パン馬鹿回顧録 Vol.14

2021-10-17 11:41:53 | Weblog

最近半世紀も前の学生の頃を思い出すことが多くなってきた
知り合いから紹介された下宿は中野坂上
新宿から地下鉄で次の駅を降りて歩いて5分程度の場所
商店街があって便利の良い場所
大家さんは大工の棟梁奥さんは三味線を引く昔ながらの年寄り
普通の民家で特別下宿をするための改装は一切なし
部屋の鍵はあってないようなもので
向かいには2人の姉妹がいて隣は商社丸紅のコンピューター技師
その隣は大家の息子でその向かいは独り住まいのOL
トイレは共同お風呂なし家賃8000円
この下宿で色んな出来事が始まる事になった
親との約束で月々12000円の仕送りで全てを賄う
その当時親父は公務員だったので給料は月60000円程度
仕送りは大変だっと思うが
定期券代や三食全て外食費や参考書代
考えてみれば全く足りないけど何も考えていなかった
早速生活が始まり10日間で生活費は底をついた
買い置きしていた袋入りラーメンを電気ポットで作り一日1食
我慢ができず昼夜で2袋食べていたので4日で無くなった
あとは水を飲んで空腹を紛らす生活
3日くらいすると食事の幻覚も薄らぎ
5日くらいすると食べなくても大丈夫になって
だんだん太ってきた
太ったのではなく栄養失調で浮腫んできたことも解っていない
10日を過ぎる頃にはついに立てなくなっていた
多分死ぬのだろうと思い
持って来ていた新しいパジャマに着替え
じっと死を待った
翌日大家さんが仕送りの現金封筒を持って部屋に来て
浮腫んで動けない喋れない私を見て驚いた
すぐに息子さんが休みだったので呼びに行った
「ユキオ、ユキオ、ユキオ高橋さん死んじゃうよ〜」と叫びながら走っていた
ユキオちゃんが見た瞬間先生を呼んで〜と叫ぶ
さ〜これからが大変で心が少しでも温まるかもしれない
長くなるのでまた来週
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パン馬鹿回顧録 Vol. 13

2021-10-10 09:36:05 | Weblog

先月末から整形外科の立体駐車場建設工事が始まりました
患者さんが増えて慢性的な駐車場不足に加え現在使用中の第二駐車場は県道建設のため返還となり
やむなく駐車台数確保のための工事となりました
当店の駐車場もあるのですが狭いので整形外科の第二駐車場をご利用ください
完成後は以前のように当店のお客さんの使用許可が出ていますので
12月の終わりまでには完成するそうなので
しばらくの間ご不便をお掛けしますが
ご理解の上宜しくお願い致します

10月としては日中の気温は異常に高いと感じますが
朝晩は肌寒く感じる季節になってきました
パン作りも気温が下がり湿度も下がってくるとやりやすい
生地のこねあげ温度は非常に大事で
理想は24℃でミキシング終了が理想ですがなかなかそうは行かない
粉の温度と気温を測り、水で調節するのですが
その3点の温度の合計が64℃〜67℃と当店の場合は幅があります
暑い時期と寒い時期では焼き上がる時間がずいぶん変わってくるので
肌で感じる本能に従って変えています
その本能を呼び覚ますため早朝4時に起きて厨房に入り
大体30分くらいコーヒーを飲んでリラックスするのがパン屋を始めてからのルーティン
最初の生地はフランスパンからと決まっている
今でも緊張する瞬間
コネ上がるまでじっと見つめながら
もう1台のミキサーで食パン生地をコネ始める
食パン生地はミキシングが少し長いので水の温度はさらに低くする
こねる時の摩擦熱で生地温度が上がってしまうから
そうして4種類の生地を仕込んで軽い朝食を取る
前日のパンが残っていることが少ないので
大抵は食パンの耳をオーブンで焼きバターを塗るかピザトースト風にして食べる
それからデニッシュや菓子パンの整形に入る
パン生地の状態を見ながらパンチや分割そして整形
最終発酵が終われば焼成して売り場に並ぶ
食パンが最後に焼き上がるのが10時から10時半
朝起きてから6〜6時間半の緊張からやっと解放される瞬間
1番の充実感はたまらない

