
「しっかり立ってまたと奴隷のくびきを負わせられないようにしなさい。」(ガラテヤ5:1)
イサクは自由の子。奴隷の子イシュマエルのように飢えて渇く経験はいらない。彼には豊かに主の備えがある。
しかし、イサクは自分の負ってきた薪の上に縛られて、父の白刃を見る経験をする。
イサクは何もしなくてよい。ただ、それを目にするだけ・・。
何も出来ないことは幸いである。父に縛れてあることは幸いである。動けば傷つくことになる。
だが、自分の負ってきた薪の上に置かれることは辛かろうと思った。
しかし、テアテラに居る人たちの中で、この教えを受け入れておらず、彼らの言うサタンの深い所をまだ知っていないあなた方に言う。
わたしはあなた方に、ほかの重荷を負わせない。
ただ、あなた方の持っているものを、わたしが行くまで、しっかりと持っていなさい。(黙示録2:24)