カバ社長の日記 caba note

壁画やオブジェの制作会社ビッグアートの社長日記。「面白くなければ人生じゃない」がモットーの熱い熱いカバ社長の物語です。

アルベルト城間さんからの壁画レポート

2018-09-27 10:01:00 | アートと仕事

以前ご紹介したこともある沖縄を拠点に音楽活動をしている

ディアマンテスのアルベルト城間さんから長〜いレポートが届いたので、

本人の了解を取ってご紹介しますね。

壁画制作のレポートです。

彼は音楽活動以外にも毎年のようにアート制作をしていて、

ビルや車やピアノなどに描いています。

そのたびに連絡をもらって、

塗料のことや制作上の注意点などをアドバイスさせてもらっています。

以下は、彼からのレポートをそのままご紹介します。

 

--------------------------- 以下、アルベルト城間さんのレポート ---------------------------

奥村さんへ

 色々とお世話になりました。

壁画を完成して一週間経ちましたが、やっとリポートを送ることが出来ます。

今回の依頼主は沖縄にある地域密着型の「てだこ」という不動産会社です。

今年新しい建物に引っ越したため、今まで気軽に「お水をください」という子供や、「お手洗い貸して下さい」という年配の方々が気軽に入りにくくなったと聞きました。

以前に那覇支店のために描いた絵と同じ絵柄で(padのアプリを使って)デモを作りました。

不動産の社長に見せたら気に入って下さって、

「大家と相談してから決めます」と言い2日後、オッケー貰いました。

足場を組んでもらって、726日に作業スタートしました。

まず窓などにマスキングして、それから絵柄の線を二人でやりました。

マスキングテープとチョークで絵柄を決めたら、後はペイントをするだけ。

僕の描く絵はとてもシンプルなので塗り絵のような作業です。

殆どが原色ですし、白を足すくらい。植物の絵は3種類の緑を使ってます。

ライトグリーン、オリーブ、そしてダークグリーン。

オリブはライトグリーンに黒を少し足して、ダークグリーンはライトグリーンにブルー。


今年の夏は特別に暑かったので、水分補給して作業を進めていきました。

雨にやられる場面もあり、黒い線を描いてる途中に突然のスコールが降り、

塗ったばかりの黒い線が泣いた目の後のマスカラのようになり、慌てて水で流してしまう時も。

壁の一番難しい場所は電動椅子のレールの後ろ。

そしてこの壁画の面白いところは外階段。

なるべく中の壁に合わせて、重なるように描きました。

もちろん、一目で全部合わせるのは不可能だけど、なるべく絵が一体感があるように。

最初から描く予定してなかった壁にどうしても色を塗りたくなり、

そこに会社のロゴと「ようこそ」を英語、スペイン語、中国語と日本語で描いて見ました。

またリクエストがあり、もう一つのロゴを描きました(関連会社)

 

最後に社長の佐和田さんに頼んで、

「てだこ」(沖縄の方言で「太陽」という意味)のモットーを描いて貰いました。

出来れば「太陽」という言葉を使うように。

それをスペイン語で訳して描きました。

最初、日本語で頂いたのは、「幸せな暮らしを照らす太陽になりたい」。

そしてニュアンスをスペイン語で考えて、こう描きました。

“TRABAJAMOS DE SOL A SOL POR LA FELICIDAD DE NUESTRO VECINDARIO “

(直訳:町の幸せの為、日々働いてます。スペイン語で太陽はSOLです。)

大変な作業でしたが、楽しく描きました。

嬉しかったのは、作業の途中、子供たちやお年寄りの方が

足を止めて「綺麗な絵だね」とかけてくれた沢山の言葉。

またどこかで描きたいと思います。

因みに今回、手伝ってくれたのは同じバンドの仲間。

トロンボーン奏者のエイキです。

10年前にペンキ塗りの仕事した事があり、

ハケの使い方、マスキングテープの貼り方などたくさん教えてくれました。

エイキ、本当にありがとう。

↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

彼のインタビュー動画があったので紹介します。

YouTube動画

プールと絵が楽しみ アルベルト城間さん


--------------------------- 以上 ---------------------------

現場の様子や空気がとてもリアルに伝わってきました。

南米ペルー育ちの彼ならではの、

エキゾチックで底抜けに人を明るく元気にする

エネルギッシュな絵が私も大好きです。

まちの景観に生命を吹き込んでいるような感じがします。

 

沖縄は、いたる所でアートがまちに溶け込んでいて、

全国でも壁画やオブジェが目立って多い特異な県です。

うらやましい限りです。

 

でも、春日部も負けませんよ!

「壁画のメッカ」を目指して頑張ります!

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今後も、アートでまちを元気にしようと

各地で奮起していいる仲間を紹介していきますね。



幸手宿「永文商店」のシャッターアート完成!

2013-03-10 07:26:28 | アートと仕事
幸手宿の昔の面影を再生する「幸手宿シャッターアート」の第一弾が完成です。

横町鉄道と呼ばれるトロッコのある老舗店の「永文商店」です。
明治時代に魚屋として開業し、その後は酒屋に転業。
「永文」とは、創始者の永島文太郎さんから取った屋号です。
現在は、オーナーの目利きで全国から集めたこだわりの酒と食材を販売しています。
中でも人気なのが種子島から取り寄せた「安納芋の壺焼き」です。

今回の歴史絵物語のキャンバスは、店正面のシャッター2枚、右側の出っ張った横引きシャッター1枚、それに2階建て側面の波トタンの壁です。
この店の明治以前の歴史は定かではありませんが、江戸時代には廻船問屋だったと伝えられています。

そこで、正面のシャッターには、「廻船問屋」をテーマに、船着き場で荷役作業をしている人足の姿を表しました。



建物側面の壁には、幸手宿を立ち寄ったといわれる松尾芭蕉と弟子の曽良の旅姿を高さ5メートルの巨大な線画で描き、街道のシンボルをめざしました
側面の波トタンは経年変化が進み、塗装の剥げと赤さびが何とも言えないいい風合いだったので、その趣きを生かすために有彩色の使用を控えて乳白色の線だけで表現しました。
シンプルですが、力強さと繊細さにこだわりました。



