Der König Hat Eselsohren

ベルリン修行旅(2)

8月1日(土)

朝食の後、ホテルのフロントで訊いたら、やはりフロントでIDとパスワードをもらわなきゃならないのだった。
やれやれ、ようやくネットに繋がる。
案の定、ホームステイ先の住所と、携帯の番号、メールアドレスを連絡してきていた。
あんまり早いのもどうかと思って、9時半になるのを待ち、SMSを送ると、程なく返事が返ってきた。
明日の3時くらいに行くつもりなので、公共交通機関を使ってどう行けばいいのか訊いてみる。


7日券を明日買おうと思っているので、今日は歩いて行ける範囲だけを回ることにする。
しかも都合の良いことに、前回、交通機関が微妙な感じで、ほかを見た後にさらに歩いて行くにはちょっとな、という感じだったのでやめてしまったユダヤ博物館が、ちょうど徒歩圏内。
今回はここから始めよう。

ユダヤ博物館へ行く途中、ホテルからすぐのところに、アンハルター駅がある。



昨日、タクシーの中でも説明してくれたけれど、ここにはかつて大きな駅があったのに、戦時中の爆撃のせいで、正面の入り口しか残らなかったのだという。
このファサードから考えて、相当立派な駅だったのだろう。
裏に回るとこんな感じ。



かつてホームだったところには、今はスポーツ施設が出来ている。
駅そのものは地下にある。


博物館までの道は、あまり人通りがなかった割に、博物館の中は結構人が来ている。
一応、日本語のオーディオガイドを借りようとすると、係のお姉さんが困ったような様子で英語は話せるかというので、ドイツ語はなせます、と答えたらほっとしていた。
使い方の説明をするのに、日本語が出来ないので困ったらしい(笑)
iPodをオーディオガイドに使っているのだが、全部で150も説明が入っている。
全部聞いたら4時間半はかかるから、たぶん無理、と係の人も笑っていた。

ここは、入り口が古い建物の中にあって、地下を通ってこの博物館のために造られた建物へ行く構造。



その際、地下には3つの道があり、いずれも微妙に傾斜していて、あえて歩きにくい、奇妙な感覚を受けるように出来ている。
左は突き当たりの階段を上って、常設展示へ行く道。
真ん中は庭へ出る「脱出の道」。
右は「ホロコーストの道」。

まずはホロコーストの道を行ってみる。
壁にガラスがはめ込んであり、その中に犠牲者の遺品が説明書きと一緒に納められている。
オーディオガイドにはあんなに説明が入っているというのに、ここの展示品には対応していない。
ドイツ語か英語で説明書きを読むしかない。
今だったらドイツ語で全部読んでもだいたいわかるし、大して負担にも思わないけれど、2年前だったら音を上げてただろうな。

ふと見上げると、壁に書かれているのはすべて、強制収容所の名前だ。



突き当たりの塔に入ると、何人かが壁際に腰を下ろしている。
上の方の角の小さな明かり取りからしか光が入らない。
壁の途中から、小さなはしごが着いてはいるけれど、真っ黒な天井に突き当たっているだけだ。



続いて、常設展示の方へ。
階段の途中で、マグナムがテルアビブで撮った写真を展示している部屋があり、その奥の方にMemory Voidという空間がある。
特に何が展示されているわけでもないが、足下に分厚い鉄板で出来た人の顔が無数に敷き詰められていて、足を踏み入れるとガラガラと音がする。





どの顔も、阿鼻叫喚に近い感じだ。

階段の方に戻って、常設展示まで上っていくと、入り口にまずザクロの木があり、ザクロのみを印刷した赤い紙に、誰でも願い事を書いて木に下げることが出来るようになっている。



展示は中世からの、ヨーロッパにおけるユダヤ人の歴史についての説明が、延々と続く。
ほんとに延々と続くので、全部の説明を読んだり聞いたりしているのはさすがに無理。
そんなことをしていたら、中世の頃だけで終わってしまう。
なので、適当に飛ばし飛ばし見ていく。
それでも20世紀以降の説明が始まるのは、下の階に降りてから。
でも、あくまでも「ユダヤ」博物館なので、ナチスの台頭から、戦後の裁判までに関してばかりに説明をさいているわけではなかった。

いやぁ、でもこんなところで「Spitze」についてわかってしまうとは、意外な展開(笑)
クイズ番組がモチーフなのはわかっていたけれど、具体的なことってさすがにわからないもんなぁ。
それに、こうして知識を得たところで、記憶は共有できないのだよ。

それはもう、すべてについていえることだ。
この博物館の展示すべて。
記憶は共有できない。ただ知ることが出来るだけ。
けれども、知っているのと知らないのとでは、天と地ほども差がある。

最後に脱出の道を通って、庭に出てみる。
通路の壁には、ユダヤ人の移住していった年の名前が書かれている。
庭への出口には、「自分のリスクで」と書いてある。



素材が結構滑りやすいし、地面が微妙に傾斜していて、平衡感覚がおかしくなるからだ。
それでも若い子たちは走り回っている。
庭から博物館の建物が垣間見える。



左側の白っぽいのがホロコーストの塔。
建物自体は、上から見ると稲妻のような形をしていて、それが博物館のマークにもなっている。

出口でオーディオガイドを返却して、さっきとは反対側から建物を撮ってみる。



すでに2時半かぁ。結局3時間もかかってしまった。
朝しっかり食べたから、そんなに空腹でもない上に、博物館のレストランはちょっといまいちな感じだったので、外に出て、博物館の道を北上してみる。
が、行けば行くほど、これといった店がない。

