漢方学習ノート

漢方医学の魅力に取りつかれた小児科医です.学会やネットで得た情報や、最近読んだ本の感想を書き留めました(本棚3)。

漢方医学では「こころ」をどう捉えるのかーその2

2024年09月13日 07時00分32秒 | 漢方
前回も同じ題で書きました。
その内容は…

・漢方医学では「脳」という臓器の設定はない。
・その機能「こころ」を五臓に分配した。
・主な機能「怒り」は肝、「不安」は心に振り分けた。
・その他の喜怒哀楽は各臓器に振り分けた。

というもので、なかなか頭の中で整理できませんでした。

こちらの記事に、私が知りたいことが書いてありました。
要約&引用させていただきます。

<ポイント>
・東洋医学では「こころ」の働きを「心」と「肝」の2つに分けて考える。
・心は神志を主り、意識、知性、理性(大脳新皮質)と関係する。
・肝は情志を主り、感情、本能(大脳辺縁系)と関係する。
・心血は虚しやすく(心血虚)、精神神経活動の抑制、低下状態を招く。治法として補う。
・肝気は失調、亢進しやすく(肝気鬱結かんきうっけつ)、精神神経活動の亢進状態を招く。治法として調整する。
・こころの治療に使われる方剤を使い分ける際には、その方剤が心と肝のどちらに作用するのかを覚えておくことが大事である。

(例示)
・心血虚に対する方剤
加味帰脾湯 -心血虚による精神神経活動の低下に対する方剤-
・肝気鬱結に対する方剤
▶ 加味逍遙散 -肝気鬱結による熱証に対する方剤-
▶ 抑肝散加陳皮半夏 -肝気鬱結による肝陽上亢に対する方剤-

この文章を書いた薬剤師さんは「対薬理論」を活用しています。
これは2つの生薬の組み合わせを1つの単位として構成生薬を捉え、
方剤のベクトルを考える手法です。


▢ 臨床での活用対薬理論でみてみましょう!松橋漢方塾
第2章 こころと体の弁証論治 ~分けたらわかる神志と情志~
※ (下線は私が引きました);

「こころ」の考え方
 東洋医学では「こころ」の働きを「心」と「肝」の2つに分けて考える心は神志を主り、意識、知性、理性(大脳新皮質)と関係する肝は情志を主り、感情、本能(大脳辺縁系)と関係する。気血の観点からみると、心血は虚しやすく(心血虚)、精神神経活動の抑制、低下状態を招く。一方、肝気は失調、亢進しやすく(肝気鬱結かんきうっけつ)、精神神経活動の亢進状態を招く。それぞれの治法として心血は虚しやすいので補い肝気は失調しやすいので調整するこころの治療に使われる方剤を使い分ける際には、その方剤が心と肝のどちらに作用するのかを覚えておくことが大事である。それぞれの代表的な方剤について対薬理論を使って解説する。

(例:心血虚に対する方剤)
加味帰脾湯 -心血虚による精神神経活動の低下に対する方剤-
 心血を補う代表的な方剤として加味帰脾湯があげられる。ただし、方剤名の「帰脾」に示されるように、心血だけでなく脾を補う作用が中心にある。このため人参、白朮、茯苓など脾虚に使われる六君子湯や補中益気湯に重なる生薬が多い。
対薬:黄耆と当帰
 補中益気湯の中で黄耆は、気を補う生薬として人参との対薬で考えたが、加味帰脾湯では血を補う生薬として当帰との対薬で考えるとよい。補血を目的とした方剤である「当帰補血湯」は黄耆と当帰の2薬で構成されていることからも分かるように、黄耆は気を補うことで、当帰の補血作用を補う。また潤燥の観点からは、当帰は補血により潤す、黄耆は利水により乾かす、という性質があり、両者で平衡をとっている。
木香
 補う生薬を多く使うと必ず流れが悪くなり、胃がもたれる、腹がはるといった自覚症状が現れやすくなる。補うだけの四君子湯よりも、理気作用のある陳皮と半夏を加えた六君子湯が頻用されているのはこのためである。補気薬に理気薬はつきものである。同じ理由から、多くの補う生薬を配合している加味帰脾湯には理気薬として木香が配合されている。
薬連:竜眼肉と酸棗仁と遠志
 これらは心血を補う薬連である。3薬とも「寧心安神※1」といって心血を補う作用は同じであるが、それぞれ心とともに補う臓が異なる。竜眼肉は「脾」を平補※2する。脾では水穀の気から血が作られる。この血が肝に蔵され、やがて心血を補う。酸棗仁は「肝」を平補する。特に肝が蔵する血を補うことで、心血を補う。遠志は「腎」を平補する。腎は精を蔵する。肝腎同源※3の考えから肝血を補う上で、腎精を補うことが重要である。
 このように、心とともに、脾、肝、腎を分担して平補することで心血を補うのがこれら3つの生薬による薬連である。
※1 こころを穏やかにすること。
※2 穏やかに補うこと。
※3 肝血と腎精は相互滋養の関係にあること。
対薬:柴胡と山梔子
 加味帰脾湯の「加味」の部分の生薬である柴胡と山梔子について解説する。どちらも清熱作用のある生薬であるが、柴胡は「肝」、山梔子は「心」の熱を冷ます。心血虚になると、血が不足するため、相対的に気の機能が過剰になる。気は陰陽で考えると陽に属するため、陽の症状であるほてりや動悸が現れやすくなる(虚熱)。これを冷ますために柴胡と山梔子が配合されている。また五行論の考えから、相生※4関係にある心と肝は互いに熱が移行しやすい。そのため、心と肝を同時に冷やす柴胡と山梔子の対薬が必要となる。また熱証が明らかでなくても、虚熱は潜在的にあると考えられるため、予防目的で用いてもよい。
※4 相生:五行の一つが、相手に対し、促進、助長などの作用をすること。
 まとめると、加味帰脾湯は心血虚とそれに伴う熱証に配慮された方剤で、精神神経活動の抑制、低下状態に用いるとよい。

図2-1. 加味帰脾湯の生薬構成


(例:肝気鬱結に対する方剤)
▶ 加味逍遙散 -肝気鬱結による熱証に対する方剤-
 肝を治療する2つの方剤について解説する。肝の治療方法にはいくつかの原則があり、肝を治療する方剤はその原則に従って構成されている。

肝の治療原則
① 気と血を同時に治療する
② 木克土に配慮し、脾胃を調整する
③ 熱証への配慮をする
 加味逍遙散に配合されている各生薬の役割を対薬理論と肝の治療原則に則って解説する。

対薬:柴胡と薄荷
 どちらの生薬にも疏肝理気、つまり肝の気を流して整える作用があり、対薬として考えることができる。
対薬:当帰と芍薬
 肝の治療原則①を考慮すると、柴胡と薄荷で肝気を調整するだけでなく、同時に血の治療も必要となる。そこで、肝血を調整する生薬として当帰と芍薬が配合されている。当帰には補血と活血作用がある。血虚には必ず血瘀を伴うため、補血するときには活血もする。特に芍薬は補血作用しかなく、流れが滞りやすいので、当帰の活血作用が必要となる。また当帰と芍薬はどちらも補血作用がある一方で、当帰は発散性、温性であるのに対し、芍薬は収斂性、寒性と逆の作用を有しており、互いにその部分の作用を相殺している。つまり、不要な作用は相殺させ、肝の治療で必要となる補血作用だけを増強させ合って取り出す、非常に合理的で、美しい対薬であるといえる。
 このように肝気を調整する柴胡と薄荷の対薬と、肝血を調整する当帰と芍薬の対薬とで、肝に入る2つの対薬がさらに対薬対を構成している。
対薬:白朮と茯苓   対薬:生姜と甘草
 白朮と茯苓、生姜と甘草は肝の治療原則②に基づいた対薬対である。木克土、つまり肝気が失調して亢進すると、五行論の考えから肝と相克関係にある脾が障害されやすくなる。これを防ぐために健脾して脾胃を強めておく必要がある。これに対して、健脾燥湿により脾を補うのが白朮と茯苓の対薬である。また生姜と甘草の対薬は、辛甘扶陽で中焦の気を補い、胃を調整する。
 これら脾に入る2薬と、胃に入る2薬とで対薬対をつくり、木克土から脾胃を守っている。
対薬:牡丹皮と山梔子
 加味逍遙散の「加味」の部分の生薬である牡丹皮と山梔子は肝の治療原則③に依拠している。肝の熱証の要因としては2つ考えられる。一つは、停滞したものは熱をもつため、肝気鬱結で停滞した気自体が熱をもつことである。もう一つは、肝血の不足によって気(陽)を制御していた血(陰)の力が弱まり、陽の過亢進によって、ほてりなどの熱証が現れやすくなることである。
 牡丹皮と山梔子は共に清熱作用があるが、牡丹皮は「肝」、山梔子は「心」を清熱する。この対薬が肝気鬱結から進展した肝の熱証を取り除く。

図2-2. 加味逍遙散の生薬構成


(例:肝気鬱結に対する方剤)
▶ 抑肝散加陳皮半夏 -肝気鬱結による肝陽上亢に対する方剤-
 同じく肝の治療に使われる抑肝散加陳皮半夏は、生薬構成が加味逍遙散とよく似ているが、これはどちらも肝の治療原則に従って作られているからである。
対薬:柴胡と釣藤鈎
 肝気の調整薬として、柴胡は両方剤に共通であるが、加味逍遙散の薄荷は、抑肝散加陳皮半夏では釣藤鈎に入れ替わっている釣藤鈎には「肝陽上亢」、つまり子供の夜泣きや痙攣、感情の高ぶりなど、肝の失調による過亢進を抑える作用がある
対薬:当帰と川芎
 肝血に配慮した生薬も同様に配合されている。当帰は両方剤に共通であるが、加味逍遙散の芍薬は抑肝散加陳皮半夏では川芎に入れ替わっている。抑肝散加陳皮半夏が使われるような病態では、肝気鬱結が強いため、気をより強く流すための生薬が必要となる。そのため、気の流れを停滞させてしまう芍薬ではなく、発散性の生薬で、気を流す作用の強い川芎が用いられている。
 抑肝散加陳皮半夏の肝の調整薬についてまとめると、柴胡と釣藤鈎が肝気を調整する対薬当帰と川芎が肝血を調整する対薬である。これら肝を調整する2組の対薬がさらに対薬対を構成している。
対薬:陳皮と半夏
 肝の治療原則②に基づき、脾胃の調整薬も同様に配合されている。脾に入る対薬として白朮と茯苓は共通している。一方、胃に入る対薬として、加味逍遙散の生姜と甘草は、抑肝散加陳皮半夏では陳皮と半夏に入れ替わっている。胃の降濁作用が低下すると、嘔気や胃もたれなど上向きの症状が出やすくなる。陳皮と半夏は胃の降濁作用、つまり下向きの方向性を助けることで、これらの症状を改善する胃の調整薬である。
 抑肝散加陳皮半夏の脾胃の調整薬についてまとめると、白朮と茯苓が脾を調整する対薬、陳皮と半夏が胃を調整する対薬である。これら脾胃を調整する2組の対薬がさらに対薬対を構成している。
 加味逍遙散と抑肝散加陳皮半夏はどちらも肝気を調整する方剤であるが、両者の違いとしては、加味逍遙散は肝気鬱結からの熱証に配慮された方剤であるのに対し、抑肝散加陳皮半夏は肝気鬱結からの肝陽上亢に配慮された方剤である。肝気(陽)は滞ると上昇し、頭痛、イライラ、手足の振るえ、不眠、眼瞼痙攣、BPSD、精神症状の行動化などの症状を起こす抑肝散加陳皮半夏はこのように肝陽上亢の証がある場合に適した方剤である。

図2-3. 抑肝散加陳皮半夏の生薬構成
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風邪のphaseを考慮した咳の漢方

2024年09月04日 13時55分41秒 | 漢方
前項に引きつづき、風邪の経過(phase)を考慮した漢方を考えてみます。
今回は咳・咳嗽。

それを参照させていただきます。

初期(熱のある急性期:太陽病期)は麻黄湯(26)入りの方剤が適用になります。
代表は小青竜湯(19)。

【小青竜湯】《傷寒論》:麻黄2-3.5;芍薬2-3.5;乾姜2-3.5;甘草2-3.5;桂皮2-3.5;細辛2-3.5;五味子1-3;半夏3-8



その後、咳が止まらずこじれてきたとき(熱が上がったり下がったり:少陽病期)は、柴胡剤を使用します。
柴胡剤とは、柴胡・黄岑入りの方剤です。
代表は清肺湯(90)、竹筎温胆湯(91)。

【清肺湯】《万病回春》:黄芩2-2.5;桔梗2-2.5;桑白皮2-2.5;杏仁2-2.5;山梔子2-2.5;
【竹筎温胆湯】《寿世保元》:柴胡3-6;竹茹3;茯苓3;麦門冬3-4;陳皮2-3;枳実1-3;黄連1-4.5;甘草1;半夏3-5;香附子2-2.5;生姜1;桔梗2-3;人参1-2