2つの絵をつなぐ横引きシャッターには、幸手市の名物である権現堂の桜をイメージして桜の枝を描き、そこに芭蕉と曽良が幸手宿で詠んだといわれる句を添えました。



この句は、近くの正福寺に句碑として残っているものです。
ところが、ちょっと疑問が残りました。
曽良の句は、「松杉を はさみ揃ゆる 寺の門」の五・七・五の俳句で意味もわかるものですが、
芭蕉の句は、「幸手を行かば 栗橋の関」となっていて何か変です。
上の句が抜けています。
しかも、最後が七・七で終わっているということは、五・七・五・七・七の短歌だったのかも知れません。
松尾芭蕉の研究家や松尾芭蕉全集などもチェックしましたが、わからず仕舞い。
謎を残したまま仕上げるのには躊躇しましたが、想像で処理するわけにもいきません。
多分、句碑を建立した時代にも同じ物議を醸したのでしょう。
上の句が脱落したこの俳句(または短歌)の上の句を想像するだけでも、また楽しいですね。
幸手の人々が、この句を巡って当時の時空に思いを馳せてくれたら素敵ですね。
そんな期待を込めて、制作終了です。

ご近所の電気屋さんの協力で、ライトアップもご覧の通り。



まもなく始まる権現堂の桜まつり。
期間中に70万人も花見に訪れるそうです。
権現堂の桜以外に幸手宿の魅力にも目を向けてもらえたらいいですね。

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追記(2013.4.3)

前出の芭蕉の句についての疑問に対して、読者の方から電話がありました。
そして、芭蕉の詠んだ七・七の句は、曽良の五・七・五に連ねて詠んだ連歌(れんが)だったのだろうということを教えてもらいました。
調べてみると、連歌とは平安時代から鎌倉時代に流行ったらしく、和歌の上の句(五・七・五)と下の句(七・七)をそれぞれ別人が詠む形式で、江戸時代には井原西鶴や松尾芭蕉も好んで詠んだようです。
今でいうコラボレーションの作品だったんですね。
賢くなりました。
わざわざ教えていただきありがとうございました。

ワクワク探しプロジェクト

2013-01-29 18:35:35 | アートと仕事
私の会社の仕事は、ウォールアートで空間を演出することです。
しかし、もっと簡単に言えば、「ワクワク空間をつくること」と言い切っても過言ではありません。
「自分の好きなアートやデザインを駆使して、ワクワクする空間をつくり、人に喜んでもらう」という、これ以上楽しい仕事はありません。

なのに、新入社員たちは余裕がないからでしょうか、仕事を楽しんでいるように見えません。
落ち込んでいる者もいます。
今までにリタイアしていった人も何人もいます。
もうひと息で、新境地にたどり着けるところまで行って諦めていく人を見ると、自分のことのように悔しいです。

これは私の伝え方、リードのし方が悪いせいなのだろうと思います。
私とナンバー2は、この仕事を楽しみ大いなる夢を抱いています。
が、楽しいはずの仕事、面白いはずの仕事を、実際に楽しんでやるのは難しいようです。
ワクワク空間をつくっていくことには飛びついても、ひとつひとつの物件で具体的に形にしていくプロセスがどうも見えないようです。
それは、ひとつひとつ経験を重ねていけば誰でも体得できると思うのですが、やる前に考え込んでしまう傾向が若い人に多くなりました。
もっと、気楽に飛び込んでくれれば簡単に前に進めるのに、あれやこれや考え始めて、やる前からすくんでしまう。
つまり、フリーズしてしまうのです。

学校教育のあり方にも大いに問題があります。
詰め込み教育、消化型教育になって、実体と向かい合ったり、じっくりと考えたりせずに、答えを教えられる。
本人が自分で考えて答えを出すまで待てずに、答えを押し付ける親や学校。
どうせいくら考えても、答えはこれしかないと言わんばかり。

また、情報化が進んで、もっともらしい答えが悪魔のささやきのように目から耳から入ってくる。
社会も、スピード競争が激化し、彼らがじっくりと育つのを待ってくれなくなった。
まわりのスピードに、自分の思考がついていけなくなり、外にある答えを流用して済ましてしまっている感じがします。
だから、実践の現場に入って自分が当事者しなった途端、応用がきかずにボロが出て、しまいにパニックになってしまいます。
外から得た答えはヒントにはなっても、最終的には自分で考えて、行動し、確認しなければ、自信(確信)にならないし、その自信こそが自分の答えになるのです。
そういう意味では、今の若者はその部分の教育がそっくり抜けていて、本当に気の毒です。

といって、すでに卒業してしまった人たちのことを、今さら学校教育に押し付けても仕方ありません。
従来の「教える」「やらせる」というのではなく、「一緒にやる」「いろんな情報や体験を共有する」「達成感を味わう」「一緒に喜ぶ」「評価される」「自信を持つ」「連帯感(絆)や仲間との信頼感を育てる」といた具合に、かみ砕いてわかりやすく伝えていかなければならないようです。

「アートやデザインで人を喜ばせる」といっても、いざとなると何をどうしていいのかわからない。
でも、ラジオ体操や街中でのボランティア活動ならすぐ実感できる。
とすれば、これからの指導の仕方を仕事一辺倒から遊び感覚や日常感覚に置き換えて、吸収しやすいように変えていかなければいけないと思います。

話しを元に戻して、彼らが「ワクワク空間をつくる仕事」にどこから手がければ、私と同じように仕事が楽しくて楽しくて仕方なくなるのか、です。
ナンバー2ができるまでは、私一人で孤軍奮闘し、なかなか伝えられないもどかしさにイライラしていました。
でも、強力な理解者ができると、あらゆる方策を考える余裕が少し出てきました。

そのひとつがこれ。
1月になって、毎朝のように10~20分程度やっていることがあります。
「ワクワクするもの」というテーマでブレストをやります。
また、自分がワクワクしたモノやコトを持ち寄って発表しあいます。
ブレストを元に、具体例をスクラップします。
こうして、ワクワクするモノをとことん探し出すのです。
次に、そのどこの部分がワクワクを感じたのかを発表しあいます。
出てくるわ、出てくるわ。
一人ずつに考えさせていた時は、ほとんど出てこず、苦しんでいたのが、嘘のようです。
(以前なら、そこから先は私が中心になって進めていました。)
全員で意見や情報を出しい、情報を共有すること。
そして、目標が決まったら全員で手分けして作業すること。
これは、学園祭と似たプロセスです。

人をワクワクさせるためには、自分がワクワクしなければいいものはできません。
しかし、それを仕事と意識した途端、自分の中から「ワクワク」が逃げてしまう。
といって、「仕事は遊びだ」というと、若い人は誤解してしまう危険性があります。
学園祭的な企業風土こそが私がめざした企業の姿。
私の会社は、これからもずーっと「ワクワク空間づくりの専門会社」をめざして進みます。
ならば、比類のない面白い企業風土をつくっていかなければなりません。

新しい会社の形に向かって、まだまだスタートしたばかりです。

仕事始めは、戸越八幡神社のお神楽殿!

