「祐希子さぁぁぁぁぁぁぁん!!」
日本の玄関口”成田空港”に着いた祐希子を待っていたのは、
小柄な少女による強烈なヘッドスライディングだった。
「理宇!」
祐希子はいきなりの事に驚きながらも、
その少女・・・菊地理宇が怪我をしないようにしっかりと受け止めた。
久しぶりに会った尊敬する先輩の姿に感激したのか、
うっすらと瞳を潤ませる理宇の頭を祐希子が”よしよし”と撫でてやる。
その光景を暖かい目で見つめる少女達がいた。
「相変わらず理宇ちゃんは祐希子にラブラブねぇ~」
「いつもながらボクにはわからない世界だよ」
祐希子達のチームメイトでもあった小沢佳代と山田遥は
久しぶりに見る光景に懐かしさを感じながらもそう呟いた。
「ちょ・・・ちょっと山田さん別に私はそんなんじゃ・・・」
「リウ、セットクリョクナイヨ」
そう言って理宇に声を掛けたのは、
メキシコでの祐希子のチームメイトであったデスピナであった。
彼女ともう一人、羽田和子は東京レディースに勝つ為にと、
祐希子と来島から熱心にチームに誘われて日本に来たのである。
「!?デスピナじゃない、何時日本に来たの?」
実はデスピナはまだハイスクール生の時代に、
日本の学校へ野球特待生として留学していたことがあるのだ。
その時にルームメイトであり野球のライバルであったのが理宇なのである
ちなみにデスピナが若干発音に難は有るが日本語が堪能なのは
この時に理宇が熱心に教えたおかげでもある。
「ズーットユキコトイッショニイタノニキヅイテナカッタノカ?」
「「「「(・・・祐希子(ちゃん)しか目に入ってなかったな(わね))」」」」
来島、山田、小沢、そして羽田の4人は全員揃って同じ事を思っていた。
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空港で話し込むのもアレなので、7人は場所を喫茶店に代えて
再会を祝ったり新たな仲間との親交を深めていたりした。
だが、来島がメキシコに言ってる間に起こった事件を聞き、
来島とそして祐希子は驚きに包まれた
「「上原さんが辞めた!!??」」
上原 今日子、”東京レディース”内野陣の要であり、
打率、本塁打、そして盗塁において高い数字を残す大型内野手である。
・・・そしてエースピッチャー佐久間理沙子の親友でもあった。
確かにレディースは離脱者が多数出ているが
それはほとんどベンチや2軍で燻っていた選手達であり、
レギュラーの中ででも特に有力な選手である彼女までもが
東京レディースを退団したと言うのだから驚くのもおかしくないだろう。
「あぁ、しかも上原さんが他の何処のチームに入ったとも聞いてないよ」
「つまり・・・失踪したって事か?」
来島は野球人として尊敬する先輩の現状を聞いて心配していた
上原ほどの選手であれば何処の球団でも欲しいはずなので
”まさかレディースが裏から手を回して何処にも入れないようにしてるのでは?”
失踪という言葉を聞きそこまで考えてしまうのであった。
「そうなの。居場所がわかれば今日子さんも誘ったんだけどね」
確かに上原が来てくれてれば大きな戦力になっただろうと思いつつも、
祐希子はもっとも気になっている事を山田達に聞いた
「で、今ここにいるメンバーじゃまだ7人だけど・・・他に当てはあるの?」
レディースに勝つためとなると生半可な選手ではお話にならない。
しかも今ここにいる選手達のポジションを考えると、
投手 新咲 祐希子、捕手 来島 恵理
一塁 小沢 佳代、三塁 菊池 理宇
外野 山田 遥、羽田 和子、デスピナ・リブレとなる。
これを見ると空いているポジションは内野守備の要であるセカンドとショート。
下手な選手が入ってしまえば崩壊しかねないポジションである。
・・・それだけに上原がいてくれれば良かったと祐希子は思っていた
「あぁ、それなら心当たりが居るんだが・・・」
来島はそう答えるが、その表情も口調も何やら優れない物であった
「・・・言い辛そうって事はあんまり戦力になりそうに無いって事?」
「いや腕前はボクが保証するよ、何せ元チームメイトだし」
祐希子の問に今度は山田が答え、
そしてその答えに祐希子は何故言い辛そうなのかを察した
「ヤマちゃんの元チームメイトって言ったらソフトボールか・・・」
「正解、だけどやっぱりソフトから野球への転向に抵抗が有るみたいでね・・・」
―少し昔の話になるが、かつて女子プロ野球が出来たとき、
その多くの選手がソフトボールから野球に転向した。
それは”元々野球が好きだったからソフトボールを始めた”
と言う選手が意外にも多かった事と、
当時オリンピックにすら競技が無くなった、露出が少ないソフトボールよりも、
TV放送が決まっていた野球のほうを選ぶ選手等もいた事による。
この時、日本ソフトボール界は一時的に弱体化したが、
残った選手達=本当にソフトボールが好きな選手達が奮起し
現在は復活したオリンピックでも金メダルを取るほどの強豪国となっているのだ。
そんな背景もあって、ソフトから野球への転向に抵抗を覚える選手も多いのだ。
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「まぁとりあえずメンバーが揃ったら練習を見に来てくれるって言ってるから・・・」
