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買い出し前の冷凍庫

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灯火の怪

2018-08-13 16:05:15 | 霊ポケ妄想(お話風)
 イッシュ地方の北西部。
 フキヨセシティより北東へ少し移動したところに、古びた搭が聳え立っている。
 この搭は、全階が墓石で埋め尽くされており、イッシュの全域から集められたポケモン達の魂を、一手に引き受け、鎮めるための巨大な墓地群となっている。

 その名を「タワーオブヘブン」と言う。

 この荘厳な搭にもポケモン達が住み着いて居る。確認されているのは、蝙蝠ポケモンの「ゴルバット」、蝋燭のような「ヒトモシ」、それに謎のポケモン「リグレー」。
 彼らは、例えばお参りに来た人間達を、無闇に襲ったりはしない。彼らが牙を向くのは、搭の平穏を妨げる、無粋な輩のみと決まっている。


 さて。この「タワーオブヘブン」と、そこに住むポケモン達に纏わる、奇妙な話が、フキヨセシティを中心に伝わっている。
 多くの昔話の例に漏れず、この話にも多くのパターンが存在する。しかし、その題名は、誰に聞いても一貫しているから不思議である。

 その話の名は、『灯火の怪』という。



───────




 その日は、その年の夏のうち、特にムシムシとした熱帯夜だったそうである。
 町の若者達が、フキヨセシティの北の外れに寄せ集まっていた。
 彼らの目的は、タワーオブヘブンの屋上にある蝋燭を、一人一本ずつ取ってくること。

 要するに、肝試しである。

 若者達は、皆一様に興奮していた。
 それは、肝試しというイベント自体に対する気持ちもあろう。しかし、その大半は、別のところに要因があった。

 肝試しの計画が持ち上がった際、町の大人達は非道く反対した。中には力ずくで計画を破綻させようとする者も居たくらいだった。
 あとで思い返すと、大人達の言葉に従っておけば良かったと、誰もが考えるに至っただろう。しかし、その時の彼らが、後に控える出来事を予知できる訳もない。彼らが抱く感情は、また大人達が五月蝿いよ、とその程度であった。
 彼らの興奮は、そういった大人達の抑止を降りきり実行する、その背徳感にあった。

 大人達の言い分は、「あの搭は遊び場では無い」だの、「呪われるぞ」だの、とても現実的なものでは無かった。
 無論、若者達も搭に住むポケモンのことは知っていた。しかし、我々は何も、ポケモンに危害を加えたりする気は微塵も無い。それに、もう子どもではないのだから、と、大人達の声を一蹴した。
 しかし、その中でも、若者達の中に引っ掛かっている文言が、ひとつだけあった。それは、町の長老が放ったこの言葉。

  「夜の蝋燭は、必ず灯っていなければならない。あの搭で、蝋燭の火は絶対に消してはいけない」

 若者達は不気味に感じたが、これも反抗心からか、その言葉のために、彼らは蝋燭を用いようと思い付いてしまったのだった。皮肉なことである。


 さて、そんな彼らの企みが、実行に移される時が来た。彼らは一人ずつ、搭を目指して意気揚々と出発していった。




────────




 その男の子の順番は最後であった。ひとり、またひとりと搭へと姿を消していく仲間の姿に、既に燃え上がっていた興奮は、更に激しい業火となっていた。
 ただ一つ、先に搭へ向かった仲間達が、一向に帰ってこないことが不安であった。
 しかし、彼らは仲間内でも悪戯好きな者たちである。そのため、どうせ搭の中で驚かす側に回ったのだろうと考え、彼らならどう驚かしてくるか、ということで頭は一杯だった。
 長老の言葉など、とうの昔に忘れ去っていた。

 遂にその男の子の番が来た。
 目前に搭は見えるものの、そこへ至る道のりはぼんやりと見えるくらいで、その他は全てが暗闇の限りである。搭の根元が木々で隠れているため、視覚で捉えている以上に距離があるように思えた。
 男の子は、妙な緊張感と高揚感を感じながら、その一歩を踏み出した。
 男の子は暗い闇の中を歩き続け、数分後には搭の入口に辿り着いていた。
 足元の土に幾多の靴跡が刻まれていることを確認し、少し安堵した男の子は、大きな扉に手を掛けた。

 ズッシリと重い扉を開くと、そこは静寂の世界であった。まるで外界から遮断された別世界に足を踏み入れたような感じであった。
 急激に気温が下がったように感じ、ブルッと震えた男の子。誰かから隠れるように、抜き足差し足で階段まで辿り着くと、その冷たい石段を慎重に踏み締めていく。
 上階には、いくつもの墓石が立ち並んでいた。覚悟はしていたものの、いざ相対してみると、どうしても身体の震えを抑えることが出来なかった。
 それでも男の子は引き返しはしなかった。自分の目的は、更に上階にある蝋燭を取ってくることである。ここで引き返して仲間の笑い者になるのはまっぴら御免だった。

 意を決して歩き出した男の子。墓石の合間を縫うようにして、次の階へ続く階段へと辿り着いた。
 辺りは相変わらずの真っ暗闇であった。




 三、四、五階と、順調に歩を進めていく男の子。暗闇にも慣れてきたところで、ひとつの疑問を抱き始めた。
 自分の前に搭へ来たハズの仲間達の姿が見えないが、いったい何処に居るのだろう。そろそろ出てきても良い頃合いだと思うのだが……

 いや、わかった。アイツら、屋上で待ち構えていやがるな。

 仲間達の目論見を看破してやったという気持ちから、その足にも軽快さが増し、遂には搭の屋上へと辿り着いた。
 そこには、この搭の象徴とも言われる大きな鐘が、専用に築かれた祭壇の中に鎮座していた。その鐘の下に、一本の蝋燭が、男の子の到着を待ち構えていたかのように静かに立ち尽くしている。

 はて、仲間達の姿が見えないが……?