2013-01-11 15:35:07 | アートと仕事
年明け最初の現場は、戸越八幡神社のお神楽殿の雨戸の壁画です。
こいつぁ、春から縁起がええわいな~!

といっても、実は年始に間に合わせようと年末ぎりぎりに一旦収めた仕事の最終調整と追加です。
年末は毎年、地元・春日部の藤塚香取神社の絵馬描いたばかりで、神社との縁が続きます。

絵の内容は、新しい雨戸にベンガラ塗料で古美塗装した上で、
・正面(雨戸6枚)・・・・3年に1度執り行われる伝統行事「御本社御輿渡御」の絵図
・両側面(雨戸各4枚)・・・桜の花
ですが、すでにアトリエで描いてから設定したので、桜の花の描き足しと登場人物の細かい表情の修正だけです。
面積が小さく、人物が100人近く登場する細かい絵で、描き手の癖が出やすいので、一人の女子社員に任せました。
私の役割は、監修と指示だけです。

初日は、段取りと準備作業だけだったので、2人だけで夕方に現場入りしました。
感激です!
以前は暗かった神楽殿がライトアップされて壁画がくっきりと浮かび上がり、しかもヒーリングミュージックがかかって、なんとも言えない幽玄な雰囲気が漂い、訪れる人々の心を癒してくれます。
昼間の境内よりも、夜の方が独特の異空間性が出て素敵でした。
発注者の宮司の奥さんの心配りです。

こんな風に、私たちの仕事を納品したままではなく、それに呼応するように、自分の服のように自分の感性で着こなしてもらえることは、空間づくりを提案する立場の私にとって最高の冥利です。
自分らしい空間イメージをつくることは、専門業者に丸投げでは絶対にできません。
私たちができるのは、相手の話を聞いて整理すること、それを形にするための方法の提案と必要な専門技術の提供です。
それを自分の一部として着こなし、味付けをしていくのはあくまでお客様自身しかありません。

施工を終えた後何年間も、引き渡した状態と同じの物件を見ると寂しくなります。
そんな時は、オーナー様とお会いして演出のヒントなどをアドバイスするようにしてます。
ただ、無理強いする訳にもいかないので、あとは本人の意識に任せざるを得ません。
今回のように、早々と作品を活用して使いこなしていただけるのは最高です。

お客様は私の姿を見るたびに、境内が大変身したことの歓びの声と終始今後の展開についての質問攻めででした。
建物の古美塗装、多の建物や樹木のライティングテクニック、参道の演出、境内イベント・・・・等々、今後の構想や展開アイデアを熱く語り合い、今後も継続してお手伝いすることをお約束しました。

それにしても、お正月も終わった時期なのに、この神社には次々と参拝客が訪れます。
早朝から夜遅くまで、しかも高齢者、買い物途中の主婦、若い男女と層が広く、地域に参拝が文化として根付いているんだなと感心します。
よくみていると、近所の人が毎日参拝していたり、通勤途上の行き帰りに毎日参拝しているビジネスマンが多く、人なつっこく絵を描く作業を見入ったり、話しかけてきます。
下町の人情がまだちゃんと生きています。
たった3日間でたくさんの顔見知りができたと、女子社員は感激していました。
後で、帰りの道すがら女子社員が「こんな由緒ある神社に自分の絵を描かせてもらって、しかも描いている途中で地元の人から声をかけられたり差し入れをもらったりして、顔見知りの人までできて、まるで自分の故郷のようです。戸越銀座が急に身近に感じて、しょっちゅう来てみたくなりました」と感激冷めやらないようでした。

そう、ビッグアートの仕事の本当の歓びは、絵を描くことそのものより、「作品を通して、人や街と自分との物語」をつくることです。
彼女の心の中に、この戸越銀座のような「物語」が次々とつくられるようになった時、彼女はもうこの仕事の虜になっているはずです。





ビッグアートって何の会社?

2011-11-06 11:20:23 | アートと仕事
毎週のようにアートの仕事を求める学生や社会人の方が会社を訪れます。

そのほとんどが制作を希望する人。
ただ「絵を描きたい」「ものをつくりたい」という人が多すぎて対応に困っています。
どうもビッグアートの仕事の本質をまったく理解しないで来る人が多いのです。
私がブログを始めたのは、ビッグアートで目指すゴールを強烈にアピールして、価値観を共にできる人が集まり、そうではない人が間違って来ないようにしたかったからです。

ビッグアートでは、確かに壁画も描きますし、デザイン塗装、オブジェの制作もしますが、制作することが目的でもなければ、それが仕事の中心(本質)でもありません。

ビッグアートが目指すのは、お客様の抱えている悩みや課題を解決することです。
その手段として、デザインとアートをメインにかつ効果的に活用しているのです。
お客様とは、個人や企業、商店街、自治体など様々です。

お客様の悩みや課題も様々です。
・入りやすい店にしたい。
・店や会社のイメージを変えたい。
・店のコンセプトと外装イメージのギャップをなくしたい。
・街並みの雰囲気やイメージを変えたい。
・通りの人通りを増やしたい。
・ライバル店に負けない店にしたい。
・家族が明るく、ポジティブになるような雰囲気の家にしたい。
・孫が遊びに来てくれるような部屋にしたい。
・お店や商店街の活気を演出したい。
・デッドスペースをなくしたい。
・人通りを誘導したい。
・好感を持たれ、親しまれる店にしたい。
・もっと印象に残る建物にしたい。
などなど、 毎回新しい問題や課題を持ち込まれます。