今日は長くなるのでここまで
毎週日曜日に更新するようにしていますので
もしパンについてのご意見や質問などご遠慮なくどうぞ

それではまた来週
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パン馬鹿回顧録 Vol. 12

2021-10-04 10:04:11 | Weblog

今月から色々なもが値上げになります
小麦粉も今回は結構な値上げになる予定です(年明けになるそうですが)
当店では全ての材料は値上がりしていますが10数年間価格は変えていません
非常に悩ましい問題になって来ました
今一度材料費の原価を計算し直しています
食用油の大幅な値上げでマーガリンも値上げが続きそうですが
当店は一切マーガリン系を使っていないのでその点は少し楽
バターの値上げはまだ聞いていないけどおそらく何か理由をつけて値上げして来るかもしれない
値上げやレジ袋代のご負担をお願いする事になるかもしれませんが
その節はご理解頂きますようお願い申し上げます

お酒の吟醸酒と二級酒の違いは
酒米の削り具合も違うのですが熟成期間の違いが大きいのです
発酵食品は熟成という工程があるから独特の旨味ができる
吟醸酒は低い温度で時間をかけて酸味や旨味を醸し出す
パンも発酵食品なので吟醸酒をヒントに私はできる限り低い温度で時間をかけて熟成させ
複雑な旨味を出すよう心がけている
例えばフランスパンでは
ミキシング後80〜90分で1回目のパンチ(優しく生地のガス抜き)
40分後くらいで2回目のパンチ
このパンチの時は生地の表面の艶やしっとり感で強弱をつける
酵母はできる限り少なくして長時間の発酵を保つ
さらに40分後状態を見ながらそれぞれの大きさに分割
30分後状態を見ながら整形し最終発酵後焼成
ミキシングから合計5時間弱で焼きあがる
食パンはさらに6時間から7時間弱で焼きあがるよう調整
時間をかけて作るパンは老化も遅く旨味が長く続くように思う
私は生地の状態を手で感じながら次の行程に進むことができるので
テレビなどで見る職人さんがブルーの手袋をして生地を触っているのを見て
私には到底できない芸当で凄いな〜と感心する
フランスパンを焼く温度は普通230℃にセットするけど
当店のオーブンでは240℃しかも火力はマックスに近いセット
そうしないとクープ(切れ込み)が開くのが遅くなって重たいパンになってしまうから
私のフランスパンは軽く切り口は絹のように細かくキラキラしていなければ納得しないから
なのでできる限り温度を上げて焼きたいのに
温度が下がるとなかなか上がらない扱いの難しいオーブンだ
悲しくなることもある!
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パン馬鹿回顧録 Vol. 11

2021-09-26 09:14:27 | Weblog

いつの頃か整形外科の院長から駐車場が狭いので
近所で土地を貸してくれるところは無いかと相談を受けた
数軒当たるも貸してくれるところは無かったので
考えた末私の自宅の土地を提供する事にした
嫁さんと2人では大きすぎる家で築後30年経っていろんな所にガタが来ていたので
なくなった親父には申し訳なく思いながら更地にして駐車場が出来た
半分は残してそこに倉庫を改装してパン屋にし小さい家も建てる事にした
サンドイッチも販売出来るよう飲食の許可も取った
機械は殆ど中古品を整備した物にしたけど
オーブンだけは中古の良いものが見つからなかったので
仕方なく新品の価格が安いものを選んだ(このオーブンが後にって頭を悩ませる事になるとは)
狭い店の図面は得意なので二週間ぐらいで描き上げ
3ヶ月で店は完成し4年前の2月初めに開店
前のお店の顧客名簿で開店のお知らせの葉書を出していたのでそこそこの来店客はありがたい
後で聞いたことは何度近くを通っても店が判らなかったそうで
やっと見つけて来る事ができたのでもう大丈夫と笑顔で話してもらった
いくら家賃が無いからと言ってもまだ採算ベースにはならない
何か注目してもらうことはないかと考えた末
看板のポールに親子2匹の赤い鯉のぼりを泳がせる事にした
風が良いときには気持ち良さそうに泳いでいるけど風のないときには死んだようになっていた
昨年と今年はカープが最低の成績なので泳がせる気にならない
来年は気持ち良く泳がせたいものだ
話は前後して
開店して2ヶ月経った頃道を歩いている撮影隊の一団が見えた
どこに取材に行っているのだろうと話していると
この店に向かってきた
TSSの駅なんとかの取材で以前お世話になった懐かしいレポーターの取材を受けた
放映後偶然見てまたパン屋を始めたのだと懐かしいお客さんが増え食パンの予約も増えてきて
何とか経営も軌道に乗ってきた
真面目にやっていれば良いこともあるとしんみりと思った
もちろん石窯のパンを買っていただいていた方々も
やっとまた食パンが食べられると喜んでいただいた
次回からは私のパン作りについて色々書いてみたいと思います
問題のオーブンの話も出てきます
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パン馬鹿の回顧録 Vol. 10

