こんにちは、こんばんわ。
みんなは早く大人になりたい?
それとも子どものままが良い?
僕は、その辺りに関しては欲張りだから・・・両方です。
そこで僕の嫌いは!
底辺の大人が嫌い!考えなしの大人が嫌い!
しかし、前向きに考え割りだして考える大人は大好き。
そして、知識が少なく多くのことを聞きまくる子どもは嫌い。
しかし、聞く前に自身で調べ考える子どもは好き!
さて、僕の知識の多くは独学で覚える。
そして確認に、会話の中でそれとなく専門家に答えさせる。
ココが多くの方と僕が異なる点なんだよね。
つまり僕の知識は、どれも根本から始まっている。
そうでなければ、独学は無理だよね?
例えば、足し算、引き算を知らないのに、割り算、掛け算が出来るのは不思議だよね?
しかし、割り算、掛け算から教えられた場合はどう?
足し算、引き算を知らなくても、割り算、掛け算は出来る。
しかし何処かで、余りや足りないが出てきて、足し算、引き算は必要になる。
そうなれば、足し算、引き算を聞かなくては理解出来ない。
一方、足し算、引き算を知っていれば。
応用をして、割り算、掛け算を知らなくても答えを出せる。
それを繰返す内に、自身で早めに答えを出せる計算式を考えることさえするようになる。
その結果が割り算、掛け算の発明なんだからね。
つまり考える力を持った人間は。
根本さえ知っていれば、自ずと掛け算、割り算をするようになると言う事ですし。
自然な流れで生まれたものは通常の記憶とは異なり、感覚で覚える。
それこそ考えて下さい!CAIDS患者を!
彼らの特定は、自己と他人を同一視したものであり。
通常「百人十色」と言われるものを自己同一視により「百人一色」との固定観念にしているのです。
その固定観念を固定観念とは思わず「概念」だとCAIDS患者らは思い込んでいるのです。
このような考えに起こる多くは「洗脳やマインドコントロール」を受けた者に良くある症状なのです。
つまり、ガイジ!
行動範囲のパターンが少なく。
自己だけの個性だと思い込んでいるけれど、それは病気の者なら誰でも行い考える行動!と言うより症状!なのです。
そのため「特定しました!」などや「~しかない」との決め付けた発言が目立つのです。
このような病人ばかりの国や集落で暮らしているために。
自己を同一視して考えれば、自ずと当たるし。
違う国や、健常者の中にCAIDS患者が紛れ込めば?
患者は、自身の症状が他人とは違う個性だと思い込んでしまうし。
それを見ている健常者は、CAIDS病の症状を知らないために、やはり個性だと思ってしまう。
こうなると、CAIDSと言う病気は健常者に感染しはじめる。
その感染は、一つの流行のような感染の仕方をするのです。
その感染を避ける為には、「精神伝染病CAIDS」の詳しい病気の知識をもちスルーをする。
なぜなら、CAIDS患者には「サイコパス」と言う反社会性の病気もあるため通常の者は犯罪に巻き込まれる危険があるのです。
そこで!
サイコパスについて知らない方は、コチラをどうぞ→リンク:About サイコパス。
そして、サイコパス診断もどうぞ→リンク:サイコパス診断
さて、話しを戻します。
CAIDS患者は、決め付けた言葉の会話しかしないため。
違う要素が入れば内容が変わるなどの変化を知らない。
このため、違う答えになると「ダブルスタンダード」だと思い込んでしまうし。
CAIDS患者特有の前提を言わない話は、要素が分からず返答に困る時があるし要素を聞くと。
それを質問だと思い込み、俺の質問に答えず質問だけをするなどとの被害妄想まで始める。
このため質問せず会話や統計学から見て答えを探し出すため曖昧に返答をすると「優柔不断」だと患者は錯覚をし始める。
このように患者らは、言葉の意味や使い方を知らず覚え使っているのです。
簡単に申しますと、CAIDS患者たちは【男性の性格は「こうだ!」】などとの決め付けがあり!
全ての男性の性格は、症状のように同じだと思い込んでいるのです。
そして、その症状と違えば、逆に病気だと思い込んでしまう。
だからこそ、CAIDS患者たちは、どのように教えても自らの病気を自覚しない。
だからこそ、儒教や統計学的な占いなどが当たる!
というか、その時点で!
儒教や占いなどに甘んじて、自らで道を切り開くことの出来ない人間とは言えない生物だと知るべきだよ。
通常の人間は、儒教の教えや占いなどは1つの参考として留めておき。
悪いことなら、そうならないように切り開くことをするし。
良いことなら、更に良くなるように道を切り開くんだよ。
まあ、CAIDS病は再生不可能な脳の病気ですから、どのように言っても理解出来ず。
年齢が年齢だけに、既に手遅れですけどね。Lol
さて、本題の「僕の嫌いは誰でも手に入るmonono駆け引き!」です。
冒頭で僕の嫌いを述べてますが。
少し具体的に説明します。
皆さんは、「愛 & 恋」との言葉が好きですよね?
僕も嫌いではないけど、多く出して口にする言葉では無いと思うから、口にすることを嫌う。
では、僕の言う「駆け引き」ですが。。。
「嫌よ嫌よは好きのうち」などと言う一か八かの答えが嫌い!
人間同士の好き嫌いなど、拘らなければ誰でもGET出来るモノだし。
一か八かで答えを出し、間違えて恥をかくだけAhoらしいから僕はしないし嫌いなのです。
要するに僕は、高いメリットの賭けしかしないんだよ。
それ以外の、チマチマした駆け引きは嫌いだと言う事です。
そこで、「リンク:文菌真理教」の教祖は「嫌よ嫌よは好きのうち」と言う説法をされ信者を集めましたけど。
これは、恋愛の「駆け引き=賭け事=勝負」に使われる言葉なのです。
つまり、説法としては不向きであり、何ら理論性のない言葉なのです。
しかし、文菌真理教の参加者の全ては精神病患者ですから「理論や論理」として「嫌よ嫌よは好きのうち」を考えているのです。
要するに、文菌真理教信者は救いようの無いほどのBAKA!だと言う事です。
それによりCAIDS患者であり、文菌真理教の信者でもある生物らは。
「嫌よ嫌よは好きのうち」は「確証」のある言葉だと思い込む。
相手は真面目に嫌い来るなと言っているものを。
「俺や私」のことが好きだから、嫌いなそぶりをしているのだ!などと言う恐ろしい読解をし変な妄想をするのです。
「人間は通常、自身より劣る生物と交わることを考えません」と言う基本的な知識すら生物は欠如しているのです。
(これは、整形などと言う人間でなくても人間の形に出来る医療技術が生物に更なる妄想をさせ、幻覚を見させているのだ!と僕は考えます。Lol)