【現代思想とジャーナリスト精神】

価値判断の基軸は自らが判断し思考し実践することの主体であるか否かであると考えております。

【「2018/01/27 TBS報道特集」との出会い】

2018-01-27 19:41:31 | 政治・文化・社会評論


                櫻井 智志


Ⅰ:
 冬季オリンピックも夏季東京オリンピックも、スポーツ選手達は練習にあいつぐ練習で精進している。ただ候補争いなどで焦りからか驚く事件も相次いでいる。金メダル至上主義はやはりどこかがずれていると、私は感じる。マラソンの川内選手のような市民スポーツに爽やかさを感じる。



Ⅱ:
 野田聖子氏のお子さんが乳児の頃から育てていくようすをTBSで見て来た。野田氏の子どもを育むようすだけで、私は野田氏が自民党であれ、党総裁候補の有力メンバーであれ、その主張に耳を傾ける気持ちになる。人間性と人格について研究した哲学者の思想のかたちを想起する。
 医学や科学の技術的進歩はめざましい。しかし主体としての女性の人権論や生殖や性についてhowでなくwhy何故が欠落している。思想や哲学が大衆化して、人権とすべてのいのちの尊厳の社会心理を本来は政府が啓蒙すべきだがほど遠い。大衆文化、大衆心理が重要な位置を占めている。



Ⅲ:
「美しい日本の憲法」という言葉のもつ実態が伝わってこない。このような市民活動の装いで、次々と日本国民は変わっていくのだろう。その先に、国民投票で憲法を変えていくつもりだろう。理論の論争ではなく空気を変えて、空気を読まない護憲勢力を孤立させていく先に日本国は侵略国家となる。
 国民の生存権に関わる朝日訴訟、堀木訴訟が国民や社会福祉系学生たちの強い関心を集めた。憲法を云々するわりには、安倍総理の言葉からは何をどう変えてどう社会をよりよくするかの気魄も熱気も感じられない。憲法が保障する生存権や生活権が次々に社会から剥奪されていく。改憲?壊憲?
 韓国の文在寅大統領の言葉には、真実がうらづけられているという印象がある。韓国のように民主化の市民革命の経験は、国民を政治的に成熟させる。

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櫻井智志マイ・ソー・ツイート2018/01/20

2018-01-20 18:52:59 | 政治・文化・社会評論

「人に聴いてもらうこと、わかってもらえることは、命をすくう」この言葉は啓示的だ。きょうの新聞で自殺率は減っているが、若い世代の自殺は増えている。自分をわかってもらえない、若者の自己証明感覚の欠如。聴き取る、寄り添う、理解する。NPO団体は、官制教育政策を超えている。




アメリカ大統領の人種差別支持には、強い国民的パネが働く。アメリカ民主主義には、もうひとつの民主主義がある。キング牧師やジョンサマヴイル市立大学教授。日本の差別は、沖縄住民運動を阻止する県外の機動隊員の「土人!」という呼びつけに典型的だ。日本国民に対する権力側の差別。




そうだ、「幼稚」という形容詞が、トランプにはもっとも相応しい。「幼稚」が「純粋」や「無垢」という要素を排除すると、後に残されたものは「幼く拙い」という言葉があっている。「王様は裸だ」の寓話に近い童話がある。
日本にも幼稚さが本質なのに、権力濫用の「戦争準備人」がいる。

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熊倉浩靖著『上野三碑を読む』

2018-01-19 18:29:01 | 政治・文化・社会評論
熊倉浩靖著『上野三碑を読む』                          

                    櫻井 智志


 熊倉浩靖氏は、地域に根ざす知識人である。群馬県立高崎高校を卒業。京都大学理学部在学中から歴史学の上田正昭教授に私淑し、大学を途中で辞めて、郷土群馬県高崎市にてNPO法人や高崎哲学堂設立運動と地域に具体的な研究と実践を両立させた。その実際を知る多くの人から注目を集め、高崎経済大学の講師、群馬県立大学教授・群馬学センター副センター長として活躍している。

多彩な研究とその成果を執筆している。本書『上野三碑を読む』(雄山閣平成28年)は、著者の住居である高崎市山名町に近い「山上碑」「多胡碑」「金井沢碑」の実証的分析を通して、現代から古代を歴史的確かさでリアルな探求を行うとともに、これからの日本と国際社会への展望を提起している。リアリズムに立ち、その成果を踏まえた歴史的知性に裏付けられた日本国民の夢とロマンにまで及ぶ力作である。

2017年10月31日。報道機関は、「上野三碑(こうずけさんぴ)」が「朝鮮通信使記録」とともに、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界記録遺産への正式登録が決まったことを大きく伝えた。
著者はこの登録決定のはるか以前から上野三碑を研究し続け、その学識の深さを群馬県や高崎市からも評価されて、いわばシンクタンクの頭脳としてよりよき地域社会づくりに研究者の良心から協力を惜しまなかった。ちなみに現在の富岡賢治高崎市長は、文科省初等中等教育課長から国立教育政策研究所所長を経て、群馬県立女子大学学長時代に、著者と同じ職場の上司でもあった。

世界記録遺産登録前に提出した申請書を、「世界的重要性」として、五点掲げる。併せて著者の執筆を少し引用する。

①ユーラシア東端の地への渡来文化(漢字、仏教、政治・社会制度)の伝播と受容
②渡来文化の日本的変容と普及
 1 上野三碑が建てられた地域には多数の渡来人がいた
 2 地域一帯には、五世紀半ばから朝鮮半島由来の文物や史跡が累積しており、朝鮮半島との活発な交流が推定される
3 上毛(かみつけの)野(の)国(くに)の名を負う上毛(かみつけ)野(のの)君(きみ)の祖先伝承との外交記事が見られる
 王(わ)仁(に)という今も著名な学識者を招く使者が上野君の祖という伝承は貴族・官人層の著名な共通理解
③多民族共生社会の証
渡来文化を受容してきた上野国は、地元の人々、朝鮮半島から渡来した人々、東北地方から移配した人々
 などから成る多民族共生の社会が確立した地域である
④現代につながる東アジアとの文化交流
1 上野三碑に即して、その背景を探ることで、私たちは東アジア世界の成り立ちと交通(フェアケール:コミュニケーション)の実像に迫ることがて゛きる
2 三碑建立から千年以上も経った宝暦十四(1764)年、多胡碑拓本は、それを称賛した朝鮮通信使の手で朝鮮王朝に渡った。半世紀後、朝鮮王朝の清国への使によって清国に渡り、清国の書家・学者の注目の的となる。
3 日本を中華文明の外延と思っていた朝鮮王朝大清帝国にとって想像を絶し、日本は文化の国と見直された。
⑤地域が守ってきた歴史遺産

上野三碑の特徴
 群馬県高崎市の山(やま)名町(なまち)・吉井町(よしいまち)に所在する三碑は、それぞれ山上碑(西暦681年)、多湖碑(711年)、金井沢碑(726年)に建てられた。著者の執筆した本文には、それぞれの碑の写真・全文・読み取りやすく工夫された碑文の表、解説と繰り返し続く。読者はそれを読んでいる内に、上野三碑が容易に読むことができる<叙述の方法>で書かれており、同時に、三碑に刻まれた内容から飛鳥・奈良時代の日本や東アジアに繋がる歴史がくっきりと見えてくることを知る。さらに、東アジアを平和と友好の世界に築き挙げていく道標ともなりうることを、著者からの能動的探求を通して、実感し、堪能することが視野に拓けてくる。
 文体は漢文ではなく、漢字をひらがなと同じように駆使したやまとことばで書かれている。碑は公開の場で多くの人に読み継がれることを目的の第一としている。上野三碑は、半径わずか1.5km、時間差半世紀以内に連続して作られた。その地域には、漢字・漢文から工夫して、自らの言葉「日本語」として表記したものを読み合う人々があまた存在していた。