 自信の思惑が外れたことがわかり、再び不安に駆られる男の子。しかし、今はそれどころではない。目前に見えている、一本の蝋燭を持って帰らなければ、自身の目的は達成しない上、この搭からも降りられない。
 男の子は、恐る恐る鐘の下へと歩み始めた。
 鐘の下に突っ立っている蝋燭の灯りは、とても弱々しく思えた。しかし、鐘に守られているのだろうか、強い風の吹くこの屋上でも、吹き消えることなく灯っていた。

 近付くにつれ、男の子はある違和感を覚えた。その蝋燭が、出発前に確認したものよりも、ずっと太く、また大きなものに見えたためである。
 蝋燭に手の届く距離まで近付くと、その違和感は明確な恐怖となって男の子の全身を震わせた。明らかに先程確認した蝋燭ではない。
 仲間達の悪戯であろうか。いいや、彼らは誰一人としてこんな蝋燭は持っていなかった。それどころか、こんなに大きな蝋燭を扱っている店すら、この辺りでは無い筈である。

 その時、忘れていた筈の長老の言葉が、男の子の脳内に響き渡った。



  『あの搭で、蝋燭の火は絶対に消してはいけない……』



 急に背中に冷水を浴びせられたような感覚が男の子を襲った。全身が凍りつき、目線も蝋燭の灯りから離すことが出来なくなっていた。
 蝋燭の灯りは、恐ろしい強風の中で、未だに弱々しく揺れていた。








 どのくらい経ったのだろう。
 実際には数分と経っていないのだろうが、とてつもなく長い時間、蝋燭とにらめっこをしているように思える。延々と終わらないにらめっこを……。

 しかし、不意に頬に落ちてきた水滴によって、その不毛なにらめっこは終わりを告げた。どうやら雨が降ってきたらしい。
 金縛りから解かれた男の子は大慌てである。
 蝋燭の火を消してはいけない。その言葉が楔のように突き刺さっている男の子にとって、雨は最大の敵であった。
 否、敵は雨ばかりではない。屋上を駆け回る風もまた、大敵の一つであった。あのようにか細い火など、この風にかかればひとたまりもないだろう。

 最早男の子は、肝試しどころでは無くなっていた。しかし、焦りながらも、不思議と彼は冷静さを取り戻していた。
 彼の胸中には、どのようにしてこの蝋燭の灯を守り抜こうかという、使命感のような感情のみが燃え上がっていた。先程まで彼を支配していた恐怖や不安は、もう何処かへ消えてしまっていた。

 兎に角、早く蝋燭を屋内へと避難させなければならない。

 男の子がそう心に決めた、その瞬間だった。今の今まで、ごく弱々しいものであった灯が、突然勢いよく燃え上がり出したのである。
 その勢いたるや、彼の手元はおろか、搭の屋上全体を、まるで昼間のように照らし出す程であった。
 彼にとって、それは目の前で大規模な爆発が生じたのと同義である。既に消耗していた彼の意識では、それに耐えることは出来なかった。
 男の子は、糸がプッツリ切れたように崩れ落ち、夢の世界へと旅立って行った。

 ただその時、視界の端で、天へと飛び去るピンク色の『何か』が見えたような気がした…………。




────────





 男の子が目覚めたのは、肝試しから三日経った夜であった。

 大人達の話によると、男の子を含む全員が、町の北側のゲート、すなわち、彼らが肝試しへと向かうために集まったあの場所に倒れていたらしい。

 しかも、その男の子に限っては、その時非道い高熱を出していたそうである。

 ……いや……

 今回の場合、「男の子は、むしろ高熱程度で済んだ」と言うべきだろう。何故なら……

 他の肝試しメンバーは、全員が未だに眠っていると聞かされた。外傷や高熱などの症状も、苦しんでいる様子もないという。
 ただ一点。息をしているのが不思議なほどに、彼らの身体は冷たくなっていた、と知らされた。
 男の子自身も、実際に見舞いに行った。横たわる彼らの冷たい身体に触れたその時、咄嗟に彼はこう感じたそうである。


  彼らはきっと、蝋燭の火を消してしまったのだろう。あの蝋燭は、きっと自分たちのことだったんだ。自分たちの火を……『熱』を、消してしまったから……


 男の子は、友人たちが眠る部屋の隅で踞ってしまった。
 彼の胸中では、2つの強い感情が渦巻いていた。
 ひとつは、肝試しなんてしなければ良かった。大人達の言葉を無下にしなければ良かった。そういった後悔の念である。
 もうひとつは、何故自分だけ助かったのか。何故自分は火を守ったのか。何故みんなは火を守れなかったのか。そういった、孤独の念であった。


