安保条約が万能なわけではないことは
日本はアメリカのポチ・・・などの言葉が表現していますが
アメリカから毎年だされる要望書に
強くNO!といえない現実もあるわけです。
この観点から、日米安保はいらない!反対!という
意見があることも最もな主張だと思うわけです。


・・・簡単に整理しますと
憲法第9条と日米安保によって
日本は、軍備を一切放棄しているが
他国から仮に攻められたり、戦争をしかけられたり、
ミサイルが飛んできたりした場合は
アメリカが対応する。ということです。

アメリカは本当に守ってくれるのか?!
という議論もありますが、話がややこしくなりますので
これはまたいつかの日にでも・・・

そして今よく耳にします
「憲法9条の改正」とは、この第2項を
集団的自衛権の行使ができるようにするというものです。

集団的自衛権の行使というのは、
もしも日本が外国から侵略や攻撃を受けたとき
もはや「自衛」ではなく、軍事同盟を結んでいる相手の国が戦争をする時に
共同で戦争行為に参加することを意味します。

つまり、日本も戦争ができるようになることです。


憲法第9条の2項が、集団的自衛権の行使ができるように
改正されるということは、日本人がいくら戦争に反対しても
アメリカが戦争を始めるぞ!というと
日米安保条約があるかぎり
日本はアメリカと共に、イヤでも戦わなければいけません。
おそらく想像力を働かせると
今の状況では、アメリカと共に・・・というよりは
アメリカの代わりに戦わされる日本人。。。

アメリカはビジネスとして戦争を捉えています。
日本人は、絶対したくない戦争を、自衛のため
しなければならないようになります。

だから、アメリカに都合よく使われないために
9条を改正して、日米安保も失くす。
という意見があるわけです。

そうすると、やはり憲法9条改正反対!となるのは
いささか単純な結論であることは
近年の近隣諸国の軍備を見ると、わかります。

実際問題として、近隣諸国は、日本にミサイルを向けて
配備されており、ボタンひとつでたくさんのミサイルが
明日にも日本に、私の住む所に!飛んでくるかもしれない状態です。

そこで・・・もう一度

核を持たず、軍も持たず、戦争も放棄する!
これゆえ、戦争のない平和な国が保てる!

は、本当でしょうか?
本当なら、それにこしたことはないのですよね。

例えば、もしも貴方の家に
銃を持った強盗が、何人も来たとき
あなたはどうしますか?

「あぶないから、うちにも銃を置く」という意見だと
アメリカ銃社会と全く同じになります。

日本は銃社会ではないため
アメリカほど、銃にまつわる事件は当然おきません。

ですが、最近少しづつですが
拳銃に関する事件が、日本でもよく報道されるようになってきています。

だからといって、銃を持つことを奨励していいのか?
でも非武装で、どうやって家族を守るんだ?

・・・これが憲法第9条の論点ですね。

核を持たず、軍も持たず、戦争も放棄する!
これゆえ、戦争のない平和な国が保てる!

のは理想論で、誰もが望むことではありますが
これで本当に、私たちの命は保証されますか?

ということです。

子どもを持つ私としては
当然、子どもたちを戦争に巻き込ませたくありません。
愛する主人に召集なんてあったら
私も一緒に行きたいぐらいです。
ですが、家の鍵もつけないで
警備も、万全な安全対策もないまま
もしも強盗がおそってきたとき
無条件降伏して、ただ殺されるのはイヤです。

貴方は家族や愛する人の命を守るために戦いますか?
それとも、それでも非武装が平和に繋がるから
ただ黙って殺されますか?植民地にされますか?
命が助かっても、奴隷のようになりますか?
奴隷でも、平和だと・・・思いますか?
でも、銃を家に持つことで本当にいいのですか?

・・・もう一度、これが憲法第9条の論点です。

実はなかなか難しい問題なのです。
またもっともっと、複雑な利害や
国家間の事柄が絡んでいますので
ちょっと説明不足の部分もありますが
いろんな角度からの意見、その反対意見など
偏らず調べてみてください。

こういう歴史は、
以外と、今の生活や商売の理念に
生かされることに気づかれることでしょう。


ありがとうございました。

元気新聞 第11号 19年5月発刊

2007年05月03日 | 無印ウエストからのインフォメーション
いつもいつも
大変お世話になり、応援していただき
本当に、ありがとうございます。m(__)m

元気新聞 第5号は
来週から発送予定です。

「とても参考になるよ」
「いろんな迷いがあったけど、方向性に確信がもてた!」など
たくさんのご感想をいただき、ありがとうございました。

これからも
元気をいっぱい&いっぱいお届けできるように
したいと思います!

