三回の表
エンジェルスの打者は1番の理宇。この回から打者が2順目に入った。
バッターボックスに入る理宇は先ほどの打席を思い返して反省していた
「(さっきはつい追い込まれるまで見ちゃったけど・・・)」
ボ-ルカウントはそれぞれ投手・打者が有利と言われるカウントがある。
たとえば0-3(0ストライク3ボール)の状態では圧倒的に打者が有利だ
この状況でピッチャーは確実にストライクを取るために若干甘いコースにボールを投げざるを得ない為、ヒットを狙いやすい球が来る場合も多く、きわどい球を投げられても無理に振らずに見逃してボールならフォアボールで出塁できるのだ
逆に2-0(2ストライク0ボール)では圧倒的に投手が有利なのだ
きわどい球でも打者は振りに行かざるを得ない為に打ち取りやすいからだ。
だから理宇はあっさり2-0のカウントを作ってしまった自分に反省しているのだ。
何よりも理宇の打順は1番
どんな手段を使ってでも塁に出るのを第一の仕事にする打順であるのに
あっさり追い込まれてはどうにもならない。
バッターボックスの理宇が構えるのを見て、本郷は吉原にサインを出す。
それに頷いて投球モーションに入る吉原
ヒュンッ
放たれたボールは内角寄りのストレート
・・・それを狙い済ましたかのように理宇のバットがボールを捕らえた
カキィン
打った打球は吉原の真横を抜けてセンターの前に転がる
文句のつけようが無いセンター返しである。
出塁させてはいけない先頭打者にヒットを打たれ、打たれた側は反省をしていた
「(本来1番バッターって出塁する為にボールを良く選ぶはずだけど・・・
決め球を投げられる前に勝負したかったって事かな?)」
「(そう言えば菊池は思い切りのいいバッターだったな・・・
ストライクを取りに行きたい初球を狙われたか?)」
初球を打たれたためにそう思って当然だが、吉原も本郷も一つ勘違いをしていた。
ただ単に理宇は全部ストレート狙いで振るつもりであったのだ
”ストレート以外なら三振で構わない”
そうと決めたら思い切り良く行動する理宇らしいやり方であった。
初めてノーアウトで出塁したランナー
これは先ほど危うく得点を取られ兼ねなかった場面よりも
より大きく吉原の肩に重圧をかけていた。
先ほどはあくまで2アウト。
どんな状況であろうともバッターをアウトにすれば問題ないのだ。
だがノーアウトではそうもいかない。
ランナーを進める為の進塁狙いの右方向へのゴロやバントも出来るし
無理に二塁へ投げた結果のフィルダースチョイスもありえる
(結果的に一つもアウトが取れないこと)
そして迎えるバッターは何よりもそう言った技術に長ける選手である
「(この勝負一点が大きい・・・なら私の仕事は!!)」
バッターボックスに入る南はバントの構えを取る。
南のバント成功率は100%
それはレディースの面々も知るほど有名な事実である。
だからこそ彼女達は油断した
南が一塁の理宇を見ると、理宇はおもむろにスパイクの埃を払う
「(・・・そうね、奇襲をするには良いタイミングね)」
吉原はセットポジションから投球モーションに入る
それと共に菊池がスタートを切る
ヒュンッ
スタートを切ったランナーに気づきつつも、バントされてはしょうがないと、
確実にアウトを取る為に一塁の伊集院と三塁の市ヶ谷はホームにダッシュし、
二塁のリタは一塁寄りに守備位置をずらす
バントシフト
・・・だが、一人だけ動かなかった選手が存在し、それを見た南はバットを引いた
「「「え!?」」」
誰とも無く驚きの声が上がる
バシンッ