 日が傾き、親や他の大人達が慰めに来ようと、彼の心は冷えきったままであった。彼はぼんやりと、こう考える。

  『今、自分の蝋燭の火は、あのときあの塔の屋上で見た以上に、弱々しく、微弱なものなのだろう。いつ消えてしまっても、おかしくはない程に……』



 いつの間にか、窓の外は夜に包まれていた。しかしそれは、不思議なことに、あの夜とはうってかわって、どことなく暖かく、優しいものに感じられた。
 まるで、冷たくなった男の子の心を、慰めるかのように。

旅行へ行こう ─帰路の夢の悪戯─

2018-05-06 16:19:56 | 霊ポケ妄想(お話風)
 涼しい気候はどこへやら、夏の気配はすぐそこまで来ている。
 楽しかったこの旅行も終わりを迎え、一同は帰路に着いている。
 子ども達は漏れなく夢の世界で旅の続きをしているようだし、大人達の多くもまた、最後まで旅の延長を求めて意識を彼方へ遣っている。かくいう私も、その一員になろうとしている真っ最中である。
 そんな夢の旅路を妨げるのは、この旅と我々の記憶にスパイスを加えようとする、お馴染み悪戯大好きなこの方々の悪巧みであった。


 『そろそろ良さげッスかね?』

 『……ああ。若干名を除き、ほとんどの者が眠りに落ちた。頃合いだろう』

 『ヒヒヒッ……旅の終わりを名残惜しむ皆様の、その旅行の帰り道。なァんにも無いのはサビシイよなァ』キ

 『……』キ


 いったい何を企んでいるのだろう。非常に気になるところではあるのだが……どうしても、この二つの瞼が開いてくれない。まるで糊付けでもされたかのように、ピッタリとくっついてしまっている。更に、自分を空から俯瞰しているような錯覚に囚われる。意識が、勝手に身体という殻を脱ぎ捨てて、別の世界へ飛び立って行くのがわかる。
 いやいや、落ち着け。彼らと違い、私は単なる人間だ。そんなこと、出来るハズはない。単にそんな気がする、というだけのことなのだろう。まったく、少し期待してしまったじゃあないか。なんともはた迷惑な錯覚である。
 ……ところで。そんな、平凡な私の身体が動かないのは何故だろう。それ以上に、何時になったら私の意識は、夢の国とやらに旅立つのだろう。思考だけ、やたらハッキリしているのだけれど。


 『……よし。そろそろ良いだろう。さあ、皆の者。その目を開けよ……!』


 何?……あら、どうやら、いつの間にか、彼らの術中にはまっていたようですね?
 素直に夢の国へ入国したかったなぁ、という無粋な気持ちを押し留めつつ、瞼の糊を、ゆっくり剥がしていった。


 ……これは……

 ゲン「……アレか。これがニンゲン達の言う、走馬灯ってヤツか」

 マージ「馬鹿言うんじゃ無いの。私達にそんなこと、あるわけないじゃない」

 ヨノワ「ギラティナ様……安全進行に心掛けて、と、あれほど進言したのに……」

 ジュペ「まあ、それはそれで愉快なんじゃない?あ、冗談を言っているうちに、気が付いたみたいだよ!」キ


 ……なるほど、これが今回の悪戯の内容か。そいつァ予想外だぜとっつぁん。いやぁ……困った。何でかね、視界が滲んでいくんだけど。


 ヤミ「よォ!気分はどうだ?ちゃんと……『オレらの声』で、オレらの言ってることがわかるだろ?」キ

 ミカ「「「「……たまにはこういうのも、良いのではないか?と、話が出たのでな。どうだ?我々の今回の『悪戯』は……」」」」

 ロト「まあ、返事聞かなくてもわかるッスねぇ。『お見通し』なんてしなくても」キ


 ……ミカルゲさん、喋るとうるさいんだね


 ミカ「「「「なっ!?」」」」

 ヤミ「あっひゃっひゃっひゃ!開口一番ソレかよオマエ!」キ

 シャン「……彼は、魂の集合体、だからね……」

 メノコ「仕方無いです。初見では、私も戸惑いましたし」


 うわっ!なにその透き通るような美声!音楽でも聴いているような錯覚に囚われる!


 シャン「……」

 メノコ「……」

 ガルド「あからさまに」「照れてますね」「主、どうぞ後ろへ」「このあとどういった展開となるか……「おわかりでしょう?」


 うん、『上は大火事、下は氷河期』を地で行くことになる未来が見えた。失礼します……

 シャン「……!」

 メノコ「……!」

 ガルド「っ……!」「オーバーヒートと……」「吹雪……!」




 ミカ「「「「……とりあえず眠らせておいた。夢の中、だというのに……まったく」」」」

 ガルド「……なんとか」「なりましたね」「お怪我は……」「ありませんか?」

 ……あの、何とも無いです……貴女方も、なんと凛としたお声で……カッコいい……

 ガルド「……」「……」「撃ち抜きますよ?」「切りますよ?」

 この子ら照れ隠し物騒組か……!いえ、あの、失礼致しました。貴女方の素晴らしい技のキレに、少々気が動転してしまいまして。(……あ……火に油を……)

