「贈与」というと、マルセル・モースの所論の影響からか、権勢の示威競争における対抗返礼のとめどなき循環を想起するか、(贈与の)「受け手」が「贈り手」に「負債」を抱え込んでしまうものと考えてしまうのだが、もし、(贈与の)贈り手が自らの所在を明らかにしたいとは望まず、そう、サンタクロースのように偏在するとしたら。
富の配分において、市場交換の原資をもつ者は、カネでサービスや商品を買えばよいが、もたざる者は、贈り手が匿名のまま、贈与を受ければよい。資力のあるなしは、「たまたまそうなった」という、ロールズの「無知のベール」を透かした偶然のものであるのだから、共同体、あるいはその集積的擬制としての国家は、「匿名の贈与」としての「再配分」を行う義務がある。
社会権およびその行使を可能ならしめる社会保障は、「匿名の贈与」によって成り立つ。もとより、わたしたちの生そのものが、先人が築いた文明、自然環境、天然資源の贈与によって成り立つものであるのだから、「より多くの資力をもつ人・法人」が、社会保険料や租税というかたちで、より多くの贈与を引き受けるのは当然のことである。
本書では、社会保障にについては触れられていないが、「負担」というものを義務としての「匿名の贈与」としてとらえなおしてみる、という大きな気づきを与えてくれた。
最有望の哲学者、「希望」のデビュー作。「仕事のやりがい」「生きる意味」「大切な人とのつながり」―。なぜ僕らは、狂おしいほどにこれらを追い求めるのか?どうすれば「幸福」に生きられるのか?ビジネスパーソンから学生まで、見通しが立たない現代を生き抜くための愛と知的興奮に満ちた“新しい哲学”の誕生!
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