桜陰堂書店

超時空要塞マクロス(初代TV版)の二次小説です

嘴光(1)

2008-06-01 18:41:30 | 第37話「オン・ザ・ステップ」
 次の日、ほんの僅かだが二人で散歩に出てみた、未沙には久し振りの
外出になった。
 翌日は近くの公園まで行った。午後の暖かい時間、その時間は軍のプ
ライベートブロックも人が疎らで、未沙も出易いと思ったからだ。歩きながら
話す未沙の声に少しづつだが張りが出てきている。

 三日目、少し雪が降っていたが、思い切って街まで行ってみた。人通り
の少ない道をゆっくり歩く、何となく角を曲がった時、視界が突然開けた。
 一面の廃墟だった、未沙が立ち竦む。輝が慌てて未沙の腕を引っ張る
が、未沙は動こうとしない。
 「未沙、行こう!」
 無言のまま未沙が輝の腕を振りほどく。そして、恐る恐る廃墟に向かっ
て歩き出した。

 大型のブルドーザーやパワーショベルが何台も止まっている、一帯を整
地しているようだったが今日は休みなのか、人影は無い。
 「未沙、止めるんだ」
 「行かせて!」、未沙は強い調子で言い返した。
 未沙が一歩一歩、廃墟の中を歩いている、静かだった。
 まだ取り壊されていない家の前に、犬が一匹寝ていた、それを見た未沙
がギクッとして立ち止まる。犬の傍の壁に何か書いてあった。
    フィリップ
    シモーヌ
    シルビー
   ここに、永眠す、
   天国に召され、魂の安らかならん事を

 「未沙、もう行こう」
 輝が未沙の両肩を摑む、未沙は震えていた。輝の手を振り払い、未沙は
文字の前に行き、膝を折る、祈るように何か小さな声で言っていたが、堪
え切れずにやがて泣き出した。

 「ラッキー!、ラッキー!」
 声と足音がして男が輝の前へ現れる、
 「やっぱり、ここか」
 男が未沙と輝を見つけて吃驚した。
 「あの、フィリップさんのお知り合いですか」
 「いえ、違います」、輝が答える、
 「でも、彼女?」
 「あれを見て、少し辛い事を思い出したみたいで」
 「ああ、あの時は大勢の人が死んだからね、この家も全滅でね」 
 「・・・」
 「家族ぐるみの付き合いだったんだ。シルビーなんかまだ16で、あの子
の可愛がってた犬だけが、この犬だけが助かったんですよ。私が見つけて、
引き取ったんだけど、この通り、しょっちゅう家を抜け出してはここへ来るん
ですよ。よっぽど可愛がってもらってたんでしょうね」
 未沙はもう堪らなかった。
 「あの、済いません、お礼はしますから、あっ、失礼言って済いません、
でも、お願いします、表からタクシーを呼んで来てもらえませんか、こんな
状態なんで、早く家へ帰って休ませてやりたいんです、お願いします」
 輝が慌てて男に頼み込んだ。

 担ぐようにして輝は未沙を車から降ろし家へ入った。とりあえずソファに座
らせ、毛布を被せ熱いお湯を飲ませた、バッグを掻き回して医者から渡され
ていた薬を飲ませる、未沙はされるがまま人形のようだった。輝が隣りに
座り、未沙の肩を強く引き寄せ、彼女の頭を自分の肩にのせる、そして、
そのまま毛布の上から首のあたりに優しく手をおいた。

 日付けの変わる頃、未沙が目を覚ました、薬の切れる頃だった。
 輝は部屋の床に寝袋を拡げて寝ている。

 何か気配を感じて輝が目を覚ます、横に未沙が座っていた。寝袋のファス
ナーを降ろし、輝は起き上がった。
 「どうしたの」
 未沙は答えない、
 「何か食べる?、スープ作ってあるんだ、今、温めてくる」
 「いらない、何も食べたくないわ」
 「・・・」 
 「抱いて・・・、輝」
 未沙が飛び込んで来て、二人が床に倒れた、しがみ付くようにして未沙
は輝の胸に顔を埋める、輝は未沙の背中に手を回し強く抱きしめた。暫く
して未沙が顔を上げる、
 「そういう意味じゃなくて」
 短い沈黙があった、
 「今は・・・今は駄目だよ」
 「何で」
 輝が言葉を捜していると、
 「何でなの」
 再び、未沙が哀しそうな声で言う、
 「未沙、君を抱きたい、ずっと思っていた、でも、今は出来ないよ、今の
・・・、今の未沙は未沙じゃない、魂のない人形だよ、僕は、僕は本当の
未沙を抱きたい」
 未沙が輝から離れて起き上がった、輝も起き上がる。
 「私、もう女ですらないのね」
 未沙が寂しく言った。
 「出てって、部屋から出てって」
 何も言わず輝は部屋を出た。