初期は麻黄剤、亜急性期は柴胡剤、という原則は鼻汁の項目と共通ですね。

回復期は人参入りの方剤を選びます。
代表は麦門冬湯(29)

【麦門冬湯】《金匱要略》:麦門冬8-10;半夏5;粳米5-10;大棗2-3;人参2;甘草2


風邪のphaseではなく、咳の性質により使い分ける方法もあります。

透明な痰 → 小青竜湯(19)
白色の痰 → 竹筎温胆湯(91)
黄色の痰 → 清肺湯(90)
乾性の咳 → 麦門冬湯(29)


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風邪のphaseを考慮した鼻水〜ちくのう症(副鼻腔炎)に対する漢方

2024年09月01日 11時19分58秒 | 漢方
風邪に使われる漢方薬は数多くあります。
西洋医学と異なる点は、
① 風邪の経過(起承転結)
② 症状の性質 
により処方が変わること。

①は漢方独特の「六病位」という考え方ですが、
毎日風邪患者を診療している小児科医の視点から見ても、肯けます。

②については、
例えば咳なら湿性(痰が多い)か乾性(痰が少ない)かで薬が異なりますし、
鼻水でもその性状が水様性か黄色性か粘膿性かで薬が異なります。

そしてそれらを使いこなすと、有効率がぐっと上がります。

小児科開業医である私のクリニックには、
ちくのう症(副鼻腔炎)で抗生物質漬けにされた患者さんが、
耳鼻科から逃げてくる例が時々来院します。

それらの患者さんに対して、
試行錯誤をしながら漢方薬を工夫して処方し続けてきましたが、
最近ようやく解決できる例が増えてきました。

ここでは風邪漢方の解説でわかりやすかった谷川聖明先生のレクチャー内容を紹介します。

まずは、風邪の経過(phase)による使い分けを。
漢方医学では、熱性疾患の起承転結を「六病位」という概念で捉えます。

太陽病期 → 少陽病期 → 陽明病期 → 太陰病期 → 少陰病期 → 厥陰病期

外来では主に最初の二つ(太陽病期と少陽病期)を扱います。
陽明病期以降はこじれて重症化した状態であり、
病院に紹介して要すれば入院治療するレベルです。

さて、最初の二つをより具体的に表現すると以下のようになります;

太陽病期:急性期〜亜急性期:悪寒・発熱、頭痛、咽頭痛、鼻閉・鼻汁
少陽病期:亜急性期〜慢性期:上気道炎・気管支炎、鼻炎・副鼻腔炎、扁桃炎

新型コロナを思い出してください。
咽頭痛から始まり、熱が出てその後に咳が始まりますよね。
マイコプラズマも初めは咽頭痛で数日後に咳が始まることが多いです。

なんとなくイメージできたでしょうか。

そして、太陽病期と少陽病期では使う漢方薬が異なります。

太陽病期 → 麻黄含有製剤
少陽病期 → 柴胡剤

麻黄という生薬は、強力に身体を温める作用があります。
つまり熱を上げるのです。

え、熱が出ているのにさらに上げるの?
それって余計につらくなるのでは?

という素朴な疑問が生まれますよね。

はい、そうなんです。
説明の前に、発熱って何?
という話をします。

風邪を引いて熱が出るのは、
病原体(主にウイルス)に負けて出ているのではありません。

病原体をやっつけるために人の免疫システムが熱を作って対抗しているのです。
熱が上がるときにガタガタ震える悪寒という現象があります。
あれは震える → 運動して熱を作る動作なのです。

熱が上がりきると、悪寒は止まります。
発熱のピークですね。
その後に汗ばんでその気化熱で熱が少し下がりますが、
病原体が生き残っているとまた発熱システムが作動します。

発熱は基本的に人の身体の味方なんです。
そう、漢方薬は人の免疫システムをサポートしてさらに発熱させ、
病原体を追い出すという考え方なのです。

免疫力の低下した高齢者は十分に発熱することができません。
だからこじれやすい、重症化しやすいのですね。
「高熱でなくてもこじれて入院した」
という現象はこういう背景です。

一方の西洋薬はどうでしょうか。
せっかくの発熱を解熱剤で下げてしまい、
病原体をやっつける力を弱めています。
解熱剤を頻繁に使い続けると、発熱期間が長引くという動物実験のデータもあります。
ですからつらくなければ解熱剤で下げる必要はないのです。

太陽病期に発熱を補助して汗をかいて解熱し、そのまま治ってくれればOK。
しかし追い出しきれずに炎症が身体の表面から身体の奥に入り込む phase を少陽病期と呼びます。

少陽病期に移行すると、熱が長引くとともに、鼻水・鼻閉、咳で悩まされるようになります。
診断名もかぜから副鼻腔炎(ちくのう症)、気管支炎と変化します。

西洋医学では、この辺で抗生物質が処方されることが多いですね。
抗生物質(近年、抗菌薬と呼ぶようになりました)は細菌(バクテリア)をやっつける薬です。
残念ながら、ウイルスには効きません。

新型コロナ・パンデミックの始まりの頃を思い出してください。
こじれて肺炎で重症化する人が後を絶ちませんでした。
でも抗生物質で治ったという話も聞かなかったでしょう?
肺炎の原因がウイルスだったからです。

漢方薬では、風邪がこじれつつあるときに柴胡剤を使います。
これは柴胡・黄岑という二つの生薬を含んでいる方剤のこと。

この二つの生薬には抗炎症効果があります。
漢方薬にはウイルスや細菌を直接やっつける力はありません。
でもウイルスや細菌が身体の中で暴れて生じた炎症を鎮める力があります。
病原体ではなくヒトの身体の免疫システムに作用するのです。

パンデミック(新興ウイルス感染症)は新型コロナ以前にもありました。
有名なのはスペイン風邪(1918-1919年)。
これは新型インフルエンザによるパンデミックでした。

当時の日本では、漢方薬で治療しました。
柴葛解肌湯という薬が有効であったと記録されています。
同じ名前の方剤は現在保険収載されているエキス剤にはありませんが、
葛根湯と小柴胡湯加桔梗石膏を併用することにより、
同じ生薬構成となるため、この2剤が使用されて有効であったと報告されて、
一時期、市場からこの2剤が消えました。

葛根湯は麻黄含有製剤で太陽病期の方剤、
小柴胡湯加桔梗石膏は柴胡剤で少陽病期の方剤です。

太陽病期と少陽病期の薬を併用するなんて、邪道では?
という意見もあるかもしれませんが、
これはウイルスの勢いが非常に強く、
身体の奥にすぐに進行して重症化するため、
両者を併用する手段を取ったのです。

・・・前置きが長くなりすぎました。

では具体的な方剤を紹介します。
風邪の初期(太陽病期)に使われる鼻汁・鼻閉の代表薬は小青竜湯葛根湯加川芎辛夷です。


そして少しこじれてくると(少陽病期)、
具体的には透明だった鼻水が白っぽくなったり、青っ洟になった状態ですが、
辛夷清肺湯がよく効きます。
辛夷清肺湯には柴胡剤の生薬“黄岑”が含まれています。


さらに経過が長引くと荊芥連翹湯の出番です。
同じく少陽病期の方剤ですが、
慢性疾患に適応する“四物湯”の構成生薬が入っているのです。


さて、漢方薬には色々な尺度がありますが、
六病位」ではなく、
陰陽虚実」で方剤を分類したイラストを紹介します。


」は弱児のイメージ、
」は体力充した健康児というイメージですね。
こんな使い分けも頭の片隅に入れておくと、有効率がアップします。

さて、急性期〜亜急性期を過ぎ慢性化してしまうと、
耳鼻科では「ちくのう症」という診断名の元に抗生物質が投与されます。
良くならないと数種類の抗生物質を1週間単位でグルグルつなげて処方する耳鼻科医が多いこと多いこと。
西洋医学では他に手段がないので、しかたないのかもしれませんが・・・。
中には下痢したり、抗生物質をずっと服用することが心配になって小児科に駆け込む患者さんが居るのは前述の通りです。

そんな患者さんに私が処方する漢方薬を紹介します。




あれ、一つ前のグラフとほぼ同じですね。
そう、これらの方剤をうまく使い分けると、
ちくのう症の患者さんも治療可能です。

最後に私の風邪の鼻水に対する漢方診療を紹介します。

 小青竜湯、あるいは葛根湯加川芎辛夷
  ⇩ 
(良くならない場合)
  ⇩
 葛根湯加川芎辛夷+小柴胡湯、あるいは辛夷清肺湯
  ⇩ 
(良くならない場合)
  ⇩
 辛夷清肺湯+葛根湯加川芎辛夷

これでだいたいの患者さんが軽快します。
症状がガンコでも、2週間〜4週間投与すると一旦落ちついてくれることが多いです。

一旦よくなるものの、またすぐ風邪を引いて青っ洟になりやすい患者さんには、
荊芥連翹湯の弟分である柴胡清肝湯という方剤を定期内服してもらいます。
(荊芥連翹湯は有効だとは思うのですが、とてもまずいので飲んでくれないのです)
すると不思議、風邪で通院する回数が激減します。

ただし、柴胡剤に含まれている黄岑という生薬は副作用が出ることがあるため、
長期投与を希望する患者さんには血液検査を受けてもらっています。

最後に谷川聖明先生が方剤の特徴をまとめた表を紹介します;


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最後の切り札、「+四物湯」

2024年08月29日 08時39分55秒 | 漢方
漢方好きの小児科医である私は、
小児医療に漢方を役立てられないかと日々探求しています。

そんな中で、あることに気づきました。
いくつかの病態に対して漢方薬を試し、
しかし手応えが今ひとつの時、
よく登場する方剤があるのです。

それは「四物湯」。
“血虚”の基本薬ですね。

逆に言うと、
病気がこじれて長引いたとき、
ヒトは“血虚”状態に陥ると考えることもできます。

例示しますと、

▶ 乳児の肛門周囲膿瘍
 → 急性期は排膿散及湯(122)、回復期は十全大補湯(48)

▶ 乳幼児の反復性中耳炎
 → 十全大補湯(48)

▶ 起立性調節障害
 → 苓桂朮甘湯(39)や半夏白朮天麻湯(37)で反応が悪いとき、
 補中益気湯(41)や四物湯(71)を併用

▶ フラッシュッバックに対する神田橋処方
 → 桂枝加芍薬湯+四物湯(71)

等々。
十全大補湯(48)は気血両虚に対する方剤で、
その構成生薬に四物湯を含みます。

四物湯について詳しく知りたくなります。
そんなタイミングで、以下の記事が目に留まり、読んでみました。

う〜ん、四物湯には様々な“顔”があるのですねえ。
一回読んだだけでは頭に入りません…。
何回も繰り返しこの文章を読み砕いて、
頭にたたき込むと、漢方診療が一歩進みそうです。

おやっと思った文章。

精神活動も血と密接な関係があります。漢方医学において「心」は、精神活動である「神」の宿る臓器と位置付けられています。神もまた血がないとうまく働くことができません。従って、血が不足すると不眠に陥ったり、情緒不安が引き起こされたりします。

これこれ、以前から不思議に感じていたこと。
心と神と血の関係はこういうことだったのですね。
思いっきり頷きました。

■ 補血の基本方剤:四物湯【前編】 四物湯が持つ4つの“顔”って?
金 兌勝=ハーブ調剤薬局名東店(名古屋市名東区)、薬剤師
2024/08/26:日経DI)より一部抜粋(下線は私が引きました);

・・・補血の基本方剤である四物湯は、漢方製剤の中でも最も応用範囲が広い方剤です。以前紹介した四君子湯と、今回紹介する四物湯を覚えておけば、医療用漢方製剤の大半を把握できることになります。・・・

▶ 「血」とは?
 古典の記述を見ると、「身体に流れる液体のうち、赤いものが血」とあります。とても大ざっぱな定義です。血は身体の各部位を潤し栄養する作用があり、不足すると乾燥性の疾患が生じます。筋肉も赤い臓器ですので、血による潤いを失うと不具合が起こります。例えば、筋肉の痙攣は血による潤いの不足と考えます。
 また、精神活動も血と密接な関係があります。漢方医学において「心」は、精神活動である「神」の宿る臓器と位置付けられています。神もまた血がないとうまく働くことができません。従って、血が不足すると不眠に陥ったり、情緒不安が引き起こされたりします。
 血は常に流れていないと正常の状態を保てません。滞ると「瘀血(おけつ)」に変質し、様々な疾患を引き起こします。瘀血は、しこりをつくり鋭利な痛みをもたらす他、新血を造れなくなることで、二次的な血虚も併発します。
 臨床的には、血が不足すると身体の赤みが薄くなりますので、唇や舌が淡い色になったり、顔が蒼白(そうはく)になったりします。これらの色は、血の状態を診断する手掛かりとなります。

