「ウェン・ガーフィールドとシエナ・ホワイトアロー。二人とも、管理局の嘱託」
プテラスから降りてきた二人を、ロナルドが私に紹介した。どちらも、ロナルドの着ている制服ではない。男は作業着に近い厚手の上下、少女はこの荒れ地にそぐわぬブラウスとプリーツスカート。
「嘱託……?」
「……恥ずかしながら、管理局も人手不足でね」
ZAC2111年現在、大規模な戦闘こそ発生していないものの、未だにヘリック共和国とネオゼネバス帝国は戦争状態にある。人手の多くは軍隊に取られるのだろうか。
「ロナルド、このちびっこいのは?」
がっちりとした体格の男……ウェン・ガーフィールドが、ロナルドに聞いた。
「あー……、ちょっと説明が難しいんだが」
そう言って頭を掻くロナルドの代わりに、
「アルフィ」
と、私が答える。
「僕もついさっき会ったばかりで、詳しいことはよく知らないんだ」
「そうか」
頭上から、鋭い目を向けてくる。別に動じることもないが、不快にはならなかった。
「ウェン・ガーフィールドだ。ウェンでいい」
「ん、よろしく」
やり取りはそれだけ。
「シエナ・ホワイトアローです。よろしくお願いしますね」
「うん」
黙っていた少女の方も、手を差し出してきた。加減して握り返す。必要以上の違和感を与えないように。
深夜。月が二つとも赤い。こういう夜は何かが起こると、どこかの伝承で聞いた記憶がある。
管理局の三人は、既に夢の中。
「夢……、か」
あまり、いい思い出のない言葉。
私にとって、夢は現実から逃れるためのものではない。私がしてきた現実を否応なく再認識させられる、私の夢は常に悪夢。
ただの破壊者でいられたなら、どれほど楽か。デススティンガーとして、終焉をもたらすものとして、破壊を振り撒くだけなら。
けれど、それは許されない。
すべてと向き合うと決めたのだから。
「ここが、野良ゾイドが増えている地点なんだが……」
そう言うロナルドの横で、ウェンが双眼鏡を覗き込む。
タウ高原の一角、窪地になっている場所。管理局が調べたという、問題の地点。
「だが、特に何もないように見えるぞ」
ウェンが言う。実際、何もない。私も、何か違和感を覚えることはなかった。ゾイドにしろ人にしろ、何らかの気配があれば察知する自信はある。
「とりあえず、降りてみようか」
ロナルドの提案に、全員が頷く。ゾイドに戻り、急な崖を下った。
「やはり……、何もないな」
降りた先にも、異変はない。
「でも……、何もないって、おかしくないですか?」
おずおずと、シエナが発言する。
「どういうことだ?」
「野良ゾイドが増えている場所なのに、ゾイドが影も形もない、っていうのは……」
「そういえば……そうだな」
確かに、それはおかしい。加えて言うなら、私に反応するゾイドがいないというのも、おかしな話だった。口に出すと、ややこしくなるから言わないが。代わりに、
「……私たちに気付いて、隠れちゃったのかもね」
別に考えていたことを口にする。
「ゾイドが、かい?」
「ゾイドもだけど、あなたが言ってた何者かが、ってこと」
「なるほど……」
ひとしきり、ロナルドが考え込む。
「よし、僕とウェンでもう少し奥まで調べてみよう。すまないが、留守番を頼めるかな」
「ん、わかった」
そう言って、ロナルドとウェンは窪地の奥へ向かった。この場には私とシエナ、そしてグスタフとプテラスのみが残る。
「あの」
不意に、シエナが話しかけてきた。
「アルフィさんは、西方大陸の出身なんですか?」
「ん……、まあ、そうなのかな」
正直な話、正確にどこ出身なのかは今ひとつよくわからない。
「私は中央大陸出身なんですが……、厳しい環境ですよね、ここって」
「慣れちゃえばそうでもない」
人間の身体になって驚いたのは、その適応能力の高さだった。この10年でエウロペ以外の大陸を彷徨うこともあったが、いずれの場所でもひと月もいれば慣れてしまう。
だからこそ、人間はこの星の実質的な支配者たる存在になり得たのだろう。
「……そうですね」
「君はなんでここに?」
何気なく、会話の流れで聞いてみた。
「……父が、共和国の軍人だったんです。10年前の戦争で亡くなって……、それで、いろいろあってそのままこっちに」
「……そうか。変なことを聞いてごめん」
「いえ、気にしないで下さい」
もしかしたらの話だが、彼女の父親を奪ったのは、私なのかもしれない。あの時、私はあまりにもたくさんの命を奪った。その中の一つに、彼女の父親がいたかもしれない。
「……ごめん」
「だから、いいですって」
お互いわかってない、そんな会話が少し続いた。
その直後、
「!?」
気配を感じた。ゾイド。小さい。それもかなり。そして多い。
「あ、アルフィさん?」
「しっ」
シエナの口を塞いで、周囲を見渡す。まだ見えない。だが近い。どこだ。
(……来る!)