ボールをキャッチした本郷は二塁に投げようとするが、
今投げてもショートの定位置に居る笠原では無理な体勢でキャッチすることになり、
最悪暴投になってしまうと見て投げるのを諦めた。
先程 理宇がスパイクの埃を払ったのは「走る」と言う意味のサインプレーであった
ここで南はバント、もしくは普通に打ってエンドランを狙っても良かったのだが、
守備の動きを見た上で盗塁が成功すると見てバットを引いたのだ
・・・本来この場面ではショートが二塁のカバーに行くべきであるが、
現在レディースのショートを守る笠原は元々外野手だった所を
上原が抜けた穴を埋める為に急遽ショートに入った選手なのだ。
無論バントシフトの練習もしていただろうが、
決定的に経験が欠けていた為に咄嗟の動きが付いていかなかったのだ。
そしてそれを一瞬で見てバットを引く判断をした南
その優れた動体視力に加えての広い視野と咄嗟の判断力と
まさに2番打者としての資質の高さが随所に見られる場面とも言えよう
もっとも、理宇ならばこの様なことが無くても盗塁が成功したかも知れないのだが
「まさか盗塁でくるとはね」
吉原は決してセットポジションが下手な投手ではなく、球速も早い方である
本郷の肩の強さと相まって盗塁されることは少なかった。
それに加えて南がバントをして来るだろうと言う先入観から
完全に油断していたと言えるであろう
(そうでなければランナーが走った瞬間に無理やりボールを外したかも知れない)
気を取り直してセットポジションに入る吉原に対して、南は再びバントの構えを取る
カコン
今度は紛れも無いバント。
ボールは伊集院と吉原の中間辺りにコロコロと転がっていく。
まさに絶妙な位置に転がる打球
ボールをキャッチした吉原は一瞬三塁を見るが、
即座に間に合わないと判断して一塁に投げる。
「アウトォ!」
これで1アウト三塁である
ベンチに引き上げる南はその途中山田に声を掛けられる
「ナイスバント」
山田は南が仕事をきっちりこなした事を褒め
「遥、後は任せたわよ」
南は山田に残った仕事を託した
南に後を任された山田は気合十分でバッターボックスに入る
「(利美はきっちり自分の仕事をした)」
南に託された残った仕事、それは・・・
「(ならボクの仕事は点を取ることだ!!)」
日本では一般的にもっとも良いバッターが座る打順は4番だと言われている。
だがアメリカ等では主に3番にこそ良い打者が選ばれる。
これは一回に打順が回ってくるか解らない4番に比べ、
3番打者の方に多くを求められる事にも由来する。
得点圏にランナーが居れば確実に点を取る。
ランナーが居なければ自らが出塁してチャンスを広げ、時には一発も狙う
だからこそ3番打者には本塁打よりも確実にヒットが打てるアベレージと、チャンスの時の強さこそが求められる場合も多い
”本塁打は少ないがチャンスに強いアベレージヒッター”
それはまさに山田を当てはめた表現と言っても良いだろう。
だが、それよりも何よりも理宇と南が無理をしてまで1アウト3塁と言う状況にしたのには大きな意味がある
山田は抜群のバットコントロールを持ち極端に三振が少ないバッター
そのアウトの多くは内野の正面に飛んだライナーか、
カキン
・・・外野フライである
「堀さん!」
「おーらいにゃん!」
パシッ
ボールはセンターの堀がしっかりとキャッチする
そしてそれを見て理宇はホームベースに向かい走る
堀はすぐさまにボールを返球し、そのボールを吉原が中継で受け取るが・・・
本塁には投げられない
ワァァァァァァァァ!!!!