▶ 元は活血薬だった四物湯
 四物湯の出典は『理傷続断方』(843年)です。ここには総論として、以下の記述があります。
・凡そ損じて大小便通ぜざれば、未だ損薬を服するに便なるべからず……且に四物湯を服すべし
・凡そ跌損し、腸肚中に瘀血あれば、且に散血薬を服すべし。四物湯の類の如し
 損傷によって大小便の不通があれば損薬(補薬)ではなく四物湯を用いなさい、腹中に瘀血があれば四物湯のような散血薬(活血薬)を用いなさいという意味です。つまり、『理傷続断方』では四物湯は補血薬ではなく、血の巡りを良くして瘀血を改善する活血薬として紹介されているのです。大黄を加えると活血作用をより期待できるとも説明されています。

▶ 四物湯の4つの“顔”
 漢方方剤には、構成生薬の解釈によって、幾つもの“顔”が存在します。四物湯の構成生薬は、地黄、当帰、芍薬、川芎とそれぞれが主役級ですので、その分、4通りの効能を持ち得ると解釈できます。
 地黄と芍薬は冷やす作用を持つので、冷性の生薬を組み合わせたり、当帰と川芎を抑えめに用いたりすると、血に熱が入り込んだ「血熱」の対応薬となります。逆に、当帰と川芎を主に用いたり、温性の生薬を加えたりすると、血が冷えた疾患に対する温血薬として用いることができます。当帰と川芎は活血作用を持つので、瘀血の薬と捉えてもよいでしょう。このように、涼血、温血、活血、加えて補血の4通りの方剤と解釈できます。
 ちょっとしたさじ加減や加味によって、用途が多岐にわたるのが四物湯です。『医方集解』(1682年)では、「治一切血虚、……凡血証通宜四物湯」とあります。つまり四物湯は、血虚証のすべて、そして血に関する疾患全般に用いることができると説明されているのです。
・・・

■ 補血の基本方剤:四物湯【後編】 補血強化、清熱追加…四物湯の展開は様々
2024/08/27:日経DI)より一部抜粋(下線は私が引きました);

▶ 四物湯の展開は主に3つ
 四物湯の展開としては、主に「補血作用を強化」「血熱に対応」「湿邪と陰虚の両方に対応」の3つがあります。

▶ 補血に要点を置いた展開
 補気薬の四君子湯と合方した展開です(図1)。四君子湯が補気、四物湯が補血に働くので、気虚と血虚が混在した疾患に用いると解釈できます。一方、補血のためには胃腸がしっかり働かなければなりませんから、四君子湯はあくまでも補助であるとの解釈もできますので、四物湯合四君子湯(八珍湯)は、シンプルに補血薬とも捉えられます。食欲不振などの脾気虚の症状を伴っていれば八珍湯がぴったりなのですが、そうでなくても、補血薬として使えます。
 さらに、補気を強める意味で黄耆と桂皮を加えると十全大補湯になります。補血は睡眠を安定させる働きがあり、この働きを強める目的で、十全大補湯へさらに安神作用のある遠志(おんし)などを加えると人参養栄湯となります。

図1 補血に要点を置いた展開


▶ 血熱に対応した展開
 血は、「陰」と「陽」のうち陰に属します。陰は潤し熱を冷ます働きを持つもののことです。熱症状がひどい場合、熱によって血が消耗しますので、清熱の基本方剤である黄連解毒湯に補血の四物湯を合方するのが合理的です(図2)。この四物湯合黄連解毒湯は、温清飲とも呼ばれます。熱がひどくて血虚を併発してる場合は様々な疾患で見られます。
 温清飲に去風薬(かゆみを引き起こす「風」を取り除く薬)を加えた展開もあり、皮膚疾患に広く用いられます柴胡清肝湯荊芥連翹湯(けいがいれんぎょうとう)、竜胆瀉肝湯などがこれに当たります。
 なお、四物湯に去風薬を直接加えた展開もあります。熄風薬、つまり内風を鎮める生薬を加えると七物降下湯当帰飲子となります。また、皮膚疾患を考慮して去風薬を足したものが消風散、寒湿による腰痛や関節痛を考慮したものが五積散です。

図2 血熱に対応した展開


▶ 湿邪と陰虚の両方に対応した展開
 補血薬には潤す作用を期待しますが、血虚がありながらむくみを伴う疾患も多々あります。こうした場合には、当帰芍薬散猪苓湯合四物湯など、四物湯に去湿薬をプラスした方剤を用います(図3)。

図3 湿邪と陰虚の両方に対応した展開


 この他の展開として、止血作用を持つ艾葉(がいよう)と阿膠(あきょう)を加えた芎帰膠艾湯(きゅうききょうがいとう)があります。芎帰膠艾湯は安胎作用も持つため、婦人・妊婦の性器出血に使えます。婦人に限らず男性の外傷性の出血にも用いることができます。実は、歴史的にみると芎帰膠艾湯の方が四物湯よりも古いため、芎帰膠艾湯から甘草、艾葉、阿膠を取り除いたものが四物湯であると言えます。
 前編で述べた通り、四物湯は活血薬とみなせますが、さらに活血薬を足した展開もあり、温経湯芎帰調血飲(きゅうきちょうけついん)、疎経活血湯などへ派生していきます。
 全体をまとめると、四物湯から派生する方剤の相関図は以下のようになります(図4)。

図4 四物湯から派生する方剤





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大柴胡湯はなぜ発達症(ASD、ADHD)に有効なのか。

2024年08月10日 06時37分44秒 | 漢方
私は漢方薬を取り入れて診療している小児科医です。
希望する方には処方してきました。

有名な抑肝散や甘麦大棗湯を中心に処方していましたが、
効果は今ひとつなので行き詰まりを感じてきました。

子どものこころの問題に漢方、というテーマの講演を複数聴講し、
そこで共通して提案されているのが大柴胡湯であることに気づき、
処方するに至りました。
おもにイライラや癇癪がターゲットとし、十分な手応えを感じています。

大柴胡湯がなぜ発達症に有効なのでしょう。

ちょうど私の疑問に答えてくれそうな記事を見つけましたので、
知識の整理がてら紹介します。

古典である『傷寒論』『金匱要略』の条文を読んでもピンときませんが、
『類聚方広義』(尾台榕堂著)の記載「興奮性の精神疾患で、胸部から側胸部のはったような不快感と、心窩部が堅く詰まった感じがして、腹部の筋肉が緊張し、心臓の動悸が激しい場合を治療する」
「普段から抑うつ傾向で、胸がはって食事量が少なく・・・心窩部がしばしば痛み、嘔吐する場合、その患者は多くは側胸部から季肋部がはって、肩から後頸部がこわばり、臍の周囲の腹直筋が堅く緊張し、上は季肋部、下は下腹部までつながって、或いは痛み、或いは痛まず、ここを押すと必ず引きつった痛みが出て、或いは吞酸感や胸やけなどの症状を合併している場合・・・大柴胡湯を長期服用するのがよい。」
はうなづけました。
私の印象は、強いストレスでからだの緊張が続き、体幹全体がこわばっている状態をやわらげる、というものです。
発達症の子どもたちは、本人の意志にかかわらず身体が勝手に動いて(多動)叱られ続けるので、常に緊張を強いられています。子どもたちが大きくなったときに幼児期を振り返って「だって身体が勝手に動いたんだもん」とつぶやくことが知られています。周りも困っていますが、本人が一番困っていたのです。
柴胡剤の親分肌である大柴胡湯はその過度の緊張状態をやわらげてくれるのでしょう。

<ポイント>
・大柴胡湯はその長い来歴のなかでさまざまな変遷を辿っており、出典の書物、さらには同じ『傷寒論』であっても収載されている篇によって、その組成や適応の位置づけに立場の相違がある。添付文書の効能又は効果には、実に多彩な病態への適応が書かれており、その適応となる病態が判然としない。
・大柴胡湯には大黄入りと、大黄なしの2つのバージョンがあり、出典の書籍によって異なりがある。
・大柴胡湯は承気湯類と同じく広く下法の適応の病態に応用される処方であったのが、後に小柴胡湯類似の病態で下法の適応の場合に特化された使用法に変遷してきた可能性が高い。
・大柴胡湯と対になる小柴胡湯は、肝・胆の気滞と熱に応用されてきた歴史があり、大柴胡湯は小柴胡湯の類似病態で下法の適応(胃の熱の病態)があると理解できる。
・『類聚方広義』(尾台榕堂・1856年)「興奮性の精神疾患で、胸部から側胸部のはったような不快感と、心窩部が堅く詰まった感じがして、腹部の筋肉が緊張し、心臓の動悸が激しい場合を治療する」
「普段から抑うつ傾向で、胸がはって食事量が少なく、便通が2~3日、或いは4~5日に1行で、心窩部がしばしば痛み、嘔吐する場合、その患者は多くは側胸部から季肋部がはって、肩から後頸部がこわばり、臍の周囲の腹直筋が堅く緊張し、上は季肋部、下は下腹部までつながって、或いは痛み、或いは痛まず、ここを押すと必ず引きつった痛みが出て、或いは吞酸感や胸やけなどの症状を合併している場合、俗称では疝積留飲痛という。この処方(大柴胡湯)を長期服用するのがよい。」
・『類聚方広義』の症例でも抑うつに対する大柴胡湯の治療経験が載せられている。また、『古方便覧』の症例で煩躁し仰臥できない症例が載せられている。こうした精神の興奮に対して大柴胡湯は効果を示す。


■ 漢方薬の添付文書 効能・効果にはワケがある「大柴胡湯」
加島 雅之:熊本赤十字病院 総合内科 部長
2024.8.7:漢方スクエア)より一部抜粋(下線は私が引きました);

 大柴胡湯は、添付文書の効能又は効果には、実に多彩な病態への適応が書かれており、その適応となる病態が判然としない。また、下剤としての意味付けが大きいように感じられるが、医療用漢方製剤には大柴胡湯の組成のうち、最も瀉下活性を持つ大黄が含まれていない大柴胡湯去大黄があるなど、この処方の来歴にはさまざまな紆余曲折があったことが伺われる。ここでは、古典の記載から大柴胡湯の適応となる病態の特徴を紐解いてみたい。
【効能又は効果】
 比較的体力のある人で、便秘がちで、上腹部が張って苦しく、耳鳴り、肩こりなど伴うものの次の諸症:胆石症、胆のう炎、黄疸、肝機能障害、高血圧症、脳溢血、じんましん、胃酸過多症、急性胃腸カタル、悪心、嘔吐、食欲不振、痔疾、糖尿病、ノイローゼ、不眠症
【出典】
傷寒論』(張仲景・3世紀初頭頃)
条文1(意訳)
「太陽病で、十数日経過して、反って2~3回下痢をさせ、4~5日経って、柴胡を使用する適応病態がある場合は、まず小柴胡湯を与える。吐き気が止まらず、心窩部が切迫して、鬱々としてわずかに胸苦しい場合は、まだ解決できていない。大柴胡湯を与えて下痢させれば良くなる。
大柴胡湯 柴胡113.6g 黄芩42.6g 芍薬42.6g 半夏113.6g洗ったもの 生姜71g切ったもの 枳実4個炙ったもの 大棗12個ちぎったもの
右7種類の生薬を水2,400mLで煮て、1,200mLまで煮詰めて、滓を除き再度煎じる。温かい状態で200mLを服用する。1日3回。ある処方では、大黄28.4gを加えている。もし、(大黄を)加えない場合は、大柴胡湯としての効果を持たないおそれがある」
条文2(意訳)
「傷寒で十数日、熱が体内に結びついている。再度、悪寒と熱感を繰り返す場合は、大柴胡湯を与える。ただ、胸に結びついて大熱がない場合は、水が胸脇に結びついている。ただ、頭にわずかな汗が出る場合は、大陥胸湯が治療する」
条文3(意訳)
「傷寒で発熱し、汗が出て解決せず、胸の中央部が痞えて堅く、嘔吐・下痢する場合は、大柴胡湯が治療する」
条文4(意訳)
「陽明病で、発熱し、大量発汗する場合は、急いで下痢をさせる。大柴胡湯がよい」
条文5(意訳)
「少陰病で、水様の下痢が出ていて、その色が青黒く、心窩部が必ず痛んで、口が乾燥している場合は、下痢をさせるべきである。大柴胡湯、大承気湯がよい」
条文6(意訳)
「腹部がはって痛む場合は、実の病態である。下痢させるべきである。大承気湯、大柴胡湯がよい」
条文7(意訳)
「腹がはって減らない場合、減るとは不足を指している。下痢させるべきである。大柴胡湯、大承気湯がよい」
条文8(意訳)
「傷寒の後で沈脈である。沈脈は、体内が実の病態である。下痢させれば解決する。大柴胡湯がよい」
条文9(意訳)
「傷寒で6~7日目で、視界がはっきりせず、瞳が調和していない、表証・裏証もなく、大便が出にくく、微熱がある場合は、実の病態である。急いで下痢をさせる。大承気湯、大柴胡湯がよい」
条文10(意訳)
「太陽病が、いまだ解決せず、関前後の脈がどちらも停の状態である場合、必ず先に戦慄して汗が出て解決する。ただ、関後脈が微脈の場合は、下痢をさせると解決する。大柴胡湯がよい」
条文11(意訳)
「汗が出てうわごとをいう場合は、胃の中に燥屎がある。これは風の病態である。下痢させるべきである場合は、経絡の伝変が過ぎていれば下痢させてよい。下痢させるのが早すぎると、必ず錯乱した言葉をしゃべる。体表が虚して体内が実しているためである。下痢をさせると治癒する。大柴胡湯、大承気湯がよい」
条文12(意訳)
「胸苦しい熱があり、汗が出て解決する。またマラリアのような熱型で、夕方に発熱する場合は、陽明に属している。実脈である場合は、下痢させてよい。大柴胡湯、大承気湯がよい」
条文13(意訳)
「表証も裏証もなくて、発熱7~8日目では、脈が浮数であっても、下痢させてよい。大柴胡湯がよい」