感じた瞬間、
「きゃあっ!?」
シエナの足元を砕いて、それが飛び出した。
「……リルガ!?」
対人制圧用の、無人超小型ゾイド、リルガ。モルガをそのままスケールダウンしたような姿で、れっきとした軍用ゾイドだ。
それが、地面から無数に湧き出てくる。こいつに削岩機能はなかったはず。とすれば、はじめっから地下に空洞があった可能性も高い。
「……きゃっ!!」
「ちぃ……!」
崩れる地面に足を取られて、シエナが尻餅をついた。リルガがそこに群がる。殺傷性の高い武器は着いてなかったように思うが、主装備のトラップワイヤーは厄介だ。色々な意味で。
仕方ない。
相手の姿勢が低くてやりづらいが、まず一体を蹴り飛ばす。続いて膝を落とし、打撃面を「メッキ化」、叩き潰す。
発射されたトラップワイヤーを外套に纏わり着かせ、そのままぶん回して5,6体まとめて吹っ飛ばしたりもしてみたが、いかんせん数が多すぎる。とてもじゃないが、シエナのことまで気にする余裕がない。というか、すでに私の右腕にもワイヤーが巻きついていたりする。
「この……!」
左のレーザーカッターで叩き切るも、焼け石に水。すぐに両腕封じられる。
「うぅ……、あ、アルフィさん……!」
後ろを見れば、シエナはもう完全に雁字搦めにされている。
「くそ……」
……やろうと思えば、やれないことはない。だがこの身体で出来るか? ジェネレーターも制御装置もない、純粋なエネルギーのみで?
「……やってやるさ!」
意識を集中、薄皮一枚下の馬鹿げた力を拾い上げ、外に広げる。
瞬間、発生した空間の歪みが、トラップワイヤーを焼き切った。
「……っ」
尋常じゃない感覚。とてもじゃないが、この身体でやることじゃない。もっとも、あと10回もやれば慣れそうな自分がいて怖いが。
「……アルフィさん、い、今のって……」
「ごめん、話してる暇ない」
別の気配。今度は大きい奴。リルガが怯んだ隙に、シエナを抱え上げて、グスタフのコクピットへ逃げる。
Eシールド。かつてデススティンガーの身体で持っていた装備のひとつ。レーザーカッター同様、コアの中に記憶されていた。
発現できるかどうかは微妙だったが、どうやら成功したらしい。
「逃げるよ……!」
ロナルドには悪いが、このグスタフを借りるしかない。手早く機体を立ち上げて、スロットルを全開。
そうして、奇妙な逃避行が始まるのだった。
プテラスから降りてきた二人を、ロナルドが私に紹介した。どちらも、ロナルドの着ている制服ではない。男は作業着に近い厚手の上下、少女はこの荒れ地にそぐわぬブラウスとプリーツスカート。
「嘱託……?」
「……恥ずかしながら、管理局も人手不足でね」
ZAC2111年現在、大規模な戦闘こそ発生していないものの、未だにヘリック共和国とネオゼネバス帝国は戦争状態にある。人手の多くは軍隊に取られるのだろうか。
「ロナルド、このちびっこいのは?」
がっちりとした体格の男……ウェン・ガーフィールドが、ロナルドに聞いた。
「あー……、ちょっと説明が難しいんだが」
そう言って頭を掻くロナルドの代わりに、
「アルフィ」
と、私が答える。
「僕もついさっき会ったばかりで、詳しいことはよく知らないんだ」
「そうか」
頭上から、鋭い目を向けてくる。別に動じることもないが、不快にはならなかった。
「ウェン・ガーフィールドだ。ウェンでいい」
「ん、よろしく」
やり取りはそれだけ。
「シエナ・ホワイトアローです。よろしくお願いしますね」
「うん」
黙っていた少女の方も、手を差し出してきた。加減して握り返す。必要以上の違和感を与えないように。
深夜。月が二つとも赤い。こういう夜は何かが起こると、どこかの伝承で聞いた記憶がある。
管理局の三人は、既に夢の中。
「夢……、か」
あまり、いい思い出のない言葉。
私にとって、夢は現実から逃れるためのものではない。私がしてきた現実を否応なく再認識させられる、私の夢は常に悪夢。
ただの破壊者でいられたなら、どれほど楽か。デススティンガーとして、終焉をもたらすものとして、破壊を振り撒くだけなら。
けれど、それは許されない。
すべてと向き合うと決めたのだから。
「ここが、野良ゾイドが増えている地点なんだが……」
そう言うロナルドの横で、ウェンが双眼鏡を覗き込む。
タウ高原の一角、窪地になっている場所。管理局が調べたという、問題の地点。
「だが、特に何もないように見えるぞ」
ウェンが言う。実際、何もない。私も、何か違和感を覚えることはなかった。ゾイドにしろ人にしろ、何らかの気配があれば察知する自信はある。
「とりあえず、降りてみようか」
ロナルドの提案に、全員が頷く。ゾイドに戻り、急な崖を下った。
「やはり……、何もないな」
降りた先にも、異変はない。
「でも……、何もないって、おかしくないですか?」
