~青いそよ風が吹く街角~

映画(主にミニシアター映画)の感想文を軸にマイペースで綴っていきます。

『ハンナ・アーレント』・・・ ※ネタバレ有

2013-12-01 14:51:28 | 映画【ドイツ】


  『ハンナ・アーレント』公式サイト

役人

アドルフ・アイヒマンの裁判をレポートする
実在のユダヤ人の女性哲学者ハンナ・アーレントの胸中を描きながら、
善悪や人間の本質に浮き彫りにしていく。
また、実際のアイヒマン裁判の映像を用いている。
【2013年ドイツ映画賞】作品賞銀賞・主演女優賞受賞、
【2013年バイエルン映画賞】主演女優賞受賞作。
 
 ハンナ・アーレント – Wikipedia

 アドルフ・アイヒマン - Wikipedia

教授が教壇でタバコを吸いながら講義するのって、
日本だと礼儀知らずだと叩かれそうだけど(しかも、それが女性だと余計に。。。)、
欧米ではそういうのわりとあるのかしら?

 アイヒマンは国家の指示に従っただけの役人
 善悪の思考能力を欠いていただけの普通の人
ハンナが傍聴したアイヒマン裁判で生で見たままに感じたコトなんだと思う。
まっ、感じ方は人それぞれだからモラルとは別問題。
ただ、研究の域に留めず、出版した事で余波が広がったみたいですね・・・。
私はハンナの哲学的な観点からのアイヒマン人物像についての思考も無きにしも非ずという気もする。
だって、自分を主張せず、感情も表に出ず、上司からの指示通り、マニュアル通りにしか仕事をしない、
堅物な役人肌の人は今でも社会にいくらでもいるもの・・・。
それよりも、ナチスに加担していたユダヤ人指導者の存在を主張した事が
世間の感情を逆なでしたのかしらね?

ハンナは強い信念をもって世の中の反発を怖れず立ち向かっていっているわけでもなく、
哲学研究者としてのレポートをそのまま発表しただけという感じがするな。
ハンナがアイヒマン=凡人と主張したように、
道は違えど、研究に実直なハンナ自身も役人肌の凡人なのかもしれない。
そういう意味では、アイヒマンの気質とハンナの気質は似た者同士のような気もする。
多分、ハンナ自身はそれに気づいてはいないだろうけどね。

ハンナは本出版後、大学から講義に生徒が集まるはずもないとクビを宣告されても
独断で教壇に立ったハンナの講義は満席。
数人の生徒はハンナの思考を受け入れられず反論し、最後の方では退席していたが、
概ねの生徒達は最後まで着席していたのは、
アイヒマンへの是非をハンナに問いただす為に受講しに来たのではなくて、
あくまでもハンナの一思考に関心を示したからなのかもしれないですね。

デリケートな題材をどちらかに肩入れすることもなく、フラットな目線で見つめている。
説明的になりすぎない匙加減で簡潔に描いていたし、
必要以上に感情的になっていないから、そういう点では観やすかった。

私的には、アイヒマン=凡人と定義してしまうにはやってしまった事が残酷すぎるので解せない・・・。
例え、アイヒマンが凡人だったとしても、
誰かがユダヤ人迫害を考えて、誰かが指示を与えない限り、
ホロコーストは起きないのだから・・・。

 ホロコースト - Wikipedia

だったら、真の首謀者は誰なの?ってなるし、
それを個人名ではなく、国家と言いきってしまうのは曖昧すぎて、説得力もない・・・。

だけど、ユダヤ人の定義も曖昧と言えば、曖昧かもしれない。

 ユダヤ人 - Wikipedia

肌の色や国籍で決まるのでもないし、信教で位置付けられているから。

とは言え、曖昧だからこそのカタルシスがあるから、
何十年も経った今でも次々とホロコーストに関する映画が製作されているのかもしれないですね。


2 コメント

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Unknown (闘いうどん)
2013-12-01 17:25:33
こんばんわ
ユダヤ人に関する政治も絡んだ微妙な問題だけに、映画ではアーレントの主張をはっきり前面に押し出すのを避けていたように感じられました。ドイツ映画だとなおさらでしょう。そこらへん、ちょっと曖昧さが残ったように思います。
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曖昧さ。 (BC)
2013-12-01 17:48:48
闘いうどんさん、こんばんは。

確かに、微妙な問題ですよね。
ハンナ・アーレントが本を出版後、世間からのパッシングを受けたのは
“ナチスに加担していたユダヤ人指導者”の件が大きいとは思うけど、
きっと、他にもあるであろう具体的な要因となる主張は映画では明示はされていなくて、
曖昧さは残りましたね。
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