金匱要略』(張仲景ら・3世紀初頭頃)
条文14(意訳)
「心窩部を押さえてはって痛む場合は、実の病態である。下痢させるべきである。大柴胡湯がよい。
大柴胡湯 柴胡113.6g 黄芩42.6g 芍薬42.6g 半夏113.6g洗ったもの 枳実4個炙ったもの 大黄28.4g 大棗12個 生姜71g
右8種類の生薬を水2,400mLで煮て、1,200mLまで煮詰めて、滓を除き再度煎じる。温かい状態で200mLを服用する。1日3回」

【処方の由来と基本的理解】
 大柴胡湯は、3世紀初頭に急性発熱性疾患の治療マニュアルとして張仲景によって原型がつくられたとされる『傷寒論』および、同じく張仲景の医学の内容をもとにその原型がつくられたとされる『金匱要略』を出典とする処方である。大柴胡湯はその長い来歴のなかでさまざまな変遷を辿っており、出典の書物、さらには同じ『傷寒論』であっても収載されている篇によって、その組成や適応の位置づけに立場の相違がある
 まず、その組成について見てみたい。大柴胡湯には大黄入りと、大黄なしの2つのバージョンがあり、出典の書籍によって異なりがある。医療用漢方製剤の大柴胡湯には、大黄が含有されているが、条文1にあるように『傷寒論』では、大黄が含まれない大柴胡湯が記載されており、伝来のある本に、大黄が加えられた処方があることが伝えられている。また、大黄が入らない処方では大柴胡湯としての効果を十分に発揮できない恐れがあるとの指摘がある。一方、条文13の『金匱要略』の大柴胡湯には大黄が入っている。『傷寒論』・『金匱要略』はいずれも宋政府の校正出版事業を経て現在に伝わっているが、同じく宋政府の校正出版事業の過程を経た『傷寒論』の異本である『金匱玉函経』には大黄が入っており、現在の医療用漢方製剤の大柴胡湯は、『金匱要略』・『金匱玉函経』と同じ立場に立っている。
 次に大柴胡湯の適応の位置づけについて見てみたい。『傷寒論』のなかでも、一般に本篇と考えられている弁太陽病脈証并治上第五~弁厥陰病脈証治第十二までのいわゆる、“三陰三陽篇”と、治療法の適応と禁忌で三陰三陽篇とほぼ同じ条文が編集されている弁不可発汗病脈証并治第十五~弁発汗吐下後病脈証并治第二十二のいわゆる、“可不可篇”では大柴胡湯の位置づけが大きく異なる。条文1~3は小柴胡湯(小柴胡湯の回参照)と類似の病態で下痢をさせる治療である下法の適応がある場合に限った内容となっており、可不可篇にもほぼ同文が収載されている。一方、可不可篇を見てみると条文4は三陰三陽篇では大承気湯(大承気湯の回参照)の適応となっており、条文5・6・7・9・11・12では大承気湯(大承気湯の回参照)・大柴胡湯の両方が適応として記載されているのに対して三陰三陽篇では大承気湯のみの適応とされ、条文10は三陰三陽篇では調胃承気湯(調胃承気湯の回参照)の適応となっている。このように、三陰三陽篇では大柴胡湯は特殊な病態のみに使用する処方であったのに対し、可不可篇では下法の代表的処方として位置付けられていたことがわかる。
 『金匱玉函経』三陰三陽篇の大柴胡湯の条文は『傷寒論』三陰三陽篇とほぼ同じである。『金匱玉函経』の可不可篇では、条文4は承気湯、大柴胡湯と大承気湯の両方の処方が適応となっている条文5・6・7・9・11・12に相当する部分では、大承気湯は単に“承気湯[注8]”、条文10も承気湯となっている。さらには『傷寒論』では可不可篇・三陰三陽篇ともに大承気湯の適応となっている条文15も大柴胡湯と承気湯の適応とされ、『傷寒論』には存在しない大柴胡湯適応の条文16が存在する。

傷寒論』(張仲景・3世紀初頭頃)条文15
(意訳)「発病して2~3日目で、脈が弱く、太陽の小柴胡湯類の適応病態がなく、煩躁して、心窩部が堅くなる。(発病の)4~5日目になったら、食事ができても、小承気湯を、少しずつ与えてわずかに(胃気を)調和させて、小康状態にする。(発病の)6日目になって、承気湯を200mL与える。もし大便が6~7日出ておらず、尿量も少ない場合は、食事が入らなくても、(大便の)出始めは堅いが、後のほうは必ず泥状である場合は、まだしっかり堅くなっていない。これを攻下すれば、必ず泥状の便になる。利尿するべきで、そうすれば大便は堅くなる。そのうえで、激しく下痢させるべきである。大承気湯がよい」

『金匱玉函経』(張仲景・3世紀初頭頃)条文16
(意訳)「発汗した後で反って煩躁しており、体表の病態がない場合は、大柴胡湯がよい」

 張仲景の医学を編纂し『傷寒論』の原型となる書物をつくったとされる王叔和の著作である『脈経[注9]』(270年頃)には、三陰三陽篇に相当する篇はなく、代わりに可不可篇に相当する篇が存在している。このなかでは、大柴胡湯は『傷寒論』の可不可篇とほぼ同じ内容となっている。さらに、承気湯類には、調胃承気湯はなく、大承気湯と小承気湯(大承気湯の回参照)の名前は出てくるが、大柴胡湯と大承気湯の両方の処方が適応となっている条文5・6・7・9・11・12に相当する部分では、大承気湯は単に承気湯という記載になっている。
 以上のように大柴胡湯の適応条文を見ていくと、『傷寒論』三陰三陽篇と『金匱玉函経』三陰三陽篇は同系統、『傷寒論』可不可篇は『脈経』と同系統にあり、『金匱玉函経』可不可篇は、『脈経』と同じかそれ以上に大柴胡湯を広く応用する立場となっている。『脈経』の記載は、承気湯の区別が明確ではない、大柴胡湯と承気湯類の適応の厳密な区分がないなどの特徴があり、これらのことより『脈経』はより原始的な内容を伝えている可能性がある。
 このように、大柴胡湯は承気湯類と同じく広く下法の適応の病態に応用される処方であったのが、後に小柴胡湯類似の病態で下法の適応の場合に特化された使用法に変遷してきた可能性が高い

比較的体力のある人で、便秘がちで、上腹部が張って苦しい
 発病因子である邪気を除く治療法である瀉法のなかでも、特に強力な下法に耐えられる体力があり、下法の適応であるため便秘傾向があり、出典のなかでも繰り返し指摘されている心窩部のはり・不快感を反映している記載だと考えられる。
悪心、嘔吐
 条文1に嘔気・嘔吐があり、これら一連の消化器症状に対して効果があることを反映している。
急性胃腸カタル
 急性胃腸カタルは、嘔吐・水様下痢を伴う急性胃腸炎を指している。条文3・5に嘔吐・下痢に対して効果があることが述べられており、これらを反映している。
耳鳴り、肩こり
 耳鳴りや肩こりは、足厥陰肝経・足少陽胆経の異常で出現しやすい症状である。大柴胡湯と対になる小柴胡湯は、肝・胆の気滞と熱に応用されてきた歴史があり、大柴胡湯は小柴胡湯の類似病態で下法の適応(胃の熱の病態)があると理解できるため、それらを反映した症状だと考えられる。こうした経絡理論を用いない古方派の尾台榕堂(1799-1871年)の治験でも、耳鳴り、肩こりが大柴胡湯の適応患者に合併することが指摘されている。

類聚方広義』(尾台榕堂・1856年)
(意訳)「麻疹などの丘疹を伴う疾病で、胸部から側胸部のはったような不快感と、心窩部が堅く詰まった感じがして、嘔吐と腹部膨満があり、沈脈である場合を治療する」
(意訳)「興奮性の精神疾患で、胸部から側胸部のはったような不快感と、心窩部が堅く詰まった感じがして、腹部の筋肉が緊張し、心臓の動悸が激しい場合を治療する。鉄粉を加えると素晴らしい効果がある」
(意訳)「普段から抑うつ傾向で、胸がはって食事量が少なく、便通が2~3日、或いは4~5日に1行で、心窩部がしばしば痛み、嘔吐する場合、その患者は多くは側胸部から季肋部がはって、肩から後頸部がこわばり、臍の周囲の腹直筋が堅く緊張し、上は季肋部、下は下腹部までつながって、或いは痛み、或いは痛まず、ここを押すと必ず引きつった痛みが出て、或いは吞酸感や胸やけなどの症状を合併している場合、俗称では疝積留飲痛という。この処方(大柴胡湯)を長期服用するのがよい。5~10日の間隔で大陥胸湯・十棗湯などで激しく下痢をさせる」
(意訳)「梅毒で長く経過し、頭痛、耳鳴り、目のかすみ、或いは赤く血管が浮き出て痛み、胸部から側胸部ではったような不快感があり、腹部の筋肉が緊張している場合を治療する。時によって紫円・梅肉散などで激しく下痢をさせる。大便が乾燥して堅い場合は芒硝を加えるとよい」
胆石症、胆のう炎、黄疸
 出典でも繰り返し指摘されている季肋部から心窩部の痛み、腹部の圧痛、発熱がある病態の一つとして、胆石症、胆囊炎が考えられる。江戸時代の古方派の処方解説集である『古方便覧』でも、大酒家で腹痛・黄疸の症状を呈する症例に大柴胡湯が使用されている。また、『方読便覧』に引用される江戸時代後期の名医、荻野元凱の説として、黄疸に大柴胡湯が有効であることが指摘されている。

古方便覧』(六角重任・1782年)
(意訳)
〇四十数歳のある男性、突然の意識障害で倒れ、意識が回復した後で半身不随があり呂律難となって、うまくしゃべれずさまざまな医師が治療したが効果がなかった。私が診察すると季肋部が堅くはり腹部がはって、腹直筋が強く緊張している、腹部を押すと四肢を動かすほどであった。このためこの処方(大柴胡湯)をつくって飲ませると、12~3日で体が大体よく動くようになった。また、時々紫円で激しく下痢させて20日ほどでまったく良くなった。
〇五十数歳のある大酒家が長く左側腹部が堅くはりそのはっている大きさが御盆程度で、腹部の皮膚や筋肉が緊張し痙攣して痛むことがしばしばあり、胸苦しく熱がり、呼吸が荒くなって仰臥位をとれず、顔色は萎縮した黄色となって体がやせ衰えた。丙申の歳の春に押し寄せるような激しい熱が出て火など焼かれているように感じて、症状が五十数日経過した。私はこの処方(大柴胡湯)をつくって飲ませておよそ、五十数日分するとその熱は軽快し、また、時々紫円で激しく下痢をさせた。患者は信じて前の処方を1年ほど服用すると、長年の症状はすっかり良くなって全治した。
〇34、5歳のある女性が、発熱性疾患に罹患して18~9日経過してうわ言を言って胸苦しくじっとしておれず、熱が下がらず飲食できなくなった。さまざまな医師は致死的だと言った。私が診察すると、季肋部がはって腹部も膨満し腹直筋も緊張していた。この処方(大柴胡湯)を処方して6~7日すると腹部の膨満が消失して食事がとれるようになり、合計で20日程度で全治した。

方読便覧』(浅田宗伯・1876年)「台州曰く、黄疸は肝気脾に克つなり、大柴胡湯に宜しと」

肝機能障害
 肝機能障害は検査所見であり、当然古典のなかでは取り上げられていない。一方、肝炎などで肝腫大を来した場合に季肋部の圧痛が生じることや、黄疸などが認められることもあり、大柴胡湯の適応の一部であることが考えられる。
ノイローゼ、不眠症、食欲不振
 『類聚方広義』の症例でも抑うつに対する大柴胡湯の治療経験が載せられている。また、『古方便覧』の症例で煩躁し仰臥できない症例が載せられている。こうした精神の興奮に対して大柴胡湯は効果を示す。また、食欲不振に対しても消化器症状の改善および精神症状の改善から効果を示すものと考えられる。
脳溢血
 『古方便覧』に40代の脳出血と思われる病状の症例の記載があり、こうした病態への大柴胡湯の適応が伺われる。
高血圧症、糖尿病
 高血圧・糖尿病は西洋医学的概念であり、当然古典にはこうした記載はない。高血圧で認められる赤ら顔などは肝胆の熱の病態で認められやすく、また糖尿病の口渇や肥満も肝や胃の熱の病態で生じやすいものであり、そうした病態から増悪している高血圧・糖尿病に対しての効果が期待できるものと考えられる。
胃酸過多症
 胃の熱の病態では上腹部の不快感、灼熱感などが生じる。『類聚方広義』の症例でも、大柴胡湯の適応では吞酸感、胸やけの症状の合併が指摘されている。
じんましん
 直接的な蕁麻疹に対する大柴胡湯の適応を示した古典は発見できなかったが、『類聚方広義』にも“麻疹”など発疹性疾患に対する大柴胡湯の適応が示されている。
痔疾
 医療用漢方製剤の選択およびその適応の選定にも大きくかかわった昭和期の漢方の巨匠である大塚敬節の師であり、大正~昭和の初期に活躍した古方派の湯本求真は、大柴胡湯を痔などに応用していた。伝統的な漢方理論では足厥陰肝経は陰部から肛門・腰部に分布し、その熱の病態では痔も含めた発赤充血を来す疾患が生じると考えられており、大柴胡湯の適応の一部と考えられる。

