(探索19日目)
流れ落ちる雨。
大地が泥となり、泥が濁流となり、清きも穢れも飲み込んでゆく。
雷光は煌かずとも、その轟音は人に不安を抱かせるに足り。
この世界では黒と死が等しい気配を漂わせ。
今。
何かが雨に叩かれその身を晒している。
人より大きな何か。
うねる泥流が堰き止められ、小さな湖を作り。
その水が何かの隙間から溢れては川となる。
繰り返すうちに泥の山が何かを包んでゆく。
まるで、弔うかのように。
泥に浸かり輝きを失っているが、雨の中僅かに銀色を覗かせる。
誰ぞの捨てた甲冑か。半月状に重なる砂嘴、それは武器なのか。
傷ついた兜。まるで黒く、しかし赤い飾りが無残に埋もれてゆく。
戦士の誇りは穢され、沈み。
ああ、これは、きっと―――――
「ケイロンさん!!」
じゃりっ。
掌に当たる冷たい感触。
ぱちぱちと火の音がする。
「…………夢、か…」
夢でよかった。大きく安堵の息をつく。
哨戒の交代待ちをしている間、うたた寝をしたようだ。
秋の気配か、風は涼しい。身体が若干冷えていた。
「………夢でもあんな場面を見るなんて」
安堵の次に心を締めたのは、不安。
今朝、フォウトから聞かされた話の衝撃はとてつもないものであった。
サイレント、と呼ばれる傭兵の話。
国を守る為に闘い、そして国から裏切られた機甲人馬の話。
そして、非情な依頼の話―――
自分達が呑気に作業していた頃、二人は命のやり取りをしていたのだ。
何も知らぬ自分が、どうしようもなく情けなかった。
だが、話はそれで終わらない。
「製作していただきたいものがあるのです」
全てを語る前に銀髪の傭兵が依頼したもの。
それは、依頼人の目を欺くためのもの。
即ち――――機甲人馬ケイロンの、偽の首級。
話を聞いた後、混乱が収まる間もなく戦いが始まった。
それから戦闘後の日常的な作業が続き、ようやく落ち着いたのは夕食をとった先ほどのこと。
総合すれば、TriadChainの総力をもって偽の首級を作るということ。
期限は次に遺跡の外へ出る、数日後。
…………………。
少年は瞑目する。
未熟な人生経験ではこの出来事をすぐに受け止め消化することは難しいだろう。
それは自分でもよく判る。
だが、幸か不幸か、今やるべきことは判っていた。
いつだったか、砂地を疾走するその背中に落日が煌き。
己に向かって笑って見せた、誇りある機甲人馬。
他者を守る為に力を使い、生命を賭して闘い続けてきた、万機。
彼を守る為に、持つ全てを尽くすこと。
そう思えば、知らず胸に昂ぶるものがある。
少年はずっと、人に守られてきた。
故郷の森を飛び出したのも強すぎる両親への反発。
この島へ来てからも銀髪の傭兵をはじめ常に誰かに頼っていた。
ようやく戦いではそれなりに戦えるようになったが、どこまで貢献できているのか。
自分は大丈夫だと言いたくて力を鍛えてきたのかもしれない。
そして、今。
つきつけられた現実。
何かをしなければ、悲惨な結末になるのが見えている。
共に過ごした仲間に二度と会えなくなる。
その現実を知れば、自分がどうとなど全くもってちっぽけなものだった。
そう、人を守るということは、違うものなのだ。
いつか父親が泣きじゃくる自分に向けて放った言葉。
「いいか。お前もいつか、誰かを守る時が来る」
「俺にできるのは、その時後悔しないようお前を強くすることだけだ」
「今に判る。身体の痛みなど、なんの苦にもならねえってことがな」
前に島が崩壊した時も思い出した。
そして、再び。
口の中に軽い苦味が広がる。
いつしか強く唇を噛んでいたようだ。少し血が出ていた。
「フォウトさんに心配されるな…」
血を拭くときゅっと口を閉じる。
余計な心配をさせるわけにはいかない。
かの機甲人馬の頭部作製においては、自分が中心になるだろう。
形状が兜に近く、形状・質感・強度などは専門家ではないと難しいからだ。
もちろん素材や内部の魔法的構造、細かい加工などは人に頼むのだが。
今まで培ったこと、全てをぶつける必要があった。
そして例え不安に思っても、口に出してはいけない。
特に、あの二人の前では―――
「絶対に、やってみせる。できなきゃ、男じゃない……!」
拳をぎゅっと握り締めた。
腹の下からじわりとこみ上げる何かを打ち消すように。
胸のそこで熱い何かと黒い何かが踊っている。
それが何なのか、までは少年にはわからなかった。
ひゅうぅ。
風が鳴る。
同時に、少し離れた場所から靴の音がした。
交代の時間のようだ。傭兵は驚かせないようわざわざ音を立ててくれている。
少年は自らの頬をぴしゃりと叩く。
ともかく今は身体を動かしたかった。
考えなければならないことも沢山ある。
きっと今夜は長くなるだろう。良くも、悪くも。
そして、夜は更けていった。
鎖に連なるそれぞれの思いと共に――――
(エゼの日記は白紙であったという。
そして、紫色のスーツを着た男の手記―――)
『紫の手記 2』
ふ、ふふ、ふはは。
ふは、ふははは、ふははははは!
ついに、ついに見つけたぞ!
男の浪漫!
それは、温泉だ!!
ここに人集めりゃ、ムフフのウハウハだぜ………!
ってなんだ、もう誰か目つけてやがるみたいだな。
まあそれなら話が早い、こっちはこっちで動かせてもらうぜ。
待ってろよ湯煙の美女達!