2021-09-23 08:17:39 | Weblog

焼き上げたパンは知り合いに連絡して配達して食べてもらう事にした
おいしく焼き上がったものならどうぞと言えるのに
申し訳ないまま食べてもらった
反応は少し口の中でだんご状態になるが美味しいと言ってくれた
今度はいつ焼くかと聞かれ明日と答える
2〜3日空けてまた持って来てくれと言われた
まだ食べてやろうと思ってくれていることが嬉しかった
定期的に配達する事になり
火曜日と金曜日に9人分34個を作ってバイクで配達する事にした
生地もフランスパンではなくイギリスパンの生地にした
本当は美味しくもないのに皆美味しいと褒めてくれる
しかもお金を取れという
今のパンでは貰えない
材料代や薪代もかかるしとにかく続けて欲しいと言われ
1個500円に決まった
皆さん同じ気持ちだったようで全員気持ちよく支払ってくれる
2ヶ月経つ頃にやっと納得できるパンになってきた
今だから言うけど最初頃のパンは今とは全く別物だったと笑顔で伝えてくれた
主治医は石窯でパンを作る前は思い詰めた顔をして変な考えを起こさないか心配したそうだ
納得できるパンを持って行った時
もう大丈夫だな笑顔が戻ったから
にこやかに笑いながら頷き話して下さった
本当は変な気を起こすところだったがパンを作り始めたら忘れてしまったことや
これだけ応援してもらっているのにパン作りを捨てる事はできなくなったと伝えた
先生は眼をすこし赤くして何度も頷いていた
病院から次の配達に向かう時涙で目が霞んできた
生きていて良かった。。。。。。。
それから1年近く石窯でパンを焼き配達し続けた
私の人生はやっぱり波乱万丈なのだ
ひょんな事からまた本格的にパン屋を開店できる事になったのです
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回顧録 Vol. 9

2021-09-19 12:40:40 | Weblog

冷え切っている石窯に火入れしてもなかなか温度が上がらない
1時間燃やしても表面だけ温度が上がり直ぐに下がる
パン生地は作るのを止めてとにかく窯の奥まで熱を溜める事にした
空焚きを3時間して止め次の日もこれを繰り返した
5日目からやっと蓄熱ができるようになったが
400度まで上げても火を止めると250℃くらいまで下がる
毎日空焚きを続け二週間ぐらい経ってやっと温度が下がらなくなった
多分長い間に煉瓦が水分を結構含んで蒸発するときに温度が下がったのだと思ったが定かではない

それから薪を5〜6時間燃やす事にして生地も作り始め
やっとパン作りを始める事ができる様になった

朝窯に火入れしてフランスパン生地を作り始める
私のフランスパンは5〜5時間半で出来上がるように作っているのでその工程にした
途中で薪をくべながら炎が吹き出すのをキープ
4時間半くらい経った頃窯の内部が白っぽくなってきた(煤切れという400℃を超えた証拠)
残り火で温度を下げない様に注意し最終発酵を待つ
いよいよ投入状態になったので炎を吹き出す器具(グラと言う)を外し
粉になった薪の燃えカスをモップで綺麗にして
霧吹きで内部を湿らせるが直ぐに蒸気になる
パンを投入して直ぐに再度霧吹きを内部の天井に吹きかけダンパー(扉)を閉める
投入前は350℃を超えていたので後は勘しかない
20分弱で焼き色がついたので出来上がり
フランスパン独特のパリッと感がない。。。。失敗だ
不味くはないけど美味くもない
何が原因か分からない
納得するまで止めない気持ちがムラムラと湧き出してロッキーのテーマが頭の中で鳴り出した
明日からまた挑戦だっ。。。くそーっ


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回顧録 Vol. 8

2021-09-14 12:44:10 | Weblog

余りにも一般常識では考えられない事ばかり起きるので
私自身が思い出して悲しくなって来たので酒蔵通りのパン屋のことはここで止めます
今回のブログでは訪問者がとても多いのですが
もっと酷い事が始まったのを書く事になるので
これ以上続けることが私にはできません
酒蔵通りのパン屋でのその時その時の出来事を思い出して
私自身が精神的に壊れそうになって来たのです
申し訳ございません