臨床応用漢方医学解説』(湯本求真・1917年)「大抵小柴胡湯と同じくして下すべからざるものには大黄を除きて用ゆ其他脚気(本方の証極めて多し)癤腫、瘰癧肛門周囲炎、痔疾等」大柴胡湯 適応症

<まとめ>
 大柴胡湯は、“出典”の段階からその適応に対する変遷があり、その後は小柴胡湯の類似病態での下法の適応(肝・胆・胃の気滞と熱の病態)との位置づけから、日本の古方家の経験により同病態を呈するさまざまな疾患への応用がはかられてきた。

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喘息の漢方治療

2024年07月28日 15時54分53秒 | 漢方
私は小児科開業医で、小児科専門医とアレルギー専門医の資格を持っています。
そして漢方薬を多用する珍しい小児科医です。

アレルギー疾患の中では、花粉症診療に漢方薬が大活躍しています。

西洋医学の抗アレルギー薬はどうしても眠くなる傾向があり、
車の運転をする方に処方可能な西洋薬は限られてしまいがち、
眠くならないタイプは効果が今ひとつ・・・。

最近登場したディレグラ®は覚醒する交感神経刺激薬が入っていますが、
長期使用は避けるように言われています。

そんなジレンマの中、
私は西洋薬の抗アレルギー薬に漢方薬を併用することで、
“眠気を飛ばして効果2倍”という処方を長年してきました。
手応えは十分。
毎年花粉症シーズンになると、
「またあの薬の組み合わせでお願いします」
と患者さんがリピートします。

喘息に関しては、
ガイドライン通りに診療すると症状のコントロールができるようになることがほとんどなので、
漢方薬の出番は花粉症ほどはありません。

でも、西洋薬の手応えがない患者さんが一部存在し、
それは心因性の発作と思われることがしばしば。
つまり、“喘息発作を味方にしている”ため、
喘息と縁が切れないのです。
これを“疾病利得”と呼びます。

そのような患者さんには漢方薬が著効することがあります。
なぜかというと、
漢方薬には“気”の乱れに効く生薬が入っているからです。
特に「柴胡剤」と呼ばれる一群は、
ストレス反応でつらくなっている心をやわらげてくれます。

私の尊敬する漢方の大家、大野修嗣先生が喘息と漢方について書かれている文章を見つけました。
抜粋、整理してみます。

■ 漢方オンラインレッスン:第1章 症状・疾患別漢方治療「喘息」
解説:大野クリニック 院長 大野修嗣 先生
2021年12月:漢方スクエア)より一部抜粋(下線は私が引きました);



▶ 寛解期の喘息に対する漢方薬
・・・喘息に用いる漢方薬を寛解期、発作初期、発作期にわけて紹介します。
 寛解期には咳嗽、喘鳴の出現以前に将来のリスク回避を使用目的とした漢方薬を用います。

【柴朴湯】《本朝経験方》:柴胡7;半夏5-8;生姜1-2;黄芩3;大棗3;人参3;甘草2;茯苓4-5;厚朴3;蘇葉2-3
・咳嗽、喘鳴の出現以前に将来のリスク回避を使用目的とした漢方薬。
・柴朴湯は小柴胡湯と半夏厚朴湯を合わせた漢方薬。
(柴胡、黄芩)清熱薬で炎症を軽減。
(半夏、生姜)燥湿袪痰作用があり鎮咳・去痰に働く。
(生姜、大棗、甘草、人参)補脾益気の薬能をもち胃腸機能の改善と気力を益す。
(厚朴、蘇葉)理気作用で気うつの状態から回避させる。軽度の咳嗽に対する効果もあり、心理的問題からの気管支喘息の発症を予防する。

【苓甘姜味辛夏仁湯】《金匱要略》:茯苓1.6-4;甘草1.2-3;半夏2.4-5;乾姜1.2-3;杏仁2.4-4;五味子1.5-3;細辛1.2-3
・麻黄剤が不適、冷え症で、水様性喀痰を伴った気管支喘息発作前期に適応する。
(半夏、杏仁、乾姜、細辛、五味子)温性薬に分類され寒冷刺激から身体を守る。
(半夏、杏仁、五味子、細辛)鎮咳、去痰作用がある。
(茯苓)利水、健脾、安神作用があり、体液の分布異常、胃腸虚弱、不安感に対応する。

▶ 発作初期の喘息に対する漢方薬
 発作初期は軽度の症状が出現した時期で、発作の増悪が予見され、抗アレルギー作用のある麻黄、柴胡などが配合されている漢方薬が使われる。

【小青竜湯】《傷寒論》:麻黄2-3.5;芍薬2-3.5;乾姜2-3.5;甘草2-3.5;桂皮2-3.5;細辛2-3.5;五味子1-3;半夏3-8
・アトピー型喘息に応用され、アレルギー性鼻炎などを合併している喘息に適応がある。
・薄い鼻汁が出現して軽い咳嗽および薄い喀痰の排出を見た場合に適応します。
(麻黄、桂皮、芍薬)抗アレルギー作用が報告されている。
(麻黄、五味子、半夏)喘鳴を伴った咳嗽に対応する。
( 半夏、乾姜、細辛)燥性薬で水様性鼻汁、薄い痰に対応する。

【柴陥湯】《本朝経験方》:柴胡5-8;半夏5-8;黄芩3;大棗3;人参2-3;甘草1.5-3;生姜1-1.5;栝楼仁3;黄連1-1.5
・発作の前兆として胸部・上腹部の張りと重苦しさ(陥胸)が出現した状態に使用する。
・咳に誘発された胸痛、胸部絞扼感がある場合に適応する。
(柴胡、黄芩、半夏、人参、大棗、甘草、生姜)=小柴胡湯で気管支粘膜の炎症に対応する。
(半夏、黄連、栝楼仁)=小陥胸湯であり、清熱化痰の効能があり、鎮咳、去痰の効果がある。

▶ 発作期の喘息に対する漢方薬
・麻黄が配合された漢方薬が適応となる。麻黄の主成分はエフェドリンで、抗炎症、気管支拡張、鎮咳、抗アレルギーに働く。ICSとの併用で相乗効果が期待できる。

【麻黄湯】《傷寒論》:麻黄3-5;桂皮2-4;杏仁4-5;甘草1-1.5
・喘鳴を伴った喘息発作に適応する。
・発作の急性期に咳と喘鳴を軽減する目的で使用する。
(麻黄、杏仁)喘鳴を軽減して呼吸機能を改善させるという意味の「宣肺平喘」の薬能を持つ麻黄と鎮咳作用をもつアミグダリン (amygdalin) 成分の杏仁と組んで鎮咳・去痰の効果が増強される。
(桂皮、甘草)降気薬で気分を落ち着かせる。

【麻杏甘石湯】《傷寒論》:麻黄4;杏仁4;甘草2;石膏10
・喘息発作の初期で喘鳴、咳嗽、熱感の出現時に適応がある。
・感冒等に誘発された気管支喘息に対して、発熱、咳嗽、喀痰などを軽減させて、喘息発作に対応する。
(麻黄、杏仁)鎮咳去痰に働く。
(石膏)最も清熱作用が強力な生薬の1つで、また粘膜を滋潤して去痰を補助する。

【五虎湯】《万病回春》:麻黄4;杏仁4;甘草2;石膏10;桑白皮1-3
・主症状が乾性咳嗽・呼吸困難である場合に適応する。
・喀痰が多量の場合や、去痰が困難な場合には二陳湯を合方して五虎二陳湯とする。
(麻黄、杏仁、甘草、石膏)=麻杏甘石湯で、これに桑白皮を加味した構成になっている。
(麻黄・杏仁・桑白皮)鎮咳袪痰に働く。
(麻黄、石膏)麻黄は消炎効果と解釈できる清熱薬である石膏と組んで、気管支粘膜の炎症を改善させます。(桑白皮)桑白皮が加わることによって麻杏甘石湯よりも鎮咳作用が優れている。

【神秘湯】《外台秘要》:麻黄3-5;杏仁4;厚朴3;陳皮2-3;甘草2;柴胡2-4;蘇葉1.5-3
精神的状態が気うつ傾向である症例で乾性咳嗽、呼吸困難、胸脇苦満を伴った喘息に適応がある。
・麻黄剤でありながら柴胡剤であることが特徴であり、咳嗽、息苦さなど典型的な喘息症状に適応する。
( 麻黄、杏仁、厚朴)の組み合わせが鎮咳・止痰に働く。
(柴胡、蘇葉、厚朴、陳皮)気うつを調整し、気分を穏やかにする。
(陳皮、甘草)健胃薬として働き、麻黄の胃に障る症状を軽減します。

<まとめ>
・近年、喘息は西洋薬での病態コントロールが飛躍的に改善しています。ただ患者さんの訴えに対応した漢方薬の出番も少なくありません。
・喘息の寛解期には咳嗽、喘鳴の出現以前に将来のリスク回避を目的として柴朴湯や苓甘姜味辛夏仁湯を用います。
・発作初期には麻黄が含まれる小青竜湯、柴胡が含まれる柴陥湯を症状に応じて使い分けます。
・発作期には麻黄剤である麻黄湯、麻杏甘石湯、五虎湯、神秘湯を使い分けます。ICSとの併用で相乗効果も期待できます。

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小児の起立性調節障害に対する漢方薬

2024年07月08日 08時11分56秒 | 漢方
私は診療に漢方を取り入れている小児科医です。

日々の診療で、受診された思春期の患者さんが、
捉えどころのない体調不良(医学的には“不定愁訴”と呼びます)を訴えると、
まずは漢方薬の内服を提案します(カラダの不調メンタルの不調)。
1〜2週間試して手応えがなければ、
総合病院へ紹介して基礎疾患がかくれていないか検査をしてもらっています。

先日(2024.7.7)、日本小児漢方懇話会をWEBで視聴しました。

何人かの医師が、様々な視点から起立性調節障害について語りました。
が、聞き終わっても、全体像が見えないほど内容がバラバラ…。
これは、起立性調節障害という病名がつけられる患者さんの病態が、
単一ではなく多岐にわたっていることも理由の一つと思われます。

参考になるポイントを、備忘録としてメモに残しておきます。


▢ 惠紙 英昭Dr.の講演

■ フクロウ型(山本巌Dr.提唱)
・体がしんどい、疲れやすい、体力がない、頭が痛む、肩がこる、胃が痞える、重ぐるしい、吐き気がある、胃が痛む、めまいがする、手足が冷える。
・体力がなく、粘りがきかず、力仕事に向かない。
・「朝寝の宵っ張り」で寝ていたい。日曜日は昼まで寝ている。
・朝はボーッとしているが、夕方から夜にかけて最も元気。
・朝食は欲しくない。夕食が美味しいし、よく食べられる。
・早く寝ても頭がさえて眠れない。
・階段や山登りで、一番に行くが、すぐに息切れ、ハアハアいって先にへばる。
・女性は結婚して最初の子どもを出産した後に多い。
30歳代が最もつらく、40歳を過ぎるとだんだん訴えが少なくなり、60歳を過ぎればほとんど元気、70-80歳も元気で長生きをする
・スロースターター。
・世の中に2-3割いる。
・器質的疾患なし&不定愁訴だらけ・・・怠け?気分障害と診断されかねない。

■ 現代のフクロウ型体質(症候群)
・西洋医学的病名:起立性調節障害、Meniere症候群、不登校、睡眠障害(睡眠相後退症候群)、自律神経失調症・不定愁訴、気分障害・適応障害、頸椎・脊椎異常

■ フクロウ型の漢方治療

基本処方:
 → 苓桂朮甘湯(39)、あるいは五苓散(17)、あるいは39+17
 …効果が少ないときは増量、桂皮末追加

倦怠感(気虚)が強い、軽度無気力:
 → 補中益気湯(41)、十全大補湯(48)、人参養栄湯(108)、加味帰脾湯(137)、コウジン末追加

不安が強い
 → 半夏厚朴湯(16)、茯苓飲合半夏厚朴湯(116)、柴胡桂枝湯(10)、柴胡桂枝乾姜湯(11)、柴胡加竜骨牡蛎湯(12)、加味逍遥散(24)、柴朴湯(96)、桂枝加竜骨牡蛎湯(26)、等