そこには、どこにも「壁画を描いてほしい」とか「オブジェや立体造形をつくってほしい」という言葉は見当たりません。
私自身も最初から壁画やオブジェをつくることを前提にお客様と話す訳ではありません。
お客様の悩みや課題をヒアリングして、その上で問題を整理します。
次に、どんな手法で解決するのが一番効果的でかつコストパフォーマンスがいいかを考えます。
お客様の立場になって考えた時、解決方法がアートやデザインではない、つまりビッグアートではお役に立てないという場合もあります。

例えば、
・店頭にベンチや置物を置くだけで解決できる。
・植栽やポケットガーデンをつくった方が効果的だ。
・建物をライトアップするだけで十分だ。
・お客様自身で手づくりした方が効果的だ。
といった簡単で安上がりな方法があれば、アドバイスだけして引き下がる案件も少なくありません。

このように、お客様からの問い合わせがあってから、ヒアリング、現場調査、資料収集、プランニング、デザイン、プレゼンといった長~いプロセスの作業を経てやっと制作にたどり着く訳です。

制作しかできない人はその間出番はなく、ず~っとベンチを温めているしかありません。
出番の少ない人を常勤社員として抱えるのは会社として困難です。

コンセプトワークやデザインについては社内で研修・訓練をしていますが、最低限まちやお店、住宅などに強い関心と好奇心を持っている人でないと絵を描けるだけではハッキリ言って厳しいです。

絵を描くだけでは、なかなか仕事には結びつきません。
絵を誰のため何のために描くのか。
そのためにはどんなデザインであるべきか。
これから描く絵がどんな効果(成果)を目指すべきか。
絵を描いた結果、本当にその効果(成果)を出せたのか。
もっともっとほかにいい方法、いいデザインはなかったのか。
そのことを常に自分に問いかけ続けなければ、仕事に何の進化も成長の期待できません。

絵や造形の仕事ということで、絵画科や彫刻科の学生が大勢やってきますが、
ビッグアートの仕事の本質は「空間演出デザイン」です。
建物の雰囲気やイメージを自由自在にあやつり、目標とするイメージを実現すること。
その意味ではむしろファッションデザインや舞台美術が一番近いと思います。

また、これまで美大やデザイン専門学校ばかりを求人の対象にしていましたが、経営学科、マーケティング学科、心理学科など幅広く人材を求めなければいけないと痛感する毎日です。

「絵を描く仕事」の可能性を広げる視点

2011-07-18 11:44:46 | アートと仕事
絵を描くことを仕事にしたい人は限りなくいますが、実際に仕事にありつける人となるとほんの一握り。
実際に絵を描く仕事に就いても、十分な収入を得ている人や安定して仕事を継続している人となると、そのまた一握り。
というのが実態です。

このことは、絵を描くことが仕事として成立しにくいことを物語っています。

では、絵やアートの需要がないかというと、その逆で、無限にあると私は実感しています。
問題は、ビジネスモデルがないんです。
イラストレーターやアニメーター、絵本作家なども、ビジネスモデルが古いため仕事として続けていくのは厳しいのが現実です。

昔からあった仕事は、人件費の安い海外や技術革新よる機械化という流れに押しやられ、低生産性、低賃金という厳しい環境を強いられています。

つまり、ただ絵を描くだけでは価値を生み出せない時代に突入したのです。
それは、絵に限らずすべての業種、職種にも言えることです。
「ただつくるだけ」「ただ売るだけ」といった単純労働の仕事は、どんどん機械に取って代わられていきます。
機械より安い低賃金の労働力だけが、まだ生き延びているという構図です。

私も、壁画を中心としてウォールアートという仕事に18年間取り組んできましたが、こうなる予兆は15年以上も前から気づいていました。
そのため、単純で安直な楽な仕事は避けて、新規性のある仕事、提案性の高い仕事に特化してきました。

「オンリーワン」「価値の創造」「視点を変える」・・・・私の口癖であり、それは外に向けてというより私自身をインスパイアする言葉です。

ビッグアートでは、以前から続けてきた既存の仕事を脱ぎ捨てる努力を続けています。
壁画を描かないとか、デザイン塗装をしないとか、オブジェをつくらない、ということではありません。
全く新しい仕事の枠組みに切り替える、という作業です。

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実は、絵を描くことそのものは仕事にはなりにくいのです。
というより、仕事にはなりません。

「誰のために絵を描くのか」
「何のために絵を描くのか」
つまり、絵を通して「何をどう変えるのか」です。
絵によって、どんな価値を作り出すのか。

今、絵で食えないという状況は、その絵がほとんど価値を生み出していないからです。
つまり、描いた絵が人に対して社会に対してあまり意味がないということです。
絵は上手いにこしたことはことはありませんが、上手いだけでは意味がありません。
仕事の対価は、提供した仕事によって生み出した価値に対する報酬です。

その人が8時間もかかって描いた絵が、コピー機で簡単に出せるものと同じ価値しかなければ、10円の価値しかありません。
つまり、8時間で10円の稼ぎしかありません。

ビッグアートの仕事、「シャッターアート(壁画)」に例えてみましょう。

<ケース1>
シャッターに、決まった原稿の絵を描くだけなら、描き賃(作業費)をいただくだけです。
相場は、インクジェット出力のシートを貼る料金との比較になるでしょう。

<ケース2>
シャッターに、お店の魅力をアピールし、入店を促進する絵を描いたらどうでしょう。
集客力アップを目的としたシャッターアートです。
月商1,000万の店が1,200万円に業績アップしたら、年間2,400万円の売上貢献です。

<ケース3>
もし、シャッターアートでその街の歴史や文化を体系的に描き、街の景観づくりや観光化という一大プロジェクトを実現したなら、・・・・・どうででしょう。
そのことによって、川越市のように年間200万人もの観光客が訪れるような効果を生み出すとしたら。
街に及ぼす経済効果は、年間68億以上と試算されています。
街の努力次第で、それを倍にすることも十分可能です。

<ケース1>~<ケース3>の事例からシャッターアートの成果を比較したら見えてきます。
同じように見える仕事でも、視点を変え、目標を変え、コンセプトを変えたら、生み出す価値の規模は、何十倍にも何百倍にも何万倍にもなるということです。