上野三碑があった多胡郡

  著者は「ハイテク産業地帯として人口が密集していた多胡郡」と特徴づけている。その内容は、生糸や絹の生産、裳という特殊な服飾品の製造を担っていた可能性、瓦の生産や石の加工や文字を書き刻むこと、金属加工、流通や舟運の拠点など多様な最先端産業が集中した地帯とみる。これも上野三碑そのものの世界が、大切な事柄を多くのひとにわかりやすく伝えていたからである。やはり読者は、高崎市まで足をのばすか、本書に目を通すことがよいと私は考える。
 地域の居住者として、新羅系渡来人、しかも技術力に富む多様な人々が暮らしていた。成熟した、国際的な様相を帯びた、最先端産業地帯を独立した郡として拠点化することが国家の意思だったろう。甘楽郡・緑野郡も多胡郡と同様で人口が多く、十三郷一万六千人、十一郷一万四千人ほどの人口だった。

時代の背景

 和銅~養老年間に集中した国・郡の新設は、「敵対する勢力弾圧と内国化と住民の入れ替え、渡来系住民の居留に対する令制支配の徹底に重点があった。それは統一新羅・渤海、遡っての新羅・百済・高句麗・加羅諸国を日本に臣属すべき蝦夷・隼人などを服属すべき民とみなした当時の政府が、国家目標を現実の国土の上に見える形で表そうとする営みであると、筆者は指摘する。
  著者は、渡来系住民のための最初の新郡設置の可能性が高い多胡郡設置を記念する碑に政府中枢の名が刻まれた事実も、多胡郡新設には、強い国家意思が反映されていた可能性が非常に高いと記している。

 限られた紙数内で、本著の素晴らしさを伝えきれない。著者は碑文に刻まれている内容を、考古学・歴史学・言語学・仏教学・政治社会史・政治思想史・地域社会論など広範囲にわたることに実に碩学で、知識そのものが構造的に活性化している。和同開珎鋳造など次々に力を発揮していった三宅麻呂という権力をもつ高官が最後は謀反ありと誣告され、斬首が辛うじて島流しへと追いやられていく。多胡碑はそのような歴史の事実がもつドラマの語り部とも言えよう。著者の著作から、古代史そして古代郷土史への関心が高まってきた。高校生徒会長としても活躍した著者を同じ学舎で学んだものとして、熊倉浩靖氏の力作にあの頃と変わらぬ熱誠を感じる。
-了-


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『佐高信「憲法を求める人びと⑤山城博治』(週刊金曜日2018.1.12)を読む

2018-01-16 17:29:27 | 政治・文化・社会評論
櫻井智志


 佐高信氏の『「憲法を求める人びと5」山城博治さん』を拝読。山城さんは、作詞家でもある。「沖縄今こそ立ち上がろう」は、パリ5月革命にゆかりあるとも言われる「美しき五月のパリ」のメロディに、山城さんが作詩した替え歌でもある。その歌詞は、格調もあり原曲に匹敵する。

 山城さんが長期不当勾留された時、インターネットを通じて拘留抗議と早期釈放の声が高まった。私もアムネスティの署名に参加するとともに自らのフェイスブックサイトで呼びかけ、百人台の協力を得た。

 沖縄県民は戦後も変わらず続いている厳しい政治状況の中で、闘い磨かれ逞しい。翁長雄志県知事のもと結集する「オール沖縄」には驚いた。保守から左翼まで、日本の統一戦線運動史にも広範で骨太、画期的な統一戦線を結成した。2月の名護市長選、9月の沖縄県統一地方選、11月の沖縄県知事選と、今年は《沖縄選挙年》である。

 沖縄県は議会闘争と共に、市民運動の先駆性においても優れている。反基地闘争の先頭にいる山城氏は、一方では反基地のデモ隊が挑発に乗って跳ね上がらぬように、抑制しつつ機動隊とデモ隊の間に位置していた。その山城氏を米軍基地敷地内部に引きずりこんで拉致した。

 いま日本と周辺のアジア各国の間には、戦争の懸念材料が高まっている。それは北朝鮮、ではない。貴誌読書欄に執筆された書評はジョン・W・ダワー著書から、「第2次世界大戦以降2002年までに米国は263回の戦闘行為を実施」し、最近も多くの実態を紹介している。韓国、北朝鮮、中国。介入するトランプ米国と追随する安倍日本。困難さの中でも沖縄県民は「勝つことのコツは諦めないこと」として平和を保証する憲法の平和的生存権を担い続けている。その座標上にいる山城博治と翁長雄志。彼らと同時代を共有することに、喜びを感ずる。

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人類生存のための責任を果たすべき日本国民と日本政府

2018-01-13 20:18:15 | 政治・文化・社会評論
人類生存のための責任を果たすべき日本国民と日本政府
~「TBS報道特集」を見ながら考えたこと2018/01/13~

               櫻井 智志

(*以下の記事は「報道特集」の主張ではなく、視聴しながら筆者が書き綴ったことです。内容によっては「報道特集」と逆の文章であることもあろうかとおことわりしておきます。)




黒人差別と闘った公民権運動指導者キング牧師の誕生日1月15日を前に「死を悼み、平等や自由、正義、平和という彼の夢に向かって闘うことを誓う」とホワイトハウスで発言したのは、トランプアメリカ大統領。11日「便所のような国」トランプ発言。いまトイレはめざましく発達して、公共のトイレも変化している。だがトランプの真意を見抜いたアフリカ諸国やカリブ海の島国ハイチなど外国国民は、強く抗議している。キング牧師の前で発言した言葉と併せ考えると、相反する別の価値観をほぼ同じ時期に発言「できる」ことが呆れさせる。呆れはさらに怒りと恐怖感へと変わる。トランプのような人物を大統領としている国家、トランプと個人的親睦良好関係を誇る首相のいる国家。共に「大昔の便所」のような国家だ。「便所」は全ての人類にとり大切であり不可欠だ。トランプは全ての人類にとって、大切でもなければ不可欠でもない。つまり、ありていに言えば「トランプは便所に較べて、実に不要な存在」なのだ。


アメリカ政府は、イラクに大量破壊兵器があると決めつけて、諸外国を煽った。イラクに戦闘行為を仕掛け壊滅的打撃を与えた。
しかし、、、イラクには大量破壊兵器など皆無。こんなアメリカが現在煽る北朝鮮核・ミサイル非難攻撃。二度目の「イラク壊滅的軍事破壊」をまたも繰り返すのか。外交は単純な善悪対立ドラマとは異なる。二つの対立する陣営の駆け引きと水圏下の熾烈な工作。実際に国民がどのような暮らしと生存権が大切にされているか。そこを見落としてはならない。デマゴギーは多いが、まともな北朝鮮理解の情報が少ない。アントニオ猪木議員の訪朝を私は肯定する。