抑うつ気分
 → 香蘇散(70)、半夏厚朴湯(16)、茯苓飲合半夏厚朴湯(116)

過敏性腸症候群
 → 小建中湯(99)、桂枝加芍薬湯(60)、柴胡桂枝湯(10)、加味逍遥散(24)など

打撲の既往
 → 治打撲一方(89)、葛根加朮附湯(141)など

瘀血・打撲(便秘)
 → 駆於血剤:桂枝茯苓丸(25)、桂枝茯苓丸加薏苡仁(125)、桃核承気湯(61)、通導散(105)などを併用。61と105は少量でよい。

・一貫堂解毒症体質
 → 柴胡清肝湯(80)、荊芥連翹湯(50)、竜胆瀉肝湯(76)

※ 以上の方剤に西洋薬(低血圧治療薬)、向精神病薬なども少量併用

■ 重症度(こじれ具合)による使い分け

軽症
 苓桂朮甘湯(39)、五苓散(17)など

中等症
 苓桂朮甘湯(39)、五苓散(17)、真武湯(30)など
  +
 半夏厚朴湯(16)、補中益気湯(41)、十全大補湯(48)など

重症・こじれた例
 苓桂朮甘湯(39)、葛根加朮附湯、柴胡剤など
  +
 駆於血剤:治打撲一方(89)、一貫堂医学
 西洋薬、眠剤、抗うつ薬、抗精神病薬(アリピプラゾールなど)

<方剤解説>

苓桂朮甘湯
(構成)
茯苓・蒼朮・桂皮・・・利水
桂皮・・・血行をよくする、軽度強心作用、抗不安作用
茯苓・桂皮・甘草・・・心悸亢進(動悸)を鎮める
(ポイント)
・朝起きが苦手、浮腫(体が重い)、めまい、頭痛、立ちくらみ、倦怠感、冷え、神経質など。
(適応)…山本巌Dr.による
・めまい、眼前暗黒、立ちくらみ
・頭痛、肩こり
・心悸亢進
 ✓ 立ちくらみと同時に心悸亢進
 ✓ 不安・驚きなどの精神的原因による心悸亢進
・倦怠感および疲労感
・フクロウ型
・腹診で振水音

【柴胡清肝湯】
(構成)
黄連・黄岑・黄柏・山梔子(=黄連解毒湯)・・・消炎解熱作用、止血作用
当帰・川芎・芍薬・地黄(=四物湯)・・・補血作用、止血作用
桔梗・括楼根・甘草・・・去痰、排膿作用
括楼根・地黄・甘草・・・滋潤、清熱作用
薄荷・柴胡・牛蒡子・・・辛涼解表作用
(ポイント)
・小児の解毒症体質改善(扁桃炎、扁桃周囲炎、咽頭炎、中耳炎など)
・慢性炎症、再発性炎症、腎炎の予防、神経過敏、湿疹


▢ 網谷真理恵Dr.の講演

■ 起立性調節障害は身体症状&不安&生活の乱れ
・身体症状だけに着目するのではなく、生活・行動に着目してゴールを設定する
  ← 症状だけに着目していると、終日ふとんの上から出られない。
・問診は必ず本人から丁寧に(親に内緒の夜の行動)
・子どもたちは自分の「不安」に気づいていない(失感情症傾向)
・親の焦燥感をコントロール(親と子どもは見ている視点が違う…親は“将来”、子どもは“今”)

体位性頻脈症候群(Postural tachycardia syndrome, POTS
・起立性調節障害のサブタイプの一つ。
・起立時の血圧低下はなく、起立時頻脈とふらつき、倦怠感、頭痛などの症状
・起立時の心拍数115以上、または起立10分以内の平均心拍増加が30以上
 (30以上と定義している論文もある)
不安障害パニック障害と併存することが多く、診断がつきにくい。
慢性疲労症候群の40%がPOTSに罹患している。
・米国人口の0.2-1.0%、中央値17歳、最頻値発症年齢は14歳(2019年の調査)

■ POTS臨床症状を漢方的にとらえると…

交感神経過剰型Hyperadrenergic):不安、冷え、四肢の自汗、震え、頻尿
 → 気逆柴胡加竜骨牡蛎湯(12)、抑肝散(54)

神経性Neuropathic):脱力、起立時の足色の変化、神経因性疼痛、頭痛、不眠
 → 気虚補中益気湯(41)、加味帰脾湯(137)

低血液循環量性Hypovolemic):疲労、運動不足、めまい、集中困難・思考困難(ブレインフォグ)
 → 水滞五苓散(17)

・その他;
 気うつ → 半夏厚朴湯(16)
 気虚+水滞 → 半夏白朮天麻湯(37)
 気逆+水滞 → 苓桂朮甘湯(39)

■ 起立性調節障害の漢方治療(講師案)
・・・五苓散を基本に“気”に作用する方剤を併用
苓桂朮甘湯 ← 窮迫しためまい(突き上げられる、引っ張られる)、動悸
苓桂朮甘湯  十全大補湯 ← 疲労とめまい(気虚・血虚・めまい)
半夏白朮天麻湯 ← 冷えて気力がなく頭痛を伴うめまい
五苓散 + 補中益気湯 ← 朝方の疲労感
五苓散 + 柴胡加竜骨牡蛎湯 ← 外や場所に不安(不安障害・パニック障害、教室に入れない)、手が震える、過呼吸を伴う
茯苓飲合半夏厚朴湯 ← 悩みが多く吐き気を伴う
五苓散 + 半夏厚朴湯友人関係に悩む(自分より友人の心配事を優先)、胸のモヤモヤ、咽喉頭閉塞感
五苓散 + 加味帰脾湯 ← ブレインフォグ、集中力低下を伴うとき、Long-COVID
五苓散 + 柴胡桂枝湯 ← 頭痛、腹痛など痛みがあるとき
五苓散 + 抑肝散 ← 朝の癇癪 …対人関係ストレスによる怒り、けんかっ早い
小建中湯 ← 骨格が細く、自己主張苦手、腹直筋緊張緊張・不安 …感受性豊かでIQ高い、予期不安にとらわれる


▢ 小川恵子Dr.の講演

■ 起立性調節障害診断基準を再確認
(11項目中3つ以上が当てはまる場合、起立性調節障害を疑う)
1.立ちくらみ、あるいはめまいを起こしやすい       …水滞
2.立っていると気分が悪くなる。ひどくなると倒れる    …水滞
3.入浴時あるいは嫌なことを見聞きすると気持ちが悪くなる …水滞、肝・心の異常
4.少し動くと動悸あるいは息切れがする          …水滞
5.朝なかなか起きられず午前中調子が悪い         …水滞
6.顔色が青白い
7.食欲不振                       …脾虚
8.臍疝痛をときどき訴える                …脾虚?
9.倦怠あるいは疲れやすい                …気虚
10.頭痛                         …水滞
11.乗り物に酔いやすい                  …水滞




■ 主体となる症状で方剤を決めると…
1-5・10・11(水滞)→ 五苓散、苓桂朮甘湯、半夏白朮天麻湯
9(倦怠感)→ 補中益気湯、黄耆建中湯
7(食欲不振)→ 半夏白朮天麻湯、六君子湯、四君子湯、二陳湯
8(腹痛) → 建中湯類(小建中湯、黄耆建中湯)、柴胡桂枝湯(心腹卒中痛)、腹痛が強い場合は芍薬甘草湯の頓服
3(心身症の要素)→ 柴胡桂枝湯、四逆散、抑肝散(加陳皮半夏)、甘麦大棗湯、加味逍遥散

■ 江部経方理論の気血津液の定義
・広義の血:拍動する、温かく、流れる水と血
 =狭義の気+狭義の津液+狭義の血
・広義の気:狭義の気+狭義の津液
 温かく流れる水
・狭義の津液
 液体という素材

■ 経方医学における胃と胃気
・気の最大の産生場所として胃が重要
・『傷寒論』における邪正闘争を担う
・「正気」は胃気である。
・脾・肌はいつでも利用可能な形で胃気を蓄えるところである。

■ 「水」の仮想モデル上の分類

湿:陰液とほとんど性質が同じ
(生薬)白朮、蒼朮、茯苓、沢瀉
(方剤)五苓散(17)、苓桂朮甘湯(39)

:湿より粘稠
(生薬)半夏、陳皮
(方剤)二陳湯、半夏厚朴湯

:陰より粘稠で固形化したもの
(生薬)栝呂仁、括楼根、乾姜
(方剤)柴陥湯(73)、柴胡桂枝乾姜湯(11)、猪苓湯(40)

■ 湿を去る生薬
茯苓(作用部位:全身)
…尿や発汗をすることで悪い水を去り、よい津液を運ぶ。
…精神を落ち着ける作用がある。
猪苓(作用部位:膀胱)
…直接膀胱に作用し、利尿する。
沢瀉(作用部位:肌、心下、小腸、膀胱)
…湿を小腸、膀胱から尿として排泄させる。
(作用部位:胃、小腸、心下、肌、腹、肉)
…蒼朮:燥湿中に入り込んだ湿を排出する。
…白朮:気を補う作用が強い。発汗を抑制する。
薏苡仁(作用部位:皮肌肉骨節、血中、肺、胸、腸)
…湿を去る。排膿作用。
滑石(作用部位:皮、肌、肉、小腸、大腸、膀胱)
…尿や発汗をすることで熱を冷ます。
…尿排出を促進し、下痢を止める。

■ 五苓散を頭痛に使うようになったのは江戸時代から
・村井琴山(1733-1815)…「五苓散の煩は頭痛である」
・大塚敬節(1900-1980)… 三叉神経痛に効果のあった症例を報告
・矢数道明(1905-2002)… 頭痛、片頭痛に用いて多くの著効例を報告した。天候変化に伴う頭痛に著効することを報告。

<方剤解説>(江部経方理論)

【小建中湯】
…一般的には「脾を補う」とされているが、経方理論では「腎を補う」方剤として位置づけられている。
① 生気の不足(特に腎気)
・大棗、生姜、甘草で生じた胃の気津を、桂皮、芍薬にて全身に供給
・2倍の芍薬が主に腎に気を供給
② 気のベクトルの異常
・守胃機能失調 → 腎を養えず腎の気陰は不足する。
・第102条 胃気が守られず、過剰に上衡
③ 血絡の不通
・虚労による全身的な気血津液不足
 → 血絡の不通し、絡の多い腹部で「腹中痛」を起こす。

 ①②③に対して…
  ↓↓↓
 大棗、生姜、甘草で気津を産生
 桂皮<芍薬の配合により、腎に気を供給
 気血津液を正しく流す

※ 桂枝(上、外側)
 胃気 → 脈外の衛気、脈中の営血の推進
 胃気 → 肌
※ 芍薬(下、内側)
 脈中の営血を絡 → 肝、心、心下 → 小腸、膀胱
 胃気・熱の過剰な上昇を降ろす
 気津を腎に供給

【五苓散】(江部経方理論)
肌 → 心下 → 小腸 → 膀胱 → 尿
という環流路、三焦の機能を回復させ、
多量の温かい湯で胃津を補う。
・構成生薬の薬効:
 朮、沢瀉ー肌水
 茯苓ー皮水
 白朮、沢瀉ー心下の飲
 猪苓、茯苓、沢瀉ー膀胱の水飲
 猪苓ー直接膀胱に作用し、排尿
 桂枝ー全身の三焦気化作用を高め、残存する表邪を外散

【補中益気湯】
・構成生薬の薬効
人参、黄耆・・・気を補う
升麻、柴胡・・・気を持ち上げる
陳皮、朮 ・・・痰飲を去る
甘草、大棗、生姜・・・消化管機能を改善

※ 升麻
・清熱解毒消腫
・発表透疹 …肌の風邪を散じる
・昇虚陽気 …人参・黄耆・柴胡と組み合わせる
・作用する場所:口、咽喉、胃、皮、肌

【苓桂朮甘湯】
胃の守胃機能の失調、もしくは胃気の不足による胃飲が胃から心下に至り「心下逆満」する。
・さらに心下の飲のため、胃気は心下から上に昇りにくく、下方の腎に多く注ぎ込み、腎の気化の限界を超える。
・そのために腎気は心下の飲を伴って「胸に上衡」したり、頭に上り「頭眩」となる。

【柴胡桂枝湯】
・『金匱要略』第22条『外台』柴胡桂枝湯方治心腹卒中痛者
・痛み=絡不通
・膈の昇降出入が不利
 → 胆の疏泄失調、肝の疏泄不利
 → 心下・腹部の絡の不通
・心下の不利のため心下には飲を生じる可能性もある。

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漢方医学では「こころ」をどう捉えるのか?

