5月5日、ヨットクラブに入会希望のセーリング未経験の方お二人と体験セーリングを行いました。
本来なら、普段目にすることのない東京湾からの景色をゆっくりとご覧いただくところですが、あいにく「天気晴朗なれど波高し」、ハーバーも出艇注意の黄色の吹き流しが出ている状態なので、港外には出ず、港内でのセーリングとしました。
桟橋に係留したヨットに乗り込み、波舵で出艇。体験者の方には、音もなくスーッと滑り出すセーリングの気持ちよさを楽しんでいただけたようです。港内といっても、風は5~6m/s近くあります。体験者の方に安心して乗艇していただくためには、艇長がヨットの傾きを安定させ、スピードを適切にコントロールすることが大切です。
この点について、陸上を走る自転車や自動車にはブレーキがついています。ブレーキを踏む(かける)ことで、タイヤの回転を制御し、最終的にはタイヤと地面との摩擦で車を止めます。一方、水面を進むヨットにはこのようなブレーキはありません。そもそも地面と水面では摩擦抵抗が全然違います。すなわち、ヨットは走り出すよりも、止めるほうが難しいのです。
それでは、ヨットを止めるためにはどうしたらよいのかという話です。
私は四国の愛媛県出身で、母方の祖父母は広島県に住んでおりました。当時、四国と本州との間には橋はかかっておらず、祖父母宅に行くためには瀬戸内海を船で渡るしかありません。ある年(小学校2年か3年)の夏休み、広島県から迎えに来てくれた祖父と一緒に松山観光港から広島宇品港までのフェリーに乗りました。フェリーは途中、広島県の呉港に立ち寄ります。(小学生の私は、当時宇宙戦艦ヤマトが流行っていたことも相まって海上自衛隊の護衛艦が多く停泊している呉港を通るのが楽しみでした。)
「護衛艦が見たい。」と私が言ったのだと思いますが、祖父がフェリーのデッキに一緒に上がってくれました。ちょうど着岸しようとしている艦がいたのでしょう。普段無口な祖父が、私に対して「船はどうやって止まるかわかるか?」「船にはブレーキがないんじゃ。」「ほじゃから、スクリューを逆回転させてとまるんじゃ。」「ようみとけ、そろそろ逆回転のタイミングじゃ。」と熱っぽく語りかけてくれたのです。その熱が小さい私にも伝わったのでしょう。このエピソードは、私の中での数少ない祖父との思い出です。(祖父は元大日本帝国海軍の軍人で、戦中は軍艦に乗り通信任務にあたっていたのです。)
話がそれました、同じ船でも動力船はスクリューを逆回転させ、前進している艇を後進させようとすることで止めることができます。逆回転させる動力のないヨットを止めるためには、①風上に向けてセールから風を逃がし、風の力を利用して後進させる(逆回転と同様の効果により行き足を止める)、②メインセールをおろしてしまう、③アンカーを打つくらいしかありません。
②のメインセールをおろす方法は、風の力で進むヨットにとって、主要な動力源を失うことになるので艇を止めやすくできますが、慣れないとかえって艇のコントロールが難しくなります。特に風上に向かっての帆走が難しくなりますが、ジブセールだけで帆走することで、追い風や横風でのハーバーへの着艇では適切な方法です。
③のアンカーを打つ方法は、海面下の地面と海面上のヨットとをアンカーとロープで固定するわけなので、確実に艇が止まります。艇にトラブルが生じて帆走が困難となり救助を待つときなどは、なるべく岸から離れた安全な場所に躊躇せずアンカーを打って艇を止めておく必要があります。
帆走を継続しながら艇を止めるためには、①の風上に向けてセールから風を逃がし、風の力を利用して行き足を止めるしかありません。この技術は非常に重要です。
私たちは「ブレーキのない乗り物」で楽しく安全にセーリングしようとしています。艇長となるためには、安定して風上に向けて風をセールから逃がし、風の力を利用してヨットを止められるように意識して練習する必要があります。走り出すより止まるほうが難しいのです。止める練習は面白くないですが重要です。頑張りましょう。