取材にご協力いただきました先生方
本当にありがとうございました。

ありがとうございます。


なぜ植物が元気なお店は、繁盛店が多いのか?

2007年04月26日 | お参り日記
「なぜ植物が元気なお店は、繁盛店が多いのか?」
というご質問を、いくつかいただきましたので
思い切って、少し不思議なお話しをしてみようと思います。

日本には八百万の神さま・・・と言われるぐらい
たくさんの神さまがいらっしゃいます。
「千と千尋の神隠し」を見られた方は、
なんとなぁーく想像がつくかもしれませんねー

なので世界広しといえど、
海外から、いかなる宗教が日本に入ってこようと
排他的なことは全くせず
ぜーんぶ受け入れる太っ腹な神さま方であります。
日本の神さまは、大いなる和=(大和)が大好きです。
人に地球に迷惑がかからないのなら
どんな宗教でも受け入れます。

そしてこの、八百万の神さまといわれるほど
たくさんの神々さまが、それぞれいろいろと分担されて
人間が毎日楽しく、仕合せ(幸せ)になれるように
活躍してくださっています。

そして植物を担当される神々さまもいらっしゃいます。
この植物を担当されておられる神さまがたは
「風」も担当され、「骨」も担当されています。

今ではいろんな材料が使われて、家が建てられますが
昔は木造建築がほとんどでした。
「植物や木々」を使って、家の「柱」としました。
しっかり立つよう、木々が「家の柱」となりました。

「一家の大黒柱」と言う風に言いますよね。

この植物の神さまは、「立つ」ということを守護されています。

また植物というのは
ずーーーーっと世の為、人の為に働いています。
人間が出すガスを吸って、人間が生きていくために
絶対的不可欠な「空気(酸素)」を与えてくれています。

でも食物や木々は、人間に・・・
「感謝しろ」とか
「認めろ」とか
「わかってくれよ」とか、一切言いません。
ただ黙って、人の為に働いてくれています。
そのためだけに、生きています。

木々は触れ合って「風」を起こします。
空気を流してくれています。

なので、植物を担当されている神さまは
風も、骨も、「立つ」という理をご担当されています。

なので、植物や花、木々を大切にする人は
当然、この神さまに好かれますので
「しっかり立つ」ように、自然になってきます。
家もしっかりして
店もしっかりして
商売も順調、ビジネスもどんどん繁盛、
すべてがしっかり、立つようになっていくのです。

最近では、梅や桜が本当にキレイでしたねぇ~
「キレイだなぁ~」と感じたら
花や木々に、「キレイねぇー」と言ってあげるといいんですね。
できれば、いつもガスを吸って、酸素をだしてくれているので
そのお礼を述べてあげるともっと喜びます。
愛ある言葉は、植物や花、木々にもかけてあげると良いです。

「えーそんなのヘン」っともしも思われる方が
いらっしゃるとします。
それはそれでいいと思います。
植物や花、木々をみて、何も感じない、感動もない
嬉しくもない、世話するのが邪魔、面倒であれば
そういうことをしないですむ、庭のない家、
観葉植物を置くスペースさえ無い家に
すませていただけるようになります。

反対に、小さくても庭を造って、お花を植えて
家の中にも観葉植物を置いて、大切に大切にしてあげると
もっともっとたくさんガーデニングができるような
大きな庭がある家に住むようになり
家の中にもたくさんの観葉植物がおけるような
広い家に住むように、自然になっていきまうす。

お店も同様です。
「まぁーここの緑はみな元気!」
「元気をありがとう!」と言う
お客さまばかりが集まってきますので
とっても明るい人たちの集まりの場となります。
人は、キレイな光(オーラ)に集まるのです。