2024年07月06日 07時13分05秒 | 漢方
漢方理論はいくつかの概念を導入して使い分けています。
初学者にはそれがピンとこなくて混乱するのですが・・・。

急性疾患には「六病位」や「気血水」
慢性疾患には「気血水」と「五臓論」
が使用される傾向にあると思います。
※ 五臓・・・肝・心・脾・肺・腎

漢方を多用する小児科医である私の最近の悩みの一つに、
・発達障害(ADHD、ASD)
・起立性調節障害(OD)
の「こころ」「気持ち」に対する処方があります。

こころは五臓論の「脳」に効く生薬を使えばいいのではないかと考えましたが、
残念ながらなぜか五臓には「脳」がありません。
因みに私が“こころの症状”よく使用する漢方は、
「肝」と「心」に分類されることが多いです。

では人間のこころの働きを、五臓論ではどう捉えてきたのでしょう。
あるWEBセミナーで、
「五臓論では“こころ“の部分部分を各臓器に分配した」
と説明されました。

なるほど!
だからわかりにくかったんだ・・・。

ではどのように分配されているのか、
チェックする必要がありますね。

こちらを参考に、
五臓の“こころ”に関する部分の抽出を試みました。


<総論>
 概要
・『黄帝内経』に「意識・思惟・精神・情緒は脳の機能である」と記載されている。
・五臓の生理機能が正常であってこそ、脳の機能も正常に機能する。
・意識・思惟・精神・情緒は五臓それぞれの生理活動と密接な関係がある。
(例)肝ー魂、心ー神、脾ー意、肺ー魄、腎ー志

<各論>
【肝】
■ 疏泄を主る・・・「情志」の調節
・中医学では人の情志活動は心とともに肝の疏泄とも密接な関係があるとしている。肝の疏泄機能が正常であれば、気機は正常に活動し、気血は調和し気持ちも明るくなる。
・肝の疏泄機能は情志に影響を与える。
・肝の疏泄機能が失調すると情志に変化(抑制と興奮)が現れやすくなる。
・肝気が鬱結すると抑うつ状態になりやすく、わずかな刺激を受けただけでも強い抑うつ状態に陥りやすくなる。
・肝気が興奮しすぎるとイライラしやすくなり、わずかな刺激でも怒りやすくなる。
・外界からの刺激を受けて起こる情志、とくに「怒」は肝の疏泄機能に影響を及ぼしやすく、これにより肝気の昇泄過多という病理変化が生じることもある。

■ 肝と五行との照応関係・・・怒は肝の志
・怒は一般的に生理活動に対して好ましくない刺激を与える感情で、気血を上逆させ、陽気を過度に昇泄させる。
・肝は疏泄を主っており、陽気の昇発は肝のはたらきによるものであることから、怒は肝の志とされている。激しく怒ると、肝の陽気の昇発が度を超すことになるので「怒は肝を傷(やぶ)る」という言い方もする。
・肝の陰血が不足すると、肝の陽気の昇発が過剰となり、わずかな刺激を受けても怒りを覚えやすくなる。

【心】
■ 心は神志を主る(心は神を蔵す、心は神明を主る)
・心には精神・意識・思惟活動を主宰する機能がある。
・「神」には広義と狭義の二通りの意味がある。
・広義の「神」・・・人体の生命活動の外的な現れを指す。
(例)人体の形象および顔色・眼光・言語の応答・身体の動きの状態など
・狭義の「神」・・・精神・意識・思惟活動を指す。
・心の機能が正常であれば精神は充実し、意識や思惟もしっかりしている。
・心が機能失調に陥れば、精神や意識・思惟活動が異常となり、不眠・多夢・気持ちが落ちつかないなどの状態になり、うわごとを言ったり、狂躁の状態になることもある。あるいは反応が鈍くなったり、健忘・精神萎靡となったり、昏睡・人事不省になることもある。
■ 喜は心の志
・外界の事物事象から受ける印象より起こる情緒の変化を「五志」という。
・「喜は心の志」とは、心の生理機能と精神情緒の「喜」との関係を言ったもの。
・「喜」は人体に対して良性の刺激を与える情緒で、心の「血脈を主る」などの生理機能に対してプラスに作用する。しかし過度になると、かえって心身を損傷することもある。

【脾】
■ 思は脾の志
・思とは思考・思慮のことであり、精神・意識・思惟活動の一つ。
・正常に思考する場合には、生理活動に対し悪い影響を与えないが、思慮が行き過ぎた場合、あるいは思念が現実化しないとしばしば生理活動に影響を及ぼす。最も影響を受けやすいのが気の運動で、気滞と気結を引き起こしやすくなる。
・脾の運化機能の失調は、思に悪影響を与え、ひいては生理活動にまで影響を及ぼす。例えば気結があるために、脾の昇清がうまく行えなくなると、思慮過度となり食欲不振・院腹の脹悶感・眩暈などの症状が現れやすくなる。

【肺】
■ 憂は肺の志
・憂と悲はともに肺志とされている。
・優秀と悲傷は、ともに人体に悪い刺激を与える情緒で、これにより人体の気は次第に消耗される。
・肺は気を主っているので、憂と悲は肺を損傷しやすい。
・肺が虚している場合には、憂と悲という情緒変化が起こりやすくなる。

【腎】
■ 恐は腎の志
・恐とは物事に対して恐れおののく精神状態。
・恐と驚は似ている。驚は意識せず突然受けるショック、恐は対象を明確に捉えた精神状態(いわゆるビクビク、おどおどした状態)。
・恐も驚もともに不良な感情で、ともに腎を損傷することがある。
・恐は腎の志であるが、心が主っている神明とも密接な関係がある。心は神を蔵しており、神が傷れると心が怯えて恐となる。恐により腎を損傷し、腎気不固となり遺尿が起こる。


・・・一読してみたものの、やはりよくわかりません。
理解するには「五志」、つまり陰陽五行説の、
 肝ー怒
 心ー喜
 脾ー思
 肺ー憂
 腎ー恐
も視野に入れてかみ砕く必要がありそうです。
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生薬(甘草・大黄・山梔子)の副作用

2024年07月06日 06時21分33秒 | 漢方
「副作用が少なそうなので漢方薬を希望」
される患者さんがいます。
でも漢方も“くすり”です。
体に一定の影響を及ぼすのですから、
それが体によいことばかりではありません。
体に不都合な作用を“副作用”と呼びます。

漢方薬を多用する小児科医である私は、
副作用に気をつけながら処方しています。

漢方の診断名である“証”に基づいて使用すれば回避できる副作用もありますが、
患者さんの体質によるアレルギー反応は西洋薬同様、完全回避不能ですし、
長期使用にてジワジワと出現してくる(用量依存性)副作用もあります。

最近私が悩んでいるのは、
・発達症に使用する柴胡剤
・月経前症候群に使用する加味逍遥散(24)
です。

柴胡剤に含まれる黄岑は抗炎症・抗アレルギー効果に優れた生薬ですが、
“効く薬は副作用もある”という暗黙のルール通り、
その生薬自体がアレルギーの原因にもなり、
まれに間質性肺炎や肝機能障害を起こすことが報告されています。
間質性肺炎は「風邪を引いたわけでもないのに咳が止まらない」という症状でチェック可能ですが、
肝機能障害は「だるい、食欲がない」と捉えどころがない症状で始まりますのでやっかいです。

私は柴胡剤を長期使用する場合、開始後1ヶ月以内に1回、
その後は半年〜1年に1回ペースで血液検査をすることにしています。

ここで問題になるのが発達症の患者さんです。
癇癪やパニックを起こす子どもがいるので、採血が大変なのです。
これは、発達症に漢方を使用している小児科医共通の悩みです。

漢方が効いているので止めたくない、でも採血はできない患者さんには、
「ヘンにだるそう、食欲がないときは中止して報告してください」
と指導するしかありません。

月経前症候群に加味逍遥散がとてもよく効いている女子がいます。
月経前のイライラ感が強く、家族も本人も困っていたのが、
この薬を飲み始めてから「とても楽になった」「この薬を手放せない」と報告してくれました。

加味逍遥散には山梔子という生薬が入っています。
この漢方を年単位で使用し、5年くらいすると山梔子による消化器障害「腸間膜静脈硬化症」が出現することが報告されています。
この副作用はアレルギー反応ではなく“使用量依存性”の副作用です。

月経は長い期間つき合っていかなければなりません。
5年以内に休薬する必要があるとすると、
別の漢方薬を探さなければなりません。
今のところ、女神散(67)が候補ですが、
果たして将来、どうなることやら…。

わかりやすい記事が目に留まりましたので、紹介します。

“甘草”という生薬の有名な副作用「偽アルドステロン症」の解説があります。
その中で、「甘草の作用はステロイドに似ている」という表現がありますが、
私は昔からそう感じています。
甘草は天然素材由来の“ステロイド様作用”が得られる貴重な生薬です。
しかし副作用はステロイド薬ほど重くはありませんので、
気をつけながら使用すればとてもよい薬になります。


■ 漢方薬の飲み過ぎで「大腸が真っ黒」になる
…医師が「副作用に注意すべき」と警鐘を鳴らす漢方薬の名前「漢方は副作用が少ない」はウソ
大脇 幸志郎:医師
2024/01/13:PRESIDENT Online)より一部抜粋(下線は私が引きました);

…医師の大脇幸志郎さんは「漢方薬に含まれる『甘草』や『大黄』、『山梔子』には頻繁に出会う副作用や重篤な副作用が指摘されている。『漢方薬だから副作用はない』と思って飲み過ぎると思わぬ健康被害にあう」という――。

▶ 本当に漢方薬は副作用が少ないのか?
・・・あるアンケート調査(※)では、回答者の7割以上が「漢方薬は副作用が少ないと思う」と答えていますが、本当に漢方薬は副作用が少ないのでしょうか。
結論から言いますと、残念ながら、漢方薬にも副作用はあります。たいていの副作用は軽い症状にとどまり、飲むのをやめれば解消するのですが、中には深刻な副作用もまれにあります。
この記事では漢方薬の副作用のうち筆者がよく出会うものや特に深刻なものをいくつか紹介します。

▶ 放っておくと大変なことになる「偽アルドステロン症」
漢方薬の副作用として特に代表的なものが「偽アルドステロン症」です。
これは出会う機会も多いし放っておくと大変なことになるので、漢方薬を出す医師は必ず知っておくべきものです。
厚生労働省の資料によると、「偽アルドステロン症」には、高血圧、むくみ、手足のだるさ、筋肉痛などの症状があるとされます(『重篤副作用疾患別対応マニュアル』「偽アルドステロン症」)。

▶ 漢方薬に含まれる「甘草」が副作用を起こす
偽アルドステロン症は、多くの漢方薬に含まれている甘草が起こす副作用です。
より詳しく言うと、甘草の有効成分であるグリチルリチン酸が偽アルドステロン症を起こします。



アルドステロンというのは人体が自然に作っているステロイドホルモンの一種です。グリチルリチン酸はアルドステロンのような作用、たとえば血圧を上げ血中のカリウム濃度を下げるといった作用を引き起こします。

▶ 「ステロイドホルモン」の作用を強めてしまう
ステロイドホルモンという言葉が出てきました。ステロイドというのはあるグループの化学物質を指す言葉で、多くの物質がステロイドに分類されます。医薬品でステロイドと言えばふつう、アルドステロンとは別の、炎症を抑えて熱や痛みなどをやわらげるタイプの薬を指します。
人体内ではコルチゾールというステロイドホルモンがこの作用を持っています。ステロイド薬は、おおまかに言って、コルチゾールの作用をまねるように作られた物質です。
アルドステロンもコルチゾールもステロイドです。それぞれ機能は違うのですが、完全に異なるわけではなく、共通の作用を持っています。それが血圧を上げるとかカリウム濃度を下げるというものなのです。
ただ、体内では、コルチゾールが代謝されてコルチゾンという物質に変わることで、アルドステロンのような作用が抑制されています。
しかし、漢方薬の「甘草」すなわち「グリチルリチン酸」を摂取すると、その代謝産物が、コルチゾールからコルチゾンへの代謝を阻害してしまいます。
するとコルチゾールが過剰になり、アルドステロンのような作用も過剰になります。これが「偽アルドステロン症」です。
簡単に言うと、漢方薬の代表的な副作用は、ステロイドの副作用とも言えるのです。

▶ 認知症に処方される「抑肝散」に注意
甘草を含む漢方薬は、天然のステロイドであるコルチゾールを介した副作用を持っています。とすれば、漢方薬の「効果」も、コルチゾールによる部分があるのではないでしょうか?
ステロイド薬はいろいろな病気や症状に使われる、とても便利でよく効く薬です。ステロイドは炎症を抑え、熱や痛み、アレルギー反応をやわらげます。なんとなく、漢方薬が出される症状に似ている気もします。

甘草を含む漢方薬の公式説明文書(添付文書やインタビューフォーム)には、必ず、グリチルリチン酸が含まれること、偽アルドステロン症に注意すべきことが書かれています。
偽アルドステロン症を起こす漢方薬としてよく目にするのは「抑肝散」です。
抑肝散は、認知症による興奮を抑えると信じられているようです。ただ、これは臨床試験のエビデンスに基づいて承認された効能ではありません。1967年と1976年に多くの漢方薬製剤が臨床試験なしで薬価収載されたため、漢方薬について知るには臨床試験を頼りにできません。
・・・

