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母の回復

2021-05-21 17:13:00 | 日記
長い間母は精神科の薬を飲んでいた。
どの程度その薬が効いていたのか分からない。
私が実家に戻った時には、外にサーカスが来ているとか、床に血があるとか言っていた。
私には笑顔を見せなかった。多分父にも。姉の言うことは聞いていた。
そして殆どの時間は横になって寝ていた。
昔から腰が悪かったこともあった。

父が亡くなって母の状態は少し良くなった。
家から少し離れた所にある精神科の病院には、私が薬を取りに行くことになっていた。
いつも同じ医者で、こちらを見ないでそっぽを向いて話した。
状態が落ち着いているので、母の薬の量を減らしたいのだがと私が話すと、すんなりと受け入れてくれた。
気のせいか分からないが、起きている時間が少しずつ長くなっているような気がした。

そんなある日、転んで腰椎を圧迫骨折した。
床に寝ていた犬を撫でようとして、尻餅をつきそのまま動けなくなったのだ。
子どもたちが帰ってくるまでそこに布団を敷いて寝かせ、子どもたちと布団ごとベッドに運び、次の日介護タクシーでかかりつけ医まで行った。

その時には思いもよらなかったのだが、これが母の回復に繋がった。

まず良かったのは、訪問入浴を頼んだことだった。
母は、今まで他人に入浴の面倒を見てもらうのを嫌がっていた。
だからといって自分で進んで入浴するわけでは無かった。入浴の回数は極端に少なかった。

動けなくなり、母はようやく他人に入浴させてもらうことを受け入れた。
ケアマネジャーさんに「入浴しないと床ずれができますよ」と言われたのと、姉の勧めが効いたらしい。

初めは文句タラタラだったが、回数を重ねるうちに気持ちよく入浴するようになった。
きれいなお姉さん方やお兄さんに大切に扱われてお姫様気分だったのではないかと思う。

そしてもうひとつ良かったのは、今までずっと飲みつづけていた精神科の薬を飲まなくなったことだった。
横になって食事はとっていたが、横になったままで薬は飲めなかった。
薬を飲まなくなったら母の精神状態はまた少し良くなった。

その頃は精神科の薬も在宅医療の先生に処方して頂いていた。
起きられるようになってからも、先生と相談して精神科の薬はそのまま飲まないこととなった。
顔のこわばりが少しずつなくなり、話すことも笑うことも出来るようになっていった。

そして毎週のリハビリが良かったのか、圧迫骨折の痛みが無くなったら今までの腰の痛みもなくなっていたらしい。
普通に歩けるようになった。
今がいちばん幸せ、と言っていた。

そのあと二回、母は腰椎の圧迫骨折をやった。その度に背が低くなった。
医者は「歩けるようになると転んで骨折の危険も増えます」と言っていた。
でも寝たきりよりは歩ける方がいいに決まっている。

流石に三度目は「車椅子ですね」と医者から言われて、こちらもそのつもりでいた。車椅子も用意した。
でも痛い痛いと言いながら、ベッドの横に置いたポータブルトイレで頑張って用を足していたら、壁伝いで歩くことが出来るようになった。
こういうところが母のすごいところだ。

でも以前のようにちゃんと歩けるようにはならなかった。
普段歩く所やトイレまでの壁伝いに手摺を9箇所付けた。

母が亡くなってしばらく、その手摺を見るのが辛かった。
今は、そのうち私が使うようになるんだなあと有り難く思っている。



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