桜陰堂書店

超時空要塞マクロス(初代TV版)の二次小説です

暗闇坂(2)

2008-06-01 18:50:36 | 第37話「オン・ザ・ステップ」
 翌日、随分と輝の元へ電話が掛かって来ていた、その都度、輝は頭を
下げる、飛行時間以外、つまり中隊長室に居る時はほとんど頭を下げっ
ぱなしの一日だった。
 一日の業務を終え病院へ向かう。ヘンダーソン医師によれば、未沙は
薬による強制的睡眠によってではあるが、昨日より少しは落ち着いてき
たと云う事だった。ヘンダーソンとほんの僅かの間だがベッドへ行ってみ
ると、悪い夢を見ているのか唸されていた。輝が思わず声を掛けようとす
る、ヘンダーソンがそれを制し無言で首を振った。
 二人が部屋を出る、そのまま向き合うと輝はヘンダーソンに自分の希
望を話し出した。

 2月15日。朝、中隊長室に入ると、すぐ東部方面隊のマックス大尉か
ら電話があった。
 「一条大尉、どういう事です」
 「どういうって」
 「一条大尉がシティ防衛隊の隊長を辞めて、その後釜に僕とミリアだ
って内示、さっきフレデリックの親父から受けたんですけど、どういう
事なんでしょうか」
 「マックス、これ俺のすごい我儘を通させて貰ったんだけど、俺、3
月22日からVF-4の最終テストパイロットを志願して認めてもらった
んだ、アポロでの宇宙空間テストさ、それからメガロードの護衛隊長も
やらせて貰う事になったんだ、あれに乗ったら何年、もしかしたら10
年以上帰って来れないかもしれないだろ、それで、俺、ちょっと一ヶ月
休暇を貰ったんだ21日から、本当に突然で申し訳ないんだけど、何と
か引き受けてもらえないかな」
 それから、思い出したように付け加える、
 「あっ、メガロードの件はまだ秘密なんで誰にも言わないでくれよ」 
 かなり間があった、
 「マックス?」
 「フレデリックの親父、相当怒ってましたよ、「あの野郎」、あっ、これ
親父の言った言葉ですけど、「あんな我儘な奴だとは思わなかった」っ
て言ってましたよ」
 それから、少し笑いを含んだ声で言った、
 「大尉、解りました、ゆっくり休んで来て下さい・・・、それから、先輩
、少佐を宜しくお願いしますよ」
 「ちぇっ、相変わらず勘のいい奴だ」
 輝が胸の内で呟くと、プツッと電話がきれた。

 2月16日、午後3時の面会時間が始まると、すぐ、グローバルがや
って来た。
 「早瀬君、どうだね気分は」
 未沙が慌てて起き上がろうとする、
 「そのまま、そのまま。随分、苦労を掛けたみたいだね」
 「苦労だなんて総司令、私が至らないばっかりに、みんなに迷惑掛け
てしまって」
 未沙は顔を手で覆った。慌てて看護婦が言う、
 「総司令、済いませんが患者さんを余り興奮させないで下さい」
 「ああ、済まない」
 グローバルは暫く様子を見ていたが、やがて静かに言った、
 「どうやら、来るのが早すぎたようだね、近いうち、また寄らせても
らうよ」
 「済いません、総司令」
 未沙が半泣きのまま答えた。
 お陰で、オペレーションルーム代表で直後に来たヴァネッサは花束を
看護婦に渡して一言、声を掛けただけになってしまった。
 「ヴァネッサ、有難う、みんなに宜しく伝えて」
 未沙はヴァネッサの後姿に声を掛けるのがやっとだった。

 夕方近く、勤務を終えたクローディアが来た。未沙は点滴のチューブ
を付けたまま眠っている、又、鎮静剤を入れられたのだった。
 夜8時近くなってカップ麺と寝袋を持った輝がやって来た。
 「どうですか」
 「眠ってるわ、さっき先生が言ってたわ。今日はなるべく話し掛けな
いようにって、まだ不安定でちょっとした事で興奮してしまうからって」
 「解りました」
 輝が床に寝袋を置きソファに座る。
 「貴方は大丈夫なの?、引継ぎとか、今、大変なんでしょ」
 「まあ、日にちが無いですからね、昨日、マックスから電話があって、
少佐を宜しくって言われちゃいまいたよ」
 「相変わらず、察しがいいのね」
 「ええ」

 「輝、輝が居るの?、クローディアも」
 二人がベッドの側へ行く、クローディアが声を掛けた。
 「気が付いた」 
 「ええ」
 「どう、気分は?」、輝が聞く、
 「良くも、悪くもないわ」
 「未沙、そのまま目をつぶってなさいな、今は眠れるだけ眠って」
 未沙はそのまま力無く目を瞑って、向こうを向いた。
 随分と時間が経った頃、
 「二人共、もう遅いわ、今日はありがとう」
 クローディアがベットへ行って話し掛ける、
 「明日、また来るわ、ゆっくり休むのよ」
 「ええ」
 「それから一条大尉ね、貴女が退院するまで、泊り込みで看病するっ
て」
 「何で、私、そんなに重病人じゃないわ、一緒に帰ってもらって」
 「未沙、こんな時は人の好意を素直に受けるものよ。一条大尉はこん
な時、貴女を襲わないわよ。彼、夜も眠れない程心配してんの、傍に居
れば、彼も少しは安心して眠れるわ、じゃあね、また明日」
 クローディアがベッドの側を離れ、そして輝に言った、
 「じゃあ、後は宜しく」

 「困ります、私、これから外を歩けないじゃない」
 「早く外を歩ける様になるといいね」
 「今でも歩けます!」
 「俺、悪いけど食事するから、未沙はまた眠るといいよ」

 輝がカップ麺を啜っていると、未沙が静かに話し出した、
 「みんな私が馬鹿なのよ、オノギシティの時、変なヤキモチ焼いて、私
情で貴方を呼ばなかった、最初から貴方に召集を掛けていればオノギの
人達も死ななくて済んだかもしれないのに・・・、何て事しちゃったの、私」
 「あれは俺が悪いんだ、あの時の責任を言うのなら君じゃない、俺だ、
俺が悪いんだ」
 遮るように未沙が叫ぶ、
 「違うわ!、私よ!仕事に私情を持ち込んだ私よ!」
 また、未沙が泣き出した、号泣と云ってもいい程だった。
 「何やってるんですか一条大尉、患者を興奮させないように言ってある
はずです」
 病室のドアが勢いよく開いて、看護婦が飛び込んで来る。
 「す、済いません、そんな積りは無かったんですけど」、輝は小さい声
で答えた。
 再び薬が入れられ、未沙はまた眠った。
 その夜、何度も何度も未沙は唸されていた。 

 朝7時半、「行ってくるよ」と少さく声を掛けながら布団を直し、輝は病室
を出た。
 クローディアからのお達しで、オペレーションルームは暫く落ち着くまで
、誰も少佐への見舞いは行けない事になった。

 その日を境に、未沙の病室から殆ど人の声がしなくなった。クローディア
が来た時だけ、いくらか会話が有るだけで輝と未沙は互いに黙り合ったま
まになった。だが、輝の顔は、あの日の朝礼の時と同じく穏やかになって
いた。