 ガルド「「……」」「「こ、光栄です!」」


 ……ツボがわからん。

 ヨノワ「あっはっは。苦労なさってますね」

 ゲン「何を今更喚いてんだお前……」

 ジュペ「いや~、仕方無いと思うよ?」

 マージ「むしろ、よくこの変化に対応出来ている方だと思うのだけれど。私達でさえ、戸惑ったのに」

 いやぁ、楽しく過ごさせてもらってるよ。滅多に無い、貴重な機会だもんね。

 マージ「滅多に、どころか、もう無い機会なのではないかしら……」

 ジュペ「……あ、折角だからさ、ボクたちキミに聞きたいことがあるんだけど、良いかな?」キ

 ヨノワ「そうですね。それこそ、良い機会です。貴方、我々の意志を読み取れるようになったのは、いつ頃ですか?」

 ゲン「俺が来た時にゃあもうヨノワ達と会話してたよな?」

 それは……私にもわからないところでして……

 ヨノワ「……フム……頭部の外傷は無し。呪いの類いも見られない」

 ジュペ「不思議だよね~。あ、何かヘンなものでも」

 いや、それは……

 ジュペ「無いみたいだね!」キ

 ヨノワ「では、私達と接触する以前に、『我々』と関わった、というようなことは」

 前?ええと……

 ジュペ「無いってさ!」キ

 ヨノワ「フム……これは手強いですね……」


 ……『お見通し』持ちとの会話がここまで難しいとは……

 ヌケ『……』「大丈夫、そのうち慣れるよ」キ

 !?ヌケニンさんが……喋った……!

 ヌケ『……』「厳密には違うけどね。まあ、何でもアリな夢の中、だからね」キ

 ヤミ「気ィつけろよ。ソイツ、真顔で切れ味抜群なことぬかしやがるからよ」

 ヌケ『……』「えー、非道いなぁ。私が君に、そんなことするわけ無いでしょう?相性的にもさー」キ

 ヤミ「ざっけんな、タチの悪さじゃあ随一じゃねェかテメェ」

 ヌケ『……』「まったく……もう『鬼火』の訓練手伝わないよ?あと、運悪くキミの『おどろかす』に引っ掛かってポケモンセンター送りになっちゃうかもよ?私」

 ヤミ「だァ~~~!そういうとこだテメェ!!」

 ヌケ『……』「ふふふっ」キ


 ……なるほど。よくわかりました。あ、パンプさん!あの子にも話聞きたいな……!



 これは、とあるニンゲンの、とある夢のお話。現実ではあり得ない。いや、あり得たとしても、それは「彼」がニンゲンであるうちには、決して達せられない、遥か遠い未来の話。
 あと少しで、彼らの返るべき地へと到着する。消えていたあの土地も、既に出迎えの準備は整っている。人気も何もない、相変わらずの廃屋ぶりである。しかし、間違いなく、「彼ら」の返るべき場所である。

 ニンゲンは、この刹那の時を忘れてしまうだろう。否、どんなに忘れたくなくても、忘れ去られる記憶なのだ。何故なら、これは、あの四人の「悪戯」なのだから。
 ニンゲンに残るのは、楽しかった旅の記憶と、楽しかったような気がする夢の感触だけ。旅から帰ったとき、友霊達の変化とにやけ顔を見て、ニンゲンは何を思うだろう。「また何かやられたかな?」とかなんとか思うのかもしれない。
 けれど、「彼ら」は知っている。この刹那の時の内容を。そして、「彼ら」はいつまでも、種明かしをしないだろう。ニンゲンが、本当の意味で「彼ら」の仲間となる、その時まで。

旅行へ行こう ─このあとお花見をするみたいです─

2018-05-03 01:21:33 | 霊ポケ妄想(お話風)
 季節外れの花見をすべく、多くの人間がこの地方を訪れている。
 もっとも、この地方では、この時期が花見の旬なのである。別の地方で花見が出来なかった者。避暑がてら、もう一度花見をしたい者。それらに加え、元々この地方に住み着いている者達が寄せ集まり、厳かな催しを繰り広げる。そのため、桜の舞い散る公園などでは、人間やそのパートナーたちがひしめき合い、さながら平日早朝の都会駅前のような混雑ともなる。それが、この時期の、この地方ではいつもの風景である。
 しかしながら、今その観光スポットを見回してみても、実に閑散としている。霧雨の降りしきる音が心地よく響く程である。
 そう、今年は生憎の雨なのである。これでは花見どころではない。こんな天気にお花見気分で居るのは、よっぽど「ノーてんき」な者か、「あめふらし」の特性を持つ張本人くらいであろう。大半の者達は、不平不満を抱えつつ、コトブキシティなんかに集まって、大いに散財をして帰るのである。
 そしてそれは、「彼ら」にとっては、それこそ絶好の宴会の場となるのである。


 都会の路地裏というのは、ある意味別世界である。活気溢れる華やかな町並みを「表」とするならば、今彼らのいる薄暗く冷たい路地は、それに対する「裏」と言えるのではないだろうか。
 そんな「裏」の世界とは、この地方に御座します、ある一柱の神が司る世界である。そんな反転世界の神を、タクシーか何かのように利用する不敬な輩は、この人間くらいだろう。本当、慣れって怖いね。