絵を描くのが得意というのは、歌が得意、車の運転が得意、話が得意・・・・・というのと同じです。
それは誰もがそれぞれに持つ個性、能力特性のひとつにすぎません。
問題は、それが凄いか凄くないかではありません。

ここに時速300キロで走れるスーパーカーがあるとします。
でも、30キロ以上のスピードで走ることがないとしたら、大して自慢になりません。

つまり、どんなに絵が上手くても、それをフルに引き出し、それに見合う価値の仕事をしなければ無用の長物でしかありません。

そのカギを握るのは、
「絵を描くことを仕事にしたい」ではなく、
「絵を何のために使うのか」です。

絵を描ければどんな仕事でもいい、という人はビッグアートでは要りません。
絵を活用して、人々が喜んでくれる「家」や「まち」をつくることが、ビッグアートの使命です。
絵を使って、「家」や「まち」の空間価値を創造していくこと。
目を少し転じてみると、まだ誰も手がけていない仕事が際限なく見えてきます。

既存の価値や枠組みから脱して、より高度な価値を模索していけば、新しい成長への道が開けてきます。
手描きの壁画、手づくりのオブジェがデジタル化の波に押し勝っていく、いや共存していく世界がすぐ目の前に来ています。

絵の仕事は、本当に楽しい!

手描き、手づくりのアートの未知なる可能性を求める情熱のある人、来れ!

デザインって、本当に楽しいですね!

2011-07-01 12:07:22 | アートと仕事
「日光道中・粕壁宿」景観アートプロジェクト。

春日部駅東口地区(旧宿場町「日光道中・粕壁宿」)の面影を取り戻して、まち歩きを楽しくすることでまちに活気を取り戻すことが目的です。

その活動の一環がシャッターアートや壁画による「粕壁宿」のストーリー化です。

6月末は、春日部駅東口地区でのシャッターアートを5件の制作しました。

あるシャッターアートのデザイン案ついてレポートします。

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店舗名:びあん(創作惣菜店)
場所:春日部駅東口のロータリー付近

かつての宿場町の面影を伝えながらお店をアピールすることがデザイン目標です。
店主からは「市松模様を入れてほしい」という要望がありました。
ターゲットは、ヤングからシニアの女性層です。

店主はフランス料理にこだわるオーナーシェフ。
この店の客層は、そんなシェフのグルメなファンです。
そこで、江戸時代の浮世絵「ビードロを吹く女」(喜多川歌麿)のビードロを箸に差し替えて、「上品さ」と「食」をイメージしました。



江戸時代の浮世絵を少しリメイクすることで、宿場町の演出とお店のアピール(業種とこだわり)が同時に表現できました。
しかも、店主からの要望だった市松模様も着物の柄の中に実現できました。
浮世絵と「Bien(びあん)」というロゴの組み合わせも新鮮で、ちょっとお洒落です。

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統一感のある「まちの景観」と「お店の個性」を融合させるシャッターアートのデザイン。
今回は何とかうまくいきましたが、毎回物件ごとにさまざまな障害があります。
しかし、デザイン目標とさまざまな与件をうまくクリアして「ストレート」で「シンプル」なデザインにたどり着くプロセス。
デザインの醍醐味は正にそこにあります。

デザインって、本当に楽しいですね!

本当に絵を描くのが好き?

2011-02-10 13:46:14 | アートと仕事

毎年、本当に多くの学生たちが会社にやってきます。
会社説明会やインターンなど、たいていは就職活動です。

中でも絵画科と彫刻科、イラストレーション科の学生が約半数です。
美大出身でしかも絵画科出身というと、一般の人は「絵が本当にうまいんでしょうね」と言います。
でも、実態は全く違います。
むしろ、ほとんど描けないというのが現状です。

決まって皆、「私は小さいときから絵が大好きで、絵を描く仕事に就きたいとずーっと思っていました」と言います。
作品やポートフォリオを見せてもらいます。
そこで、ビックリ。
学校の授業課題しかない人がほとんど。
ポートフォリオを3冊、5冊持ってくる人は、50人に1人いるかいないかです。
うそー、授業以外に絵は描いていないの?!
でもそんな人に限って、「絵が好き」とか「絵の仕事をしたい」とアピールしてきます。

本人のたっての希望でインターンの受け入れをします。
頭ごなしに「あなたは本当は絵が好きじゃないんじゃない」というのも可哀想なので。
インターンを終えて、だいたい「私には絵の仕事は向かないようです」と帰っていきます。
勿論、ここで絵が向かないと思い込むのもまた早合点だと思います。

だいたい「絵が好き」と連発する人に限って絵を好きじゃない人が多いようです。
多分、自分が絵が好きだと思い込みたいのでしょう。

美大を出たから、アート関係の仕事に就かなければ、両親に対して、まわりに対して示しが就かない、という思いが強いのでしょうね。
大学でどこを出たとか、何学科を出たとか、あまり仕事には関係ないと思います。
要は、そこで何を体験し、誰と出会い、何を学んだか。
美大に行って、自分には絵は向かないと気づき、アートとは関係のないことに目覚めることだって大きな成果だと思います。

アートの仕事は、一般の会社に勤めるのとは全く違います。
職人の仕事に近いかも知れませんが、一般の職人さんのように安定した仕事はありません。
常に、厳しい環境で腕を磨いて、知恵を振り絞って生きていかなければなりません。
確かにやりがいのある仕事で夢のある仕事ですが、のんきな仕事では決してありません。
むしろ、一般のどんな仕事より過酷で不安な要素がたくさんあります。
本当に命をかける覚悟と情熱のある人しか生き残れない、と断言します。

インターンが終わった時に、最後に個人面談をします。
本当に覚悟があるかどうか。
安定した仕事に就きたいだけなら、アート以外の仕事を勧めます。
美大を出たからって、アートの仕事にこだわる必要は全くありません。
モノの見方、感じ方、美のセンスなど、これまでに学んできたことを生かす仕事はいくらでもあります。

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2013年有給インターンシップ(6ヶ月間)募集!

2013年夏期インターンシップ募集!

