関東に住んでいても”テレビカー”の存在は別格で認知度も高かったと記憶しています。ダブルデッカー等連結されるなど夢にも思わなかった時代です。 77,05,28 京阪三条 3000系 スキャナー : Nikon COOLSCAN ⅣED
今日(3月10日)で京阪3000系が定期運用から離脱しました(見ていないので”離脱した模様”と表現するのが適切だと思いますが・・・)。黄砂・PM2,5に加えてそれらを運んできた強風の中でも多くの鉄ちゃんが沿線に出撃されたと思います。さすがにこの歳になると桁違いの人出が予想される激パ覚悟の出撃には二の足を踏んでしまい、別の地に出撃したものの運用変更でお目当ての機関車は来ず、夜行バス9000円は遠地で朝マックのための大きな出費化となってしまいました。お目当ての機関車が来ない事がわかると、すぐに帰路に付き、新幹線に乗って帰って来ましたが、9時前には伊勢湾を望む高台に居たにもかかわらず14時過ぎには自宅に居て、テレビを見ている自分が少し信じられませんでした。
さて過日、古いネガを見ていたら、こんな写真を見つけましたので京阪3000系定期運用の最終日の餞にご紹介したいと思います。この時、自分は19歳で彼女居ない暦19年の真童貞でした。でもその当時、女性に逝かれていなかったおかげで天気の良い休みはカメラを持っていろいろ出撃できたおかげで地上駅時代の出町柳駅(三条駅ではないかとご指摘をいただきました。→コメント欄をご参照ください。)もうっすら記憶に残り、そしてこんな写真が残っているわけです。事実、はじめての彼女が出来た時代は彼女と逢う時間に没頭し、処女だった彼女を落す事に終始し今では信じられませんが36EXのフイルムを9ヶ月掛けて撮り終えてる時代もあります。鉄活動に女は大敵と言うことがわかります。ですから、鉄ちゃんに明け暮れる事が出来た”彼女なし”の時代は、これはこれでヨシ!ではないでしょうか?
お疲れ様でした、京阪3000系!! Good Luck!!
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ぴろ
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