▶ 下剤として使われる「大黄」の副作用
たいていの薬は服用をやめると効果がなくなります。
ただ、中には急にやめると困ったことになる薬もあります。ステロイド薬はその代表です。
漢方薬の中にも、しくみは違いますが、長く続けるとなかなかやめられなくなるものがあります。
代表的なものが、排便を促す作用のある「大黄」を含む処方です(排便のための漢方薬には大黄を含まないものもあります)。
大黄の有効成分はセンノシドという物質です。いろいろな植物がセンノシドを含んでいて、西洋でも伝統的に下剤として使われてきました。いまでもセンノシド製剤のアローゼンプルゼニドピムロなどがよく処方されています。

▶ 大腸の内側が黒くなる「大腸メラノーシス」
センノシドはよく効きます。スッキリするという感想もよく聞きます。
しかし長期にわたって毎日飲んでいると、だんだん効かなくなってきます。このことは添付文書で注意喚起されています。
困ったことに、センノシドが効かなくなった人は、どんな薬を使っても排便が困難になってしまう場合があります。
この状態の人の大腸を内視鏡で見ると、内側が黒ずんで見える場合があります。
これが「大腸メラノーシス」と呼ばれる状態です。
センノシドの長期服用が、「大腸メラノーシス」をもたらすとされています。

▶ よく分かっていない「いわくつきの薬」
ただ、これにはあいまいな点も残っています。
「大腸メラノーシス」になると腸の本来の機能が弱っているのではないかという説がある一方、それに反対する説もあり、よくわかっていません(『日内会誌』 108:40~45,2019)。
また、センノシドが効かない状態は、別の原因で腸の機能が弱った結果かもしれず、必ずしもセンノシドが原因とは限りません。
センノシドのような刺激性下剤は西洋では比較的人気がなく、研究も進んでいません。
学会のガイドラインなどでは一般に、センノシドのようなよく分からない薬よりも、より素性の知れた薬を優先して使うよう推奨されています。
学会も必要なときだけにしろと言う「いわくつき」の薬が、大黄を含む漢方薬の有効成分なのです。
「漢方だから安全」と単純には言えないのです。
・・・

▶ 特に注意すべき漢方薬「防風通聖散」
最後に、特に注意すべき漢方薬をご紹介します。
それは「防風通聖散」です。
防風通聖散には、ここまで紹介してきた「甘草」と「大黄」に加え、「山梔子さんしし」が含まれています(この記事では紹介しきれませんが、ほかに「黄芩」と「麻黄」も副作用の面で「いわくつき」の成分です)。
山梔子は長期にわたって飲み続けると、「腸間膜静脈硬化症」という副作用をもたらすとされます。
厚生労働省によれば、「腸間膜静脈硬化症」で腸を切り取る手術が必要になった例もあるとのことです。
そのため、長期間にわたり服用する場合は、定期的にCT、大腸内視鏡等の検査を行うこと、腹痛、下痢、便秘、腹部膨満等が繰り返しあらわれた場合には特に注意すること、とされています。

▶ 「ダイエット目的」で飲む人は注意が必要
防風通聖散の効能・効果は「腹部に皮下脂肪が多く、便秘がちなものの次の諸症:高血圧の随伴症状(どうき、肩こり、のぼせ)、肥満症、むくみ、便秘」とされています。
ダイエット目的の人に人気があるのか、別の商品名のものを含め20種類以上も出ています。
偽アルドステロン症を起こす甘草。大腸メラノーシスを起こす大黄。腸間膜静脈硬化症を起こす山梔子。
副作用をもたらす成分を3つも含んでいる「防風通聖散」は、なんと処方箋なしで買えます(というか、たいていの漢方薬は処方箋なしで買えます)。
まずは、もし「漢方だから大丈夫」とか「市販薬だから大丈夫」と思って名前も確かめずに飲んでいる薬が手元にあれば、パッケージの注意を一度読んでみてください。心配になったら店舗の薬剤師に相談することもできます。
・・・
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かぜに対する漢方薬は2つのパラメーター(経過日数と症状)で選択すべし

2024年07月03日 04時47分46秒 | 漢方
私は漢方を多用している珍しい小児科医です。
風邪患者さんにも希望する方には漢方薬を処方しています。

子どもが飲みやすい工夫も一緒に教えています。
「漢方は苦いから子どもは無理!」
と大人は思い込んでいても、飲んでくれることも結構あります。
中には効果を実感して、
「今日も漢方出してください」
とたどたどしく言う幼児もいたり…。

飲めて手応えがあったときはリピーターになってくれます。
具体的な効果は、
・風邪の治りがよかった
・夜の鼻づまりが楽になった
等の他に、体質改善の薬を使った場合は、
・風邪を引きにくくなり受診回数が減った
・保育園を休み日数が減った
という声もあります。

さて、かぜに対する漢方薬は、
その phase と症状で20種類くらいを使い分けます。
そのことにわかりやすく言及した記事を見つけましたので、
知識の整理がてら読んでみました。


■ “かぜ”の漢方、最適な処方を選ぶ2つのポイント
山内雅史(東条病院[千葉県鴨川市]副院長)
2024/06/27:日経メディカル)より一部抜粋(下線は私が引きました);
・・・
 ウイルス感染による急性上気道炎だと考えて対症療法を行う場合、漢方薬も選択肢になり得ます。漢方薬は、味や剤型から苦手な方もいる一方で、1種類で治療が完結することが多いというメリットがあります。解熱鎮痛薬、鎮咳薬、去痰薬など複数の薬剤を使用せず、総合感冒薬のように用いることができるのです。
 例えば、麻黄湯、葛根湯などは抗ウイルス作用があるだけでなく熱産生を助けることで発汗を促し、早期に解熱させる作用があることから解熱鎮痛薬を併用する必要がありません。
・・・

▶ エビデンスで見る急性上気道炎への漢方薬の有効性
 急性上気道炎に対する漢方薬の効果を検証した研究を紹介します。

・解熱薬と漢方薬(急性上気道炎で頻用される複数の漢方薬)を比較した試験では、解熱薬群(45人)の発熱の持続時間は2.6±1.7日だったのに対し、漢方薬群(35人)は1.5±1.9日と、有意に短くなっていました1)。さらに、咽頭痛や鼻汁といった症状の持続についても、解熱薬群の6.6±3.6日に対して、漢方薬群では5.1±1.9日と有意差を認めました。

・総合感冒薬と麻黄附子細辛湯の急性上気道炎への有用性を調べた試験もあります。臨床症状の改善度を「著明改善」「中等度改善」「軽度改善」「不変」「悪化」の5段階で評価したところ、総合感冒薬群(88人)で中等度以上の改善を得られたのは60.3%、麻黄附子細辛湯群(83人)では81.9%であり、有意差が確認されました2)。発熱の持続期間も、前者は2.8±1.5日、後者では1.5±0.7日と、有意に短い結果となりました。

・5日以上持続する症状(口内不快[口の苦み、口の粘り、味覚の変化]、食欲不振、倦怠感)を伴う急性上気道炎患者に対する小柴胡湯の有効性、安全性を検討したプラセボ対照二重盲検ランダム化比較試験でも、症状全般の改善度、咽頭痛や倦怠感など症状ごとの改善度のいずれにおいても、小柴胡湯の方が有意に優れていました3)。

・インフルエンザにも漢方薬が使われます。中でも、よく処方されるのが葛根湯と麻黄湯です。葛根湯は、炎症細胞浸潤を増強させる作用を持つインターロイキン(IL)-1αの誘導を抑制すると共に、気道上皮のIL-12などの産生を促進することでウイルスの増殖を妨げ、炎症を軽減させるといわれています4)。麻黄湯に関しては、in vitroで抗ウイルス活性を有することが明らかになっています5)。

▶ 漢方薬選びで注目すべきは「発症からの経過日数」と「症状のパターン」
 漢方薬を選択するに当たっては、患者が受診したタイミングが発症から「3日以内か」「4日以降か」で分けて考えることをお勧めします。ウイルスによる急性上気道炎は日数の経過に伴って症状が変化していくからです。例えば、発症初期は発熱が中心だったものの、解熱後は別の症状が残存したり、増悪したりすることもあります。発症後3日以内/4日以降で区切ると、それらの症状の移ろいに合わせて、より適切な処方がしやすくなると感じています。

発症から3日以内に受診した場合
 発症から3日以内のケースでは、表1のように症状のパターンに応じて使い分けましょう。

▢ 発症から3日以内に受診した場合に選択肢となる漢方薬
(症状のパターン)    (選択枝となる漢方薬)
・悪寒 → 発熱        麻黄湯、葛根湯
・悪寒 → 微熱/発熱なし   小青竜湯、麻黄附子細辛湯
・悪寒も発熱もなし(※)  桂枝湯、香蘇散
※ 発熱後1日程度で自然解熱した例も含む

 「悪寒→発熱」という発症パターンであれば、麻黄湯、葛根湯が適応になります。これは、急性上気道炎に限った話ではなく、インフルエンザでも新型コロナウイルス感染症でも、ウイルスが原因の場合には基本的に当てはまります。いずれも、まずは発汗させて自然解熱を助ける効果に加え、抗ウイルス作用を有するからです。インフルエンザのように高熱が出やすいケースでは、解熱作用のある麻黄、桂皮を多く含む麻黄湯を、発熱に伴う頭痛や筋肉痛が目立つときには、葛根、芍薬といったそれらの症状を緩和する生薬が入った葛根湯を使用します。

 「悪寒→微熱/発熱なし」(高熱は出ないが悪寒が続いている[微熱がないものも含む])のパターンでは、細辛、乾姜といった体を温める生薬が入っており、発汗・解熱に働く小青竜湯を選びます。特に、水溶性鼻汁や湿性咳嗽を伴う場合に効果を期待できます。冷えや悪寒が強く、顔色も悪いようならば、細辛や附子といった体を温める生薬を含む麻黄附子細辛湯が最適です。

 「悪寒も発熱もなし」で適応になるのは桂枝湯香蘇散です。前者は麻黄を含まず発汗・解熱作用は強くないものの、消化器症状によく効きます。そのため、受診時には解熱している、軟便や下痢のある患者などに使いやすい漢方薬です。後者は、最初から発熱がなく、咽頭痛、鼻汁、咳や痰などの症状のみで、胃もたれしやすかったり、高齢だったりする場合のほか、香附子や蘇葉といった気分を回復させる生薬を含むため、体調不良で気分が落ち込みやすい方にも適します。

▶ 発症から4~7日で受診した場合
 受診時点で発症後4~7日が経過しているときに用いる漢方薬は表2の通りです。発熱の有無が使い分けのポイントです。

▢ 発症から4~7日で受診した場合に選択肢となる漢方薬
(症状のパターン)        (選択枝となる漢方薬)

・発熱が続く/           小柴胡湯、小柴胡湯加桔梗石膏、柴胡桂枝湯
 解熱と発熱を繰り返す
      
・悪寒も発熱もなし 
 +水溶性鼻汁、湿性咳嗽     小青竜湯 
 +乾性咳嗽           麦門冬湯
 +膿性痰を伴う湿性咳嗽     清肺湯
 +喘鳴を伴う咳嗽        麻杏薏甘湯
 +強い咽頭痛          小柴胡湯加桔梗石膏
 +膿性鼻汁           葛根湯加川芎辛夷

 「発熱が続く/解熱と発熱を繰り返す」ケースでは、小柴胡湯が適応になります。解熱・抗炎症作用を持つ柴胡、黄芩のほか、鎮咳作用のある半夏、消化機能を高める生姜や人参などから成るため、長引く急性上気道炎で、発熱と咳嗽、食欲低下を伴うときに有効です。咽頭痛が目立つならば、小柴胡湯に鎮痛・抗炎症作用のある桔梗と石膏をプラスした小柴胡湯加桔梗石膏がより適します。小柴胡湯に桂皮と芍薬を加えた処方として柴胡桂枝湯がありますが、胃腸の調子を崩しやすいタイプや下痢症状を伴う患者に使用します。

 受診時点で「悪寒も発熱もなし」という場合は、中心となる症状に応じて漢方薬を選びます。水溶性鼻汁、湿性咳嗽が主なら小青竜湯、乾性咳嗽が主なら麦門冬湯、膿性痰を伴う湿性咳嗽が主なら清肺湯、喘鳴を伴う咳嗽が主なら麻杏甘石湯、強い咽頭痛が主なら小柴胡湯加桔梗石膏、膿性鼻汁で副鼻腔炎を疑うなら葛根湯加川芎辛夷をそれぞれ処方します。
・・・

<参考文献>
1)本間行彦 日東医誌 1995;46:285-91.
2)本間行彦 他 日東医誌 1996;47:245-52.
3)加地正郎 他 臨床と研究 2001;78:2252-68.
4)白木公康 医学のあゆみ 2002;202:414-8.
5)Masui S,et al. Evid Based Complement Alternat Med.2017:2017:1062065.
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