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FIELD MUSEUM REVIEW

FM106_S1 一家にいちまい 元素周期表 2020年06月12日

いま知られている元素は118種類(2019年現在)、そのなかには2015年末に正式にみとめられ翌年命名された113番「ニホニウム」(Nh)のような人工元素もふくまれる。地球上の物質は1億種以上あるといわれるが、「すべてのものを構成する天然元素90」が自然界に存在する元素の数である。サンクトペテルブルク大学メンデレーエフ教授が「元素の周期律」を表にした1869年、そのとき知られていた元素は63種類であった。はじめ信用のなかった「周期表」の穴が埋まりはじめ、教授の予言が的中するようになった1870年代後半から80年代にかけて、表の真価が明らかになりました。

このいきさつを簡潔明瞭にといてくれるのが、「自然も暮らしもすべて元素記号で書かれている」という「一家に1枚周期表」であります。文部科学省が発行する「一家に1枚」シリーズ16種の原点(初版2005年)。「科学技術週間」*ウェブサイトからダウンロードできる A3判ポスターの右上に解説文があります。(*1)

自然元素の発見や人工元素の生成にともない周期表も変化し、初期の「短周期型」から現在みられるような「長周期型」に生長しました。化学者のあつまり国際純正応用化学連合(IUPAC)*がウェブ公開している周期表(2018年版)をごらんください。(画像1枚目)
この団体の結成100周年が偶然に「国際周期表年」2019年にかさなりました。(*2)


周期表の成長過程をしめす資料が、国立科学博物館の国際周期表年記念企画展「周期表の歴史と日本の元素研究」*(会期:2019年12月17日-2020年1月19日)にでていました。「ハバード周期表」というのです。米国の物理学者 H.D.ハバード(1870-1943)が編輯し、初版1924年発行。展示品は1925年改訂版で、会場のパネルに「電子の軌道など当時最新の情報が盛り込まれています」とあり、そのほか注目すべき7点も列挙してありましたが、山形大学からの借りものなので、写真をお見せするのはちとはばかるのがざんねん。(*3)

つぎは変り種、さきほど登場した国際純正応用化学連合(IUPAC)がつくった同位体周期表(初版2011年)。それぞれの元素に同位体がどれくらいあるか円グラフで示してある。展示品は国際周期表年にむけて改訂された2019年版で、それを日本化学会 原子量専門委員会が翻訳・制作した日本語版でした。(画像2枚目) (*4)


さて、本邦の先達はどうしていたか。明治初期の元素63種の表には、まだ周期律のアイデアがおよんでいない。

志賀泰山編『化学最新』(1877年、明治十年) (画像3枚目:2020年1月10日大井剛撮影、以下同)
「大学南校(東京大学の前身のひとつ)を卒業して大阪師範学校で物理や化学を教えた志賀泰山(
しが たいざん 1854-1934)が編纂した化学の教科書。南校時代に学んだヘルマン・リッテル(1827-1874)による化学の講義を踏まえています。」
「備考:現在のプラセオジムとネオジムは、当時は分離されてなく、「ジジーム(ジジム)」として掲載されています。元素名はドイツ語読みで書かれています。」(展示パネルより抜粋)

池田菊苗ほか著『化学新編』(1910年、明治四十三年) (画像4枚目)
明治後期になると、周期律について説明があり、メンデレーエフの表にもとづく周期表が掲載される。
「うま味の発見などで知られる池田菊苗(いけだ きくなえ 1864-1936)らが著した化学の教科書。」
「現在の長周期型に類似した点があります。」


眞島利行著『無機化学』(1911年、明治四十四年) (画像5枚目)
「漆の成分の研究などで知られる眞島利行(
まじま としゆき 1874-1962)が著した無機化学の教科書。眞島が亀高徳平に謹呈した本。」
「※眞島は、論文では“Rikō”と表記していましたが、本名は「としゆき」です。」

明治後期に属する2冊は、亀高徳平(
かめたか とくへい 1872-1942)の蔵書で、「亀高文庫」として国立科学博物館に蔵されている。東京高等師範学校教授だった亀高は、科学雑誌『科学知識』(1921-1950年)を創刊した、と展示パネルにある。