関東大震災時に戦前警察は「井戸に朝鮮人が毒を入れた」というデマを流し、その流言飛語で日本人が各地で朝鮮人を虐殺した。その歴史を、中学生の頃に知った。戦後民主化運動の中で在日朝鮮民族は果敢に闘った。政治情勢の変化とともに戦後も70年が過ぎた。日本人は二つの国家と在日へどう対するか。戦前に「創氏改名」させ朝鮮民族を騙し領地を取り上げた日本政府。私たちはもっともっと正確な事実を知って対応していくべきだ。デマや過大評価ではなく。歴史に断絶はなく、連続している。トランプ大統領と安倍首相の国際社会への演説。「対話はあり得ず圧力を増すしかない」路線は、今も論調は国内にある。しかし、アメリカ政府さえ対話をとりあげている。安倍総理・河野太郎外相・菅官房長官の発言は、取り残されている。国際社会の北朝鮮政策に対応できていない日本だ。


加藤邦興氏から「公害論」を受講した私は、戦後史で四大公害裁判の中で水俣病の歴史を知った。1950年代から、「奇病」と決めつけられ地域社会から迫害と孤立され続けた。チッソが垂れ流す有機水銀中毒と判明しても企業側の科学者は異なる原因を唱えた。闘い続ける住民たちがいた。熊本大学医学部原田正純氏。作家石牟礼美智子さん、写真家ユージン・スミスさんがそれを住民たちと共に担い続けた。
中国南部の農村で見られる「痛痛病」。水俣病、阿賀野川水銀中毒、富山カドニウム中毒。日本で四大公害裁判で住民側が勝訴した公害と類似を感じさせる。日本の近代工業は、足尾鉱毒事件、別子銅山鉱毒事件と明治・大正期に出現させた。中国は一気に工業化を国策として推進した。その弊害が吹き出している。日本では福島原発前にも、高木仁三郎氏(原子力資料情報室)らは「安全性の科学」を掲げ、現場に対峙して深く鋭い研究を進めていた。それでも、社会主義国家なら利潤本位でなく人民の側に立つ安全対策ありと思いこんでいた。その中国が、日本の大企業と似ている。大気汚染は60年代のイギリスの「スモッグ」(中学社会)なみ。さらに公害病に近似した疾病の出現だ。


大気と環境の汚染は、核実験・原発廃棄物・大工場排気炭酸ガスにより国境線とは無関係に世界中に拡散し、地球総体の反生物環境悪化が進行している。核兵器保有量はロシア、アメリカが圧倒的でイギリス、中国、フランス。国連常任理事国五カ国が圧倒的な核兵器の保有量を誇示している。北朝鮮が保有してもイスラエル以下。アメリカと日本は核兵器禁止条約とパリ協定(国連気候変動枠組み条約締約国会議)に即刻参加を行い、人類生存のための責任を果たすべき段階を迎えている。アメリカ国民と日本国民は、世界各国が要請する義務を履行しうる大統領や首相を一国のトップとして選択し直す義務と責任とを負っている。

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小泉純一郎氏らの原発即時ゼロ法案に対する孫崎亨氏の見解、東京新聞記事と小生の小論

2018-01-11 17:30:23 | 政治・文化・社会評論
Ⅰ【孫崎享のつぶやき2018-01-11 10:343】転載
Ⅱ 東京新聞記事転載【原発即時ゼロ法案 小泉元首相ら野党連携へ】
Ⅲ 小論【「死のビネスマン」政略を停止させ内政外交の再建を実現しうるものこそ、原発即時ゼロの核心】


                 櫻井 智志

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Ⅰ【孫崎享のつぶやき2018-01-11 10:343】の転載

《原発ゼロに向けて、小泉元首相らと立憲民主党連携の流れ。脱原発に耳を貸そうとしない自民党支持者に小泉氏の「原発は安いは嘘」「原発は安全だは嘘」は貴重。又連合に配慮し脱原発打ち出せなかった民主党と異なり立憲民主党は脱原発の方針》



A:事実関係「原発即時ゼロ法案 小泉元首相ら野党連携へ」(東京新聞)

脱原発や自然エネルギーを推進する民間団体「原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟(原自連)」は十日、国内原発の即時廃止を目指す「原発ゼロ・自然エネルギー基本法案」の骨子を発表した。国会内で記者会見した顧問の小泉純一郎元首相は「安倍政権で原発ゼロを進めるのは難しい」と断言し、他の勢力を結集し脱原発を進める意欲を強調した。同様の法案提出を目指す立憲民主党など野党も連携する意向で、国会内外で脱原発に向けた法案提出の機運が高まった。 

 法案の「基本方針」には、運転中の原発を直ちに停止し、停止中の原発は今後一切稼働させないと明記。原発の新増設も認めず、核燃料サイクル事業からの撤退も盛り込んだ。
 今後は太陽光や風力などの自然エネルギーに全面転換し、二〇三〇年までに全電力の50%以上、五〇年までに100%を目標に掲げる。国には「責務」として、目標の達成に必要な措置を求めた。今後、各政党に法案への賛同を促し、二十二日に召集予定の通常国会への提出を目指す。 脱原発を巡っては、立憲民主党が同様の法案提出を目指す。原自連は法案発表後、立憲民主幹部らと意見交換して連携を確認。今後、希望の党など野党各党との意見交換も予定する。
 安倍政権は原発再稼働を進めてきたが、東京電力福島第一原発事故から三月で七年を迎えるのを前に、政党と民間との間で脱原発を目指す連携が再び強まる。
 小泉氏は十日の会見で、「自民党には安倍晋三首相が(原発政策を)進めているから仕方ないなという議員が多いだけ。来るべき首相が原発ゼロを進める方針を出せば、がらっと変わる。野党がどう出るかだ」とも指摘し、自民党総裁選や国政選挙での原発政策の争点化に期待を寄せた。
 原自連会長で城南信用金庫顧問の吉原毅氏も会見で自然エネルギーへの転換に関して「経済界としても大ビジネスチャンス。テロで原発が狙われることもなくなる」と訴えた。
 原自連は昨年四月に発足し、二百以上の民間団体や企業などが加盟。十日の会見には小泉氏とともに顧問を務める細川護熙(もりひろ)元首相らも出席した。

B:評価
・私は日本の政治風土が悪化した責任は小泉首相時代にあり、この頃から言論弾圧の風潮が強まった。従って小泉氏を批判的にみている。
・他方、日本の将来のために完全な脱原発は極めて重要である。
・国民の相当数を占める自民党支持者は、現自民党の方針もあって、脱原発の論議に耳を貸そうとしない。その中「原発は安いは嘘」「原発は安全だは嘘」と述べる小泉元首相の存在は貴重である。
・さらに立憲民主党は脱原発の姿勢を打ち出してきている。

22日召集の通常国会で提出を目指す「原発ゼロ基本法案」の骨子が7日判明した。2030年までの全ての発電用原子炉廃止を政府目標とし、電力会社の廃炉支援や原発立地地域の雇用創出に国が責任を持つことが柱。 

枝野幸男代表は7日のNHK番組で、政治が真剣に取り組めば脱原発は実現可能だと主張。「クリアしなければならない課題について工程表をしっかり示したい」と述べた。立憲民主党の前身、民主党は支持基盤の連合への配慮から、脱原発の姿勢を取れなかった。

したがって、多くの国民が望む「脱原発」の受け皿となる政党不在(共産党は存在したが国民の中核にはなりえない)であったが、それが存在することとなった。

・政府が再稼働を進めていく意向を強めている中、新たな動きが出ていることを歓迎したい。

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Ⅱ 東京新聞記事転載
原発即時ゼロ法案 小泉元首相ら野党連携へ