そりゃそうだ。
かつての壁のあとにぶつかるんだから(笑)

仕方ないので、そのまま左折して、かつての壁沿いに歩いて行くことにする。
通りには、壁が作られたときの様子について書かれた案内板がたっていたり、壁を乗り越えようとして射殺された人の記念碑が建っていたり。




土曜日の午後で、人通りの少ない道をどんどん歩いて行くと、突然人だかりにぶつかる。
チェックポイント・チャーリーだ。
今の今まで人影がまばらだったのに、ここから先はまるで別世界のように、観光客だらけだ。



ここから一端、Markt Str.にそれて、かつて協会があったという広場まで行って戻ってきたら、通りの入り口の案内板に、うまい具合にベルリンの地図が書いてあったので、明日行くことになるホームステイ先を探してみる。
手元にある観光用の地図でははみ出してしまうのだ。
見てみると、イーストサイドギャラリーから、そんなに遠くないことがわかった。

チェックポイント・チャーリーから泊まっているホテルまで、そんなに遠くないので、ひとまずホテルに帰ることにした。
途中、Topographie des Terrorsの前を通りかかる。



かつてはこの壁のすぐ向こうに屋外で展示をしていたけれど、すでに屋内施設が出来て、展示は移転したようだ。




ホテルの部屋で一休みをすると、もう4時だ。
むむ~、どうしよう?!
最初の予定では、昼頃までユダヤ博物館に行って、午後は新ナショナルギャラリーに行こうと思ってたんだけど。
美術館を見て回るにはちょっと時間が足りないよなぁ。
でも、これで壁博物館って言うのは、ちょっとヘビーだし。
やっぱり行ってみるか。

ということで歩くこと15分、新ナショナルギャラリーまで行ってみたところ、結構面白そうなのをやってはいたけれど、あと1時間半ほどしかないのに10EUR も払って入るのはどうよ?!と思ったので、やめてしまった。

仕方がないので、Arkadenをぶらぶらと物色しながら歩いていたら、Saturnを発見!!
そうそう、昨日からそこいら中に2 Raum Wohnungの新譜のポスターが貼ってあるんだよね。しかも昨日発売(笑)
これは買わねば。
それから、しばらく前に出ていたSilbermondも。
女性ボーカルはあんまり好きじゃないと言いつつ、一応押さえておかないと。

SportfreundeのUnpluggedも、まだ18位でがんばっていた。
でもすでに、DVDの方を大々的に売ってるからね。
DVDの発売日には、店頭になかった、といってた人が何人かいたけれど、ここでは大量に売っている。
他人に貸し出せるように、もう1枚買っても良いんだけど、どうしよう?
Disc1の方は、今回自分で持ってきてるから、緊急に観たいということはないけどさ。
もうしばらく考えよう。

さらにDVDのコーナーを観ていると、お買い得品のところに「RICHY GUITAR」というdie arzteの出ている映画を発見!
しかも2.99EURとものすごくお買い得!!
だって、ざっと400円だよ?!(笑)
買いですね!
どうも80年代の映画らしい。

早めに夕食にしてホテルに帰ろうかとも思ったけれど、さすがに5時では、何かを食べている人すら見かけないので、ひとまずソニーセンターの中庭で、ビールを頼んで、画面をぼーっと眺めながらちびちびと飲む。
なるべく一通り見るべく粘ったけれど、さすがにビール1杯では30分強が限界。
でも、以前来たときとは、やはり流れている映像がすっかり変わっているらしいことはわかった。
そりゃ、3年も経ったら、さすがにW杯の時の映像は流れてないよな…f(^_^;




さらに夕食を食べる店を探すべく、あたりをぐるぐると歩き回り、Pfifferlingen(アンズ茸)を出しているところでのんびりと夕食をとる。
それにしても、2年前に比べて、この辺りを歩いている人が、随分とのんびりしているような気がする。
観光客が多いから?いやいやそれは季節的に変わらないし。
自分に余裕が出来たせいだから何だろうか?
まぁ、2年前は確かに、必死の形相で歩き回っていたような気がするし…f(^_^;

その後さらに、Bundesratや大蔵省の方に行ってみると、本に載っていた、東独時代の壁画を発見!
ほんとに社会主義丸出し!!




そして、ホテルに戻ったのが9時過ぎ。
ネットに繋ごうとしたら、なぜか今度はどうしても繋がらない。
なんで?!

仕方がないので、die arzteの映画を観ることにする。
うっひゃ~!
いきなりJan Vetterって書いてある!FarinがまだFarin Urlaubを名乗ってない!
しかもいかにも80年代風の格好をした、まだ20歳そこそこのかわいいお兄ちゃんである(笑)
Belaは、今の方が、フェロモン出しまくりのエロエロで良いと思うんだけどさ。
それでも、30分くらい観ているうちに眠くなってきたので、寝ることにする。
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