一概に、生きてることが正義で、死ぬことは悪、とは言えない。生きることが辛い人にとっての死は正しく正義であるし、魅惑的なものに見える。死こそ悪、というのは恐らく遺族側の方便で、そこに死体本人の意思は無い。人は寂しいのが嫌で、自分にも周囲の人間にも当然のように明日も来ると錯覚することができる。その錯覚を押し付ける。人間が突然の死を遂げるのとは有り得ないと思っている。生物の死は常識のはずなのに。
生物が死ぬのは常識なのだ。
そうやって死を考えた時、当然、死が選択肢に加わる。
ワンステップ、クリアだね、と目の前の男が言った。
「死こそきみの友人だ。生きているということは、死ぬということなのさ。本当の友に気づけたね」
男はそう言って、血糊に塗れた刃物を振った。振り落とされた飛沫が壁に模様を描く。
そんな男の姿を見て、僕は「だったら」と言葉を返した。
「だったら、どうして人は生きてるんですか。どうせ、死ぬのに」
「一例には、その理由を探すために生きている、なんて言うけどね」
「……詭弁だ」
「そうさ、詭弁だ。それから正確には、生きていること自体に意味なんてないんだ。当然、死ぬことにもね」
男は、ぐしゃ、ぐしゃと、肉塊に刃物を突刺す。
「誰も教えてくれないだろ、生きる意味なんて。それは誰も知らないからだよ」
無から有が生まれ、その有がまた無へと還る。結局は原点に戻ることになるのだ。そこに何も意味は無い。掘った穴をまた埋めるだけの作業。
しかし、大抵の人間はその事実を知らなかったことにする。見て見ぬふりをし、日々の行動にいちいち意味を見出しながら、意味の無い日々を送っている。
人との交わりも、誰かからの贈り物も、必死に貯めた金も、どうせ最期には綺麗に無くなる。
「生きてても意味無いってことは、死んでも意味無いって、ことなのさ。そもそもきみの生死は心底どうでもいいし、誰の命もどうだっていい。他人の命も同じさ。肉脂の詰まった身体に、なんの意味があるというの。精神なんて、身体が見せる幻覚にしか過ぎないのに」
「ではなぜ、意味が無いと知っていて、生きてるんですか」
「言ってるだろう、死ぬことにも意味は無いからだ。どちらでも同じで、どちらも存在しないものなら、気持ちがいいほうを選ぶんだよ。そうすれば、無意味な日々も少しはマシになる」
顔を上げた男の全身は、返り血で染まっていた。
そういえば。
「そういえば、それ、誰なんです?」
幾度となく執拗に切り刻まれた肉塊を指して、男に訊いた。
「ああ、これね、俺」
男が前のめりに倒れる。
ばしゃ、と、飛沫が上がる。
無に帰した。
ごきげんよう、八八千景です。
時々、生きて活動することに意味は無いんじゃないかと思うことがあります。
全ては本文の通りです。
本日もありがとうございました。
それではまたお会いしましょう。