2018年1月11日 朝刊


記者会見に臨む小泉元首相(右手前)ら。一番奥は細川元首相=東京・永田町の衆院第1議員会館で(小平哲章撮影)
写真

 脱原発や自然エネルギーを推進する民間団体「原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟(原自連)」は十日、国内原発の即時廃止を目指す「原発ゼロ・自然エネルギー基本法案」の骨子を発表した。国会内で記者会見した顧問の小泉純一郎元首相は「安倍政権で原発ゼロを進めるのは難しい」と断言し、他の勢力を結集し脱原発を進める意欲を強調した。同様の法案提出を目指す立憲民主党など野党も連携する意向で、国会内外で脱原発に向けた法案提出の機運が高まった。 (大野暢子)

 法案の「基本方針」には、運転中の原発を直ちに停止し、停止中の原発は今後一切稼働させないと明記。原発の新増設も認めず、核燃料サイクル事業からの撤退も盛り込んだ。
 今後は太陽光や風力などの自然エネルギーに全面転換し、二〇三〇年までに全電力の50%以上、五〇年までに100%を目標に掲げる。国には「責務」として、目標の達成に必要な措置を求めた。今後、各政党に法案への賛同を促し、二十二日に召集予定の通常国会への提出を目指す。
 脱原発を巡っては、立憲民主党が同様の法案提出を目指す。原自連は法案発表後、立憲民主幹部らと意見交換して連携を確認。今後、希望の党など野党各党との意見交換も予定する。
 安倍政権は原発再稼働を進めてきたが、東京電力福島第一原発事故から三月で七年を迎えるのを前に、政党と民間との間で脱原発を目指す連携が再び強まる。
 小泉氏は十日の会見で、「自民党には安倍晋三首相が(原発政策を)進めているから仕方ないなという議員が多いだけ。来るべき首相が原発ゼロを進める方針を出せば、がらっと変わる。野党がどう出るかだ」とも指摘し、自民党総裁選や国政選挙での原発政策の争点化に期待を寄せた。
 原自連会長で城南信用金庫顧問の吉原毅氏も会見で自然エネルギーへの転換に関して「経済界としても大ビジネスチャンス。テロで原発が狙われることもなくなる」と訴えた。
 原自連は昨年四月に発足し、二百以上の民間団体や企業などが加盟。十日の会見には小泉氏とともに顧問を務める細川護熙(もりひろ)元首相らも出席した。

◆経団連次期会長「再稼働は必須」
 国内の原発四十基のうち、現在稼働しているのは関西電力高浜原発3、4号機(福井県)と、九州電力川内(せんだい)原発1、2号機(鹿児島県)の計四基。政府は原発を「重要なベースロード電源」と位置付け、他の原発も再稼働させる方針。経済界も「再稼働は必須」と安倍政権に歩調を合わせる。
 稼働中とは別の十基について、原子力規制委員会が新規制基準に適合していると判断し、このうち関電大飯原発3、4号機(福井県)と九電玄海原発3、4号機(佐賀県)が三月以降に再稼働する見通し。
 一方、適合と判断された四国電力伊方原発3号機(愛媛県)については先月、広島高裁から今年九月末までの運転を禁じる仮処分命令が出された。伊方を含めて全国十四の原発を巡り、運転差し止めを求める訴訟が起こされている。
 菅義偉(すがよしひで)官房長官は十日の記者会見で「安全性の確認された原発のみ、地域の理解を得ながら再稼働を進める政府の一貫した方針は変わらない」と強調した。
 経団連の次期会長に内定した原発メーカー日立製作所の中西宏明会長も九日、再稼働は必須との考えを記者団に示した。 
(生島章弘)

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Ⅲ 小論【「死のビネスマン」政略を停止させ内政外交の再建を実現しうるものこそ、原発即時ゼロの核心】

①今朝東京新聞トップの記事を読み、肯定感と躊躇の心情とが入り交じっていた。
②福島原発事故からあっという間に時は流れた。政府が殆ど無策でも、福島県民は不安、恐怖、絶望の中でこの歳月を生き続けてきた。
③マスコミの表にぱっと飛び出て、派手な耳目をそばだてる言動よりも、持続して原発被害と向き合い続けてきた地道さがこの問題の核心である。
④保守勢力はもちろん、安倍晋三氏の自由民主党の中にも、現在の国際社会でも、日本国内でも、「安倍専制政治」では、国内外の世論はついていかない危惧感は強い。私は伊勢志摩国際サミットを迎えて、ドイツ・メルケル首相はじめフランスやイギリス等の首脳にも、「リアル・アベ」を目の前にして、落胆と評価失墜は無言の内に広まっていったと見ている。

⑤では小泉・細川の両氏にどれだけ期待と信頼できるだろうか?かなり重要な契機である。孫崎氏は的確に以下のように指摘している。

引用開始
・私は日本の政治風土が悪化した責任は小泉首相時代にあり、この頃から言論弾圧の風潮が強まった。従って小泉氏を批判的にみている。
・他方、日本の将来のために完全な脱原発は極めて重要である。
引用終了

⑥小泉純一郎郵政改革は、ポピュリズム政治だった。都知事選での小池百合子氏担ぎ出しやその前の都知事選候補擁立などは、総理在任中とは立場が異なり、独自の政治発想をもつ。
⑦今回の原発即時ゼロ法案提起は、細川氏とともに前々から原発エネルギーからの転換という政治信条に基づく。
⑧そして、今回の記者会見では或る驚くことに私は気付いた。河合弘之弁護士が同席していることだ。私はこれまで数多くの市民運動が広範な国民的広がりを見せたり、重要な裁判において、この河合弘之弁護士と海渡雄一弁護士がともに関わり支援されてきたことを見て来た。直接お顔を拝見したのは、東京都知事候補を決める市民の集いだった。上原公子元国立市長が推薦人として、日弁連会長を務められた宇都宮健児氏をはじめて東京都の知事候補として推薦された集いで、河合・海渡両弁護士のお話を聴くことができた。反原発運動を首都圏反原発運動連合が開始した時、日本は東日本大震災と福島原発により、政治は与野党どの政党も国民的危機を解決するリーダーシップを発揮し得なかった。この時、「草の根はどよめく」(哲学者・故古在由重氏)ように市民がたちあがりわずかな人数がはじめた反原発運動に、福島瑞穂さん(社会民主党)、吉良佳子さん(日本共産党)、三宅洋平さん、山本太郎さんなどが政党政治と市民運動の有機化を開拓した。福島瑞穂さんは海渡雄一弁護士の良きパートナーと後から知ったが、政党・団体の枠を超え、一連の市民と立憲政党が展開してきた社会活性化の希望のルネッサンスの中の、河合弘之氏が同席している意味の解釈を強調したい。

⑨孫崎亨氏は今回の動きをこうご指摘なさっている。

引用開始
多くの国民が望む「脱原発」の受け皿となる政党不在(共産党は存在したが国民の中核にはなりえない)であったが、それが存在することとなった。
引用終了

日本共産党は、戦後まもなく上田耕一郎氏が地域新聞記者として中野区で活動しているころから、核兵器廃絶運動に力を注いできた。社会党・総評もほぼ同じ課題を担ってきた。ただ、原子力発電所に対する取り組みは福島原発以前は、原子力の平和利用という戦後日本の科学者のテーマの追求もあったし、その時点で、「脱原発の国民的中核」とは言い難い。しかし、同時にフクシマ以降に日本共産党とその参加する運動は、地域の自治体から国会に至るまで日本共産党議員の政治的実践による貢献は、日常の営みにおいて決して侮ってはならぬ重要な存在感と意義のある取り組みだった。