なので人が絶えない・・・
という風に自然になるのですね~

・・・ちょっと不思議なお話しでした。

ありがとうございます。

天国と地獄の違い

2007年04月24日 | お参り日記
ひとりの男が
天国と地獄について神様と話をしています。

神様が男に言いました。


「こちらについて来るがよい。地獄を見せよう」


二人が最初に入っていった部屋には
人間たちが煮物の入った大きな鍋を囲んで座っていました。

全員がひどくお腹をすかせ
生きる望みもすっかりなくしたように見えます。
皆、箸を鍋に入れては煮物を口に運ぶのですが
箸が腕より長くて口に届きません。

まったく食べ物が口に入らず、腹ペコで、
その苦しみようと言ったら、それはひどいものでした。

床には食べ物が落ち、ネズミやゴキブリがうようよしてます。


「さあ、今度は天国を見せよう」

しばらくすると神様が言いました。


二人がつぎに入っていったのは
先ほどとまったく同じような部屋でした。

煮物の入った鍋
そして、長い箸があり、人間たちがいました。

ところが
この部屋の人たちは
お腹もじゅうぶん満たされ
その顔は幸せに輝いていたのです。

部屋の床もピカピカに綺麗。


「どうしてなのでしょう?私にはわかりません」
とその男は言いました。

「なぜここにいる人たちはこんなに幸せで
さっきの人たちはあんなに惨めなのでしょう?
条件はまったく同じだというのに!?」


神様はほほ笑むと


「それはとても簡単なことだ」

と言いました。


「ここにいる者たちは
お互いに食べさせ合うことを学び終わっているのだ。
ただ、それだけの違いなのだよ。」


地獄にいる人たちは

自分の持っている才能・道具を【自分】のためだけに


そして


天国の人たちは

自分の持っている才能・道具を【相手】のために





このちょっとした違い・・・・・・





ありがとうございました!

「粋」な暮らし

2007年04月23日 | 心経営塾
第2次世界大戦を経験したおじいちゃん。
戦時中、現地で頭に銃弾をうけたんだそうです。

そして終戦後、
軍人障害者年金(高額)?を受けられると言う話があり、
裕福ではない生活で、おばあちゃんが申請を促すと

おじいちゃんは
「毎日ご飯が普通に食べられているのに、
これ以上何が必要なんじゃ!」


そう言い放ち、年金を受け取らなかったそうです。

そうなのかもしれない。
ご飯が食べられる以上に必要なものって、
実は無いのかも知れない。



「足るを知る」



そんな足るを知る生き方が「粋」なんだと思います。


「粋」と言う字には「九十」が隠されてます。
100まで行かなくていい。
90だってしあわせじゃないか。
そんなふうに生きるのが粋なんだって気がします。

さらに、「粋」という字をばらしてみると、
左の「米」は「八十八」という数字にわけることができます。
右は「九十」
88と90。

そう。89がないんです。
89(ヤク=厄)がない。


つまり、
粋な暮らしをしてると89(ヤク=厄)がない。


ヤクがない=「厄払い」になるのです。


「粋な暮らし」=「足るを知る」=「厄払い」


このおじいちゃん、酒も煙草も・・・・やり放題。
93歳で大往生しました。

ありがとうございました!

ひとつの共通点

2007年04月21日 | 心経営塾
人生で何よりも大切なのは・・・・

才能じゃない。
才能があって成功しない人はうようよいる。

お金じゃない。
お金持ちに生まれて貧しさの中で死ぬ人は沢山いる。

天才じゃない。
天才が報われないのはほとんど常識だ。

教育じゃない。
世の中には学のある落伍者があふれている。


じゃあ、何なんだ?


じゃあ、何なんだ?


じゃあ、何なんだ?



何よりも大切なのは・・・・

何よりも大切なのは・・・・

何よりも大切なのは・・・・




「人生で成功したかったら成功するまでやればいい」by松下幸之助

「人生であなたはまだ100回失敗してないでしょう?」byエジソン

「人生で大切なのは問い続けること」byアインシュタイン


なんか共通点ありますよね!


ありがとうございました。

「ありがとう」の意味と言霊の力

2007年04月17日 | 心経営塾
「ありがとう」は、漢字で「有り難う」と書く。
有り難いことが起きたときに使う言葉。。。
それが「ありがとう」

今風の言葉だと、”有り得ないこと”・・・が起きる。
「え~そんなの、ありえなぁーい」
・・・ありえないこと、
考えが及ばなかったこと、
想像しなかったこと
期待してなかったこと・・・
でも、とってもビックリ&嬉しいことが起きたとき
とても感激したり、
感動するような出来事が起きたとき

有り得ない・在り得ない こと が起きたときに使う言葉

それが「ありがとう」です。


とにかく在り得ないことが起きるという現象は
まさに神の仕業、大いなる宇宙の創造主が起こしてくれた
まさに奇跡!

