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マキシム・ル・フォレスティエ の 《カイエ》を聴く

2003年12月10日 | 歌っているのは?
 遅まきながら比較的最近知ったことだが,1990年代の後半にマキシム・ル・フォレスティエ Maxime Le Forestierがジョルジュ・ブラッサンスの歌ばかりをライブ・ステージで都合40曲も歌い続けたという試みがあって,それは《カイエLe Cahier》(1998年)という2枚組のCDとして発売されている。50才近くにもなってそんなイベントを意図するマキシムさんの心境やこれいかに,などと忖度する気は当方には更々ない。ただ,ここ数日,夜更けにひとり黙々と行う顕微鏡作業の際にBGMとしてこのCDを流しているのでありますが,「夜風の中からオマエの声が」あるいは「そのときオマエの舟がかすかに軋むだろう」,「たとえ舫綱は切れて嵐に呑まれても」といった感じで,それは大変に耳障りの心地よい通信をこちら側にもたらす。日頃,歌というものについて,とりわけ仏蘭西歌謡に関しては正しい理解や真っ当な解釈なぞ決して出来ない頓珍漢な私ではあるけれども,なにせ馴染みのブラッサンスの歌のオンパレードゆえ,我知らず乗せられて一緒に口ずさんでしまうサビの部分なども多々あったりして,それによって単調な作業工程がリズミックなフローに後押しされ,結構仕事がはかどることは確かである(モダン・タイムスかいな)。

 そのステージ上でのマキシムは,ブラッサンスの歌を大変軽やかに歌っている。余計な思い入れを努めて排して,聞きようによっては素っ気なく味気ない程にサラリと歌う。歌と歌との間に気の利いたコメントや漫談を差し挟むこともなく,次から次へ黙々と,いや違った,淡々と訥々と歌い続けてゆく。まるでシニカルなインテリ教授がボンクラ学生達を前にして内容の濃い講義ノートを端から順ぐりに逐一丹念に解釈・説明してゆくように。しかして,そのギターのストロークは実にしっかりしているし,ひとつひとつのフレーズは極めて鮮明だ。そのような,ともすれば退屈の迷宮に陥りかねない営為のなかから浮かび上がってくるものは何か,それらの評価の一切は聴き手の側に委ねられている。

 CD2枚目の最後の方で,我がお気に入りの歌のひとつである《エレーヌの木靴》がテンポよく歌われ,そして,それに続いて何と《95パーセント》などという非常に辛辣な歌が飛び出した。


   La femme qui possede tout en elle,
   Pour donner le gout des fetes charnelles,
   La femme qui suscite en nous
   Tant de passions brutales
   La femme est avant tout sentimentale

   女はすべてを自分のなかに所有している
   肉体の祝祭を与えるため
   女は我々にたくさんの獣的な情熱を呼び起こす
   女はとにかく感情的だ



 これは私にとっての初めてのブラッサンス体験,1973年のLP『パリの吟遊詩人との再会』に入っていた歌で,久しぶりに聞いてみると大変に懐かしい。当時,すこぶるヒネクレたコドモであったワタクシは,このヒネクレ歌が「空で」歌えるということが何やらとても大人びた,格段にスグレタことのように勝手に思い込んで,愚かにもまた愚かにも,その歌詞を必死で覚えようとしたものだ(それを何処で披露したかはナイショですが)。そんな思い出深い歌を,マキシムは意外にも大変楽しげに歌っている。最後のルフランのところなんか客に歌わせちゃったりして。そうか,こんな雰囲気,こんな精神を継承させるべく,地道な伝道者としての立場に自らを擬したというわけか!

 けれどそこで束の間ハッピーになった聴衆はその後すぐに再び情感をハグラカサレルことになる。次に歌われたのは,これまた一転して《セートの海辺に埋葬されることを願う歌》ときた。いやまったく,何という選曲の妙だろうか。

 遺言状の追加変更にかこつけて諄々しく語られる望郷の賦。自らの心象を延々と吐露しつつ自分史への回帰が反芻される長い長い歌だ。鉄道唱歌とまではゆかぬが,ルフランなしで13番まである。聴いてみると,ブラッサンスの歌い方に比べてマキシムの方がややテンポが速い。ブラッサンスは7分14秒,これに対してマキシムは6分15秒で歌い切っている。どちらかといえば私には前者の方が性に合っているようだが,だからといって詩の解釈には何の影響も及ぼさないし,何の齟齬も生じさせない。たといそれがブラッサンスであれマキシムであれ,あるいは極東のボンクラ・オヤジであれ。

 この歌もハズカシながら昔必死で覚えた記憶がある。例えば次のような断片的なフレーズを耳にすると,意味もなく嬉しくなって思わず口元がほころんでしまう。


   Trempe dans l'encre bleu du golfe du lion
   Trempe trempe ta plume au mon vieux tabellion
   Et de ta plus belle écriture
   リオン湾の青いインクをペン先にたっぷりと浸して
   昔馴染みのわが公証人よ 
   その流麗な書体で記してはくれまいか

     -------
   Que vers le sol natal mon corps soit ramené
   Dans un sleeping du Paris-Méditeranné
   Terminus en gare de Sète
   私の身体を生まれ故郷へ連れ戻して欲しい
   パリ・地中海急行の寝台列車に乗せて
   その終着はセート駅だ

     -------
   Est-ce trop demandé sur mon petit lopin
   Plantez je vous en prie une espèce de pin
   Pin parasol de préférence
   過分な注文とは承知しつつ ひとつお願いがある
   私の小さな領地に 松のような木を植えてほしい
   それが「パラソル松」だったら申し分ない

     -------
   Vous envierez un peu l'éternel estivant
   Qui fait du pédalo sur la vague en rêvant
   Qui passe sa mort en vacance
   あなた方は少々羨ましく思うだろう
   夢見る波間にペダルボートを漕いで
   バカンス気分で死後を過ごす永遠の避暑客を



 あー,何だか本当に嬉しくなる。いや,ホントですってば。忙中閑有とはいい条,コトバのチカラというものを改めてシミジミ感じたりする年の暮れなのであります。
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