NHKのお昼のニュースにもなっていた。
レオナルド・ダ・ヴィンチが描いたとされる、幻のキリスト画「サルバトール・ムンディ」(救世主)が11月15日、アメリカ・ニューヨークで4億5031万2500ドル(約508億円)で落札された。
競売会社クリスティーズは「美術品のオークションで落札された史上最高額となった」と発表、誰が落札したのかは不明。
「男性版モナ・リザ」としても名高いこの作品、しかしこの作品、本当にダ・ヴィンチが描いたものなのだろうか???
こういう作品が現れると、まず第一に思い浮かぶのは「Vasariは何か言及してるの?」ということ。
ヴァザーリ(Vasari)が最初の『画家・彫刻家・建築家列伝』を発表したのは1550年。
既にダ・ヴィンチは亡くなっていたけど、まぁそれほど過去の人ではない。
色々ヴァザーリの主観、好き嫌い、根拠のないうわさ話が入っているにせよ、まぁ美術史会では一応最も信頼できる資料ですからね。
とみてみると、ヴァザーリにこの作品には言及してないみたい。(ちゃんと調べてないので、間違ってたらごめんなさい)
そんなことも手伝ってこれはやはり「幻の作品」だったみたい。
とりあえずオリジナルのこの作品はダ・ヴィンチがミラノ在住時に描かれたというのが有力。
なぜなら絵が描かれている木が、フィレンツェにはなく、ミラノの木だから。
1500年頃に描かれたこの作品の存在は全く明らかになっていなかったのだが、1650年チェコの版画家Wenceslaus Hollar (Wenzel Hollarか?)の作品の中に突如登場。
でもオリジナルの行方は全く分からなかった。
更にこの作品のコピーが山ほど作られたことから、よけいオリジナルを見つけることが難しかった。
いくつかの文献には、ミラノがフランス軍に落ちた後、フランスのナントにもって行かれたと書かれているものも有るが…
でもHollarがこの作品をコピーした時は、既にCarlo I d'Inghilterra(英国王チャールズ1世)のコレクションの中に有ったらしい。
チャールズ1世はイタリアから多数の美術品を仕入れていた。
この作品もその一枚…でもダ・ヴィンチの作品ってその頃イタリアに有ったのかな???
チャールズ1世は1649年、自らルーベンスに内装及び天井画を依頼したホワイトホール宮殿のバンケティング・ハウス前で公開で斬首される。
1690年代に起こって2度の火事も免れ、イングランド内戦でも被害を受けず、この建物だけは助かり、今でもルーベンスは見られる…って知らなかったよ。見逃した!!
チャールズ1世の死後、彼の所有していた美術品のほとんどはオークションにかけられ、行方知らずに。
「サルヴバトール・ムンディ」も1763年に競売にかけられたらしい。
その後再びこの作品が登場するのは19世紀になってから。
イギリス人美術品収集家の sir Francis CookがLairenty男爵に、その後パリのde Ganay侯爵に売られ、しばらくパリに。
しかしこの作品はダ・ヴィンチのものではなく、ダ・ヴィンチの弟子のFrancesco MelziかBoltraffioかMarco d'Oggionoあたりの作品ではないかと考えられていた。
そして1958年、再びサザビーズによって米国の収集家に売却される。
当時45ポンド(約6600円)という安値で売却されたのは、作品のキリストの顔と髪の部分が上塗りされていたから。そして2005年、再び売りに出される。
この作品が急に日の目を見るようになったのは、本当にここ数年。
この購入者が、この作品をメトロポリタンミュージアムに持ち込んだ。
その後更なる調査のため、作品はボストン美術館に移されるが、結果的に何も確実なことは分からず仕舞い。
それが2010年になると今度はナショナルギャラリーへ飛ぶ。
館長のNicholas Pennyは4人の専門家を徴集。
メトロポリタンミュージアムのグラフィックアート部門の責任者のCarmen C. Bambach,
ダ・ヴィンチとルネサンス美術の研究家で専門書を何冊も出しているミラノ人Pietro MaraniとMaria Teresa Fiorio
オクスフォード大学の美術史の名誉教授でだ・ヴィンチ研究で名高いMartin Kemp
という名だたる研究家たち。(イタリア人いて良かった!)
