各紙が報じている通り9月5日当方経済フォーラムの枠内で、プーチン大統領は色丹島に建設された水産加工施設のオンラインプレゼンテーションに立ち会った。安倍晋三首相との会談直前であったため、北方領土への実効支配を強める立場を示す牽制として受け止められた。
例えば9月5日付日経新聞の記事は、プーチンが北方領土でさらなるロシア企業設立を推進したかのように報じている。
「色丹島の水産加工場は、水産・建設などを手がける北方領土最大の企業ギドロストロイが色丹島穴澗(あなま)に建設した。稼働を祝福したプーチン氏は、こうした施設はこれが最後ではないとの期待を表明し、今後も北方領土のインフラ整備を進める姿勢を示した」
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO49431960V00C19A9000000/
しかしロシア連邦大統領公式サイト(http://www.kremlin.ru/events/president/news/61445)でビデオカンファレンスの場面を確認してみると、プーチン大統領がこの色丹の「水産加工場」については歯切れの悪いコメントになっていることがわかる。まず「こうした施設はこれが最後ではないとの期待を表明し」の部分だが、プーチン氏は「我らの極東でこれが最後の新設企業ではないと期待している」といったに過ぎない。わざわざ「色丹」や「南クリル(ロシアは北方領土をこのように呼ぶ)」という新設企業立地地域への言及を避けている。
そもそもこの色丹の水産加工場プレゼンテーションは、極東で行われている経済プロジェクト4つの紹介のうちの一つという位置づけである。そのほかにも、このオンラインプレゼンテーションでハバロフスク国際空港の新ターミナル、ヤクーチアにおける銀山の開発、アムール州におけるガス化学コンビナートが紹介されている。
日本のプレスでは報じられていないが、プレゼンターは「この水産加施設の建設は国際プロジェクトとして実施され、アイスランドの技術が用いられるとともに、米国の専門家も参加した」と述べている。ちょうどその場面でプーチン氏が、気まずそうに頭をかくシーンがあり印象深い。
現状ロシア市民が居住する地域でのインフラ整備は大統領として歓迎するが、このタイミングでアメリカも参加した国際プロジェクトとして色丹の水産加工場を見せられることは本意でなかったこともありうる。
これまで実効支配を強調するための現地の訪問は大統領時代も含めてメドベジェフに一任してきたことからも、プーチン自身が北方領土とのコンタクトすることに慎重であることは明らかだ。
ロシア極東の市民や地域発展にかかわるステークホルダーは概して、プーチン大統領による北方領土引き渡しの可能性を懸念している。6月の日ロ首脳会談の前にも「新設の小学校のロシア国旗を降ろす気か」と記者に詰め寄られ「そんな計画はない」と答えに窮した場面があった。それが日本では「プーチンが北方領土を引き渡す気はないと強気の発言」と報じられた。
https://blog.goo.ne.jp/eurasiawatch/e/f8060ac8729b5110549320c57ce32d5e
交渉相手国の要人発言については、言葉を正確に訳し、発言した際の表情まで分析するようなモニタリングが必要である。
そうでないと引き出しうる妥協さえも失うことになりかねない。