5月中旬に私がH夫婦から利用されていると人から聞いたと電話があったので
直ぐにやめると伝え翌日からは出勤を止めた
スッキリしたと言うのが本音だった

何もなくなったパンを以前作っていた倉庫に入り
無惨に切断した機械の配線が何本も垂れ下がっているのを見て
思わず涙が頬をつたって流れ落ちた
絶望感で全ての生き甲斐がなくなったと感じ
死が頭をよぎり首吊りのロープがそこにあったら
今こうしてパンを焼いてはいなかっただろう

何か嫁さんが感じ取ったのか
また美味しいパンが食べたいと何度も言う
倉庫に入って椅子に座っていた時
正面に自作の石窯が目に入った
これでパンを最後に焼いてやろうと思い
早速ホームセンターで薪を買って帰った
翌日から石窯でパン作りを始めた

次回からは私のパン作りの様子と悪戦苦闘を伝える事ができたらと思います
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回顧録 Vol .7

2021-09-12 08:55:54 | Weblog


一人で今迄経験の無いほどの大量のパン作りを始めて2日目に私の嫁さんも熱が出始めた
閉店後病院で検査
インフルエンザに感染していた
直ちに点滴開始して熱も下がりその夜は安静にして朝を待った
暫定オーナー(めんどくさいのでH男にします)の嫁に連絡して出勤するよ伝えるが
子供が小さくほって置けないので出勤できないと言う
誰の店だと思っているのかと強い口調になったが「ごめんなさい」で済まそうとした
腹が立って仕方なかった
私の嫁さんの熱も下がり今休む訳にはできないので店に出ると言う
翌朝私はいつもの様に出勤してパン作り
嫁さん出勤して来たので大丈夫かと尋ねる
「大丈夫では無いけどHの嫁が出ないので仕方がない」と言う
とにかくこの酒蔵通りで成功して次々色んなお店ができることが長年の夢
その夢のために嫁さんも覚悟を決めていたのだと思った
1人でパンを焼き始めて一週間が経った頃
今度は私の体に異変が起きた
その日の最後のパンを焼き終える頃
オーブン1番下の棚を見て立とうとした時体に力が入らない
しゃがんだまま立てない
膝を床につけたまま何とかパンを出した
その日はHの嫁が出勤していたので
少し休んで明日の仕込みも済ませ病院に連絡
主治医から救急車を頼んですぐにくるよう言われたが
車で朦朧としながら病院に着いた

救急搬送の入り口で主治医が待ってくれていた
直ちに処置室に入ると既に点滴の用意がしてあり
点滴しながら先生の治療が始まった
重度の過労と脱水症状もひどい
どうしてこんな事になったのかオーナー夫婦は大馬鹿者だと先生は怒った
2時間くらいして治療は無事終了
そのまま横になって落ち着いたので店に帰った
Hの嫁が大丈ですかと聞く
大丈夫な訳ねーだろうがとはき捨てるように言った
次の日もその次日も1人でパンを焼き
もしかしたら俺は死ぬかもしれないとさえ思った
二週間近く経ってHが出勤
地獄の3月も終わり4月に入って間も無く
Hが耳を疑うような事を言って来た
聞いた途端私は虚しさのあまり呆然とした

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回顧録 Vol 6

2021-09-06 10:19:16 | Weblog

開店は3月に決めて11月から店の図面を描き始めた
並行して内装工事の打ち合わせと私の機械設備一式移設の打ち合わせ
長い付き合いの業者さんなのでスムーズに話はまとまった
市からの補助金もいただけることになり
中古の機械一式と備品買えば総額8〜900万円は下らないものを譲渡した
普通ではあり得ない少額投資でパン屋開店できることになったが
その間全部私が整え何もしなかった男
3月開店を迎えた
酒蔵通り恒例の醸華町祭りが一週目の土曜日始まった
観光客も非常に多く開店2時間もしない内に売り切れで外には長蛇の行列
一旦閉めて1時間後商品を整えて再度開店するもすぐに売り切れで
もうパン生地の在庫がなくなったので待っているお客さんに説明して閉店
結構な売り上げでした
その後も祭りはないけど非常に忙しい毎日
開店して一週間した頃暫定オーナーはインフルエンザに罹った
店に出る事ができないが開店月早々には休業することはできないので
1人でパンを作ることにした
暫定オーナーの嫁は子供が小さいからと1ヶ月の三分の一も出勤しないので
私の嫁さんが1人でレジとパンの品出しをした
結構きつかったと思う
こんな馬鹿げたことはまだ始まったばかり
普通ではあり得ないことが次々起きてくる事になるのです
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回顧録 Vol の間違い

2021-09-05 10:53:42 | Weblog

Vol 4はVol 5の誤りです
訂正してお詫びいたします
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