 『はーい、到着ね。んじゃ、俺実家帰るから。何かあったらまた呼んでくれ』

 「うん、ありがとう、ギラティナ様。それじゃあ、みんなも一旦解散しようか。日が落ちるまでに、もう一度ここに集合ね。……迷子にならないようにね?」

 『ええ、わかっているわ。みんなのことはこの私に任せて、貴方も楽しんで来なさいよ♪』

 『それから、無闇にニンゲンを連れて来たり、誘ったりしてはいけませんよ。出発前にお話ししたことをお忘れ無きよう』

 『そうそう、オレらが手ェ出して良いのは、あくまでヤツらの感情だの、夢だの、そういうンだからな』

 『あぁ、わかってるよ。ガキどもにも言い聞かせてあるさ。特に、悪戯と攻撃の違いくらいはな』

 『万一何か起きてしまっても、私と彼とでどうにかするわ。安心してなさい』

 「いやぁ……おっかないなぁ、この会話」

 『……端から見ておっかないのは……無と喋ってる君……かも……』

 「それは君らが姿を消しているからでしょう?」

 『はぁ……何せ、今はお昼時ですからね。我々にとっても仕方のないことなのです。ご了承を』

 『まあ兎に角、早く遊びに行こうよ。ご馳走もそこいらに一杯あるよ!』キ

 『しかも、どうやら今は桜も咲き盛り……これは良いお酒が飲めそうですね』

 『ジメッとしてるところもポイント高いしな!おいロット、早く行こうぜ!』

 『……』(張り切ってるなぁ)キ



 そこには、ひたすらに独り言を呟いている、一人の人間が居た。いや、実際には独り言ではない。目には見えないけれど、そこには確かに、彼の友人達……ならぬ、友霊達が居るのだ。
 私は、自分が先に言った言葉を撤回せねばなるまい。「ノーてんき」でも、「あめふらし」でもない彼らは、このどんよりと、またジメジメした雨天の中、なんとお花見をしに来たのであった。


 暗く沈んだ天気とは裏腹に、彼らの表情は、一部を除き、とても明るく浮き浮きとしたものであった。
 子守り役は、みんなのお姉さんを気取る魔女見習いのムウマ。……そんな彼女を含めて、魔女のような風貌のムウマージ、それから、文字通り影から彼らを見守るゲンガーの二人が引き受けた。
 お花見を誰より楽しみにしていたカボチャのお化け、パンプジンは、同郷の友人オーロットと共に食料調達へと向かった。目的の物は、とっくのとうに見えている。人間達の、雨天や行列に対する不平不満こそが、彼らの宴会の肴となるのである。肴は宴会に欠かせない。二人が張り切って飛び出したのも、無理のないことである。
 花見の場所取りは、雨天により誰より憂鬱な気持ちを抱える炎の霊、シャンデラと、細かな雨が身体に凍りつき、これまた暗い表情を浮かべるユキメノコ。どうやら、いつもこの役を受け持つ霊が別行動しているようで、二人してそっと木陰に佇んでいる姿はとても怖い。
 そんな彼らを引率し、また、無謀にもこのプチ百鬼夜行を引き連れてきた人間の護衛を務めるのはヨノワール。彼は今、これまたお祭り事大好きのジュペッタ、ヤミラミ、ヌケニンと歓談している。
 大人達に誘われて、遠足気分の子ども達は、はじめて目の当たりにするこの地方の風景を、いかにも珍しげに眺めながら、その目をキラキラ光らせている。中には、どのようにして監視を出し抜こうかと模索している子もいるけれど、その企みが影を通して筒抜けとなっていることにまだ気が付いていない。


 「楽しそうで何より。……自分も何か買ってこようかな」


 そんな彼らを横目に見ながら、その人間は買い出しへと向かったのである。楽しそうに、この旅行に対する希望と主観を飛ばし会う、見えない護衛を引き連れて。

旅行へ行こう ─出発前のお話─

2018-04-30 11:06:11 | 霊ポケ妄想(お話風)
 普段なら、皆一様に寝静まっているだろう、晴天の昼間のこと。
 とある町の外れに、古ぼけた、傍目から見れば、辛うじて雨風を凌げるだろうか、というような、日本家屋風の建物があった。廃墟、と呼んでも差し支えは無いだろう。
 そんな館が、こんな陽気に、こうも騒がしいのは、元はと言えば、「館の主」が口にした、突拍子もない計画が要因であった。


 「突然ですが、明日から旅行に行ってきます。……みんな、行く?」


それは、提案と言うよりも、確認という方が正しかっただろう。何故なら、彼らの中には、旅行先が自身の故郷という者も居る。そもそも、この館の主権者が、これから行く地方の出身なのである。結果は問いかけよりも以前から、明白なものであった。
 と、このように記すと、絶対的な主権者による専制的な体制がとられている、と解されるかもしれない。しかし実際には、それは否である。何せ彼らは、元々好奇心と遊び心……いいや、悪戯心と言うべきか……兎も角、そのような意思の塊のような面々である。しかも、彼らには旅に必要な物など、自らの身体の他には無い。急な提案にも関わらず、異を唱える者が皆無であったのは、そのためである。

