1970年大阪万博終了直後、「快速」の更なる速達化として、「新快速」が初めて設定された。当初の運転区間は京都駅 - 西明石駅間で、新幹線停車駅である新大阪駅を通過し、途中停車駅は大阪駅・三ノ宮駅・明石駅のみとした。所要時間は京都駅 - 大阪駅間が最速32分、京都駅 - 西明石駅が最速1時間19分、運転本数は日中の毎時1本の6往復のみであった。
1972年3月に山陽新幹線の岡山駅までの延伸開業により余剰となる153系を使用して新快速が増発されることになる。日中、京都駅 - 大阪駅 - 明石駅間で1時間あたり4本となった。車体の塗色も一新され白地にライトグレーの帯を巻き「ブルーライナー」愛称で呼ばれた。使用される車両は変われど、現在も新快速は京阪神の要です。
模型は、カトー製で初期低窓車編成
クハ153-38
モハ152-70
モハ153-70
モハ152-113
モハ153-113
クハ153-11
2016.08.06 N-112
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