投資家の目線

投資家の目線897(第一次大戦から第二次大戦にかけての欧州情勢から見る現在の世界情勢)

 10月2日、イエメン内戦の停戦期限が切れた。フーシ派はサウジアラビアの石油施設への攻撃再開を示唆しているという(「イエメン内戦、停戦期限切れ サウジアラビア施設へ攻撃再開も」 2022/10/3 日本経済新聞WEB版)。同日、OPECプラスの原油生産の大幅減産を予想する記事が流れていた(「OPECプラス減産拡大か 通信社報道、100万バレル超」 2022/10/3 日本経済新聞WEB版)。まるでOPECプラスを主導するサウジアラビアへの嫌がらせのようなイベントだ。中東ではOPEC加盟国のイランで政府への抗議デモも起こっている。東アジアで中華人民共和国と対立する中国台北を訪問したペロシ米連邦下院議長は、アゼルバイジャンと対立するアルメニアも訪問した。ペロシ議長はよく紛争地帯を訪問しているが、紛争の鎮静化に貢献しているという評価は聞かない。

 

 最近、バルカン半島ではトルコとギリシャ、コソボとセルビアの間で緊張が発生している。ボスニアでは親ロシアのセルビア人指導者が不正選挙をしたと野党が主張し、抗議行動が起こっている(“Protesters allege pro-Russia Bosnian Serb leader rigged vote” STARS AND STRIPES • October 6, 2022)。「バルカン史 新版世界各国史18」(柴宣弘編 山川出版社)によれば、コソボは17世紀末にセルビア人が南ハンガリーのヴォイヴォディナ移住したため、オスマン政府がムスリムに改宗したアルバニア人を入植させた土地だという(p235)。ボスニア=ヘルツェゴビナについては、1907年に設立された「セルビア民族組織」は、同地域はセルビアの領土で当地のムスリムは民族的にはセルビア人との政治綱領を掲げ、1908年に結成された「クロアチア民族連合」は、同地域はクロアチアの領土で当地のムスリムはクロアチア人とし、オーストリア=ハンガリー内のすべてのクロアチア人居住地域の統一を主張した(p215~p216)。

 

 また同書(p286)では、ヴェルサイユ体制の体制維持派として英仏、ポーランド、小協商諸国(チェコスロヴァキア、ルーマニア、ユーゴスラヴィア)、修正主義派としてドイツ、ソ連、イタリア、オーストリア、ハンガリー、ブルガリアが挙げられている。修正主義派には敗戦国など第一次大戦やその後の戦争で領土を失った国が多くみられる。ソ連はフィンランド、バルト諸国、ポーランド東部、ルーマニア領になっていたベッサラビア(モルドヴァ)を勢力圏に入れることで旧ロシア帝国領をほぼ回復した(p297)。ルーマニアがソ連に割譲した北ブコヴィナは過去ロシア領だったことはなかったが、ウクライナ住民の多い土地だという(p298~p299)。

 

 ドイツへの対抗上、フランスが潜在的な敵国であるソ連やイタリアに接近したため現状維持派からポーランド、ユーゴスラヴィア、ルーマニアが抜けていった(p289~p290)。1939年3月に経済協定を締結するなどドイツに接近したルーマニアは第一次大戦後に領土を拡大したヴェルサイユ条約の受益者でありながら、新規に獲得した領土の割譲(ソ連からベッサラビア、ブコヴィナ、ハンガリーからトランシルヴァニア、ブルガリアから南ドブロジャ)を迫られた(p281~p282)。ミンスク合意の破棄で既存の枠組みが崩れたと判断されれば、領土割譲の対象となるのは主にウクライナの土地である。また、セルビア人は伝統的に親仏反独感情であったが(p308)、セルビア人でユーゴスラヴィアの中央集権化を図ったアレクサンダル国王は、1934年のフランス訪問中にウスタシャや内部マケドニア革命組織に属する亡命クロアチア人にフランスの外相ともども暗殺された(p275~p277、「イーデン回顧録 Ⅲ 独裁者との出会い」(南井慶二訳 みすず書房 p101)には、この暗殺にハンガリーやイタリアが裏で関与している可能性も示唆している)。

 

 ヤルタ=ポツダム体制の修正主義派はカーゾン線の東側を失ったポーランド、ソ連から独立したバルト三国、NATO加盟予定のフィンランド、サンフランシスコ講和会議で放棄したはずの南千島回復にこだわる日本が挙げられよう。ベラルーシ西部は旧ポーランド領だったので、ベラルーシはポーランドを警戒する。第二次世界大戦時にウスタシャが担ったナチス・ドイツの傀儡政権で独立を維持したクロアチア(p276)、イタリア支配下のアルバニアに併合されたコソボ(p308)は、ユーゴスラヴィアという戦後の枠組みから既に独立した。チャーチルとスターリンの間のバルカン勢力圏分割協定でユーゴスラヴィアに対しては英ソ両国が共同で影響力を行使する取り決めがなされたが(p314~p315)、実際には英国はギリシャを優先し、ユーゴスラヴィアではチトーのパルチザンを支持した(p317)。今の英国は当時の政策を継続する気はあるのだろうか?最近SNSで話題のカリーニングラード(「ロシア飛び地をチェコに併合? SNS大喜利状態」 2022/10/6 (AFP=時事))、ポーランドは第二次大戦後チェコに割譲された領土を回復する代わりに、チェコにカリーニングラードを与えるつもりだろうか?

 

 ドイツはポーランドから旧領土も返還してもらえないのに戦時の賠償要求を受けている。ロシアからの天然ガスパイプラインのノルドストリーム1、2は1本を残して破壊され、産業は危機的状況となった。先日は破壊工作により同国北部の鉄道の運行に支障が出た(『ドイツ北部で鉄道一時まひ 「破壊工作」当局捜査』 2022/10/9 日本経済新聞WEB版)。欧州経済の中心だったドイツ(ヒトラーもシャハト計画にのっとって東欧・バルカン諸国のドイツ経済への従属化を図っていた:p287)は弱体化させられている。このような嘗めたマネをされて、ドイツの人民はいつまで忍耐を保っていられるだろうか?

 

注:ページナンバーだけの部分は、「バルカン史 新版世界各国史18」(柴宣弘編 山川出版社)による。

 

追記:

2022/10/23

フィンランドについては、1944年の休戦協定に基づき、「四〇年時点の国境が確定し、あらたに北部も割譲した結果、フィンランド全土の一〇分の一をソ連に割譲した」(「北欧史 新版世界各国史21」 百瀬宏、熊野聰、村井誠人編 山川出版社)。フィンランドにも第二次大戦(冬戦争、継続戦争)で失った領土を取り戻すという誘因がある。

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