おずおずと、シエナが発言する。
「どういうことだ?」
「野良ゾイドが増えている場所なのに、ゾイドが影も形もない、っていうのは……」
「そういえば……そうだな」
確かに、それはおかしい。加えて言うなら、私に反応するゾイドがいないというのも、おかしな話だった。口に出すと、ややこしくなるから言わないが。代わりに、
「……私たちに気付いて、隠れちゃったのかもね」
別に考えていたことを口にする。
「ゾイドが、かい?」
「ゾイドもだけど、あなたが言ってた何者かが、ってこと」
「なるほど……」
ひとしきり、ロナルドが考え込む。
「よし、僕とウェンでもう少し奥まで調べてみよう。すまないが、留守番を頼めるかな」
「ん、わかった」
そう言って、ロナルドとウェンは窪地の奥へ向かった。この場には私とシエナ、そしてグスタフとプテラスのみが残る。
「あの」
不意に、シエナが話しかけてきた。
「アルフィさんは、西方大陸の出身なんですか?」
「ん……、まあ、そうなのかな」
正直な話、正確にどこ出身なのかは今ひとつよくわからない。
「私は中央大陸出身なんですが……、厳しい環境ですよね、ここって」
「慣れちゃえばそうでもない」
人間の身体になって驚いたのは、その適応能力の高さだった。この10年でエウロペ以外の大陸を彷徨うこともあったが、いずれの場所でもひと月もいれば慣れてしまう。
だからこそ、人間はこの星の実質的な支配者たる存在になり得たのだろう。
「……そうですね」
「君はなんでここに?」
何気なく、会話の流れで聞いてみた。
「……父が、共和国の軍人だったんです。10年前の戦争で亡くなって……、それで、いろいろあってそのままこっちに」
「……そうか。変なことを聞いてごめん」
「いえ、気にしないで下さい」
もしかしたらの話だが、彼女の父親を奪ったのは、私なのかもしれない。あの時、私はあまりにもたくさんの命を奪った。その中の一つに、彼女の父親がいたかもしれない。
「……ごめん」
「だから、いいですって」
お互いわかってない、そんな会話が少し続いた。
その直後、
「!?」
気配を感じた。ゾイド。小さい。それもかなり。そして多い。
「あ、アルフィさん?」
「しっ」
シエナの口を塞いで、周囲を見渡す。まだ見えない。だが近い。どこだ。
(……来る!)
感じた瞬間、
「きゃあっ!?」
シエナの足元を砕いて、それが飛び出した。
「……リルガ!?」
対人制圧用の、無人超小型ゾイド、リルガ。モルガをそのままスケールダウンしたような姿で、れっきとした軍用ゾイドだ。
それが、地面から無数に湧き出てくる。こいつに削岩機能はなかったはず。とすれば、はじめっから地下に空洞があった可能性も高い。
「……きゃっ!!」
「ちぃ……!」
崩れる地面に足を取られて、シエナが尻餅をついた。リルガがそこに群がる。殺傷性の高い武器は着いてなかったように思うが、主装備のトラップワイヤーは厄介だ。色々な意味で。
仕方ない。
相手の姿勢が低くてやりづらいが、まず一体を蹴り飛ばす。続いて膝を落とし、打撃面を「メッキ化」、叩き潰す。
発射されたトラップワイヤーを外套に纏わり着かせ、そのままぶん回して5,6体まとめて吹っ飛ばしたりもしてみたが、いかんせん数が多すぎる。とてもじゃないが、シエナのことまで気にする余裕がない。というか、すでに私の右腕にもワイヤーが巻きついていたりする。
「この……!」
左のレーザーカッターで叩き切るも、焼け石に水。すぐに両腕封じられる。
「うぅ……、あ、アルフィさん……!」
後ろを見れば、シエナはもう完全に雁字搦めにされている。
「くそ……」
……やろうと思えば、やれないことはない。だがこの身体で出来るか? ジェネレーターも制御装置もない、純粋なエネルギーのみで?
「……やってやるさ!」
意識を集中、薄皮一枚下の馬鹿げた力を拾い上げ、外に広げる。
瞬間、発生した空間の歪みが、トラップワイヤーを焼き切った。
「……っ」
尋常じゃない感覚。とてもじゃないが、この身体でやることじゃない。もっとも、あと10回もやれば慣れそうな自分がいて怖いが。
「……アルフィさん、い、今のって……」
「ごめん、話してる暇ない」
別の気配。今度は大きい奴。リルガが怯んだ隙に、シエナを抱え上げて、グスタフのコクピットへ逃げる。
Eシールド。かつてデススティンガーの身体で持っていた装備のひとつ。レーザーカッター同様、コアの中に記憶されていた。
発現できるかどうかは微妙だったが、どうやら成功したらしい。
「逃げるよ……!」
ロナルドには悪いが、このグスタフを借りるしかない。手早く機体を立ち上げて、スロットルを全開。
そうして、奇妙な逃避行が始まるのだった。
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