桜陰堂書店

超時空要塞マクロス(初代TV版)の二次小説です

暗闇坂(5)

2008-06-01 18:46:39 | 第37話「オン・ザ・ステップ」
 退院の日の朝が来た、空は晴れているようだった。輝は未沙を起こさ
ないよう、なるべく静かに身の回りの物をバッグに詰め、回りを見回し
「これで全部だな」と呟くとベッドの側に行った。
 未沙は目を覚ましている、 
 「御免、起こしちゃったかな」
 未沙はぼんやりしていた、輝が病室のカーテンを開ける、
 「未沙、いい天気だよ、今日は夕方、君の家へ行くよ、クローディアさ
んと三人で退院祝いをやろう」
 未沙は輝を見ていたが何も答えない。
 「じゃあ、行って来るよ」
 優しく声を掛けると、輝は寝袋を担ぎバッグを手に部屋を出て行った。

 マックスへの引継ぎは、思ったより時間が掛かった、おまけにフレデリ
ック少将がやって来て、1時間程、司令室でこってり油を絞られた。
 「やれ、やれ」
 司令室を出ると輝は溜息をついた。もう、すでに昼近くになっている、
その日になってみると、案外やる事の多いのに気が付いた。食事を摂り
、1時過ぎ、事務方の職員が昼食から帰って来た頃を見計らって挨拶に
行った。
 「一条大尉、今までお疲れ様でした」
 「また、遊びに来て下さい」
 こちらは皆、快く送り出してくれたので、輝はいくらかほっとした、いく
つかの部屋を回り、それから、今はマックスの中隊長室へ行き纏めてあ
った荷物を運び出す、慌てて内勤の者が輝を手伝ってくれた。
 「今迄、お世話になりました、有難うございました」
 入口のゲート脇の守衛室に入って最後の挨拶を済ませると、輝と荷物
を乗せたジープはゲートを出た。輝がすぐ振り返る、遠くにバルキリーが
見えた。

 5時近くなって、やっと輝がやって来た、あらかた部屋の整理はついて
いて、クローディアが夕食の仕度をしている。未沙は疲れて部屋で横にな
ってるという事だった。
 「済いません、遅くなっちゃって、思ったより手間取っちゃって」
 「いいのよ、それより貴方、荷物はまだなの?」
 「済いません、それなんですが、もう少し時間を貰えませんか。隊から
持ってきたのを入れたら、家の中ごちゃごちゃで、少し整理してこっちへ
来たいんですけど」
 「なるべく早くね、パーティ始めちゃうわよ」

 6時を過ぎても輝は帰って来ない、テーブルの上にはクローディアの手
料理が並んでいる。
 「遅いわね、一条大尉は」
 「もう、始めましょう、待つ事なんかないわ、冷めちゃうわ」
 その時、車の停まる音がした。何か玄関脇にドサッ、ドサッと物を置く
音がして、ほんの少し間があってチャイムが鳴った。
 クローディアが出る。
 「遅いわよ、一条君」
 輝は両手一杯に、どこで買ってきたのか花束を抱いていた、
 「遅くなって済いません、ちょっと、寄り道をしてたもので」
 輝は、自分と花束というアンバランスに気が付き、少し顔を赤くして言っ
た、 
 「あの、これ未沙の退院祝いに」
 「まあ、私、すっかり忘れてたわ、有難う」
 クローディアが未沙の方を振り返って言った、
 「一条君がこんなに一杯花を買って来てくれたわ、それで遅れたんだっ
て」
 輝が入って来る、
 「未沙、退院おめでとう」
 「ありがとう、輝、それにあんなに沢山のお花、嬉しいわ」
 相変わらず表情は乏しく、声も力が無かったが、その固い表情にほんの
少し嬉しさがあるような気がして、輝はほっとした。
 女達は急いで花を分け、いくつもの花瓶に差して飾った。
 お陰で、料理がすっかり冷めてしまい、温め直す羽目になった。ようやく
三人がテーブルに着く。
 「未沙、一杯だけならいいわよね」
 クローディアが言った、
 「おかえりなさい」
 グラスの触れ合う音がする、
 「ありがとう、クローディア、輝」
 未沙が精一杯の笑顔で答える。笑顔と云えるかどうか解らない程だった
が、それでも、あれ以来最高の顔だと、二人は思った。

