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鼓曲萬来

GSの先輩方と Part2

 
そして迎えた本番当日、まずはなんとブルージーンズのくず坊さんとベースの石橋さん、
もうこれは家宝にしてもいい位のワンショットです。
で、ここで重大な発表もありまして...
ブルージーンズといえば裕也さんのバックや寺内さんのバンドとして
初期のエレキ界の重鎮バンドではありましたが 
実は....
裕也さんがよく歌うときに口の前でVサインをしながらマイクに向かう仕草があるのですが、
人によっては「指向性が良くなる」「マイクの40上げろの決めポーズ」とか諸説ありますが、
くずさんがこっそり打ち明けてくれました。
「あれはね....ww、裕也さんが当時差し歯で、それが飛ばないように、
指で押さえながら歌ってたんだよ.....」って事でww ロックンロール!
 
若い頃のクズさんと石橋さん、かっこいい!
 
 

そして本当にかっこよかった、シャープホークス、
力也さんもいれば完璧だったんですけどね、
ハルヲフォンの電撃的東京で「ついておいで」をカヴァーしまして...
それは力也さんには報告してあったんですが、
リーダーのトミーさんには正式にお許しは頂いてなかったので、
あわよくば今回一緒に演奏したいとは思ったのですが、
いざ実際にトミーさんの前に出ると、あまりの迫力に声が出なかった次第で......。
今回は「遠い渚」と「レットミーゴー」。
 
 

まあ、ここだけの話...先輩のミュージシャンで、今も現役となれば、
はっきりと申しまして、舞台の後ろから背中を見ますと、
なんと言うか「芸能臭」とでも言うんでしょうか、
なにか音楽だけではない、
芸能界で生き残ったというオーラのようなものを感じてしまう訳ですが、
エディーさんはそんな中で数少ない、
まさにミュージシャンとして貫いた背中を感じさせてくれる方で、
自然体のかっこよさに溢れた、尊敬できる先輩です。
ゴールデンカップスを池袋のドラムで初めて見た時から、本当に何も変わってなくてww
今でもアンプにもたれかかって、がんとばされそうなww
そんな緊張感も味あわせてもらえるのです、
本人はいたってレイドバックした方なんですけどね、あの凄みはなんなんでしょう。
「銀色のグラス」と「横浜ホンキートンクブルース」でした。
 
 
 
そして当然トリはブルーコメッツですか、
三原さん、私もこの時こそはと、
当時の憧れの先輩ドラマーがよく繰り出していた「やきそばシェイク」なる代物を
ここぞとばかりに炸裂させておりましたら、「ブルーシャトウ」にて、
やおら三原さんがこちらを振り向かれまして
「お前、よくそんなフレーズ知ってるな」という感じでニヤッとされておりました。
 
当日のドラムを演奏させて頂いた諸先輩方の他にも
例えば村八分で一緒に演奏していた山口富士夫はダイナマイツだったし
ブラインドバードの時の兄貴バンドはモップスだったし
ワイルドワンズのキッちゃんとは仲良くもさせて頂いた
他にも僕らはジャズ喫茶なんてところに出演出来た最後の世代として
その頃共演したGS後期の方々との思い出もいっぱいある
 
まあ、時代はどんどん過ぎていって
GSを生で体験した人も少なくなっていく訳だけど
昭和の時代にこんな楽しい音楽世界があった事を
色々な形で伝えていく事も将来大事になってくるかもしれない
という事で.....
 
今日はここまで


 
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