 ところで、この主権者というのが、中々の曲者なのである。仮にも他称として「神」とされ、崇められ、また恐れられているのがこの生物である。明らかにこの廃屋には入りきらないであろうという、巨大な身体でとぐろを巻きながら、自身の寝床に鎮座している。専制を強いても不思議では無い存在であるにも関わらず、彼はそういう無粋なことはしない。むしろ今現在の彼は、大きな身体の上で赤い単眼を光らせる「死神」に、何やら説教をされているようだ。


 『何をしているのです、ギラティナ様。今何時だとお思いです。このままですと、あの方の時間に間に合いません。早く起きてください。いえ、何でも良いのでもう起きなさい』


……完全にお母さんである。どうやら、時間ギリギリになっても動こうとしない神様を、勇敢にも嗜めているらしい。それに対する我らが反転世界の神のお応えがこちらである。


 『……まだ大丈夫だよ。あと五分も残ってる。俺から見た五分なんて、一日でもまだ納まらないくらいの時間だよ?ということで、二秒前くらいにまた起こして。よろしく頼んだ』


……完全にグータラ息子である。流石は神と他称される者、その言い訳のスケールも神仕様である。神の相手をするのも難儀なものである。何、二秒前って。


 『貴方様が良くても、我々は良くないのです。ましてやあの方にとっては尚更。ニンゲンにとっての五分前というのは、刹那の時と等しいでしょう。その時間を耐えるということは、精神衛生上よろしくない。それに、残るは貴方様だけ。他の者は、とっくに支度が出来ているのですよ』

 『だから、俺は大丈夫だって。間に合うって。アイツもわかっているハズだ。何せ、この俺が仕えているヤツなんだぜ?そのアイツが、俺を起こしに来ないんだ。俺が信用ならずとも、アイツは信用出来るだろ?』

 『そういう問題ではないのですよ、まったく……。もし遅れたりしたら、置いていきますからね』

 『そうそう、物わかりの良いヤツは好きだぜ』

 『序でに時の神や空間の神にも打診しておきます』

 『おいお前、何してる、早く出発するぞ。グズグズしてんなよ!』

 『そうそう、その調子ですよ。早いところ、向かいましょうか』

 『というかお前、よくアイツらと接触出来んな!抜け目無さすぎだろ!』

 『……ふふっ……』

 『怖!悪魔か貴様!』

 『死神、ですかねぇ。貴方様の前でそう称するのは、いささか不遜ですけれどね』


はたして、どちらが神なのか。というか、もう神とは何なのか。
 これでも一応スゴいお方なのですけれどねぇ……ええ、それはもう、筆舌しがたいくらいスゴいお方で……この世の安定を保ち、またこの世界を見守る役目を負うくらいには……
 兎も角、そのようなやり取りを経て、廃屋の住人達は、ニンゲンに付き添い旅行へと旅立った。向かうは北方の地。ニンゲンの世界では、「ホウエン地方」と称される、広大な地方へと、飛び立ったのである。


 残された廃屋は、やがてその姿を消した。いや、廃屋のみならず、その建物が立ち尽くしていた場所そのものが、霧のように消えてしまった。住人達の安否を気遣い、見送るように。彼らの居場所を守るかのように。彼らが廃屋を視認出来ない距離まで離れて行った、そのあとで。

心の霧払い

2017-05-11 10:30:09 | 霊ポケ妄想(お話風)
 優しいそよ風に、月明かり煌めく丑三つ時のこと。
 火照った身体と頭に染み渡るような心地好い気候の中を、私は夢遊病患者のように呆然と、それでいて、何かに導かれているように、淀みなく歩を進めていた。

 ここは……いったいどこなのだろう。頭が働かない。酷くモヤモヤする……頭に霧か靄でもかかっているようだ。
 見覚えのある、よく見知った場所……のような気はするが、一向に思い出す気配はない。そもそも、私は何故こんな夜中に出歩いているのだろう。夜の散歩は、しない……いや、出来ないハズなのだが。



 『あれー?どうしたのー?珍しいねー』



 ──不意に見知った顔が現れた。おやつなのだろうか、食べかけの木の実を抱えている。その顔は、絵に描いたようなキョトン顔であった。ほら、その目なんか、漫画のように点になって……ああ、いや、それはデフォルトか。
 おそらく、感情と表情との連結具合において、この子に叶う者は居ないだろう。そのことがわかっているために、豊かすぎるその表情は、私の余計な思考を削ぎ落としてくれる。
 普通なら冷たさを感じるだろうその単調な声質も、この子の場合はどこか温かく感じられる。そんな、空気のように軽快かつフワフワした口調で、私に声をかけてきた。



 ええと……そうだな。ちょっと考え事……をしていてね。それに今日はとても気持ち良さそうな気候だし。

 『へー、そうなんだ。ホントに今日は気持ちいいよねー』

 うん。ところで、君は何をしていたの?