 食事はクローディアの問い掛けに「ええ」とか「そうね」と未沙が短く答え
るだけだったので、静かに進んだ。輝は、あえて未沙に話し掛けなかった、
輝は未沙が自然に自分から心を開いてくれる時を、いつまでも待つつもり
でいた、こちらから力任せに未沙の心を動かそうとすれば、きっと彼女は
より一層、自分の殻の中へ入ってしまうだろう、今は、それが何時になる
か解らないが、彼女が自分から動き出す、その時まで、静かに待つのが
一番いいと思っていた、それまでは、ただ未沙の傍にいて、出来るだけ温
かい気持ちでいようと思っていた。

 「クローディアさん、僕、久し振りに美味いもん食べましたよ、ここんとこ
ずっと隊食とインスタントばかりでしたから」
 三人で食後のコーヒーを飲んでいる時、輝が言った。時計は9時近くに
なっている。
 クローディアがカップを置く、
 「さてと、私はそろそろ帰るわ、一条君、後片付けはお願いするわ」
 「はい」 
 「あら、いいわよそれくらい。それくらい私がやります」
 「未沙、一条君ね、今日からここに泊り込むの、炊事や掃除は全部彼が
やってくれるわ」
 「何ですって!何言ってるの」
 「そういう事よ」
 「ふざけないで、女一人の家に泊まり込むなんて、そんな、貴方正気なの」
 未沙が振り向いて言うと、クローディアが後ろから言った
 「未沙、今の貴女を一人にして置ける訳ないじゃないの、これは先生との
約束なのよ、普通だったら一ヶ月は病院住まいよ、貴女は。一条君が面倒
を見ると云う事で先生も許可をくれたのよ」
 「じゃあ、クローディア、貴女が居てよ」
 「残念でした、私は明日から仕事、24時間貴女のお守りはできません」
 「輝だって」
 「彼ね、明日から一ヶ月の休暇貰ったんだって、それで先生から許可が
下りたのよ」
 未沙が輝に近付いた、
 「貴方、中隊長の仕事はどうしたの」
 「今日から、この地区の担当はマックスになったよ、東部は松木がやる
事になった。それから、今日増援が6機来てね、3機ずつ振り分けたんだ
けど、僕の替わりに6機さ」 
 「そんな事でいいの、輝」
 「いいんだよ、軍から正式に許可を貰ってる、それに、休みが明けたら
アポロ基地でVF-4のテストパイロットさ」
 輝は未沙の横を通り抜けると玄関を開け、それから大きなバックやら段ボ
ール箱やらを運び込んで来る、最後に見慣れてしまった汚い寝袋まで持ち
込んだ。
 「僕は、あそこのソファで寝るから気にしないで、心配なら部屋の鍵をしっ
かり掛ければいいさ」
 「心配って」
 未沙は怒ったように寝室に行き、ドアを閉めた。
 鍵の掛かる大きな音がした。

 輝がクローディアを外まで送って行った、
 「一条君、さっきね、食事前なんだけど、未沙が部屋から出て来てね、
きょろきょろしてると思ったら、私に「輝は?」って聞いたの、もしかしたら
、あと少しなのかもしれない、。だから今は出来るだけ優しくしてあげて、
未沙みたいな意地っ張りには、それが一番いいのかもしれないわ」
 「ええ、そう思います」
 それから、思い出したように自分のポケットから小さな箱を取り出し、
輝のポケットに入れた。
 「いつか、きっと必要よ」
 クローディアが歩き出した、輝は窓の光でそれを見て、慌ててポケット
にそれを仕舞う。
 「でも、そんな事ばかり考えてちゃ、駄目よ」
 クローディアの投げ付けるような声がした。

 部屋に戻った輝は、早速、後片付けを始めた、マクロスに来るまで、ずっ
と男所帯だったり一人旅の生活だったので、こう云う事は余り苦にならなか
った。
 後片付けが終わると、輝は未沙の部屋の前に立って言った、
 「先生から、朝晩の検温だけは忘れないでくれって、体温計預かってきた
んだ、休んでいる所悪いんだけど、手だけでいいから出してくんないかな」
 暫くして、部屋の中で動く気配がした、鍵を開ける音と同時にドアが少し
開き、手だけが出て来た。 
 「ちゃんとメモだけはしてくれよ」、そう言いながら体温計を渡す。
 再び鍵の閉まる音がしたので、輝が言った、
 「未沙、寝てしまうのならシャワー借りるよ、何か都合の悪いものないよ
ね」
 返事は無い。
 輝はシャワーを浴び、寝袋へ潜り込んだ。やっと長い一日が終わった。