 


絵を描くことを仕事にするということ

2010-10-01 11:16:13 | アートと仕事
ビッグアートは絵を描くことを仕事にしています。

しかし、ただ絵を描くだけでは仕事にはなりません。
絵を「人を助けるために」「人を喜ばせるために」描いて初めて仕事になるのです。
つまり、人や社会に役立つために絵を描くのです。

そのためには、世の中で困っている人を探すことから始めます。
困っている人はたくさんいますが、その中で絵を描くことで役に立てることがあるかどうかです。
すると、絵(アート)で社会に役立てることが無限にあることに気づきます。

例えば、
・店や街が楽しく元気になる。
・病院の患者が癒され、元気になる。
・夢のような空間で人々を楽しませる。
などなど。

絵を描くのが好きだから絵の仕事に就きたい。
出発点はそれでいいと思います。
いやむしろ、最初は皆そうだと思います。

最初は、ただ描いているだけでも楽しいものです。
でもしばらくすると、「自分の絵で人が喜んでくれるともっとうれしい」と思うようになる。
だから、絵で人を喜ばせることを一生懸命に考える。
自分のためにではなく、人のために絵を描くことの喜びに目覚めていく。
人のために描くことが自分の喜びであり生き甲斐になる。
結局は、回り回って自分のために描いていることになるのです。

絵(アート)で何か人や社会のためになることはないか。
私自身も、会社を初めて17年間いつもそのことを考えています。

今も、これからも、この仕事を続ける限り終わることはないでしょう。

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ビッグアートの仕事

2010-09-30 19:49:25 | アートと仕事
会社を訪ねてやってくる学生さんたちに「ビッグアートは何の会社だと思いますか」と聞くと、
・壁画制作の会社
・いろんなアートを手がける会社
という人がほとんどです。

ビッグアートは元々壁画制作会社として1993年にスタートしました。
しかしながら、時代の変化、環境の変化に伴い大きく変化してきました。

現在、確かに壁画やデザイン塗装、レリーフ、オブジェなどを制作しています。
でも、一般でいう壁画や造形などのアート制作会社とは全く異なります。

「ウォールアート専門会社」「空間演出デザイン会社」がもっともビッグアートの仕事の本質に近いと思います。
わかりやすくいうと、「さまざまなアート技法を使って建物を飾り、チャームアップする仕事」です。

会社設立当時と今は仕事の環境がまるで違います。
当時は、「ここにこんな壁画を描いてくれ」という注文がほとんどでした。
今は、具体的に「壁画を描いてくれ」という依頼はほとんどありません。

最近のお客様からの依頼は「入りやすい店にしてくれ」とか「店を親しみやすい雰囲気にしてくれ」という抽象的な注文です。
こんな注文もありました。

「お店を妖精のでてくるような雰囲気ししてほしい」

まさに、それが私たちの仕事の本質です。

「建物のイメージを変える」
「空間の雰囲気を変える」
それをさまざまなアートの技法を駆使して実現していく。

基本は、「壁」の装飾です。
建物の構造(躯体)はいじらず、表面のデコレーションだけでイメージや雰囲気を変えていく、いわゆる「建物の美容師(メイクアップアーティスト)」です。

そのせいか、10年前までは男性中心だった職場が完全に女性中心に変わりました。

壁画も造形物も、基本的に自社スタジオでほとんど制作します。
もちろん、現場施工も自社で行います。
しかしながら、「モノをつくる」という意識ではなく、「イメージや雰囲気をつくる」という意識を徹底して持たなければなりません。

ただ、「描きたい」「つくりたい」という人はビッグアートには不向きです。

長びく不況の中で、安売り中心のチープで実用性のみというお店が増え、感動や面白さがなくなり街から人が消えていく昨今。
私たちがめざすのは、「夢のある」「面白くて」「ワクワクする」空間、まちづくりです。

アートで感動空間をつくること。
ビッグアートは、そんな志しを持った集団をめざしています。

アートかデザインか

2010-05-11 09:26:22 | アートと仕事
アートかデザインか。
よく学生たちが議論するテーマです。
アートは自己表現を目的とし、デザインは最初に依頼主から与えられた達成すべき課題や目標があるもの。
なるほど、一応当たっているようにも見えます。
学校の先生も大体そういう説明をしているようです。
好き勝手な絵を描いて仕事になると思っている学生たちが多いから、学校の先生がそう言っているのは理解できます。

でも、私はもともと何をやるにも企画、デザインから始めるのが常で、壁画も造形もデザイン抜きでは仕事は始まらないと思ってやって来たのでどうも腑に落ちません。

先日、イタリアから帰国したアーティストと話したことがあって、意外なことを聞きました。
芸術のメッカであるイタリア。
そのイタリアでは、街中いたるところに彫刻や絵画があり、国民は生まれた時からアートのDNAが染み込んでいるといいます。
彼との話の中で私が「日本ではアートとデザインを分けて考える風習があって、その垣根がいつもネックになる」という話しをした時です。
すかさず彼からこんな言葉が返ってきました。
「人間、生きている以上、毎日朝から晩までデザインと関わっていないことなんてあり得ません。」
ハッとしました。
どうも日本人は、デザインという言葉をすごく狭い意味でとらえているようです。
彼は続けます。
「アートは目的ではなくて、表現の手段に過ぎません。アートにも必ずデザインは必要です。」

人間、何をするにもなんらかの目的や意図があるはずです。
当然、その目的や意図に沿って計画を立て行動するわけです。
その行為がデザインの原点であり、デザインそのものという訳です。

つまり、自己表現が目的だとしても、誰に向けて何を表現したいかという意図があるはずです。
ならば、どう表現すればいいか、どう伝えればいいかを考えると思います。
それがデザイン行為なのです。

会社の未来をデザインする。
自分の人生をデザインする。
夢をデザインする。
モノやカタチのデザインだけでなく、コトとか行動もデザインの対象になります。

イタリアでは、アートもデザインも空気のような存在で、ごく自然に付き合っているようです。
一方、日本では学者や評論家たちがアートとデザインを小難しく定義づけして、ややこしくしているだけのような気がします。
もともと学問が先にあったわけではなく、アートもデザインも必然性があって自然に生まれてきたものです。
もっと、日常の中で自然に付き合っていくべきだと思います。

One for all,all for one.

