えんじゃけん

孤立化がもたらしたもの

今日はある講演を聴きました。

しかし、聴くことによってなんだか疲れました。
その人の話だと、現在の日本は個人の孤立化が進んでいて、
精神的にとっても不安定な世の中だというのです。
まぁ、それはともかく、それゆえに人と人の関係は
攻撃的な関係になっているというんです。

気に入らないものの存在を認めれない人が増えたという言い方も
していました。
人との距離のとり方がわからない人が増えたとも。

私は短気です。
そして人との距離のとり方がわからない人です。

けど、それって今の世の中のせいなのかな。
もし、それが世の中のせいだとして、すべての人に
私と同じ様な傾向があるんだとしたら・・・あぁ、世の中やだなぁと
そんな想いにかられました。

気に入らないものの存在を認めれない人は、
その人と仲良くしない、深入りしない権利を得られない人とも
言っていました。

今回の講演で面白いなぁと思ったのはこの部分かな。
確かに、存在を認めないってことはその存在を攻撃することになるんですよね。
ずっとその存在が気になって気になって仕方ない。
自分にとってあってはならないものだから。
でも、そういう存在を認め、その存在との適度な距離が保てば、
実は大した問題でもないし、自分の気持ちも安定することが
できるように思います。

気に入らないから攻撃する、殺すなど、そういった発想は、
この、相手の存在を認めない気持ちから来ているのかなぁと。
つまり、心に余裕が持てない、人との距離の持ち方がわからない
からおきることなのかなぁと思いました。

そう考えると、もし、本当にこの世の中が孤立化によって、
人々の心の余裕を欠いて不安が生じているのだとしたら、
これほど危険な状態の世の中はないんじゃぁなかろうかと思う。
だって、気に入らない人の存在を認めない社会だよ。
それは巡り巡って結局は自分の首を絞めることとなる。
住みにくい社会となる。

もう、なってるのかな。
人に攻撃することは同時に自分へも攻撃していること。
それが証拠に人への攻撃によっての心の平安は訪れない。
その気にいらない人を攻撃して沈めたとしても、第二の人間は必ず現れる。
だから、根本的な解決にはなっていない。
本当に解決するには、相手云々よりも実は自分の心の持ちようではなかろうか。

しかし、この社会に広く広がった不安にどう向き合っていくか、
すごく難しい問題だと思う。
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