⑩今後「原発即時ゼロ法案」のゆくえは、立憲民主党の脱原発法案とともに、与野党の政治力学の構図の中でどうなるか、行方が激しく展開されていくと予想する。さらにこの法案とは別に、原発再稼動の延長や旧型原発の40年使用が60年使用許可と延長するなど、政府自公政権の国民棄民政治に対する日々の政治との闘いと向上、市民運動と立憲野党の共闘による専制的軍国主義政治との闘いは重要な段階を迎える。「原発即時ゼロ法案」は空中に個別に浮かんでいるわけではない。戦後日本の政治理念として、平和国家建設を支え、海外から道義的尊敬を受けてきた事実は、「空虚な大伽藍=安倍外交」によってしだいに疑念と失望によって取って変わられつつある。原発を海外に売り歩く「死のビネスマン」政略を、停止させ、内政外交の再建を実現しうるものこそ、原発即時ゼロの核心となろう。

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【Ⅰ:相次ぐ沖縄県での米軍軍用事故】【Ⅱ:被差別されるクルド人の健闘】【Ⅲ:米朝の核兵器と外交】

2018-01-06 19:47:17 | 政治・文化・社会評論
《~2018/01/06『報道特集』を見ながら感じたこと~》

              櫻井 智志

【Ⅰ:相次ぐ沖縄県での米軍軍用事故】
沖縄県・伊計島の米軍ヘリコプター不時着。乗員アメリカ兵士には被害はないと発表された。あまりにも最近、このようなお粗末な軍用機事故が多すぎる。しかもそれは、沖縄県民の住宅地間近だ。沖縄県民は、「二度と起こさないように米軍に強く要求する」という安倍政権の閣僚など関係者と、「二度と起こさないようにする」という米軍司令官・幹部の反復に、怒りを蓄積させている。
沖縄県民とともに、決して米軍横暴にノーの意思表示を続けること、一庶民の私にもそれならできる。あきらめないこと、続けること、連帯すること。やはり沖縄県民の民意の数値的表明として、今年の相次ぐ自治体選挙は喫緊の危機克服のための有力なツールだ。


【Ⅱ:被差別されるクルド人の健闘】
イラク・イラン・サウジアラビアなど中東は、古代文明の先進地だ。ユダヤ教もキリスト教もゾロアスター教もイスラム教も、元祖の土地。クルド人の窮状報道に、人権は個人から国家や民族まで保障されるべきだ。個人から国家に及ぶ生きる権利の体系を示した芝田進午氏の先見性に感嘆する。現在、シリアの抵抗政党の指導者をインタビューしたこの番組の企画と金平キャスターの報道に感謝する。事実を知らなければ、抽象論議で何か解決したような錯覚に私たちは陥りやすい。一つひとつ事実の対象に全面的に素材を発見し、それに基づいた具体的な論議の展開が問題の核心に至る。
シリア民主統一党が、徹底した女性の尊厳に立脚した行動に徹している。軍隊にも参加して「イスラム国」との闘いの最前線にクルドの女性兵士がインタビューに応えた。「国民のために闘い国民を幸福にすることが私の幸せです」と語る女性は「私たちから戦闘はしかけない」と語る。クルド独立に欧米大国は冷淡。ヨーロッパから「イスラム国」周辺に多くの人々が渡っていることを番組で知った。「戦争は諸悪の根源である」というキャスターの指摘に、クルドの人々の受難とあわせ共感を覚えた。遠い中東、だけのことでなく、極東と日本への預言でもあろう。


【Ⅲ:米朝の核兵器と外交】
北朝鮮をめぐる各国のやりとりを見ていて消えぬ懸念がある。核兵器を大量に保持している大国や核保有国への批判や非難はあまり見受けない。核兵器防止条約にもこれらの核保有国は参加しない。この異常な不均衡が不可解である。弱い子どもにはいじめが集中する国内問題と酷似している。
大田昌秀元沖縄県知事が岩波書店の安江良介氏と個人的に連絡をとりあっていたことを書籍で読んだ。大田氏は安江氏から政府交渉に関する示唆を受け、感謝を記していた。
米朝の水面下の交渉は、核兵器の危機を迎えたクリントン大統領時代にもあったことを番組は伝えた。圧力と交渉の絶妙なバランスが必須の外交問題で、安倍総理は圧力一辺倒演説を国連で行った。日本は国際的評価を落としている。憲法九条の掲げる恒久平和の具体的条文によって第三世界の圧倒的信頼と尊敬を受けていた日本。安倍政権とりわけ安倍晋三個人の思いつき滅茶苦茶発想と人気取り目立とうポーズの数十回と及ぶ国外周遊で見せる軽薄な言動は、しだいに日本国そのものへの幻滅を広げてしまっている。
竹内記者のアメリカ世論調査と世論の動向の紹介は参考となった。具体的数値の円グラフを示しつつ「アメリカはイラク攻撃の時よりも北朝鮮を強く警戒しているとは言い切れない数値だ」、「北から核兵器が日本に飛んできた時、アメリカは防ぎきれないし、日本国民はリスクを慎重に考えておく必要がある」と報告した。成る程と深く頷いた。

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広原盛明のつれづれ日記 2017-12-27

2018-01-05 23:06:38 | 転載
広原盛明のつれづれ日記

2017-12-27
民進党解体の〝戦犯〟前原氏が「後悔ない」「引退考えない」を公言する無責任さ、厚顔無恥さ、立憲民主を軸とした新野党共闘は成立するか(9)、改憲派「3分の2」時代を迎えて(その96)Add Star
07:56

  不愉快極まる1年だった。この1年は、安倍首相夫妻の森友・加計疑惑などに象徴される国政私物化の横行や居直り、財務省や国交省官僚の公文書破棄による事実隠蔽など「安倍1強体制」の下で権力腐敗が加速度的に進行した1年だった。にもかかわらず、政権に返り咲いた安倍首相は2017年12月26日で丸5年を迎えたという。これだけの腐臭をまき散らしながら安倍内閣が長期政権として命脈を保っているのは、ひとえに自公与党が選挙戦で勝利し、野党がその一角も崩せない状態が続いているためだ。

ところが、これまで不可能だと思われていた安倍政権に対する野党共闘が、共産の自共対決路線(単独路線)から野党共闘路線(協力路線)への転換によって2016年参院選の選挙区(1人区)で成立し、2017年総選挙ではその延長線上に野党共闘が本格展開を見る段になっていた。その矢先、前原前民進党代表の手によって野党第1党の民進党が解体され、野党共闘は大きく後退した。漁夫の利を占めたのは安倍政権だった。

前原氏が、神津連合会長の後押しで小池東京都知事とタッグを組み、小池新党を立ち上げるために民進党を解体するという前代未聞の政治的策謀(野党再編)は、文字通り「国家的謀略」とも言える大事件だった。前原氏個人に関して言えば、これほど大それたシナリオを独りで組み立てられるほどのキャパシティもなければ、決断力もない。そこにはおそらく、松下政経塾の人脈に連なる国際的ネットワークの後押しや、首相官邸とのパイプラインなどとも絡んだ見えない支援組織が介在し、その代表役として神津連合会長が動いたと考えるのが自然だろう。いまや、前原氏は安倍長期政権を支える最大の功労者であり、安倍首相の〝影の盟友〟と言ってもいい存在なのだ。