2009-07-24 12:52:54 | アートと仕事
One for all,all for one.
これは、ラグビーの精神で「一人は皆のために。皆は一人のために」という意味です。
これは、ビッグアートの精神でもあります。
デザインやアート制作を数人が共同で行う場合、この精神が必要となります。

デザインやアート作品を制作する場合、合議や多数決を用いると最悪の結果になります。
全員の意見を平等に取り入れると最高の作品につながるかというと、全く逆です。
手当たり次第にそこいらにある食材や調味料を入れて作ったゲテモノ料理しかできません。
ここにアートディレクター(監督)の絶対的な存在が必要になるのです。
目指すべきゴール(目的、コンセプト、効果)に対して何が最も適しているのか。
私情を挟まずに、最善の決断を下す勇気、その舵取りこそアートディレクターの命であり、その舵取り如何で作品が決定されてしまいます。
ギリギリの土壇場で待ったなしの決断を下すのは苦渋の決断で、いくら場数を経ても慣れるものではありません。

デザインもアート作品も、そこにはコンセプトの一貫性、一体性なければ駄作になってしまいます。
もし現場で意見が割れたら、作業をストップして作戦タイム。
意見を出すのは全員対等です。
でも、一旦決まったら私情を挟まずに、全員が一糸乱れずにゴールに向かう。
それがたとえ新入社員の意見であっても、先輩社員、ベテラン社員が全力でサポートする。

いい作品をつくるには、まさに絶妙なチームワークが必要なのです。
アートやデザインの世界は、個人プレーをする人が目立ちます。
ビッグアートは常に、チームプレイを目指しています。

日本建築医学協会の講演メモ ~ガンは治る・治せる~

2009-04-28 16:22:42 | アートと仕事
前回は、建築と医学の密接な関係についてでしたが、現代医学の暴走と健康のついての正しい認識についても多くの話がありました。

印象に残った言葉です。

近代医療は
  ・自然療法(自然な環境で自然な物を食べる)
  ・生体療法(体の姿勢を直す)
  ・心理療法(心理的問題の解決や精神的な健康の増進)
  ・自然治癒療法(体は正常な状態に戻ろうとする働きがある)
  ・薬物療法(薬で症状を抑える)
があるが、西洋医学ではもっぱら薬物療法が主流である。

人間の身体の中には、100人の名医がいる。

痛いとか熱が出るのは、人間の体が病気と闘っている証拠である。
薬で症状を抑えることで、傷みや熱がなくなり、自然治癒力が働かなくなる。
結果、病気に対する抵抗力も低下する。

食べる工夫より、食べない工夫をしよう。
カロリーを半分にしたら、長生きする。

ガンで亡くなった人の80%原因はガンではなく、医療の結果だった。
放射線や抗がん剤で患者の免疫力がなくなり、感染症起こした結果である。

病気による害よりも薬の害の方が大きい。

ガンは、「医者から見放された人」「医者を見放した人」だけが助かる。

楽しく生きると、ガンは自然に消えていくんだよ。
笑いが免疫力を向上させてくれるんだ。

現代人は、「悩みすぎ」「働きすぎ」「薬の飲みすぎ」。
健康の秘訣は、「笑うこと」「食事を改めること」「体を温めること」。

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以前、ある大学医学部の教授と飲む機会があり、帰りの電車の中で「私の健康の秘訣を教えましょう。それは薬を飲まないことです。職業柄、人には薬を勧めますが、自分や家族には飲まないようにさせています」
普通の人が聞いたらショックですが、これは見識者なら常識です。

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そして、何よりも強烈な感動をいただいたのは、24年前に末期ガンを宣告されて医者から見放された後、自然療法で奇跡的に健康を取り戻したという寺山心一翁氏の言葉です。

「皆さんもぜひ一度ガンになってみてください。鋭くなります。チャクラが開きます。ガンは必ず治ります」

「ガンは自分のつくった子供です。だから私はガンに愛を送り続けました」


彼は、ガンを治しただけではなく、以前よりもっと健康になったというので、「日本ウェラー・ザン・ウェル学会」(副理事長)を立上げ、「自然退縮」という方法で全国の多くのガン患者を救っています。
また「医者が患者から学ぶ」という形で、医学博士や医師たちが彼の元に集まってきているそうです。

世の中では、二人に一人とか年間34万人がはガンになっていると恐怖や不安をあおっていますが、ガンが怖い病気ではなくなる日がもうそこまで来ているようです。


日本建築医学協会の講演メモ ~建築医学とは~

2009-04-27 16:17:42 | アートと仕事
日本建築医学協会は、建築学、住居学、医学、環境工学などさまざまな分野の専門家が参加しています。
環境と生体との相互作用と有機的なつながりを解き明かし、住環境の改善につなげることによって、住空間や職場空間を心身が癒される場とする統合医療としての「建築医学」を確立することが目的です。

今までの医療は、「病気をいかに治すか」に重点が置かれてきましたが、建築医学は予防医学・未病医学に軸足を置いています。





建物が人々の心身の健康に影響を与える要素として、
  ・高層建物
  ・コンクリート
  ・部屋の広さ、天井の高さ
  ・傾斜天井
  ・壁の素材
  ・通気性
  ・音、騒音
  ・VOCとホルムアルデヒド(VVOC)
  ・磁気、磁場
  ・採光
  ・風通し
  ・空気、マイナスイオン
  ・グリーン(植物)
  ・色彩
などがあります。

出席者のほとんどが建築業や内装業、壁材メーカー、健康関連業で、最初は場違いな感じもしました。
「音」や「グリーン」「色彩」を除くと、どちらかといえばハードな分野が多く、私のような「アート」や「五感」をテーマにしている者にとっては接点が少ないと思いきや、講演後の親睦会では講師の方たちから逆に強い関心を持たれ、私の立場の方がむしろこの会の中心にいるのかも知れないと直感しました。

なぜなら、「病は気から」ですから。
建物をとりまく有害物質は、すでにさまざまな分野で科学的研究が進み、そのほとんどが解明されていますし、改善するための方法や商材も紹介されています。
それに引き換え、ストレスや心の状態と健康との関係はまだまだ未知な世界です。
「色や形」「光」「音」「素材の質感」「匂い」「味」などが五感を通じて人々の心理にどんな「快感」や「不快感」を与え、それが人々の行動や健康に影響をおよぼしていく。
それは、私の究極のテーマでもあります。