まぼろしの「ニッポニウム」(Np) (1908年)など、元素の発見史上おしかった、もう一歩だったのにという日本人の研究が紹介されている、「周期表の歴史と日本の元素研究」でありました。元素を周期表のなかのどこに位置づけるか、それが運命のわかれ道だったことがわかります。(*補記)
(大井 剛)

(*1)「元素周期表」第12版(2020年3月31日掲載) (文部科学省 > 科学技術週間 > 一家に1枚)
「1869年, ロシアのペテルスブルグ大学の化学者メンデレーエフは, 当時知られていた63種類の元素を (1) 原子量の順に並べ, (2) 酸素や塩素と結合してできる物質の組成(たとえば, ナトリウムは NaCl , マグネシウムは MgCl2 をつくる)などの性質が周期的に変化する法則「周期律」を見いだし, 性質が似た元素が同じ列にくるように配列した周期表をつくった. その表のなかには空欄があり, 当時知られていなかった元素の性質を予言した. 初めはメンデレーエフの周期表は注目されなかったが, 1875年にガリウムが, 1886年にゲルマニウムが発見され, それらの性質が彼の予言のとおりであったため, 世界的に信頼された.
現在では周期表は, すべての人が用いる化学や物理学の基本となっている.」云々

「一家に1枚」ポスター16種は、つぎの通り。
南極;日本列島7億年;量子ビーム;細胞;水素;くすり;たんぱく質;鉱物;太陽;
磁場と超伝導;未来をつくるプラズ;マップ;天体望遠鏡400年;光マップ;
宇宙図2018;ヒトゲノムマップ;元素周期表.

(*2) IUPAC periodic Table of the Elements
(c) 2018 International Union of Pure and Applied Chemistry. 

(*3) Periodic Chart of the Atoms, Revised Edition, Compiled by Henry D. Hubbard of the U. S. Bureau of Standards.
Published by W. M. Welch Manufacturing Company, 1516 Orleans Street, Chicago, Illinois, U.S.A. Copyright, 1925.
Lithographed by A. Hoen & Co. Baltimore, Maryland.
「初版が1924年に発行され、改訂を続けながらアメリカなどで長く使われた有名な教材用周期表」(展示パネル)だそうです。元素周期表ですが、表題は「原子」(atoms)ですね。

(*4) IUPAC元素と同位体の周期表。原典は<IYPT2019>ウェブサイトにある。
(c) 2019 International Union of Pure and Applied Chemistry. 

【*補記】 周期表の第43番元素を1908年に「発見」し「ニッポニウム」と命名した小川正孝(1865-1930)、しかし小川のいう43番がじつは75番元素(レニウム)であったことを2003年に立証した吉原賢二(1929年生)、ふたりの業績が称揚された<IYPT2019>閉会式(東京、2019年12月5日)をめぐって、小川氏の係累につらなるかたが感慨ふかくつづった文章が発表された。
  山口幸夫「幻の日本初新元素ニッポニウム」-国際周期表年2019と小川正孝」
  『図書』861、岩波書店、2020年9月、pp.9-13.
周期表をみると、小川正孝の生前、1925年に発見された75番元素 Re (レニウム)は、小川氏の没後、1937年に人工的に生成された43番元素 Tc (テクネチウム)の、ちょうど一周下に位置している。

小川正孝はつぎの書物に登場する。
  吉原賢二著『科学に魅せられた日本人-ニッポニウムからゲノム、光通信まで』
  岩波書店、2011年、岩波ジュニア新書。

博物館図録につぎのものがある。
  企画展『小川正孝 アジア人初の新元素発見者』久松洋二編、愛媛県総合科学
  博物館、2020年10月。A4版 89p. 1000円(税込)。
(補記:2020年12月31日)

愛媛県からとりよせた博物館展示図録です。
(補記:2021年1月12日)

(更新記録: 2020年6月12日起稿、6月13日公開、6月14日、12月31日補記、2021年1月12日、4月25日修訂)

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