Ad novam sationem tecum

風のように日々生きられたら

indigo la End 「藍色ミュージック」

2016-06-19 17:20:08 | 日々の徒然

涙の色を
あらわすとしたら

それは
どんな色だろうか。



水の形を
あらわすとしたら

それは
どんな形だろうか。




カタチのないものを

美しい結晶に変えるように


音と言葉の世界が

ひろがっていく。


最高傑作という

いかめしい言葉を
使わずとも

それは
至宝の一品のような


それぞれが
美しく

せつなく

この世界に
存在している

音のカタチだった。


私には

難しいことは
よくわからない。


けれど

細やかな
音の組み合わせは

深く
しみわたる

藍色の世界を

眼前に

作り上げた。



そう。


これ以外に

あり得ないというような

完全なカタチとして。



それは

哀しみであって

人を
深く想う気持ちであるようにも

思えた。



私達は

関節がネジ式で

それでも

きらきらと光り輝く
プロジェクターのような目を持った

ザゼツキー構造なのかもしれない。




そんな

私達の
ザゼツキー構造に

こころと

やわらかな
感情を

与えた。


とても

とても

やさしい


悲しいほどに

やさしい音楽だった。


この音楽を
聴いて

こころから

あふれだすものを


きっと

涙と
言うのだろう。






ほんとうは

目を見て

心から

「好き」



言いたかった。


*     *     *



indigo la Endの「藍色ミュージック」は

涙に色とカタチを与えたら

感情に色とカタチを与えら

どんな風になるだろう

ということを

美しい音楽にしたアルバムである。


その色とカタチは
さまざまなリズムとメロディー
音のいくつもの組み合わせによって

さまざまな色とカタチを見せながら
私たちの心に響く。

そして、心に深く深くしみこんで

そのまま

すうっと
消える。

ふと
思い出しては
浮かび上がる。

そんな不思議な音楽だ。

このアルバムの
最初のリード曲と言われた
「藍色好きさ」は

まっすぐ
まっすぐな
想いが歌声となって届く

その裏腹
ギターによって
ずっと別のメロディーが
奏でられていたりする。

音は
心の機微のように

ひだを揺らしながら
繰り返される言葉と同じように
心をはためかせる。

胸の鼓動のようなリズム

心が「走る速度」に
追いつかないのか

「走る速度」に
心が
もって行かれているのか

ほんとうは
わからないのかもしれない。

まっすぐな感情と
その裏腹の心の揺れとを

複雑な音の組み合わせが
見事に表現している。


曲の終わりも

独り言を
吐き出したあと

なんとなく
落ち着いたかに思える

その気持ちのようだ。


「雫に恋して」は

まるで
真珠のような
雨粒をこぼしたみたいな

軽やかなギターの音ではじまる。

美しい物語のはじまり。


水彩画のように
おぼろげな
淡い記憶。

やさしいメロディーが
奏でられる。

雨が降ったり
やんだりするような
曲の展開。

なぜか
「私」のまわりには
雨が降らない。

そのかわり

雫が
一粒。

零れ落ちる。

美しい
思い出。

その
一瞬を捉えたかのような
詩的な音楽世界の構築が
素敵だと思う。


「ココロネ」は

詩ののせかたと
音楽とのギャップが
おもしろい。

「足りない」ということは
こんなに美しく
せつないものなのか
と思う。

コーラスが重なり
声は絹のように

今にも引き裂かれそうで

心を締めつける。


「はしゃぐあの子」

「満たされない僕」

その世界の対比が
時間の有限さを物語る。

いつくるとも知れない
「終わり」

そのときまでに
響かせたい
「命の音」

重厚なテーマを
瀟洒な音楽にのせて

さらりと響かせるところが

indigo la Endの
独特な「色」なんだろうと思う。

そんな
悲壮な思いさえ

結局日常に淘汰されると
わかっているところも。


順番は前後するが、
「eye」で

「逃げたくなったら逃げればいいし
 言いたくなったら言えばいいし
 意外とさ自由なんだよみんな」

という独り言のような
フレーズが
頭をよぎる。


「ココロネ」からの
流れからはじまる

「愛の逆流」では

その想い
そのままに

まるで
感情のうねりは

私たちの体を流れる
血の流れと同じなのかもしれない


思わせるほどに

直接
心に切り込みをいれていくかのような
言葉が連なる。

リズムから
生まれるメロディーだからだろうか。

その流れの全てに身をまかせるような
音楽になっている。

激流かの如き
「愛」は
渦を巻きながら

すべての楽器の全ての音、
