イタリアの泉

今は日本にいますが、在イタリア10年の経験を生かして、イタリア美術を中心に更新中。

遠足ーValtiberina・・・今度こそ最終回

2013年11月04日 04時03分26秒 | イタリアの小さな街・大きな街(Fi以外)

Madonna del Parto(懐妊の聖母)の話に予想以上に時間がかかってしまい、最終回と言ったにもかかわらず残ってしまったCittà di Castelloのお話を終わらせてから今日は寝ることにします。
明日早いので、既にシャワーも浴びたし、あまり脱線することなく、早く寝られるといいんだけど・・・

再びテリトリーはUmbriaへ。
Città di CastelloはPerugiaに住んでいた頃から聞きなれた名前だったにもかかわらず、一回も訪れたことはなかった。

訪れる価値がないわけではない。
小さいながらこの街は結構いいもの持ってるよ。
古いものだけでなくAlberto Burrri(アルベルト・ブッリ 20世紀イタリアの画家・彫刻家)の美術館なんかも有るし・・・
ただいつでも行けると思うとなかなか行かないもの。そう先日のPratoと同じかな。

この日から冬時間に突入していたので、夜が早い。
Città di Castelloとは言うものの、この街にCastello(お城)はない。
城壁に囲まれた典型的な中世イタリア(中世に”イタリア”は存在しないのでこの言い方はちょっとおかしいが)の都市。
確かここについたのは16時くらいだったと思うんだけど、既に暗くなりかけてた。
ここでは2箇所の美術館を見学。
まず

Duomo(大聖堂)に付属した美術館に。
個人的には気になるものが他にもあったんだけど、ここの目玉はPinturicchioとRosso Fiorentinoかな。
特にこのRossoのIl Cristo in gloria(栄光のキリスト)

超マニエリズムな作品。
どぎつい色使いとか、筋肉質で変に伸びた体とか・・・
マニエリズムの大将はミケランジェロ。
彼にに代表される盛期ルネサンスの成果は圧倒的であり、芸術は頂点を極め、今や完成されたと考えられた。Michelandeloを崇拝していたVasariはMichelangeloの「手法(マニエラ maniera)」を高度の芸術的手法と考え、マニエラを知らない過去の作家より、現在の作家が優れていると説いた。
16世紀中ごろのマニエリズム最盛期には、Michelangeloの「マニエラ」を模倣し、例えばシスティーナ礼拝堂の壁画「最後の審判」に見られるような、曲がりくねり、引き伸ばされた人体表現が多用された。

そしてこれ写真が悪いわけではないんです。(Wikipediaより拝借)
教会のろうそくの煙のせいで、全体が黒くなってしまっているんです。
これでも修復して幾分良くなったほうだと言っていましたが、もう取れないんですね、すすが。

ここですごい話を聞きました。さすがイタリア・・・
この作品非常に大きいんですよね。(3.5×2.5)
ある人が来年Palazzo Strozziで行われる予定のPontormo e Rossoというマニエリズムの展覧会にこの絵は出展されないのか、と質問したところ、すごい答えが返ってきたんですよ。

この絵、実は今置いてある部屋から出せないんです。
もちろん文化財保護法で、そんなこと許されていないんですけど(そういうことを公言してしまうのもすごいですが)
この作品を入れた後、建物壁を塗ったとか・・・だからこの作品を出すためには壁を壊さないといけない。
一展示会くらいで壁を壊すわけには行かないから、もちろん貸し出せないし、火事にでもなったらどうするんでしょう???
あら・・・
衝撃的な話でここは終了。
もう少しゆっくり見たかったなぁ、というところで最終目的地に。
やはり時間がなくなってきた様子。
ガイドもあわてて道を間違えるくらい。(笑)

最終目的地はPinacoteca Comunale(市民美術館)
いやいや、これが侮れない。
昔からここにはRaffello(ラファエロ)が3枚有ったという話は聞いていたけど、ものすごいコレクション持っていたのねぇ。
何なんでしょうこの権力は。
ちなみにRaffaelloの作品は現在1作品しか残っていません。
更にそれはものすごく痛んでいます。

こちらの美術館はもともとPalazzo Vitelli alla CannonieraというVitelli家のお屋敷でした。
中庭から見たお屋敷の様子。

建物は4回に渡って増築されています。
壁はgraffitoといわれる掻き絵が使われています。

真ん中にあるのがVitelli家の紋章。
軍人の家だったVitelli家は赤と白の格子柄を家の紋章とし、三日月は十字軍の遠征で手柄を上げたことからトルコの印の三日月を紋章とすることを許され、ライオンは妻の家Rossi di Parmaの紋章なんだそうです。
この奥さんはものすごく強い人だったらしく、屋敷の中に旦那に馬乗りになった絵が残されています。

そして牛=vitelloは家の名前にちなんで描かれています。
牛も屋敷内随所で見られます。
そしてぞろぞろと中へ。
いやいやとにかくすごいです。
こんな田舎(失礼!)にGhibertiだVasariだLuca SignorelliだそしてRaffaelloだ・・・って。
もっとゆっくり見たかった。

唯一この地に残ったRaffaelloの作品はこちら

ボロボロ
1499年に描かれたこの作品はStendardと呼ばれる旗のようなものでした。
現在は2枚にはがされてしまっていて、これを2枚にはがしてしまったことがこの作品を傷めた最大の原因ですが、元々は両面に絵がかかれていて、これを掲げて街を練り歩いていたんですね。
いやホントボロボロでした。

足早に館内を回り、最後には先ほどいたお庭が

イタリア庭園。
すごくきれいでした。
あ~時間が足りない。
でも肉体的には限界でした。

こうしてほぼ19時。
長い一日が終わり岐路に。
途中事故渋滞の表示にちょっと不安になりながらも、何とか8時半には到着。
丁度朝出発してから12時間、やはりちょっと長かった。
もう少し人数が少ないと、もう少し時間は節約できたと思うんですけどね。

こうして初めてのイタリア人との遠足は楽しく終了。
こんな感じならまた参加したいと思ったのものでした。

4回にわたる遠足のお話にお付き合いいただきありがとうございました。
なんでこの地にこんなに傑作があるのかとか、もう少し詳しく載せた方が自分の為にも良かったのですが、手元に資料がないのと、明日早起きしなければ、ということでお許しください。



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