なので、この「ありがとう」は、
実は、その相手の方へ発している言葉というよりは
むしろ、その大いなる大自然、
神さまに発する言葉だそうです。
だから「ありがとう」には「ございます」をつけて

「ありがとうございます」

と、感謝を神さまに述べる。
この「ありがとうございます」を1日、
何度も何度も何度も発すると
不思議なことに、またまた「ありがとうございます」っと
言いたくなる出来事が起きる。

なので、また
「ありがとうございます」「ありがとうございます」と言う。

すると、また
「ありがとうございます」と言いたくなる、
嬉しい感激するような
出来事が貴方に起きる!起き続ける!

・・・多くの繁盛店の経営者は、
同じようなことを言われますね。


日本語そのものが「言霊」なのですね。
日本語には、強い「力と働き」があります。
ある意味において、この言葉力(言霊)を学ぶことが
人生の修行のひとつと言えるかもしれません。
良いことも悪いことも
すべての出来事は自分が招きよせている。

その出来事の前にあるもの・・・それは「言葉(言霊)」。

言った言葉、発した音がそのまま返ってくるという現象。
言霊のほかに、音霊、数霊 というのがありますね。

もう一つの実例は、
「お金がない、ない、ない」といい続けている人は
やっぱり、ずーーーっと お金が無いままです。

不平・不満・悪口・愚痴・文句・妬み・嫉み・・・
他人のせいにしたり
誰かに期待しすぎたり
他に責任転換したりしていると
こういう感情や言葉が音となる。
だから、不幸現象がずっと引き続き働きとなり
自分に寄ってくる。
ずーっと寄ってくる。

そのつどまた、
不平・不満・悪口・愚痴・文句・妬み・嫉み・・・
また
他人のせいにしたり
他に責任転換したり
言い訳ばかりしたり・・・

すると永遠に
不平・不満・悪口・愚痴・文句・妬み・嫉み・・・
をいいたくなる出来事がおき続ける。

これが言葉の働き。

だから今日も明日もずっとずっと
愛のある言葉を発して、音にのせて
「ありがとうございます」をいっぱい声にして
これからもずーっとシアワセでいられるよう

今日も1日、とってもシアワセでした。
ありがとうございます。

地獄の沙汰も金次第?!

2007年04月17日 | 心経営塾
「地獄の沙汰は金しだい」という言葉がありますが
今の世の中、すべて金次第だと言う人の多いこと、多いこと。。。
「地獄の沙汰は金しだい」・・・と言う人は
実は今住んでいるその場所も、「地獄」なんですねー
だから、金次第・・・なんて言うのですねー

確かにある意味、
長い間、日本の国も、帝国主義国家から押し付けられた
市場経済原理主義に、かなり心も体も頭も汚染されてしまい
いよいよもって、
誰も彼もが、これが正しい!金こそ正義だ!なーんて
錯覚に陥ってしまっていた人が多かった事実があります。

もちろん、お金はたくさんあるにこしたことがないのですが
お金には気持ちがありますので
お金に好かれる人にしか、集まってきません。
お金を目的としている人、
ある目的の達成の為の手段としてお金が要る人
この「ある目的」が、周りに、地域に、社会に、国に
人々に・・・とっても喜ばれることであれば
お金に好かれる第1条件クリアーですね。

ただし、「人の為」と書いて「偽」となる。
だから単に、世の為だけ、人の為だと言うのではなく
そこに、自分も堂々と含めた上での 世の為・人の為であれば
偽善ではなく、善となり、楽しくなります。

お金は人間の生活の不便を、より便利にするために
神様が作られた、神様と人間との約束手形。

だから、お金には神通力があって、「地獄の沙汰も金次第」
な~んて言ってたら、お金に嫌われちゃう。

神様を信じなくとも、神様に信じられる人間に
私もナリタイ・・・ 合掌!

ありがとうございます。
ワタシたちはいつも
とっても幸せです。

お話「奇跡のリンゴ」

2007年04月12日 | 心経営塾
青森県のりんご農家、木村秋則さんの作るりんごは
「奇跡のりんご」と呼ばれ、
インターネットで売り出されると即日完売となり、
入手困難なくらいに人気があります。


なぜ「奇跡のりんご」なのか?