 『ぼく?ぼくはねー……あ、そうだ。そんなことよりも、なにかあったのー?』

 ……え?いや、ええと……



 あれれ、おかしいな?もしかして、私の話、華麗に流された?
 少しだけ、そんなことを考えてしまったが、すぐにそれを打ち消した。この子のマイペース加減は、これまで何度も見てきた。私たち人間の感覚で言えば、本能に忠実なだけなのだ。今は自分のことよりも、私のことの方が気になる事項であった、ただそれだけなのだ。
 それにしても、話の外れ方がまた独特だ。何かあったの、か。流石はこの子も「彼ら」の一員だけある……もしかしてこれも本能……いや、直感?
 確かに、私の心の中は今、霧がかかった状態なのだ。その霧は非常に濃く、私自身原因が何なのか、わかっていない。もしかすると、私が今この場所で歩いているのも、それが原因なのだろうか。
 しかし……まあ、余計な心配はかけない方が良いだろう。



 いいや、特に何もないよ。大丈夫。

 『ふーん。あ、ちょっと待っててー。折角だし、一緒に散歩しようよー。みんな呼んでくるからさー』

 ……あれ?

 『あ、絶対動いちゃいけないよー?ぼくとの約束ねー?』

 いや、あの……


 そう言うと、この子は持っていた木の実を一口で平らげ、瞬く間にその場から去ってしまった。この子にしては珍しく、強引な態度だったのが印象的であった。しかし、その前に……
 ……これ、やっぱり私の話聞いてもらえてないよな。というより、聞く気が無いんじゃなかろうか。本当、なんなんだろうこの子は……
 愛着と呆れの感情を抱きながら、あの子の言う通りにしばらく待ってみることにした。まあ、そもそも私は目的も無く歩いていた訳だし、これも気晴らしにはもってこいなのではなかろうか。
 あの子が来たときから、私の足は、その場で動きをやめてしまっていた。






…………
……

 しばらくして、あの子は戻ってきた。……単眼で真っ黒い同伴者を一人伴って。その時から、どことなく、辺りの気温が下がった気がした。
 ……あれ?一人?さっき"みんな"って……聞き間違えかな。それに……おかしいな。なんだろう。"怖い"……?



 『あ、ほら、いたいた。こっちこっちー』

 『ふう……まったく。どうして貴方はこんなところに来られたのですか。我々も肝を冷やしましたよ……』

 お、お疲れ様です……貴方も一緒に行くんですか?

 『……なるほど。いや、失礼を致しました。仰る通り、今宵は私もご一緒させていただきます』

 『散歩するなら、やっぱり大勢の方が楽しいからねー』

 そ、そういうものなのかなぁ……?



 私としては、普通散歩とは一人でするものだと思うのだが……だって、その方が気楽だし。自由だし。まあでも、確かに同伴する者にもよることだ。一概には言えないか……



 『さ、参りましょうか。……その前に、彼からおまじないをかけていただいては如何でしょう。今宵は少し趣向を変えて、"空の散歩"をしてみませんか?』

 なにそれ、めっちゃしたい。絶対気持ちいいじゃんそれ。

 『じゃあ、決まりだねー。ぼくの得意技だから、安心してー。それじゃあ、行くよー、ちょっと目を閉じててねー』



 彼らの言う通りに、私は目を閉じた。暗闇の中で、月の明かりが瞼を透けて見える気がする。
 彼らが何やら呟き出した。今話していた、おまじないというやつだろうか。少しして、突然不思議な感覚に包まれた。先程とはうって変わって、とても心地の良い、安心の中に居る感覚。上下の認識が無くなり、水の中で漂っているような感覚。宇宙空間で生活出来るなら、それはこんな感じなのだろう。
 そしていつしか、とても不安定な感覚に襲われた。まるで、本当に私の精神が、宙に浮かんでいるような……浮かんで……あれ?



 『はい!もういいよー』

 『慌てないでくださいね。まずは身体を動かさず、落ち着いて、ゆっくり目を開いてみてください。大丈夫です、我々が居ますから』



 恐る恐る目を開けてみる。どうやら今私の身体は空と対面しているらしい。先程と比べ、あの煌めく月が大きくなった気がする。……え?あれ?これ……スゴい、本当に浮いてる!私空飛んでる!何これ怖い!



 『そうです。今私たちは今、宙に浮かんでいます。怖がることはありませんよ。慣れるまで、私が支えとなりましょう』

 『どうー?楽しいでしょー?大きい声を出すと、もっと楽しいよー?』

 え、ホントに?わかった、やってみる!イィィィィィヤッホォォォォォォオオオ!

 『おー、いいねいいねー!』

 『はっはっは。良いお声です。貴方に楽しんでいただけて、私達も安心致しました』

 『ホントにねー!良かった良かったー!』

 『ふふ。……さて、このまま半刻ほど、漂ってみましょう。ただし、ひとつだけお約束ください。決して、"地面を直視してはいけません"よ。おまじないが切れてしまいますから。視界の端に入るくらいなら、問題ありませんが』




 彼からの忠告について、私はさほど違和感は感じなかった。それよりも、現在のこの状況を、より長く楽しむことの方が、その時の私には先決だった。

 とても良い気持ちだった。
 自分は何処へでも行けるような、何も私を縛ることは出来ないというような、圧倒的な高揚感と解放感。まるで自分が、大空を吹く風になったかのような躍動感。それらすべてが私を包み、底無しの幸福感が押し寄せた。

