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花咲かブログ

おたく女ののんびり生活

嘘喰い第263話「最後の選択」:ネタバレ感想 その2

2011年12月06日 22時02分23秒 | 嘘喰い
感想というより、妄想気味




振り返って読めば、ここまで来て余裕ありげな捨隈さんの顔立ちは、むしろ死相。
「選ぶのはあんただよ」と言われたときの暗い顔立ちと、そのお向かいの過去シーンの余裕顔。ツキのあるときと、ないとき。

阿佐田哲也の『麻雀放浪記』には、たびたび「ツキ」や「流れ」という概念が出てきます。ギャンブル……、いや、勝負にはこの「ツキ」と「流れ」がある、と。「ツキ」が来た人間は、不思議とドンドン勝てるのだそうです。
でも、「ツキ」を失うと、まるで勝てない。

蘭子さんの「こいつがもう勝負師として負けてた」というセリフからは、そんなことを連想しました。
うーん、『麻雀放浪記』よりも、『JOJOの奇妙な冒険』のダービー・ザ・ギャンブラーの方が例えとして意味が近いかな。その人自体は生きていても、負けた瞬間に「魂が持っていかれる」のです。
捨隈も、もう完全に、それまでの彼の勝利法則では決して勝てない状況に囲い込まれてしまったのですね。

これは貘さんの書いたシナリオと思われますが、同時に蘭子のつくった演出とディテールでもあるのでしょう。

蘭子の見事な幕引きだと、改めて思いました。



貘さん視点では、クララが味方してくれたも同然で、状況的にはクララに借りが出来たようなもの。(マルコをうまく使って鞍馬組制圧もできなくはなかったでしょうけど)
でも、そういう戦局的な損得以上に、貘さんにとってクララの信条は、心に刺さったのではないですかね。

それに対する蘭子さんいわくの「子犬が必死に助けを懇願してるように思えて」という言葉は。どこまで本心だろうか。
これも彼女一流の「強がり」なのかな。
そうして強がって見せることで、貘さんに「借り、と思うな。自分のやりたいようにやっただけだ」と暗に示したんだろうか。

なんだかとっても大人な会話。


「これは漫画」と言ってしまうこともできるけど。
せっかくだからもう少し酔ってみたい。

貘さんも蘭子さんも、カタギではない危うい世界を生きている。
そんな中で、正気も理性も保ちながら生きるのは並大抵のことではなく。きっと、自分で自分に課したルールが必要になるんだろうな。
そのルールを守ることが、自分自身を支えることになるのかもしれないですね。

お屋形様もかつて、廃坑で負けは負けと潔かった。
蘭子も、自分で「これは負け」と決めたら見苦しいことはしない。
いや、雹吾が死ななかったら、もっとあがいたかも(雹吾の死亡も、ちっとまだ生存を期待したいところでもあるのですが)。でも、蘭子は、何を持って負けとするか、きっと決めていたと思うし。

捨隈さんも、「世の全てが困難で構築されている」という自分の信仰(主義、ではおさまらない気がする)を持っていたし。今回は負けちゃったけど。

皆、ギリギリを生きているんだね。






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