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本と音楽とねこと

【旧作】快楽の脳科学──「いい気持ち」はどこから生まれるか【斜め読み】

廣中直行,2003,快楽の脳科学──「いい気持ち」はどこから生まれるか,日本放送出版協会.(4.14.24)

 著者の廣中さんは、人間の脳を、情動をつかさどる「低次脳」と、認知をつかさどる「高次脳」に分類する。

 こうした見立てが、人間の不可解な言動を理解するために有益であることは否定できないだろう。

 岸田秀さんの「唯幻論」は、人間が本能の壊れた動物であることを前提に構築されたものであるが、本能がそこなわれるとは、個体保存、種の保存に動機づけられた情動──すなわち「低次脳」のはたらきを、認知をつかさどる「高次脳」が阻害することである、こう理解する方が正確であるように思う。

 例えば、自殺、がある。
 自殺は、個体保存、種の保存に反する行為であるが、「高次脳」が自らの生存を否定する判断を下せば、それが「低次脳」の生き延びようとする情動を制圧するに至ることがある。

 「高次脳」は、人をして、自傷他害に至らしめることがあることをふまえれば、不可解な自傷行為や依存症、暴力の動機づけについての理解が容易となる。

 本書ではこれまで脳幹部の視床下部や大脳辺縁系に属する扁桃体に「低次脳」という名前をつけて、その役割を論じてきた。
 たとえば視床下部は性行動の調節や食欲の制御に直接かかわっている。その役目は体内の化学物質の濃度を監視して、外界で激しい環境の変化が起こっても体内環境をほぼ一定に保つことや、ホルモンの分布をコントロールして種族維持にかかわる繁殖行動や妊娠、出産、哺乳などを調節すること、さらには自律神経系の活動を統御して緊急事態に備えたりすることであった。
 これに対して扁桃体は視覚や聴覚などから送られてくる情報を集め、それが生存にとって有利なものか不利なものかを判断し、接近や退却などの行動を起こす一方で、好き嫌いの判断を高次脳に送っていた。
 このように私たちの生存と人間という種の繁栄に直接かかわりのある神経細胞の塊に対して、「低次」というネーミングはあまりと言えばあまりにその役割を軽んじていたものではないかと私は思う。脳はものごとを考えたり判断したり、言葉を理解したりしゃべったりする機能を営む器官ではあるが、その根底には生命を維持するという大切な働きがある。ある見方をすれば、高等な精神機能などはその生命維持の根本の上に付け加えられた余剰物に過ぎないのかも知れない。
(pp.218-219)

 「高次脳」が余剰物でしかないとしても、その精神機能が生命を脅かすことがあること、このことは、自他の生命を尊重するうえで、有益な認識となろう。

 巨大な人間の脳の神経細胞の多くは、大脳新皮質にあるものも含めて、快と不快に密接に関係した活動をする。喜びや楽しみを表す表情や身振りは、チンパンジーよりも人間の方が発達している。私たちは「恐れ」にも敏感だが「快楽」にも敏感である。
 子供の脳は英語や数学を学ぶ潜在的な認知能力は持っているが、情意の部分で十分にその認知能力を駆動してやらなければ、行動が起こるはずもない。それらを学ぶのは「楽しいから」ではないか。地球を遠く離れた小惑星にあやまたずに探査衛星を送り込む計算は冷静な理性のたまものではあるが、その行為はまた、未知の世界に何があるのかを知ろうとするわくわくするような興奮に動機づけられた快楽追求の行為でもあるだろう。全く同じ理屈で、心の病気の奈落に落ち込んだ人も、適切なケアとサポートがあれば、かならずそこから脱出できる。脱出に伴って自分の力で自分の人生を切り開くことができるようになるし、それまでは知らなかった喜びを味わうことができるようにもなる。つまりその奈落の底からの復活の過程に本当の「快楽」がある。「いい気持ち」は真摯な生き方から生まれると言ってよいのではないだろうか。
(pp.236-237)

 もとより、「快楽」による動機づけの理解は、功利主義の枠を超えるものではないが、快不快原則や不安の解消に動機づけられた情意が、認知能力を開花させて知的探求の歓びを得ることにつながるとか、生存の意志を喪失しかかった人が善き人生を歩めるようになるとか、低次脳から高次脳への正のフィードバックを強化する心理支援のあり方が模索されるべきであろう。

クスリやゲームへの依存症、性的倒錯に過食…これら「快楽の暴走」は、脳内でどのように引き起こされるのか。なぜヒトは暴力に快感をおぼえるのか。ヒトの脳を、認知や言語を司る高次の領域と、食欲や性欲など動物的欲望をになう低次の領域に分け、両者がせめぎあい、行き違うことに快楽のゆがみの原因を探る。従来の脳科学が解き明かせなかった快楽という強烈な感情の本質に迫り、「どうにも止まらない」脳のしくみを明快に説く注目作。

目次
序章 喜怒哀楽から脳を見る
第1章 快楽の起源をさぐる
なぜ快/不快が生じるのか
低次脳と高次脳―心をとらえる視点 ほか
第2章 暴走する快楽
なぜ薬物依存が起こるのか―ヒートアップする高次脳
ゆがむ食欲―低次脳と高次脳のせめぎあい ほか
第3章 ゆらぐ快楽
恐怖に惹かれる脳―コワいもの見たさのメカニズム
暴力に快をおぼえる脳―闘争心が敵意に変わるとき ほか
第4章 生きる力としての快楽
脳と人間の姿を見直す
正常/異常を超えて


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