そして声さえも
ひとつの方向に向かっている。

心の場所が
どこにあるかなんて
もう
わからないくらいに。

最後のパートの
歌声は
やや冷ややかに
しめくくる。

まるで
決まりきった
運命を
見透かすかのように。


indigo la Endの曲は

物語を見たときの
視点の構成が
おもしろい。

あなた
わたし

もっとほかの
誰か


その立ち位置が
めまぐるしく
入れかわるように

音楽の構成も
複雑に
展開してゆく。


愛してたって

戻らないんだよ

って。

それは
「わたし」が
思ったのか。

それとも
「あなた」が
そう思うのか。


どっちなんだろうね。



世界観が
がらりと変わって
はじまる

「シノブ」

森厳なピアノの音で

静かにはじまる。

「風詠む季節」を
思い出す。

そんな

いや、
それよりも

屹立とした想い。

透明な感情の歌だと思う。


絵音くんの歌声は
まっすぐ

響いた。

このアルバムの中で
一番
響いた。


「隔たりを壊したこの命を
 僕らは守れるなんてこと

 言い切らないと

 かっこ悪い

 ただそれだけの話です。」

短く
端的な

それでいて
荘厳な言葉だった。


人間が
本当に
伝えたいことは

本当は
とても
シンプルなんだな

思った。

何事にも
とらわれず

まっすぐ生きていたいと
思う。

そっと

愛し
愛されながら。



愛し
愛されるとき

私たちは

きっと

ため息にも似た

吐息を吐く。


深く

深い
喜びの

ためいきを。




「悲しくなる前に」

歌われている感情は
悲壮だが

音楽は
むしろ

緩急をつけながら
開けていく。

それは

悲壮感
というものが
感情の波のひとつであって

浮かんだり
沈んだりするからかもしれない。


多彩な楽器が
その感情の起伏を
より多様化させる。

けれど、
自問自答。

答えは出ない。

まさに
「問いが空を切る」ように
曲が
終わる。


「忘れて花束」は
一変して

微笑みに溢れている。

途中で
絵音くんの歌声が

微笑んでいるように
どうしても聞こえてしまう箇所があって

聴きながら
なんとなく
私は
照れてしまう。


きらきらするようなはじまり。

まるで
こぼれおちた
雫が

はじけて輝くように。

涙が笑顔に変わる。

やさしいメロディー。

でも
感情の渦があって。

それを表現するような
曲の展開がおもしろい。


「eye」

私は
実はこの曲が
indigo la Endの真骨頂なのではないかと
勝手に思っている。


幻想と
現実の境目。

記憶と
夢の境目。

その空間を
自由に
そして
シビアに

あるときは
淡く

あるときは
鮮やかに

音楽というカタチで
表現する。


表現できる。

それが
indigo la Endであり

川谷絵音という人が
作り出す
音の世界なんじゃないかな

私は
思っている。

重なる
コーラスが

まるで
透明なオーロラみたいで

そして
氷のカーテンみたいだった。


人間が生きていくことの
「せつなさ」って

こういうものなのかもしれないな
と私は
思った。

途中
独白のような
言葉が続き

それだけ
言って

その「目」は閉じる。

indigo la Endの音楽は
メロディーが
一番最後に生まれる
という話を聞いたことがある。

世界があって

そこに
自分の「目」がある。

世界は「世界」であって
それは

「自分」が存在する前から
そこに「ある」世界なのである。

それを
「自分」という「個」の「目」で見る。

もしかしたら
すべからく人は
そういうものなのかもしれないのだけど。

だからね
「見た」ものが「全て」で

感情も何もかも
自分がそうだと認識できるものが
「全て」だと
言うしかないのかもしれない。

それは
単調な
つまらない結論では
決してなくて

「世界」は
「見る」ことによって
いくらでも
様変わりしていく
ということである。

ある人は
「大きい」と言い、

ある人は
「小さい」
と言う。

ある人は
「美しい」と言い、

ある人は
「醜い」と言う。

そんなものだ。


世界は

コンクリートのようであり、

きらきらした
吸い込まれる星空のような
ものなのかもしれない。



序盤の音楽と詩の世界の
重なりが
素晴らしく美しい一曲。



ともすれば

夏の夜風が
さらりと吹く。

「夏夜のマジック」

コーラスは
まるで

夜の街の
なまぬるい暑さの中を吹く

さわやかな夜風のよう。


私は
無条件に
この曲が
好きなんだよね。

夏の夜。

夜の風。

夏ってね
生き物が
一番精一杯に
生きようとする季節だと

私は
思う。

でもさ。

蛍とかもそうだけど
一日で
命を終えてしまう生き物もいるでしょ?