3回の表、山田の犠牲フライにより1-0
エンジェルスの選手たちがそれぞれ自分の仕事を果たして獲った1点である。
三塁側のベンチの前では理宇と山田がハイタッチをし、
ベンチの面々も笑顔で二人を迎え入れる
それに笑顔でタッチしていく山田であったが
「ヤマちゃんナイス犠牲フライ!!」
「さすが犠牲フライ王です!!」
「バットニアテルダケナライチバンネ!!」
何か褒められてるのかよく解らない言葉に山田は段々落ち込んで行くのであった
その様子を見て見ぬ振りをしつつ、ネクストバッターズサークルの来島も自分も続くぞと気合を入れる
だが、対する吉原もこれ以上点を取らせまいと気迫の篭った投球を続ける
1・2球目と必殺のスライダーでストライクを取り
そして3球目
ググググッ
「(全部スライダーだって!?)」
ブンッ
バシンッ
「ストライィィィック!バッターアウトォ!!」
3球続けてのスライダー
来島は予想していなかったその配球に対応できずに三振を喫したのだった。
3アウトを取りベンチに引き上げるレディースの選手たち
ふと、吉原は後ろを振り返りスコアボードを見つめ、
その視線の先にははっきりと1の文字が刻まれていた。
3回の裏
先制点を貰い、祐希子の投球は尚冴え渡ていた
まずは7番の笠原を三振に取り、打席には8番の藤島を迎えていた
「また三振ですか、祐希子先輩ってば相変わらず凄いですね~」
祐希子達にのほほんと話しかける藤島
この藤島は祐希子たちの後輩であり、かつて色んな意味で可愛がった選手である
「ふふっ瞳ちゃ~ん、頑張って練習してるみたいねぇレギュラーだなんて」
「やだなぁ祐希子先輩、瞳はそんな泥臭いことなんてしませんよぉ~」
その言葉に額に青筋が入るエンジェルスの一部の面々
自分達がかつて与えられなかったレディースのレギュラーの座を、
どさくさにまぎれて不条理にも与えられた藤島に含むところがあるからだ
事実、藤島はある意味運でポジションを得ていた
元々、藤島の守るライトは現在ショートを守る笠原が守っていたポジションである。
だがショートを守る上原がレディースを辞め、控えショートだった庄司もすでにレディースを退団していた為に急遽守備の良い笠原がショートを守ることとなったのだ。
だが理宇か小沢がレディースを辞めていなければ笠原を無理にコンバートせずに
その二人のどちらかが三塁に入って市ヶ谷がショートを守るというシフトも組めた。
(市ヶ谷はショートの守備も普通にこなせるのだ)
そして代わりに外野に入る選手だが、これも本来辞めてなかったら山田が入って居たかも知れないがそれも今更である。
そこでお鉢の回ってきたのが実力はまぁそこそこだが抜群のルックスで男性を中心に人気の高い藤島であった。
もっとも、それも藤島がかつて祐希子や来島や山田達に散々しごかれて
基本的な技術がしっかりしていた為であるのだが・・・
「そぉかぁ、それなら折角だから今度私達と一緒に特訓やろうか?」
「えぇ!?やっ、やだなぁ瞳は先輩達と違ってか弱いから特訓とか無理ですよぉ」
特訓と言う単語を聞いて急にあせりだす藤島。
どうやら何か思い出したくも無い嫌な思い出があるようである
「ほぉ・・・私達はか弱くないとでも?」
そんな藤島に物凄い良い笑顔(目は笑ってない)で語りかける祐希子
「べべべべ別にそんなつもりじゃあ」
藤島はよっぽど特訓が嫌なのか必死で弁解するが、
その弁明は墓穴を掘っただけであった
「あらぁ、それなら私達と一緒の特訓も大丈夫よねぇ?」
そう言われてしまってはもはや何も言えない藤島であった
「わぁ~ん、祐希子先輩の人でなし~!!」
とこの様なやり取りがの結果では無いが
バシンッ
「ストライィィィック!バッターアウト!!」
藤島はあっさり三振に終わっていた。
祐希子は続く吉原も三振に取り、何と9連続三振で3回の裏を終わっていた。
3回を終えスコアは1-0
序盤の攻防はエンジェルス有利で終わったが、
このままレディ-スが黙って見ている訳が無いだろう・・・
あとがき
本当は昨日の内にアップする予定でしたが、風邪がぶり返しまして昨晩は熱が出てずっとうなされておりました・・・orz
てか、今週はずっと喉の奥が水っぽくておかしいとは思ってましたが、よりによってこのタイミングで悪化するとは思いませんでした。
さて、エンジェルスが取った1点目は非常に地味な点の取り方と思うかもしれませんが、
1番が塁に出て2番がきっちり進塁させ3・4番が返す
自分はこれが(ベースボールではなく)野球の一つの理想的な形だと思います。