「そっか、じゃあその練習でしっかりとアピールしないとね・・・
って練習場所は確保できてるの?」
練習場所はチームとして重要な問題の筈であるが、
祐希子はこの話に至るまでその事を気にしていないし、
問い詰める様も穏やかなものである。
まぁ祐希子の事なので練習なんて土手とかで出来ると思っているのだろう。
「あぁ、横浜の方に以前社会人のチームが使っていたグラウンドがあって、
そこをとりあえず安く借りられることになったから。」
安いと言ってもそれなりの額ではあるのだが、
彼女達もプロの選手としてそれなりの給料を貰っていたので
皆で出し合えばしばらくは何とかなるのだった。
「よし、じゃあ早速今から練習できる?」
「あぁ出来るぜ・・・って帰国したばかりでもう動く気かよ祐希子!」
来島はそれを聞いて軽く驚くのだが
「だって時差ぼけとか直すのには睡眠時間を合わせるのが一番だし、しっかり日が落ちるまで練習してグッスリ寝るのが一番じゃない?」
「それもそうだな、よし練習するか!」
元より練習好きな為にすぐにやる気が出てきたようだった。
もっとも・・・
「この二人のタフさには本当に驚きだね・・・」
「ヒコウキデツカレテナイノカ・・・」
メキシコ組みの残り二人はさすがに疲れているのかちょっぴり引いていた
7人は件の練習グラウンドに到着して、
軽くアップをしながら歓談をしていた。
特に話題に上ったのは残り二人のメンバー候補に付いてであった。
「さぁて、どんな娘がくるんだろうなー、理宇は聞いてる?」
「いえ、実は私も知らされてないんですけど」
「まぁ、本当に入ってくれるかわからないから皆をがっかりさせたくなかったしね」
「でも私にも言わないなんて遥ちゃんの薄情者~」
どうやら誰が来るのか知ってるのは来島と山田だけのようである。
そして身体も十分に温まり、軽くキャッチボールなどをしていると、
二人の”茶髪のショートカット”と”黒髪のおかっぱ”の髪型をした少女達が
グラウンドに現れて皆に声を掛けてきたのだ
「こんにちは~皆さん」
「思ったよりしっかりした設備で練習してるのね」
その場に居るもの達、
中でも理宇は現れた二人組みの姿をみて物凄く驚いていた。
それはまさに思っても居なかった人と出会ったかの用である
「み・・南さんと桂木さん!?」
と驚きのあまり思わず声をあげてしまう菊池理宇だった
「あれ、何で驚いてるの?」
茶髪にショートカットの少女”桂木 ユキ”は
何で驚いてるのかわからないといった感じで理宇に問いかけた
「別に驚かせるようなことは何もしてないんだけど?」
黒髪におかっぱの少女”南 利美”もまた、
驚かれた理由がわからなく頭に?マークを浮かべていた
「そりゃ驚きますよ!だって南さんと桂木さんと言ったら
日本ソフトボール史至上最高の二遊間と呼ばれてる2人じゃないですか!?」
そう、この二人はソフト界の中でもかなりの実力の持ち主で、
オリンピックにも出場した紛れも無い有名人なのであった。
もっとも二人ともそんな事はまったく気にしてないので知らなかったが・・・
―南利美 守備とバントの名手であり、派手さは少ないが
完璧を自称する決してミスをしないプレイは玄人を唸らせ、
監督がもっとも使いやすい 選手とも呼ばれている。
通称”バントの女神”
―桂木ユキ バッティングどころか守備まで独自なプレイスタイルで、
特に”震電”と呼ばれる独特のバッティングフォームは
誰に批判されても変える事が無く、実際にその成績で周囲を黙らせてきた。
通称”ブリザード・ユキ”
(あだ名の由来は、フォームを変えようとする監督に真っ向から反論して
周囲の人間を冷や冷やさせたためだと言われている)
この2人は一見するとあまり気が合わなそうであるが、
実際はそれぞれ譲れないこだわりがある所など、
芯の部分で似ている所があり実は仲が良かったりするのだ。
「それで、二人とも野球をやってくれる気にはなった?」
山田は二人の意思を聞いていた。
もし二人が入ってくれなければまた他の選手探さないといけないのだ。
周囲が固唾を呑んで見守る中、ユキが少し申し訳なさそうに答えた
「私は別に良いんですけど利美さんがまだ・・・」
「あら、私も嫌な訳じゃないのよ。ただちょっとその前にね・・・」
山田はその言葉に首を傾げるが、二人の元には祐希子が近づいていった。
「えっと、南ちゃんとユキちゃんて呼んで良い?」
「良いわよ、私は祐希子って呼ぶわね」
「それじゃ私は祐希子さんって呼びます」
祐希子は初対面の為まずは軽い挨拶から入り
「それで、それだけソフトで実績を残してる2人が
なんでまたこんな話にちょっとでも乗る気になったの?」
そして率直に自分の疑問だったことを二人に聞いた。
「・・・すみません、私の方はプライベートな事なので言えません」
と言うユキの答えには皆が不思議な顔をした。
ソフトを辞めて野球をやるのにどんなプライベートがあるのかと・・・
だが次の南のセリフでは周囲には電撃が走った
「私は貴女に興味があったのよ、祐希子」
ピキッ
その答えに一瞬時間が止まったかのように静寂が走り
「な・・・ナ・・・NA・・・」
祐希子への思いと言うか愛情がもっとも高い少女がまず再起動を果たした
「何を言うんですかぁ!!