りんごは人間が勝手にいろいろな
品種改良を重ねてきた結果、
病害虫にとても弱くて
無農薬での栽培は不可能と言われてきました。


そのりんごの無農薬・無肥料での栽培に挑戦した
木村さんは周囲から、アホ・バカ・気違いと
散々に陰口を叩かれた。

実際に栽培は困難を極め、
惨めな失敗の連続だった。


そんな木村さんの物語をご紹介します。

少し長いのですが、読んでみてください。

...........................................


昔の木村さんは、どちらかというと
算盤(そろばん)勘定のほうが先に立つ男で、
アメリカ式の大規模農業に憧れていたという。


両親が汗水たらして農作業に励む姿を見て
あんな効率の悪いことをやっていたら
農家経済はいつまでもよくならないと、
ブルドーザーやトラックの運転手をやって
日銭を稼ぐことに熱中したり、
大規模農場を視察に行っても、
畑を見るより先に、最新式の農機具の方に
関心を持つような人間であった。


だから農薬も躊躇なく使っていた。


ところが当時はいまのように
作業用の衣類もきちんとしていない時代だったので
農薬を散布すると中に染み込んできて
火傷みたいな炎症を起こし、
大きな水膨れができてお風呂に入ると
飛び上がるほどの痛みだったという。


奥さんも同じように顔中
漆にかかぶれたように
真っ赤になってしまい、
これはなんとかしなければと思案していたところで
自然農法の創始者・福岡正信先生の本に出会った。


最初は家族のために農薬を減らしたいという
思いから取り組み始めたものが

勉強を進めるうちに
農業は国民の食を支える重要な職で、
少しでも安全な食の生産に努力しなければ、
と考えるようになり、

これをやろう!
できるかできないかわからないけど
やってみようと心に誓った。


本を片っ端から読んで研究し、
父親にやらせて欲しいと頼み込んだ。

反対されると思ったら、意外にも
あっさりと認めてくれたという。

あとで聞いた話では
どうせ2、3年もすれば
やめると思ってのことだったそうだ。


だが、意気込みとは反対に
試みは順調にはいかなかった。



害虫はどんどん増えて
りんごの木は見るも無残な姿になった。


なんとかしなければとあれこれ手を尽くすが
何一つ効果がない。

自分では十分勉強をしたつもりで
簡単なものだとどこかで軽く考えていた。

それがとんでもないしっぺ返しをくらった。


誰もやったことのない栽培だから
どんな本を紐解いても
答えは書いていなかった。


もう何をしていいかわからなくなり
りんごの木に
「答えを教えてくれ」

「一個でもいいから実らせてください」と
必死に話しかける毎日だった。


二年目から花一つ咲かなくなり
五年目には幹に寄り添うと
グラグラ揺れるようになった。


「一個も実らなくていいからどうか枯れないで」
と、祈るような気持ちで一本一本に語りかけていた。


隣の畑からは
「木村はりんごの木と話している」
「とうとう狂ってしまった」
という声が聞こえてきた。


収入もなく、農機具を売ったり
パチンコ店員、キャバレーの呼び込みなどで
食いつないでいた。


周りからも随分ときつい陰口をたたかれ、
申し訳ない気持ちで胸が張り裂けそうな時に
さらに親戚がやってきて
「もう姿の見えない所に行ってくれ」
ときつい言葉を浴びせられた。


居場所を失い、しばらく畑のそばの小屋に
寝起きしていたら、3人の娘たちが心配して
やってきた。

3人の子供たちには、給食費も払えないような
ほんとうに辛い思いをさせてしまったのに、
それでも愚痴っぽいことは一言も言わなかった。

が、長女の書いた「お父さんの仕事」という
作文を読んだ時にはほんとうにショックだった。


「私のお父さんはりんごを作っています。
 朝から晩まで畑に行っています。
 でも私はりんご一個食べたことがありません」


あぁ、俺はこの子たちの親を名乗る資格は何もない。
なんてバカな男なんだろうと、
畑でひとり思い悩むことが多くなった。


とうとうある晩、ロープを持って
岩木山に向かった。

どこか首をくくるのに適当な木はないかと…

山の中腹から見る弘前の夜景が
やけにきれいな夜だった。


適当な木を見つけてロープを投げたら
見事に外れて草の中に埋もれてしまった。

月明かりで探していた時に
目の前にあるはずのないリンゴの木を
見つけてハッとした。

我を忘れて駆け寄ってよく見たら
実はどんぐりの木だったのだが、
虫もほとんどついてないし
葉の一枚一枚の厚みが違う。

人がまったく手を加えない山奥で
どうしてこんなに元気に育っているんだろうと
不思議に思い、辺りを見ると
草が自由に伸びていて、根元からなんともいえない
土のいい匂いがしてきた。