だから
夏の夜は
ちょっとせつないんだ。

だからね。

永遠を残したくなるんだよ。

一瞬でも
これが永遠なんじゃないかな
って自分が思えることを。

生きている意味を
見つけたくなるんだ。

だから

夏の夜は
いろんなことが
終わってしまうようで
せつなくなる。

でも、
この曲は
そんな心をなでてくれるような
やさしい曲だと思う。

歌声もやさしくて。

あとね

間奏のギターも好きなの。

魔法が使えるなら
せめて

夏の夜を
一晩だけでいいから

とても美しい夜に
したい。

そんなせつない願望とかね。

その夜が
終わったあとも

魔法が解けないような
そんな素敵な曲。

こんな夜を

ずっと重ねていけたら
いいなぁ

って
思ったりする。


「風詠む季節」

この曲は
聴くたびに

涙が止まらなかった曲。

今は
少し大丈夫かな。

ピアノと
絵音くんの歌声だけの

とてもシンプルな曲。


透き通るくらいに
美しい曲。


余計なものがなくなったら
とても美しいカタチが残った

そういう曲。

それは

きみと

ぼくの話。


そして

心からあふれる
やさしいひかりの歌。


絵音くんは

いつも
「言う」のことを

「ゆう」って言うな
とか

思ったりして。


かわいい。





「music A」

その音は

異次元の世界への
誘いなのかもしれない。


ほんとうは
何が好きかなんて

言いたくない
だけかもしれない。



「ダンスが続けば」

音も
言葉も
「おどけて」いる。

楽しいような

ちょっと
馬鹿馬鹿しいような

そんな
気持ちにさせる。

リズムも
軽やかで。

でも
いつの間にか
乗ってしまう。

手を引っ張られて

いつのまにか
滑らかな音楽に
身を任せている。

難しいことを
考えるより

「好きになったほうがいいんじゃない?」
って

前も歌ってたね。


絵音くん的
ポジティブsongだろうか。

でも

「 当たり前に
  踊ったら

  結果命が
  削れていく」

っていうところが
絵音くんらしいです。


あと
音楽と
絵のことで

この曲を聴いて
考えてたんだけど

忘れちゃったな。

そのうち
思い出したら書こう。


「心雨」は
一転。


落ち着いた

静かな雨が降るその風景と

その雨で消されてしまいそうな
想いを重ねあわせた

叙景的な曲のように見えて

実は
その心象風景は
風景と言ってしまうには

あまりにも
なまめいている。



「土砂降りの雨に打たれて
 消えていく炎

 私は一人泣く」

というフレーズに重ね合わせられる
メロディーは

いかにも土砂降りのような

まっすぐな雨である。

単調な

まっすぐの
糸のような雨が

終わりもなく
続いて

そのまま
雨に沈み込む
くらい

深く
重い。



でも
歌声に
悲壮感はない。

そんな不思議な曲。


もしかしたら
それは

よくある風景だからかも
しれない。


「遅いよ気付くのが

 今頃になって部屋を探してるんでしょ」

という言葉が

軽やかに歌われていて

やさしさすら
感じさせる。


そういう意味では
言葉の乗せ方が
秀逸だなと思う。



アルバム
「藍色ミュージック」の
最後の曲
「インディゴラブストーリー」

ある意味
サスペンス的な

劇的な

Dramaticな曲。

不穏な言葉と

不規則で
単調な音が

一定の間隔で

鳴り響きながら
曲は進む。


愛するという感情は
なぜ
こんなにも
Dramaticで

それでいて
単調なのか

という普遍の事実を
ありのままに音楽にしました
という感じ。

そして
それがとても美しい。



突飛な
ラブストーリー

なにもかもが
やさしくて

笑えるラブストーリー

そんなものは
存在しないようで

実は
目の前にあったりする。


愛するということは

お互いの体を
血まみれになりながら
切り裂く行為なのかもしれない。


生きるということは

愛するということなしには
成立しないのかもしれない。

つべこべ言わずに
曲を聴いてみたらいいと思う。



愛し合おうよ
って

愛し合うだけで
他はいらないから

って

絵音くんが
最後に絶唱してくれています。


それがね
すごいんだ。

だから
早く

目の前で歌う
絵音くんの歌声を

聴きたい。



   *     *     *



ほんとうは

ほんとうは。


そうじゃなくて。


どうして君は
空を飛べるのに

飛べないと言うの?


でもね。

自由に
空が飛べなくたって

君と一緒に
いたい。



愛しているんだ

きみのこと。




   *      *      *

「Lucy in the Sky」


Picture yourself in a boat on a river
With tangerine trees and marmalade skies
 
Somebody calls you, you answer quite slowly
A girl with kaleidoscope eyes
 
Cellophane flowers of yellow and green
Towering over your head
 
Look for the girl with the sun in her eyes
And she's gone
 
Lucy in the sky with diamonds

Lucy in the sky with diamonds
 
Lucy in the sky with diamonds
 


 
君が川でボートに乗っているのを想像してごらん
タンジェリンの木とマーマレードの空

誰かが君を呼んで 
君はゆっくりと返事をする

そこには万華鏡の目をした女の子がいるのさ

黄色や緑のセロハンの花が
君の頭上まで高くそびえている

目の中に太陽のある女の子だよ
おや いなくなってしまったね

きらきらと
ダイヤモンドみたいに輝きながら

空を飛んでいる

それがルーシーだよ