……ん?今、誰かそこにいたような……
(結局、何者かの報告によって警備が強化されることになった)
流れ落ちる雨。
大地が泥となり、泥が濁流となり、清きも穢れも飲み込んでゆく。
雷光は煌かずとも、その轟音は人に不安を抱かせるに足り。
この世界では黒と死が等しい気配を漂わせ。
今。
何かが雨に叩かれその身を晒している。
人より大きな何か。
うねる泥流が堰き止められ、小さな湖を作り。
その水が何かの隙間から溢れては川となる。
繰り返すうちに泥の山が何かを包んでゆく。
まるで、弔うかのように。
泥に浸かり輝きを失っているが、雨の中僅かに銀色を覗かせる。
誰ぞの捨てた甲冑か。半月状に重なる砂嘴、それは武器なのか。
傷ついた兜。まるで黒く、しかし赤い飾りが無残に埋もれてゆく。
戦士の誇りは穢され、沈み。
ああ、これは、きっと―――――
「ケイロンさん!!」
じゃりっ。
掌に当たる冷たい感触。
ぱちぱちと火の音がする。
「…………夢、か…」
夢でよかった。大きく安堵の息をつく。
哨戒の交代待ちをしている間、うたた寝をしたようだ。
秋の気配か、風は涼しい。身体が若干冷えていた。
「………夢でもあんな場面を見るなんて」
安堵の次に心を締めたのは、不安。
今朝、フォウトから聞かされた話の衝撃はとてつもないものであった。
サイレント、と呼ばれる傭兵の話。
国を守る為に闘い、そして国から裏切られた機甲人馬の話。
そして、非情な依頼の話―――
自分達が呑気に作業していた頃、二人は命のやり取りをしていたのだ。
何も知らぬ自分が、どうしようもなく情けなかった。
だが、話はそれで終わらない。
「製作していただきたいものがあるのです」
全てを語る前に銀髪の傭兵が依頼したもの。
それは、依頼人の目を欺くためのもの。
即ち――――機甲人馬ケイロンの、偽の首級。
話を聞いた後、混乱が収まる間もなく戦いが始まった。
それから戦闘後の日常的な作業が続き、ようやく落ち着いたのは夕食をとった先ほどのこと。
総合すれば、TriadChainの総力をもって偽の首級を作るということ。
期限は次に遺跡の外へ出る、数日後。
…………………。
少年は瞑目する。
未熟な人生経験ではこの出来事をすぐに受け止め消化することは難しいだろう。
それは自分でもよく判る。
だが、幸か不幸か、今やるべきことは判っていた。
いつだったか、砂地を疾走するその背中に落日が煌き。
己に向かって笑って見せた、誇りある機甲人馬。
他者を守る為に力を使い、生命を賭して闘い続けてきた、万機。
彼を守る為に、持つ全てを尽くすこと。
そう思えば、知らず胸に昂ぶるものがある。
少年はずっと、人に守られてきた。
故郷の森を飛び出したのも強すぎる両親への反発。
この島へ来てからも銀髪の傭兵をはじめ常に誰かに頼っていた。
ようやく戦いではそれなりに戦えるようになったが、どこまで貢献できているのか。
自分は大丈夫だと言いたくて力を鍛えてきたのかもしれない。
そして、今。
つきつけられた現実。
何かをしなければ、悲惨な結末になるのが見えている。
共に過ごした仲間に二度と会えなくなる。
その現実を知れば、自分がどうとなど全くもってちっぽけなものだった。
そう、人を守るということは、違うものなのだ。
いつか父親が泣きじゃくる自分に向けて放った言葉。
「いいか。お前もいつか、誰かを守る時が来る」
「俺にできるのは、その時後悔しないようお前を強くすることだけだ」
「今に判る。身体の痛みなど、なんの苦にもならねえってことがな」
前に島が崩壊した時も思い出した。
そして、再び。
口の中に軽い苦味が広がる。
いつしか強く唇を噛んでいたようだ。少し血が出ていた。
「フォウトさんに心配されるな…」
血を拭くときゅっと口を閉じる。
余計な心配をさせるわけにはいかない。
かの機甲人馬の頭部作製においては、自分が中心になるだろう。
形状が兜に近く、形状・質感・強度などは専門家ではないと難しいからだ。
もちろん素材や内部の魔法的構造、細かい加工などは人に頼むのだが。
今まで培ったこと、全てをぶつける必要があった。
そして例え不安に思っても、口に出してはいけない。
特に、あの二人の前では―――
「絶対に、やってみせる。できなきゃ、男じゃない……!」
拳をぎゅっと握り締めた。
腹の下からじわりとこみ上げる何かを打ち消すように。
胸のそこで熱い何かと黒い何かが踊っている。
それが何なのか、までは少年にはわからなかった。
ひゅうぅ。
風が鳴る。
同時に、少し離れた場所から靴の音がした。
交代の時間のようだ。傭兵は驚かせないようわざわざ音を立ててくれている。
少年は自らの頬をぴしゃりと叩く。
ともかく今は身体を動かしたかった。
考えなければならないことも沢山ある。
きっと今夜は長くなるだろう。良くも、悪くも。
そして、夜は更けていった。
鎖に連なるそれぞれの思いと共に――――
(エゼの日記は白紙であったという。
そして、紫色のスーツを着た男の手記―――)
『紫の手記 2』
ふ、ふふ、ふはは。
ふは、ふははは、ふははははは!
ついに、ついに見つけたぞ!
男の浪漫!
それは、温泉だ!!
ここに人集めりゃ、ムフフのウハウハだぜ………!
ってなんだ、もう誰か目つけてやがるみたいだな。
まあそれなら話が早い、こっちはこっちで動かせてもらうぜ。
待ってろよ湯煙の美女達!
……ん?今、誰かそこにいたような……
(結局、何者かの報告によって警備が強化されることになった)