総選挙後、暫く鳴りを潜めていたその前原氏が地元の京都新聞に登場したのは2017年12月17日のこと、独占インタビュー記事が大紙面に掲載された。出る方も出る方なら載せる方も載せる方だと思うが、前原氏が京都政界ではいまだ無視できない影響力を有していること、解体されたはずの民進党のなかで再結集への動きがあること、それに山田知事の5選不出馬宣言で来年4月の京都府知事選に向けての新たな体制作りが始まっていることなど、そこにはさまざまな政治的背景があるのだろう。

京都新聞は地方紙なので全国の読者には目に入らない。前原氏のインタビュー記事を要約して紹介したい。以下はその簡単な抜粋である。

◇衆院選直前に野党第1党を解党し、小池氏が率いる出来たばかりの希望の党への合流を決めた。「奇襲」とも言われた驚きの決断だったが、結果は自民党の大勝に終わった。

「合流は一発逆転を狙った賭けの要素はあった。政党の出来上がりや結果は残念だったが、支持率が希望の半分に満たなかった民進のままで選挙に突っ込めば、議席を減らすだけに終わった。衆院選で希望は議席が50人ほどだったとはいえ、旧民進系の合計は選挙前より増えた。決断してチャレンジして良かった。後悔はない。」

「駆け引きはあっても、前に進むしかないと思った。小池さんが最も割を食ったが、戦友として新たな政治のかたまりをつくっていきたい。まずは民進と希望が合流し、支援組織の連合が応援できるひとかたまりをつくることが大事だ。」

◇自民と並ぶ政権交代可能な二大政党の実現は遠のいた。自身は無所属で当選後、希望に入ったが、引退は考えなかったか。

「寸分もなかった。厳しい選挙でも応援してくれた人への責任がある。もう一度はい上がり、政権政党の中核で仕事をしたい。再編を焦る時期ではなく、再来年の統一地方選や参院選の政治決戦に向け、仲間とともに知恵を出し合いたい。」

◇京都の民進系組織も3分裂となった。来年4月に迫る京都府知事選にはどう関わるか。

「希望には、京都選出の国会議員が4人いるが、これまで同様に民進府連と協力関係を保つ。民進府議団の意向を尊重し、支援体制を組む。」

このインタビュー記事を読むと、「政権政党の中核で仕事をしたい」という自分個人の野望実現のためには、いかなる(周辺の)犠牲をいとわない―という前原氏の懲りない性分が浮かび上がってくる。「後悔はない」「(引退を考えたことは)寸分もなかった」という発言は、強がりでも体裁でもなく「本音」なのだ。そこには、野党第1党の民進党を解党したという自責の念もなければ、その後の希望の党の凋落ぶりや先行き不安についての悩みも見られない。まるで「カエルの面にションベン」といった感じなのである。

こんな恥も節操もない人物に1票を投じている有権者(京都市民)はいったいどんな人だろうかと思うが、前原後援会は結構強力で世間の批判にも持ちこたえている。全国各地では、放言、失言、暴言を繰り返す自民党議員が、地元では「先生!」と崇められているような政治構造ができ上がっているが、京都の中でもかって「革新の牙城」と言われた左京区で前原氏が断トツ1位で当選してくるところに、京都の革新勢力の衰えを痛感する。悲しいが、これが現実なのである。

とはいえ、前原氏のノーテンキ発言がそのまま通用するかというと必ずしもそうではない。というよりは、民進解体によって民進京都府連もまた分裂状態に陥り、「お先真っ暗」というのが実情なのだ。前原氏のインタビュー記事と並んで掲載された京都新聞の観測記事には、「京都の民進系3分裂、統一選、難しい進路」との見出しで次のような解説が附されている。

「立憲民主党と希望の党が12月に入り、国会議員による京都府連を相次いで新設し、京都の民主系は、地方議員が残る民進府連を含めて3分裂した。民進府連幹部は『使命を終えた政党』と解散も示唆し、約50人の地方議員は『立憲民主か、希望か』の選択を迫られそうだが、来年4月の府知事選を前に、表立った離党や移籍は控えている。」

「民進府連は、会長の安井勉京都市議が『党支持率が1%ほどの政党で選挙したい人はいない。清算するのが筋だ』と、統一地方選までにめどを付けたい考えだ。ただ、ある地方議員は『野党第1党を壊した〝戦犯〟批判のある前原さんの希望か、連合京都が距離を置く福山さんの率いる立憲民主か、難しい選択だ』と頭を抱え込む。」

だが、前原氏や希望の党が支援を期待する連合もまた分裂状態に陥っている。2017年12月22日の日経新聞は「連合に分裂の足音、民進瓦解で再燃、内部の亀裂 根深く」(読み解きポリティクス)と題して、「日本最大の労働組合のナショナルセンター(全国中央組織)、連合が支持政党を決められないでいる。旧民主党時代を含め約20年間支持してきた民進党が10月の衆院選で分裂し、所属した議員が3つの党に分かれたためだ。憲法や安全保障など幅広い政策で考えい方が異なる議員が同居した民進の構造は、連合そのものにも当てはまる。分裂は対岸の火事ではない」として、次のような指摘をしている。

(1)連合は長年の労組間の分裂と対立を繰り返し、1989年に今の姿にたどり着いた。旧民社党を支持する民間中心の「同盟」、旧社会党を支持する官公労が軸だった「総評」を中心に4団体が大同団結。野党第1党の旧民主の結成を後押しし、政権交代可能な勢力構築に寄与した。

(2)しかし、旧民主党内と同様に、同盟系が保守系を、総評系がリベラル系を支援する寄り合い所帯は今も昔も変わらない。同盟系が「立憲民主は共産党と一体。応援できない」と漏らせば、総評系は「安全保障関連法を容認する希望の党は推せない」と反発。今回の野党の分裂は連合内の亀裂を浮き彫りにした。

(3)次回の参院選では総評系の自治労や日教組などを母体とする候補が立憲民主から、他の候補は民進や希望から出馬するシナリオも浮上する。全国を1つの選挙区とする参院の比例代表で、連合の組織内候補が複数の政党から出馬すれば、連合の内部組織同士で票を奪い合う構図となるのは必至だ。連合幹部は「産別が異なる党から候補を出せば事実上の連合の分裂に陥る」と話す。

 神津連合会長が立会人として推進した民進解体が、連合の分裂に波及しつつあるのは皮肉(自業自得)というほかないが、「自らまいた種」をどう刈り取るかは困難を極めるだろう。立憲民主が希望の党との連携を拒否している以上、民進が立憲民主と希望を含めた統一会派を結成することは不可能だ。事実、12月に入ってからは蓮舫氏をはじめ民進から立憲民主への国会議員の鞍替えが相次いでいるように、今後は民進そのものが帰趨を問われることになる。またそれ以上に、政党支持率が低迷している希望から民進の地方議員が統一地方選に出馬することも考えにくい。

 結局のところ、民進党本体はもとより地方組織が分裂して機能不全に陥り、統一地方選が戦えないような状態になれば、民進は地方から消えていく運命をたどるほかない。また、希望の党の地方組織の設立は京都など一部にとどまり、全国的に確立することも難しい。事態は、前原氏が意図したように民進解体には成功したが、希望の党(第2保守党)の設立には至らず、そして前原氏も希望の党と運命を共にするしかないのである。(つづく)

