見出し画像

本と音楽とねこと

独り舞

李琴峰,2022,独り舞,光文社.(1.26.24)

 本作品は、台湾出身のレズビアン、迎梅(インメー)と、シスターフッドで結ばれた女性たちとの、これ以上ないというくらい美しい、魂の死と再生の物語である。
 序盤は、迎梅と、丹辰(ダンチェン)との淡い初恋と丹辰の突然の事故死、小雪(シャウシュエ)との「生の実感を噛み締める」(p.45)かのような熱い恋のストーリーが展開する。
 小雪と恋仲であった迎梅は、ある日、醜く、口からは悪臭を放つ男からレイプされる。男は、妻から捨てられた──妻がレズビアンで恋人と駆け落ちした──ため、ミソジニーに墜ちた、とくにレズビアンを憎悪し、性的暴行を繰り返す、「闇堕ち」した人間であった。

このクソレズめ!男の良さを教えてやる(p.67)

 迎梅は、深刻なトラウマを抱え、「底無しの深淵をいつまでも墜落し続ける」(p.77)。
 大学生となった迎梅。小雪の「暖かい光」は迎梅の「底無しの深淵」(p.86)に呑み込まれそうになり、二人は離別する。迎梅はカッターナイフで手首を傷付ける。
 東京の大学院を修了し会社員となった迎梅。紀恵(ノリエ)に改名し、「小雪以外で唯一、彼女が本気で愛した女」(p.88)薫と出会う。
 
「リエちゃん、震えてるよ?怖いの?」
「感電しちゃってるのよ。電流が全身を流れてる」
「心が通じ合っている証よ」
 薫は手を彼女のブラジャーに潜らせ、乳首を優しく撫でた。思わず息を止め、両腕で薫をきつく抱き締めた。
「きついね」
「逃がさないためよ」
「どこにも逃げないよ。銀河の果てまで一緒に行くでしょ?」
(p.95)

 しかし、自らが精神を病んだ、レイプの被害者であることを告白した迎梅を、薫は非情にも切り捨てる。(←この薫の心理がわけわからないんだが・・・。)
 迎梅は、友人、しょちゃんの元カノ、イーシェンからしょちゃんの恋人と誤解され逆恨みされたあげく、SNSで、レズビアンであること、レイプの被害者であること、重度の鬱病を患っていることをアウティングされる。
 迎梅は、すべてに絶望し、「茨の鳥」──自ら茨に突っ込み傷つき死ぬ前にこのうえもない美しい声で鳴くという──となることを決意する。死に場所を、オーストラリアのリンカーンズロックに定め、その前に、サンフランシスコと万里の長城を訪れる。
 迎梅は、サンフランシスコで、失恋したばかりのレズビアン、キャロリンと出会い、セックスする。キャロリンも迎梅と同じく自死することを決意し、迎梅はキャロリンとニューヨークで再会する約束をするが、キャロリンはあっけなく事故死してしまう。
 迎梅は、万里の長城で、モンゴル族の女性、トゥヤーと出会う。トゥヤーは、かつて再会を約束した──三年後の「二月二十一日に万里の長城の下で」と──元カレ、おそらく来るはずもない彼を待ち続ける。
 そして、リンカーンズロック。迎梅は、崖から飛び降りようとするが、その彼女を誰かが背後から抱き留める。それは、小雪とその恋人、小竹(シャウジュー)であった・・・。

 本作の圧倒的な熱量、濃度、強度に魅せられ、おおまかな筋立てを追ってみたが、ため息しか出ない。
 これまで読んできた凡百の恋愛小説が、どれも色褪せ、陳腐なものにしかみえない。
 たしかに、シスジェンダーでヘテロセクシャルの人間を主人公とする恋愛譚に飽き飽きしていた、ということもある。
 しかし、それだけではない。
 本作には、レズビアンの恋愛譚のカテゴリーに回収しきれない、大いなる普遍性がある。
 それは、「存在のキズ」と闘うすべての者に宛てられたメッセージにほかならないのだろう。

小学生の頃、想いを寄せていた同級生が亡くなった。迎梅は死への思いに囚われながら、レズビアンである疎外感に苛まれて生きていた。高校時代の淡い恋、そして癒えない傷。日本に渡り、名を変え、異なる言語を使う彼女を苦しめ続けるものとは何なのか―。第60回群像新人文学賞優秀作にて、芥川龍之介賞受賞作家・李琴峰のデビュー作。

ランキングに参加中。クリックして応援お願いします!

名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

※ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「本」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事