そこの土をほじくってみて
「これだ」って直感した。


どんぐりの周辺にはいろいろな草が
自由に生い茂っていて、
それぞれが役割を分担して
一つの生態系を維持していた。

元気の元はこの土だ。
これを自分の畑で再現しようと思った。



木村さんは語る。
「それまでりんごの木たちは私に、
 根っこを見ろ、土の中を見ろって
 一生懸命言い続けていたんだと思うの。

 それに気づかずに土の上ばかり、
 目に見える部分ばかり見ていたものだから
 あんなに長く苦しんだわけ。」


木村さんは山の土を持ち帰って
同じ匂いがするまで土壌の改良を
進めていった。

草の刈り取りをやめ、大豆を植えて
草ぼうぼうの状態にした。

傍目にはわからないが、りんごの木が
少しずつ元気になっていくような気がした。


2年後にはたくさんの木の中で
たった1本だったが、七つばかり
花をつけ期待が膨らんだ。


その翌年だった。


隣の畑の主人がやってきてこう言った。

「木村、見たか! 早く畑に行ってみろ!」


すぐに奥さんと家を飛び出したが
畑には怖くて行けなかった。


隣の畑の小屋から恐る恐るのぞいた途端、
真っ白な色が目に飛び込んできた。


りんごの木たちが競うように花を咲かせ
畑は白一色に覆い尽くされていた。


目からは涙が溢れ出てきた。


無農薬・無肥料栽培に取り組んで
十年目のことだった。



ここまで耐えて続けられたのは
やっぱり家族の協力のおかげだと
木村さんは語る。



以下は木村さんの言葉です。

...................................

何をやっても結果が出なかった頃は、
頭の中にいつも二人の自分がいてよ、

一年が終わる頃には
「来年はこうやろう、きっとよくなる」

「なんてお前はバカなんだ。来年はもうやめろ」

って言い合うんです。


でも雪が融けて春が来るとまた女房に
「今年一年やらせてくれないか」
と言ってしまうわけ。

女房は何も返事をしませんでした。

きっと心の中では複雑な思いもあったでしょうけど
最後まで文句も言わずについてきてくれた。
ほんとうにありがたかった。


それは常々、社会にお役に立つ仕事をしよう、
そういう生き方を貫いていたらきっと道は開ける、
と言い続けていたからだと思います。

その心の誓いにきっと共感してくれて
いたんだと思うんです。


いまの日本はどこか殺伐としていて、
おかしな事件がたくさん起こっているでしょう。
それは結局、人間は偉いんだという
驕(おご)りや錯覚から生じているんじゃないでしょうか。


農業の指導で全国を回らせてもらっていますが、
そういう機会を通じて謙虚な心、
感謝の心を持つことの大切さを
私は訴えているんです。


「今年一年ご苦労さん」
って一言でいいからさ、田んぼや畑に
ねぎらいの言葉を掛けてくださいって
私は皆さんに言うの。



漫画みたいな話しだけれども、
「ありがとう」といつも
声を掛けているりんごはよく育つんです。


声を掛けないりんごと比べると一目瞭然です。


だから私は、畑に行ったらいつもりんごの木
一本一本に話し掛けるの。

「ありがとう」って。


大切なのは心です。

植物にも愛情を持って向き合うことが大事で、
技術は後からついてくるんです。


とくに私は失敗の期間が長かったから
収穫する時の感謝の気持ちは
人一倍大きいんです。


自分がこのりんごを実らせたと
思ったことはありません。


りんごの木が実らせてくれるんです。


主役はあくまでもりんごでさ、
私はただりんごが育つお手伝いをしているだけ。


だってさ、どんなに頑張ったって
自分の体にりんごはならないもんな(笑)。


人間は自分を高い位置に置いて
りんごを見てしまいがちだけれども、
自分もりんごも同じ生き物だという位置に立って
愛情を持って接することが大事だと思うんです。



農業に限らず、いまの社会全体に
そういう謙虚さとか愛情が欠けて
ギシギシしているんじゃないでしょうか。


私は農業という命を育む立場から、
人間が本来持っている温かい心や
愛情の大切さを訴え続けていきたいですね。


.......................................



根源に必要なもっとも大切なものは
「謙虚さ」と「感謝の心」ですね。


ありがとうございました