 空を飛ぶ、といえば、私は手を広げ、Tの字になって飛ぶものを想像していた。しかし実際にはほとんど直立の状態で飛んでいた。
 空気抵抗やなんかは……ということも気になったのだが、こうして飛んでみると、思いの外抵抗は感じられない。まるで私の身体が透き通り、実態を失い、すべてを透過している……そんな錯覚にすら襲われるほどである。
 しかしそれでいて、空気の壁の存在は、ハッキリと感じられた。風に優しく包み込まれている感覚であった。

 眼下には──と言っても、彼の忠告を守り、直視はしていないが──蒼く煌めきながら立ち並ぶ木々が、風に揺さぶられることで、見事な演奏が繰り広げている。遠くに見える町中では、ほとんどすべての家々が寝静まる中、時折車の明かりが、市街地の迷路の中を滑らかに這っている。そして、それら一切を、淀みない月明かりが照らしている。
 筆舌し難いほどの、素晴らしい景色を堪能しながら、私は我を忘れて彼らと共に飛び回っていた。







…………
……

 さて、どのくらい経ったのだろう。さっき彼は、"半刻ほど飛び回る"と言っていた。……いや、"半刻ほど漂う"だったかな。まあいい。
 とにかく、そう言うからには、まだそれほど時間は経っていないのだろう。しかしながら、私の体感では、もう数時間も楽しんでいるように感じられた。
 不意にあの子が声を上げた。



 『あっちの方の空を見てー!だいたい、あそこらへんだよー!ぼくらの家ー!』

 『おお、改めて見ると……良い屋敷ですね。あの明かりは……そうですか、そろそろご飯が出来上がるみたいですよ』



 あの子の指す方向……の空を見ると、真っ暗な町中に、一件だけ、昼間のように明るい家が見える。一瞬、近所への迷惑を考慮したが、その実近隣の家々は、まるでそこにそんな家など無いかのように、どの家も寝静まっている様子だった。



 『あそこに到着する辺りで、丁度半刻です。もう大丈夫でしょう。そろそろ、終わりの時間です。いずれ……そう、機会がありましたら、また空の散歩を致しましょう。……今度は、皆でちゃんと家から出発して、ね。
 ライドさんも、お疲れ様でした。報せてくれてありがとうございました』

 『ホントにびっくりしちゃったよーもー。ヨノワさんが居てくれてよかったー。けど、結局ぼくも楽しかったよ!』

 『ふふ、そうですね。私も楽しめました。……さてと、あとはお待ちかねの"ご飯"の時間です。急いで戻りましょう』

 『さんせー!』



 彼らの言葉は、途中から聞き取ることが出来なかった。降下が始まると、私が下を見ないようにするためだろう、彼がその大きな手で、私の顔をしっかりと包みこんだためだ。彼の手は、とても暖かかった。
 そして、そのまま、私の意識は遠退いていった。晴れやかな心の中で、そよ風のような幸福感が吹いていることを、強く感じ取りながら。






…………
……


 『あ、起きたみたいだねー』

 『おはようございます。朝になりましたよ』

 「……ああ、おはよう、ヨノワ、ライド」

 『どうされました?』

 「いや、なんだか唐突に気分が良くてさ。昨日までモヤモヤしてたものが無くなったみたい……なんだけど……」

 『あら、それは良かったねー』

 『良い夢でも見られたのですか?』

 「それが、思い出せなくてさ……朧気ながら残ってるものはあるんだけれどね」

 『ほう?それはどのようなものです?』

 『きかせてきかせてー』

 「……変なこと言ったらゴメンね。あのさ、私、最近ゴルーグさんかシロデスナさんに何かした……とかって話、聞いてない?」

 『いーや?そんな感じはしなかったよー。ヨノワさんはどう?』

 『……?いえ、特には……何かされたのですか?』

 「いや、私としては特にしてないハズなんだけど……なんだか、直視しちゃあいけないんじゃないかって気がしてさ」

 『……!』

 『……なるほど。
 それはおかしな話ですね。詳細は私達にはわかりかねますが、おそらく、気にすることは無いでしょう。"地面を直視してはいけない"なんてルール、ここにはありませんからね』

 「えっ!?……あ、いや、うん。そうだよね。そりゃあそうだ。……にしても、なんでだろう……?」

 『さあ。夢というものは、不思議な世界ですからね。兎に角、気にすることはありません。さあ、お食事は出来ていますよ』

 「……まあ、いいか。なんだか気にならなくなったし。すぐ行くよ」

 『おっけー』

 『お待ちしています』

 「……あ、ちょっと待って」

 『なにー?』

 『どうしました?』

 「あのさ。なんだか……君らも、何か良いことあった?」

 『あー……うん、まあねー』

 「へぇ。何、聞かせてもらえない?」

 『そうですね……実は昨夜、我々にとってのご馳走が、手に入りましてね……?』



 そう言って、普段と違う表情をする彼ら。その顔には見覚えがあった。
 それは、彼らがここに来る前の、私と敵対関係にあったときに浮かべていた、あの冷酷で非情の表情だった。
 そして私には、彼らの"ご馳走"が何なのか、不思議とよくわかるような気がした。背筋に走る悪寒の存在を、意識せずにはいられならなかった。