祐希子さんに興味があるだなんて!!!
そんな事・・・そんな事許せません!!!!
まずは祐希子さんに手を出そうってのなら
まず私を倒してからにしてください!!!!」
「「「「「(・・・・・・ヤッパリホンモノだったのね)」」」」」
何故か周囲の皆が冷や汗をかきながらその様なことを思っていた。
「(汗)・・・貴女何か勘違いしてない?」
良く理宇の事を知らない南までもその剣幕に冷や汗をかきつつ話しかけた
「え?」
そして話しかけられた理宇も少し冷静になって頭に?マークを浮かべていた
「私は投手としての祐希子に興味があると言ったのよ」
「あ///」
それを聞いて理宇は今更ながらに自分の恥ずかしい告白に顔を赤らめた。
・・・そんな理宇を半ば無視して南は話を続けた
「遥は私達が知る中でもバットに当てる事にかけてだけは一番の選手・・・」
「・・・何かその言い方だと馬鹿にされてるような気もするんだよね」
山田は南の”バットに当てることだけ”と言う言葉に少し寂しくなった。
「だからその遥が紅白戦で3連続三振を食らったと聞いたときは驚いたわ」
「あぁ、アレはたまたまだってば」
祐希子は山田の実力も認めているので謙遜してその様に言ったが、
「・・・ボクはたまたまで3つも三振取らたのか」
どうやら山田の方はそうは受け取らなかったようだ。
ちょっぴり涙も出てきたのであった。
「いや、ヤマちゃんそんなに落ち込まないで・・・
んで結局南ちゃんは何が言いたいの?」
何だかグラウンドの隅のほうで座り込んでいた山田を励ましながらも、
祐希子は南の方を向き直りそう問いただした
「率直に言うわ。祐希子、私と勝負をしてちょうだい」
そう冷静そうに言い放った南だがその瞳は熱く燃えているようだった
「ふーん、それで私が勝ったらチームの一員になってくれるのかな?」
そしてそれを見て祐希子もまた身体の芯から熱くなっていくのが解った
―お互い一流のプレイヤーだけに相手の力量が感じ取れたのだろう
「そうね、本気で投げて貰えるようにそうした方が良いかしらね・・・」
こうして期せずして祐希子と南の1打席勝負が始まったのだ
野球とソフトと言う枠の差はあるが、お互いに超一流と言って良い選手同士。
果たして勝つのはどちらなのだろうか?
あとがき
今回の内容は南さんの道場破りイベントです。
本編から考えると時間軸がおかしいですが、
このストーリー上ではここでやった方が自然だと思い組み入れました。
いや、だってメンバー9人集めるのに1ヶ所から9人抜けたりするのもどうかと思ったので・・・
ちなみに本当はこの話でチーム結成までやりたかったのですが、
話が伸びて伸びてブログの文字制限を超えてしまいまして急遽分割しました。
あとちょっぴり理宇が怪しい感じがして、ヤマちゃんが不幸な目にあってる気がしますが
これもキャラの個性化&話を面白くする為だと思ってください(ぇ
>>当時オリンピックにすら競技が無くなった
>>復活したオリンピックで
前半は実際に北京オリンピックを最後に野球とソフトボールが
オリンピック競技から外れるのでこの様に書きました。
後半は自分の希望も込めてと言う事で