講演で印象に残った言葉をいくつかご紹介します。

いい生き方は、いい住環境で育てられる。

建築とは造形ではない。心の動きそのものである。

家が人をつくる。
家が人間性を育てる。
建築とは何か。
建築はどうあるべきか。

住環境と精神構造や脳内ホルモンの分泌は密接な関係がある。
(ドーパミン、セルトニン、ノルアドレナリン)

海馬の発達は、ストレスを減らしてくれる。
同じところばかり見ていると、海馬の働きは低下する。
変化のある環境にいると海馬は発達する。

人がいい仕事をするために健康を取り戻すのは自分の家である。

そして最後に、松永修岳理事長(風水環境科学研究家)の熱いメセージ。

幸せは、幸福を感じられる住環境からつくられます。
今の住環境の延長上に「幸せで健康的な人生」が待っているのでしょうか。
心が幸せになることが、人生の成功です。
人間性の高まる住環境をめざしましょう。


ガンバリマス!

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※ガンについてのテーマも大きく取り上げられました。
これについては次回にまわします。



建築医学との出会い

2009-04-26 10:25:30 | アートと仕事
今日は、「日本建築医学協会」の全国大会に出席しました。

昨年、懇意にしている壁材メーカーの社長に誘われて参加したのが最初で、これが2度目です。

昨年初めて参加した時、感動と喜びが全身を駆け抜けたのを覚えています。
いろんな分野や立場から、私と同じ夢(ゴール)をめざしている人たちがいたこと。
医学や建築について私が疑問を抱いていたことが、それぞれの専門分野から解き明かしてもらえたこと。
目からウロコというか、自分の体験から得た実感が次々と証明されていく時、戦慄に近いものを感じました。
と同時に、「今までやって来たこと、これからやろうとしていることが間違っていなかったんだ」という自信と勇気が湧き上がってきました。

「建築」と「医学」、一見あまり関係のなさそうな二つの分野ですが、実は切っても切れない関係なのです。
以前ある人から「建物が人をつくる」という言葉を聞いて、ハッとしたことがあります。
まさに私たちの生き方や人間性とは、私たちを取り巻く住環境、特に自分の住んできた「家」によってつくられているのです。
ちょっと具体的に考えてみましょう。
・一日中、光の入らない家で10年も20年も生活したらどうでしょう。
・風通しの悪いジメジメとしたかび臭い家で生活したらどうなるでしょう。
・部屋の中が雑然としていて、ゴミ箱のような家で生活したらいかがでしょう。
・コンクリートやプラスチックの壁に囲まれて生活したら・・・・。

環境と精神と身体は密接な関係にあります。
現代の社会や環境は、私たちを一日中スポイルしています。
ネガティブシャワーが振り続け、ウィルスのように私たちの心を蝕んでいます。
経済不安、社会不安・・・・孤独・・・・本来の人間の本能「支え合って生きる」「お互いさまという寛容な気持ち」が壊れ始めています。
「死ぬことが一番健康だ」といった人の言葉が浮かんできました。
つまり、現代社会においては「生きることが一番身体に悪い」のかも知れません。

いつもイライラしている人が増えてきた。
キレやすい人が増えてきた。
愛する人までも平気で殺す人が増えてきた。

もちろん、経済不安や社会不安、疑心暗鬼な人間関係などが引き金のようにも見えますが、根源はそこにはないように思います。
それらは歴史上何度も経験してきたことです。
つまり、台風や地震、果ては戦争といった「現象」と同じです。
問題は、そういう試練にぶつかった時に、「どう受け止めるか」「どう立ち向かうか」という人間性に異変が起きていることです。
人類は過去に、想像を絶するような苦難を「愛」と「勇気」そして「助け合い」「夢」などで乗り越えてきました。
今あげた「愛」「勇気」「助け合い」「夢」が希薄になってきたこと。
それらは、まさに住環境や人間関係の中で育まれていくものだと思います。

コンクリートの集合住宅によって、他人に患わされないプレイバシーは確保できたかも知れませんが、家族単位または個人単位にコンクリートの厚い壁で遮断され、孤独な人が増え、心の病を持つ人が急増しているのです。
最近、鬱病で自殺を図る人が増えています。
昔なら、家庭におじいさんおばあさんもいて、やさしく見守ってくれたり、近所の人たちに癒されたりして、心の病になる前にバランスをとってきたものです。
自分の精神のバランスをとるのが実に難しい現代の生活環境。
精神のバランスの崩れが、現代病の根源のように思います。

鬱病やガンなどは、以前はあまり聞かなかった病気です。
まさに現代の私たちを取り巻く環境が生む現代病です。

私たちは、1日のうちの85%の時間、半径5m以内しか見ていない、と言われています。
1日のほとんどの時間が、家と会社と電車の中。
週末も家で過ごすか大型ショッピングセンターやホームセンターに行く程度、という人がほとんど。
ちょっとゾッとしますが、都心で暮らす人の標準パターンだと思います。
だとしたら、自宅と職場の環境がその人の人格形成をしているとも言えます。
職場の環境は、自分だけで変えることはできません。
しかし、自分の住む環境は自由に選べ、自分に合わせて自由に変更することもできます。

私が今まで「空間演出デザイン」「ウォールアート」でめざしてきたこと。
それは、人々の生活環境の「雰囲気をデザイン」することで人やまちを元気で幸せにしたい、ということです。

特に私がテーマにしていることは、

私たちを取り巻く空間(特に建物)を
・色や質感が人の心理に与える影響
・絵画やパターン(模様)による雰囲気の醸成
を駆使して、人々の心理や気分をプラスの方向に誘導することです。
それによって、人々が癒されたり、元気になったり、勇気が湧いてきたり、ワクワクしたり、温かくやさしい気持ちになったり・・・・といった気持ちのプラス転換を図っていくことで、病気が直ったり、犯罪がなくなったり、家庭や職場や街が楽しく元気になっていく。

それがビッグアートのめざす領域です。

次回は、講演の内容の一部を紹介します。