そしてこの4人の意見が一致し、これはダ・ヴィンチの真贋であることが認められ、2011年11月ロンドンのナショナルギャラリーで大規模な「ダ・ヴィンチ展」が開催され、この作品が初めて聴衆の目の前に現れた。
真贋のお墨付きが出たことで、この作品の市場価値は1億ドルから2億ドルへ、日を追うごとにどんどん上がっていった。
なぜこんな高額な値段がはじき出されたのかというと、ダ・ヴィンチの真贋と言われている作品は世界中にたった16作。
そのすべてが現在各国の美術館所蔵ということで、個人的にダ・ヴィンチ作品を手に入れることが出来る可能性は、今回のチャンスを逃せばほぼ100%ない。
ちなみに最近ポーランドの「白貂を抱く貴婦人」をポーランド政府がチャルトリスキ公爵財団から1億ユーロ(約122.6億円)という破格の安値で購入したというニュースが有った。
これは勿論ポーランド政府が「国の宝」を国外に流出させないための手段。
しかし、なんでポーランド?といつもこの絵を見るたびに思ってしまう。
私が見に行った時は、「こんな小さな美術館にダ・ヴィンチが?」という感じで、ひっそりたたずんでいた。
そんな理由で、みんなダ・ヴィンチが欲しいのだ。
となれば当初の予想を大きく上回る4億ドル、日本円で約450億円で20分足らずで競り落とされたのも納得…すごい金額だが。
税金など合わせると508億円、一体どんな人が誰が購入したんだ?
イタリアでは、「イタリアに戻してくれ~」という意見も有る。
個人的にはどこかの美術館が所蔵してくれ、展示してくれたら良いのだが。
オークションの様子はこちらから
ただ、やっぱり気になるのは「これ、ほんとのホントに真贋なのか?」というところ。
こういう作品が見つかるたびに、必ず論争を巻き起こしますが今回もしかり。
何名の美術史家がこの作品のスフマート(ぼかし画法)は明らかにダ・ヴィンチのものと認めているが、キリストが左手に持っている玉(地球?)がダ・ヴィンチの描いたものとしては不自然だと言っている。
ダ・ヴィンチが得意とした「視覚のゆがみ」がここにはなく、あれほど細かい部分に慎重に描いていたダ・ヴィンチらしくない、と。
真実はいかに!
ちなみにダ・ヴィンチつながり、クリスティーズの粋な計らいなのか、同じオークションでアンディ・ウォーホルが亡くなる1年前に残した遺作「Sixty Last Suppers」(60の最後の晩餐、1986)も出品されたらしい。
これ、ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」を、キャンバス地に合成ポリマとシルクスクリーンインクを使って60枚描き、並べた作品。
高さ約3メートル、幅約10メートルある巨大な作品で、落札価格は5千万ドル(約56億万円)と予想されているらしいけど、こちらは一体いくらで落札されたのかしらん?
参照:Wikipedia.it
特に鑑賞したいと思わない絵なので、どうでもいい、という感じです。
この件についてはURLに書いておきました。
結局、落札金額がニュースヴァリューがあるというだけの話です。
むしろ優れたトルンプルイユや静物画などがまだ個人コレクションになっているものが多いようですから、そういうものの動きのほうが面白いと思っております。
チャルトルスキの「白貂」について、そういう話題があったとは知りませんでした。ありがとうございます。あれは背景などの上塗りはあるでしょうが良い作品ですね。
エジンバラ;スコットランド国立ギャラリーのフェラーラ派の奇妙な聖母子と二天使(だまし絵の本の表紙になってました)の図像問題・真贋について御高見をいただければ幸いです。なにせ、当方はかなり疎い分野ですから。
いつも興味深いご意見、情報をありがとうございます。
正直「馬鹿らしい…」と思っています。あるコメンテーターが「自分には絵のことは分かりませんが、金額には驚きます」とコメントしていましたが、結局世の中の大半の人は同感だと思います。高い金額だから芸術性が高い作品、ではないのに…この絵のどこにそんなに価値があるのか、理解できないからこそ、実物を見てみたいですね。(札束にしか見えなかったりして…)
数年前、フィレンツェのサント・スピリトのためにミケランジェロが作った磔刑像発見、という話がありました。この手の話は尽きないですよね。(これは多くの研究者が真贋ではないと言っているのに、若い頃のミケランジェロ作として現在サント・スピリトで展示されています)
芸術の価値をお金で測ること自体がナンセンスだと思います。バブル期のゴッホの「ひまわり」を髣髴とさせました。
エジンバラの件は知らなかったので、ちょっと調べてみますので少々(いや、かなりかな?)お待ちください。
を精細に観察する国立ギャラリーのサイト
をURLにおきました。
図像的にはかなり破天荒な気がするのですが、フェラーラ派の絵には変なのが多いし、
一概に19世紀の制作と疑うのも、また軽信無謀のように思いますので、
イタリア絵画を多くみている方の御高見に触れたいところです。
画像を見てみました。
これは面白いですね。
まず私が一番気になるのは、やはりこの天使の羽ですね。フェラーラ派の絵画はそれほど見たことがないのですが、こんな翼は見たことないですし、右の天使のまくれた裾から見える中のチャイナドレスのような衣装も気になります。また額縁からはがされた紙も見たことがないですし、椅子がまるで石橋のようですね…ホント珍しい要素ばかり。雰囲気は完全にフェラーラ派ですが、やはりちょっと気になりますので、もう少し、調べてみたいと思います。
当方の安直な感想はURLに書きました。
前、ブリュッセルのBOZARTで巧妙な19世紀の義古的な絵画(偽物ではない)を観たことがあるので、疑い深くなっていることもあります。