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渡辺治氏からほぼ40年間の中で無意識のうちに学んでいた国民統一戦線構想

2018-01-05 00:22:03 | 政治・文化・社会評論
【私が学び続けてきた渡辺治氏と国民統一戦線構想の短い提起】補足資料「ウィキペディア検索による全体像概観」
2018/01/05

                     櫻井 智志


【Ⅰ】渡辺治氏からほぼ40年間の中で無意識のうちに学んでいた国民統一戦線構想


 渡辺治氏の著作をはじめて読んだのは、学生時代だった。哲学・社会思想に関心があった私は、小学校から大学までのあいだ、吉野源三郎、古在由重、三木清、戸坂潤、芝田進午、鈴木正、デカルト、ニーチェ、ウィトゲンシュタインらを読んだ。マルクス等は、「ドイツ・イデオロギー」「イギリスにおける労働者階級の問題」「反ファシズム統一戦線」「帝国主義論」などを読み、「資本論」は第一巻を途中までで残りは読んでいない。「マルクス・エンゲルス選集」「レーニン選集」は購入はしたが、原理論よりも日本の同時代人の書物に関心をもち続けた。野呂栄太郎「日本資本主義発達史」、守谷典郎「日本資本主義発達史」「戦後日本資本主義」。
 そんな中で、渡辺治氏は、原則を踏まえつつも現実に基づき現状を分析し展望を示している点で、実に示唆に富み愛読していった。渡辺治と芝田進午を楕円の焦点として、後藤道夫、二宮厚美、尾関周二らと連なり、『講座 戦争と現代全五巻』や社会保障政策の対案づくりを講座として現在日本の社会政策として打ち出すメンバーの中に渡辺治、後藤道夫、二宮厚美らの著作論文を読んだ。

 地域神奈川県川崎市の共産党市議団が市民講座として、渡辺治氏を招聘し講演会を開催してくれた。三度講演会に出かけ渡辺治先生の講義に知的実践的に学んだ。厖大な資料を用意され、市民への啓蒙でも学問的真実に立脚した学者としての態度に感銘を受けた。渡辺氏が「九条の会」事務局を小森陽一東大教授とともに担って燎原の火のように「九条の会」の活性化された運動推進に取り組んでいったことにも、実践的知識人としての在り方に尊敬の気持ちを持っている。

 民主党政権の初期に、湯浅誠氏、宮本太郎氏など社会主義的民主主義、社民主義で北欧の社会福祉の成果をもとに政策の立案に取り組んだ動きを知っている。私は無党派民主主義の立場に居続けることを自らのスタンスとしている。日本共産党を最も肯定できるのだが、政党の所属よりも、実際の運動や内容の実状を尊重している。だから、社会民主党、新社会党、緑の党、自由党、立憲民主党、生活クラブ生協の政治団体(東京、神奈川など都道府県単位)などの共闘派の政党を支持している。

 書籍『座標-吉野源三郎・芝田進午・鈴木正』を2014年に「いりす」発行「同時代社」発売で出版した。終章のタイトルのように、社会思想としての「国民統一戦線への展望」を実現するために、変革主体形成を思想家たちから論じるという二重の構造の論理化を考えて書いたものだった。そこでは、「日本共産党」「護憲リベラル結集政党」「提携できる保守政治家」がオリーブの木のように結集した組織体であり、そこではピラミッド型ではなく円卓の論理による組織原理としての運動体を『国民統一戦線』と定義した。

 その頃は統一戦線が、今日の「市民と立憲野党共闘」の統一戦線まで成長していなかった。日本共産党はまっとうな労働者階級と国民本位の政党であった。しかし、戦前からの日本の独特な反共風土で運動を発展させるために、党規約違反には原則的緻密さをもっていた。古在由重氏が親友吉野源三郎の遺志を継いで、原水爆禁止運動団体の広範な統一行動のうねりに『草の根はどよめく』(1982年刊 築地書館)で世に問うたように、社会党・総評系と言われる原水禁と共産党系と言われる原水協の協同行動を支持し続けた。しかし、党規約に違背するとして除籍された。私は共産党を今批判するためにここで取り上げているわけではない。古在氏逝去の時に、恩師芝田進午先生に時々私信のやりとりをしていただいていたので、古在氏擁護と芝田氏へ批判めいた内容を記した。この時に芝田先生の深い思索を知って、胆管癌で逝去された後に「偲ぶ集い」で友人代表としてご挨拶をされた上田耕一郎氏(その時JCP副委員長であられた)の言葉を聴いて、これら一群のかたたちは立場は異なっても、私の理解しえなかった或る同質の基盤に立つことでは、共通の深さ高さであることを思った。

 いま渡辺治氏を論じながら、脱線しているが、日本を戦争敗戦で廃墟になった焼け野原で八月の青空を見上げて誓った戦後の出発を誓った人々の社会・政治運動は、戦後70年を経て、いま「市民と立憲野党の共闘」の段階に至る統一戦線に達した。この歴史の推進の重責を担っている知識人たちのひとりとして、私は渡辺治一橋大学元教授の学問は、戦後法社会学の渡辺洋三氏とともにいまだ学び足りていないと感じている。これからの課題のひとつである。
 -了-



【Ⅱ】補足資料
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渡辺 治(わたなべ おさむ、1947年3月2日 - )は、日本の政治学者。一橋大学名誉教授。主要研究領域は、政治学、日本政治、憲法学。

《略歴》
東京都生まれ。東京都立戸山高等学校を経て、1972年3月に東京大学法学部政治学コースを卒業後、同年4月に法学部公法コースに学士入学。1973年3月に同コースを中退。同年4月より東京大学社会科学研究所助手。1979年10月からは東京大学社会科学研究所助教授。1990年4月からは一橋大学社会学部教授。2010年4月一橋大学名誉教授。

《人物》
東大法学部四年次に東大闘争を経験。その後学部卒で東大社会科学研究所助手に合格。提出論文は川島武宜論。
東大社研時代は憲法学者である奥平康弘に師事。治安維持法を研究。その後も80年代初頭は現代警察研究など治安政策をもっぱら研究していた。80年代に入るとフィールドを広げ、憲法研究と国家論研究を専攻。社会主義法の藤田勇のもとで共同研究を行う。その成果が藤田勇編『権威的秩序と国家』である。同書の共著者には、加藤哲郎、戒能通厚、安田浩、田端博邦ら分野を超えた多彩な人材がおり、ここで得られた成果がのちに「企業社会論」に果実していく。従来の日本マルクス主義がとっていた「日本前近代性論」と「国家独占資本主義論」に対して、当時受容されつつあった新マルクス主義国家論を援用しつつ、生産点における資本の制覇が国家的関係を媒介に社会関係を規定していくという「基軸-周辺論」を提起。欧州福祉国家に対する特殊日本的な企業社会/国家論を展開する。また、憲法学では、渡辺洋三らマルクス主義法学者の「二つの法体系論」を批判しつつ、憲法9条を日本の政治経済過程に位置づけて論じた『日本国憲法「改正」史』は憲法学の古典になっている。90年代に入ってからはグローバル化・新自由主義化・帝国主義化をキーワードに、その日本政治へのインパクトを同時代的に論じている。「九条の会」の事務局員を務めている。


