日生さんは 特高警察に入る直前
お醤油をがぶ飲みした。
むろん誰にも内緒で。
それが 戦争に参加しないでいるための
条件に思えた。
それが 夏との仲をつなぐ
一本の線に思えた。
特高警察に入ってわずか一ヶ月の出来事。
お醤油を飲んだのが 心臓発作という
最悪な形になってあらわれたのは。
日生さんは広島の逓信病院へ担ぎ込まれ 入院した。
昭和20年5月のことだった。
そして
その9日前、
夏も広島の奥の奥、
山県郡加計町 (現、安芸太田町)へと疎開した。
「許婚」の口約束だけが 梅雨の前の爽やかな空に舞っていた。