《著作》

単著
『日本国憲法「改正」史』(日本評論社、1987年)
『憲法はどう生きてきたか――平和と自由を求めた40年』(岩波書店[岩波ブックレット]、1987年)
『現代日本の支配構造分析――基軸と周辺』(花伝社、1988年)
『戦後政治史の中の天皇制』(青木書店、1990年)
『「豊かな社会」日本の構造』(労働旬報社、1990年)
『企業支配と国家』(青木書店、1991年)
『90年代改憲を読む』(労働旬報社、1994年)
『政治改革と憲法改正――中曽根康弘から小沢一郎へ』(青木書店、1994年)
『現代日本の政治を読む』(かもがわ出版[かもがわブックレット]、1995年)
『講座現代日本(1)現代日本の帝国主義化・形成と構造』(大月書店、1996年)
『現代日本の大国化は何をめざすか――憲法の試される時代』(岩波書店[岩波ブックレット]、1997年)
『日本とはどういう国か どこへ向かって行くのか――「改革」の時代・日本の構造分析』(教育史料出版会、1998年)
『企業社会・日本はどこへ行くのか――「再編」の時代・日本の社会分析』(教育史料出版会、1999年)
『憲法「改正」は何をめざすか』(岩波書店[岩波ブックレット]、2001年)
『日本の大国化とネオ・ナショナリズムの形成――天皇制ナショナリズムの模索と隘路』(桜井書店、2001年)
『「構造改革」で日本は幸せになるのか?――「構造改革」に対する「新しい福祉国家」への道』(萌文社、2001年)
『憲法、「改正」――軍事大国化・構造改革から改憲へ』(旬報社、2005年/増補版、2005年)
『構造改革政治の時代――小泉政権論』(花伝社、2005年)
『安倍政権論――新自由主義から新保守主義へ』(旬報社、2007年)
『憲法9条と25条・その力と可能性』(かもがわ出版、2009年)

共著
(石川真澄・鷲野忠男・水島朝穂)『日本の政治はどうかわる――小選挙区比例代表制』(労働旬報社、1991年)
(渡辺洋三)『国際平和と日本社会のゆくえ』(労働旬報社、1991年)
(三輪隆・和田進・浦田一郎・森英樹・浦部法穂)『憲法改正批判』(労働旬報社、1994年)
(姜尚中・きくちゆみ・田島泰彦)『「イラク」後の世界と日本――いま考えるべきこと、言うべきこと』(岩波書店[岩波ブックレット]、2003年)
(小林節・伊藤真・畑山敏夫・今井一)『対論!戦争、軍隊、この国の行方 九条改憲・国民投票を考える』(青木書店、2004/4、ISBN 978-4250204098)
(二宮厚美・岡田知弘・後藤道夫)『新自由主義か新福祉国家か民主党政権下の日本の行方』(旬報社、2009年)

編著
『現代日本社会論――戦後史から現在を読む30章』(労働旬報社、1996年)
『憲法「改正」の争点――資料で読む改憲論の歴史』(旬報社、2002年)
『変貌する<企業社会>日本』(旬報社, 2004年)
『日本の時代史 (27) 高度成長と企業社会』(吉川弘文館、2004年)

共編著
(坂野潤治・宮地正人・高村直助・安田浩)『シリーズ日本近現代史――構造と変動(全4巻)』(岩波書店、1993年-1994年)
(三輪隆・和田進・浦田一郎・森英樹・浦部法穂)『「憲法改正」批判』(労働旬報社、1994年)
(後藤道夫)『講座現代日本(4)日本社会の対抗と構想』(大月書店、1997年)
(森英樹・水島朝穂)『グローバル安保体制が動き出す――あたらしい安保のはなし』(日本評論社、1998年)
(山内敏弘・浦田一郎・辻村みよ子)『日本国憲法史年表』(勁草書房、1998年)
(三輪隆・小沢隆一)『有事法制のシナリオ――戦争する国へ』(旬報社、2002年)
(後藤道夫)『講座戦争と現代(全5巻)』(大月書店, 2003年-2004年)
(渡辺雅男)『「現代」という環境――10のキーワードから』(旬報社、2007年)

訳書
デヴィッド・ハーヴェイ『新自由主義――その歴史的展開と現在』(作品社、2007年)


関連項目

政治学
二宮厚美
九条の会
一橋大学社会学部HP
改憲国民投票法案情報センター

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「伊藤詩織は嘘をついている」と糾弾し続ける山口敬之の意図的な誤読が意味すること[Ⅱ] 武田砂鉄

2018-01-03 20:24:06 | 転載
《wezzy連載》2017.12.23
「伊藤詩織は嘘をついている」と糾弾し続ける山口敬之の意図的な誤読が意味すること[Ⅱ]
                       武田砂鉄


(承前)
②「伊藤氏は『上からの力を感じた』という表現をもって、何も具体的な問題点を示さず、『犯罪が揉み消された』と主張した」

(山口敬之「記者を名乗る活動家 金平茂紀と望月衣塑子の正体」『月刊Hanada』2018年1月号)

 山口は、逮捕状が取り下げられ、検察が不起訴としたのに「伊藤氏は『上からの力を感じた』という表現をもって、何も具体的な問題点を示さず、『犯罪が揉み消された』と主張した。警察が上からの圧力に屈して犯罪を揉み消したなら、大変なことだ」と書いているが、「何も具体的な問題点を示さず」とはどういうことか。本をちゃんと読んだのだろうか。

 伊藤は具体的な問題点を示している。

当時刑事部長だった中村格氏が自分の判断で逮捕を差し止めたと認めたこと、山口氏が以前から「北村氏」に私のことを相談していたこと、この2つの事実がわかったのは、本当に大きな進展だった。(『Black Box』P215)

 伊藤の著書に引用されている『週刊新潮』(2017年5月25日号)の記事によれば「北村氏」とは、安倍首相の一番近くにいる人物である内閣情報官・北村滋だとされる。『週刊新潮』からの取材依頼書をメールで受けた山口は、北村にその旨を伝えるためにメールを転送するつもりが、うっかり『週刊新潮』に返信してしまったのだ。そのメールタイトルは「北村さま、週刊新潮より質問状が来ました。伊藤の件です」。記者から、いつごろより山口から相談を受けているのかと問われた北村は「いえいえ、はい。どうも」との対応で、相談を受けてきたことを否定しなかった。

 さらに伊藤は、中村に直接取材を試みたものの、中村が乗る車は猛スピードで逃げていった。「人生で警察を追いかけることがあると思わなかった」とは伊藤の弁。これらの動きを知ってなお、「何も具体的な問題点を示さず、『犯罪が揉み消された』と主張した」と言い切る山口が正しいと思う人はいるだろうか。

 今回の原稿で山口は、金平と望月を指差し、「視聴者・読者・国民に求められているのは、『エセ記者』『エセ情報』を看破し葬り去る観察眼である」と原稿を締めくくった。指差す相手は違うが、山口の見解自体には同意する。視聴者・読者・国民に求められているのは、『エセ記者』『エセ情報』を看破し葬り去る観察眼だ。双方の筆致を読み比べれば、誰が「エセ」なのかはすぐに分かる。(了)

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著者紹介:武田砂鉄
ライター。1982年生まれ。東京都出身。大学卒業後、出版社勤務を経て、2014年秋よりフリー。著書に『紋切型社会──言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社、2015年、第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞)、『芸能人寛容論──テレビの中のわだかまり』がある。2016年、第9回(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞を受賞。「文學界」「Quick Japan」「SPA!」「VERY」「SPUR」「暮しの手帖」などで連載を持ち、インタヴュー・書籍構成なども手がける。
@takedasatetsu
http://www.t-satetsu.com/

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